愛されたいと願うほど罰を受けた。 愛されたいと願うほど疵が増えた。 二人の違いは出逢えたか否か。 それが罪ではないと、言ってくれる存在に。
最期の 嘘 と 誰かの 愛 と <二>
父上は、僕を愛してくれてはいないの? 今まで何度そう問いかけたかった事だろう。しかし出来なかった。もし肯 定されたら、もう立ち上がれなくなるのが目に見えていたから。自分はヴェ スターの皇子。国王である父の命を忠実に果たし、父の望みの為に心血を注 ぎ、いずれその意志を継いで王座に着くのが役目。それだけの為に生まれた 筈だ。それを否定されてしまったら−−後には何も残らない。 だから願ってはいけない筈だ。認めて欲しい。誉めて欲しい−−など。
「はぁ…」
ハイドロンはため息を吐いて、一人歩を進めた。警察官の姿は意外と目立 つらしい。自分の容姿レベルに自覚はある。女の子達に黄色い声を上げられ るのは満更でもないが、今は一応潜入捜査中なわけで。目立つのはあまり好 ましくない。 結局、私服姿で一人歩く羽目になっている。頭に血が上ったシャドウもど こかに行ってしまったし(だから奴の保護者はミレーヌに任せるべきなの だ、彼女相手なら何故かシャドウも大人しいし)、相変わらずバトルブロー ラーズも見つからない。ハッキリ言って、手詰まりだった。 ヴェスター国王である父は、野望と牽引力に優れたカリスマであった。あ まり知られてはいないが爆丸バトルの腕も立つ。増える人口増加から、異世 界への移住が決まったのは一年前。都市ごと移築するわけだから大変な事 だ。準備には半年を要した。その移住先の世界を探すのも。 自分達が辿り着いたのは、ワンダーレボリューションという世界。人間の いない、爆丸というモンスター達が生きる地。爆丸は手懐ければいい娯楽と 兵器になる−−それを知った父・ゼノヘルドは、爆丸から意志を奪い、国民 達に玩具として与え。兵士達には兵器として貸し出した。 しかし。爆丸が知的生物だと知った一部国民が、爆丸解放運動を展開。そ れにより爆丸を扱った生体実験の数々が明るみに出てしまい、国民の王室へ の批判が高まる結果となった。父はやむなく皇族と自らの専属部隊・HEXを 連れて亡命(シャドウもHEXの一人だ)。今に至るというわけである。
『我々をコケにしおった連中め…今に見ているがいい!』
父は復讐と、全次元世界の掌握を野望として掲げた。その手始めに、まず はワンダーレボリューションズの爆丸達を皆殺しにする兵器−−BTシス テムを生産。その起動する為の“鍵”を自分達に持ってくるように命じたの である。 それはワンダーレボリューションズを永きに渡り守ってきた、古の六爆丸 の力。六種の属性エナジーだ。当初父は自ら六爆丸達を襲撃しエナジーを奪 い取ろうとしたのだが、彼らはいまわの際に別の爆丸達にエナジーを譲渡。 その譲渡先が、かつてワンダーレボリューションズを救ったとされるバトル ブローラーズが扱う爆丸達だったのである。 自分達が狙われていると知ったブローラーズは籠城を選んだ。バリアを張 って自らを隠し、地球のどこかに立てこもってしまったのである。一刻も早 く探し出さなければ。父の怒りに触れるのも時間の問題だろう。
−−ほんと、骨の折れる作業だよな。
とにかく今は僅かでもいい、ブローラーズの居場所を探り当てる為の手が かりが欲しい。結局のところ人海戦術で事にあたるしかないのが現状だっ た。
“貴方が望んでくれさえするのなら 誰かの身代わりでも構わないと思った だって私は きっと貴方に逢う為に 生まれて今日 此処にいるのだから”
「……」
思わず振り返る。オープンカフェで流れている有線放送だ。確かラストエ デンとかいうグループが歌ってる曲だったはず。 『Liar game』。嘘吐き、遊戯。嘘でもいいから愛されたいと願う、そん な歌だ。
“幸せというパズルピースを 手探りで繋ぎあわせてきたけど どうしてなの?時間をかけても 最期の絵が完成しないの”
「…忌々しい歌詞」
“嘘を吐いたなら 最期まで吐き通してよ 愛してるって聴かせて 偽りでもいいから
私は貴方の操るマリオネットだから 壊れるまでその糸を 離さずに握っていて…”
誰かの身代わり?冗談じゃない。嘘でいいだって?そんな訳ない。自分が、 自分自身が愛されてなきゃ意味がないじゃないか。 そう否定してみせても、正直なところハイドロンは動揺しきっていた。た かが歌じゃないか。たかが歌詞じゃないか。百万人の為に歌われた曲が、自 分のモノであるかのように聞こえるなんて−−馬鹿げてる。
−−私は、貴方のマリオネット…か。
自分もまたゼノヘルドのマリオネットなのかもしれない。嘘でもいいから 愛してると一言貰えたら、自分は幸せなフリくらい出来たのだろうか−−そ こまで考えてしまってぞっとした。違う。違う。違う。そんな訳がない。自 分は父に誉められたくて頑張ってるわけじゃ−−自分はちゃんと必要とさ れてる筈で、だから−−。
「くそっ…」
イラつきながら、足下の石を蹴っ飛ばした。思い出してしまった。愛に飢 えて餓えて、それでも手に入らなかった幼き日々を。虐待じみた“お仕置き” に耐えて流した涙さえ、頬の傷に滲みて痛かった記憶を。 そうしてそれらを諦めて享受しながら、まだ諦めきれずに父の為奔走する 今を。
「…大丈夫、大丈夫、大丈夫だ」
まるで言い聞かせるかのように呟く。人のいない、廃ビルの中に入る。
「願いが叶えば…俺が叶えて差し上げれば。きっと愛される…そう言って貰 える…っ」
かつんかつんと、足音が響く。
「だから僕は」
ハイドロンは立ち止まり−−ぐるん、と振り返った。
「なんとしてもブローラーズから…属性エナジーを奪い取る。奴らの希望を 根こそぎ奪い取ってやる」
かつん。ハイドロンではない、別の足音がした。それも、二つ。逆光の中、 二つの人影が物陰から出てくるのが見えた。どちらも小柄で、しかも片方は 少女のようだ。
「やっぱりバレてた」
その少女の方が、ぺろりと舌を出して言う。段々と光に眼が慣れてきた。 緑の髪をポニーテールにした彼女は、黒目がちな瞳が大変可愛らしい。年は せいぜい十四か三だろう。幼く見えるが、その口調はどこか達観したものを 感じる。 「だからやめようって言ったのに〜ヒロト」 「嘘吐いちゃ駄目。緑川だってノリノリだったじゃない」 「だって刑事ドラマみたいで楽しかったんだもん」 ポニーテールの少女は緑川、もう一人の少年はヒロトというらしい。ヒロ トもまた切れ尾の碧眼に赤い髪、白い肌と大変美しい少年だった。随分お似 合いな二人組である。ヒロトの方もまだ十四歳くらいのように見えるけれ ど。
「…何故僕の後を尾けた?」
気の抜けた会話をする二人に、ハイドロンは険しい声を投げる。
「バトルブローラーズの仲間…かい?」
その可能性は高いと踏んでいた。やられる前にこっちから殴り込んでや れ、が信条の空繰弾馬がリーダー。参謀には冷静な忍の末裔・風見駿と、頭 脳明晰な歩くコンピューター・丸蔵兆治がつく。連中のバトルの腕はともか く、科学力とズル賢さはハイドロンも認めるところだった。仲間に偵察させ るくらいはやりそうだ。年齢も近いのだし。 しかしハイドロンの予想に反して、緑川は肩を竦めた。 「残念だけど。俺達はブローラーズとは無関係だよ。爆丸バトラーでもない し」 「そうそう。ついでに誤解してるっぽいから教えとくけど」 ちょいちょい、とヒロトが緑川を指差す。
「緑川は男だからね?プリンス・ハイドロン」
ハイドロンは目を見開き、次に一歩飛びずさってガントレットを構えてい た。 緑川が男なのがちょっと残念でびっくり−−とそうではなくて! こいつは今。ハイドロンの心を読んだ。いや、仮に単なる勘だったとして も−−普通の地球人が自分の名前を知っているとは思えない。ブローラーズ の仲間でないなら尚更だ。
「…何者だ。何故僕の名を知っている」
頭の中で警鐘が鳴っている。ポケットの中、ドリアードの爆丸球を握りし めた。こいつらは、普通の人間とは何かが違う。なんだろう−−この危険な 香りは。
「あー…エイリアンなら知らないか。サッカー日本代表・イナズマジャパン。 俺達はそのメンバーなんだけど」
サッカー選手?イナズマジャパン?そういえば地球に来てすぐ読んだス ポーツ新聞に、そんな記事が書いてあったような気がする。スポーツにあま り興味は惹かれなかったから流し読みしただけだが−−二人の顔は記憶の 片隅に引っかかっていた。そういえば写真にあったような。 呑気なものだ。こちとら毎日バトルに明け暮れて、失敗一つが命取りにな る生活だというのに。平和な顔でのうのうとサッカーなんて、腹が立つ事こ の上ない。 どうせ普通の家族に普通に愛されて、平々凡々に生きてきたガキどもなん だ。ヒロトの力は気になるが、だからどうという訳でもない。そんな奴らに、 興味半分で邪魔されるなんて冗談じゃない。
「その普通のサッカー少年が、何の用かな。僕は忙しいんだけど」
そして平々凡々な奴らに決まっていると見下しながらも、ハイドロンはそ れ以外の“何か”を感じていた。こいつらを此処で見過ごしてはならない気 がする。背筋がビリビリする−−この警戒心がどこから湧いてくるのかも分 からないのに。
「…君は俺達を、平凡な幸せしか知らない暢気な奴らと見くびっているよう だけど。俺達も俺達で、いろいろあるんだよね」
ヒロトは笑みを消して、ハイドロンに言った。 「だから……やっと手に入れた平穏を壊されるような真似されたら堪らな いんだよ。BTシステムって何?どう見たって大量虐殺の兵器じゃない」 「……!」 もう、黙っている訳にはいかなかった。こいつらはBTシステムの事まで 知ってる。そしてブローラーズと同じ地球人。もし地球の多くの奴らに余計 な情報が伝わったら、どんな弊害が出るか分かったもんじゃない。 BTシステムは通過点なのだ。最終的に父はこの地球の掌握をも目論んで いる。邪魔な芽は芽のうちに摘んでおかねばなるまい。
「…ガントレット、チャージオン」
ハイドロンの決断は早かった。腕に嵌めたガントレットを起動し、バトル の体制を整える。
「ゲートカードセット!」
一枚のカードを投げる。中央に投げられたカードを中心にオレンジ色の四 角い光が地面に広がった。バトル中、敵味方が交互に地面に仕掛ける切り札。 その中身は、オープンされるまで分からない。
「爆丸シュート!」
同じモーションで、ポケットの中の爆丸球を投げた。 オレンジの小さな 鉄球は地面を転がると、まるで卵から雛が孵るようにパカリと割れる。
「ポップアウト!サブテラ・ドリアード!!」
それが巨大化し、モンスターの形をとった。橙色の巨人・ドリアードの横 に立ち、ハイドロンは二人の少年を睨む。
「爆丸バトラーで無かろうと、構うものか」
邪魔する者は全て消し去る。非道と罵られようと構わない。 何も変わらない。今までも、これからも。
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この馬鹿げた運命に、風穴を空けるんだ。