――歴史の流れは不可逆。だから。
 
 
 
 
 
 
子達未来く。
 
 
 
 
 
 バダップの部屋では、ここ何分かずっと同じ人間の声だけが響いていた。
 面倒くさい。厄介だ。手がかかる。その三つをさっきから繰り返し続けて
いるミストレを、バダップはややうんざりした目で見る。
 気持ちは分からないでもない。しかし仕事は仕事。お偉方にどんな思惑が
あろうと、避けて通るという選択肢は初めから無きに等しい。ならば不満な
ど口にするだけ無駄。というか余計にテンションを下げるだけではないか。
 
「ミスト、もう少し静かにしような」
 
 気持ちはエスカバも同じだったらしい。深く深くため息を吐きながら、ミ
ストレの肩に手を置いた。ミストレは不服そうに頬を膨らませる。そうして
いると彼はどこからどうみても、ちょっと高飛車な“女の子”だ。誰が若干
十四歳にして“閃光の拳士〈ライトニング・ファイター〉”と恐れられる兵
士だなどと思うだろうか。
「気持ちは分かる。非常〜に分かる。…でも俺ら、そこで文句言える立場じ
ゃないの。オッケィ?」
「エスカバの言う通りだ」
 エスカバの言葉を引き継ぎ、バダップは続ける。
 
「任務に失敗し、あまつさえ余計な思想を取り込んだ俺達は…軍法会議にか
けられてもおかしくなかった。それがこの任務次第で罪を問われなくなると
言うなら、名誉挽回のチャンスと捉えるべきだ。その方が建設的だと考える
が」
 
 オペレーション・サンダーブレイクの後。任務失敗の罪を問わない代わり
に、いくつかの任務をこなすよう上から指示があった。円堂と関わり、サッ
カーに対する認識を少なからず変えてしまった自分達はそれぞれ、ヒビキ提
督に思うところはあったわけだが−−これでも一応、プロの軍人である。私
情を持ち込むべき場面か否かを見分けるくらいの分別はあるのだ。
 何より。サッカーに関する思想の差異を除けば、彼は尊敬できる立派な上
司であった。ヒビキが前線指揮をとった数々の作戦。その戦歴には目を見張
るものがある。何より彼は、自らの体を張って部下を救い出した事があると
いう。そうして救われた部下であるバウゼンや、それに連なる者達がヒビキ
に心酔するのも必然だった。自分達も、大して違いはない。
 多分円堂にさえ出会わなければ。今後も何一つ疑うことなく、ヒビキにつ
いていった事だろう。それが正しいか、間違いかなど誰にも分からないこと
である。
 前置きは長くなったが。
 そんな流れで指示された任務というのがまた−−厄介極まりないものだ
ったのである。ブースカとミストレが文句を垂れたくなるのも仕方ないと言
えば仕方ない。しかも、任務失敗の汚名を濯ぐミッションにしては−−責任
が少々重すぎるのである。
 なんせそれは。再び歴史の流れに介入することであったのだから。
 
「…120年後の未来…ねぇ。まさか俺達より先の時代から介入があるなんて」
 
 机に突っ伏して、うなだれるミストレ。
「サッカーが危険思想だっていう考え方は、いつの時代にもあるってことな
んですかネー」
「かもな。でも今回120年後から干渉してきてる連中は、ヒビキ提督とはま
た違った思想の持ち主だろ。ぶっちゃけサッカーそのものというより…サッ
カーに関わる奴を消したいって方向だ」
 資料を捲るエスカバ。バダップの隣にも同じ型の資料がある。規定のフォ
ーマットが守られていない、読後破棄を暗に指示されている資料だ。つまり、
事はそれだけ深刻なのである。
 自分達がこの時代に帰還してすぐの事である。チーム・オーガを呼び出し
たヒビキは言った−−どうやら自分達以外に、過去を改竄しようとしている
輩がいる、と。しかも今回は自分達の時代よりさらに未来の連中だと。
 未来人の襲撃。それだけならばまあ、“そんな事もあり得るだろう”とさ
ほど驚かなかったのだが。なんと奴らはただの未来人ではないことが判明し
たのだという。
 パラレル・ワールド。
 自分達の世界とは異なる歴史を歩んだ並行世界−−ある一つの世界の未
来から、襲撃者は現れたのである。
 
「当初。未来人が過去のインタラクトに接触する事で、並行世界は生まれる
ものと考えられていた」
 
 並行世界乱立論。資料の中にあるその文字を見つめながら、バダップは言
った。
「しかし。…実際時間犯罪が起こらずとも…並行世界は日々、一分一秒毎に
誕生している。並行世界乱立論…または多次元世界説。エルゼス・キラード
博士が提唱し、一度は袋叩きにあった理論だが…既にそれが正しいことは、
科学的に証明されている」
「おうよ。…その星の数ほどある並行世界の中で…今回異変が起きたってわ
けなんだよな」
「そうだ。しかもどうやら時空計測で数字を弾き出した結果、かなり“確率
の高いルートを辿った世界”だということだ。その歴史を世界が高い確率で
選び、選択した。つまり…その世界の住人である襲撃者達の行動は、他の異
世界にも強い影響を与えやすい」
 未来調査を行ったところ。どうやら120年後の世界は、第四次世界大戦の
真っ只中にあるらしい。その戦争において、数多の科学兵器以上に畏れられ
ている存在が、遺伝子改造で生まれた強い力と肉体を持つ兵士達だった。
 セカンド・ステージ・チルドレン。それはさながら、かのエイリア事変で
悲劇が食い止められなかった場合の未来を見ているかのよう。実際、ハイソ
ルジャー計画も母体にはなっているだろう。子供達を強化し、戦争に駆り出
す道具へ作り替える。まったく、眩暈のしそうな話だ。
 そして実はその予兆は、今から七十年前の世界で既に現れていたのであ
る。フィフスセクターに支援していた黒幕達。彼らの目的はサッカーではな
く、サッカーによって強化された人間兵器を手に入れること。その時既に、
記録に“セカンド・ステージ・チルドレン”という単語が出現しているのだ。
 襲撃者の狙いは、セカンド・ステージ・チルドレンが生まれないよう歴史
を操作すること。セカンド・ステージ・チルドレンの起源はサッカーにある。
ならばサッカーを抹消すればいい−−つまりはそういった発想なわけだ。
 
「…サッカーの必殺技、タクティクス、化身。実はこのへんはみーんな、リ
アルファイトに応用効くんだよね」
 
 机から顔を上げて、ミストレが言う。
「実際世のサッカー少年が徒党を組んでテロでも起こしたら…今の機動隊
でも相当苦労すると思う。下手したら鎮圧に失敗するかもしれない」
「それだけの力を持ったサッカー少年達を兵器に転用する。発想は八十年前
のエイリア事変で既にあったわけだからな。歴史のどこかでいつかは公に目
ぇつけられるだろうと思ったけど…まさか世界大戦に駆り出されることに
なるとは。世も末だぜ」
 途方に暮れたように天井を仰ぐエスカバ。二人もよく分かっている。いつ
かそんな時代が来るかもしれない−−そんな危惧は、誰もが心の隅に置いて
いたものであったから。
 
「…永きに渡る戦争に、終止符を打ちたい。その願望には、賛同しないこと
もないが」
 
 平和は、古くから人の世の理想として筆頭に挙げられる。残念ながら平和
を理想としながら、争うことで進化してきたのが人類という種族なのだけ
ど。
「やり方が少々強引だ。自分達が畏れるからといって、存在そのものを抹消
するなどと。…悪いのはセカンド・ステージ・チルドレンではなく…彼らを
利用した大人達ではないのか?」
「いつの時代も、子供は大人の道具にされるもんさ。忌々しい話だけどね」
 ミストレが吐き捨てる。彼は自分達の中で誰より“大人”や“子供”とい
った概念に拘っている気がする。悲しいかな、それを立証するような事件を
いくつも見てきたせいだろう。
 実際。エイリア事変はそうやって起きた事件の一つだ。ハイソルジャーを
生み出し、兵器流用を目論み、世界へ復讐しようとした吉良星二郎。利用さ
れたのは、彼を義父と慕っていた孤児達だった。
 そして。口惜しいことだが自分達にとっても他人事ではない。ヒビキ提督
がサッカーを抹消しようとした理由は、この国の未来の為だけでなく、私怨
が絡んでいた事も知っている。道具にされた子供。そういう意味ではオーガ
も変わらないのかもしれない。
 尤も。本当のところ利用されるのが子供の側だけとは限らない。場合によ
っては子供の方が大人より狡猾で悪辣な時もあるとバダップは知っている。
 
「だが。他人の批判ばかりは出来ない。俺達も同じような真似をしようとし
たのは確かなのだから」
 
 バダップの言葉に、ミストレもエスカバも視線を逸らした。逸らしたとい
う事は、彼らが少なからず罪悪感を抱いているということだ。オーガ小隊の
隊長としてはともかく、バダップ個人としては嬉しく思う。
 もう皆が分かっている。未来の衰退を、過去のサッカーのせいにして逃げ
ていたのは自分達だと。自分達には足りなかったのだ。どんな現実をも受け
止めて、前に進む勇気が。
「サッカーがなくなれば、歴史は破綻する。少なくとも今よりさらにだらけ
た世界になる可能性は高い。…そのへん、ヒビキ提督も分かってくれたって
事なのかねぇ?」
「さあな。だが、本来歴史の改竄は禁じられている。オペレーション・サン
ダーブレイクがそもそも特例中の特例だ。不用意な改変は、最悪世界そのも
のの消滅を招く。サッカーへの感情がどうであれ、我々の時代を揺らがす要
因は排除すべき。…今回ばかりは提督の意志も我々の総意に違わないのかも
しれない」
 ヒビキの言葉を鵜呑みには出来ない。しかし少なくとも現時点で、自分達
に任務を拒む理由は無かった。
 未来人達の歴史改変の意図を探り、阻止せよ。
 厄介なミッションであることは間違いないが。誰かがやらなければならな
い。自分達にお鉢が回ってきたのなら、きっとそれが運命であり−−世界の
意志だと思う。
 
「異世界の未来人が相手。しかし奴らは他の並行世界の自分達とコンタクト
を取り、未来を統一しようとしている。…サッカーというものの意味を。円
堂守の意志を知る者として…阻止しなければなるまい」
 
 ライターに指をかけた。バダップの持っていた資料が燃え始める。シュレ
ッダーでは生温い。完全抹消するには燃やしてしまうのが一番手っ取り早か
った。
「何の因果かね。円堂にサッカーを否定する為にオシゴトしてた俺達が…今
度はサッカーを取り戻す為に動くだなんて」
「それも必然…あるいは運命だ。円堂と関わって未来が変わったのは俺達も
同じだからな」
「へえ、バダップってばロマンチック」
「からかうな」
 ニヤニヤと笑うミストレの頭をぺしりと叩いて、バダップは立ち上がっ
た。幹部会議終了。今回の作戦の段取りは殆どバウゼンが決めている。この
会議は、半ば考察と意思確認の為のようなものだ。
 
「サッカーに罪はない。…ならばサッカーに関わる者達が道を誤らなければ
いいだけの事」
 
 バダップは小さく笑みを浮かべる。大丈夫。今度はただの任務じゃない。
自分の意志で、戦うだけだ。
 
「何故ならサッカーは…立ち向かう勇気を持った者達が紡ぐ、幸せの魔法な
のだから」
 
 鬼の子達は未来を描く。
 誰もが、幸せになる為に。
 
 
 
NEXT
 

 

今更躊躇う意味もないから。

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イナクロを見て突発的に書いた短編でございます。

時間飛び越えネタをやるならイナクロにオーガが来てもいいと思うの…!

ちなみにこの話、連載中の長編『ブレイブ・ハート〜戦士よ、誇り高くあれ〜』の並行世界となってます。

もしバダップが任務を下される前に、別の任務があったら?的な感じで。

タイトルは同じ流れでつけました。