涙の訳を教えて下さい。 その涙を拭う理由を僕等に下さい。 涙に触れる資格を下さい。 君の涙を知れば、それが権利になるのでしょうか。 この背中に、白い翼は 無いとしても。0-1:貴方に出逢えた奇跡に、乾杯。 今日は色々な事がありすぎた。ありすぎて、円堂守のあまり性能のよくない脳みそはオーバーヒート寸前だった。 悩んだ時はとりあえず、キャラバンの天井に上って星を見る事にしている。星を見て、空の広さを知れば、うじうじ悩んでる気持ちも吹き飛ぶ気がするのだ。実際今、自分達には俯いている暇など無いのだから。 例え目の前に立ちふさがっている敵がどれほど強大であろうと。その力の前に幾人の戦友達が倒れようと。 そして−−自分が本格的にサッカーに打ち込むきっかけとなった友人と、別の道を歩まざるおえなくなったとしても。「あ」 円堂が梯子を半ばまで登った時、既に二人ほど先客がいる事に気付いた。ちょっと前の自分なら、意外な組み合わせだと驚いただろう。鬼道と塔子の二人はすぐに円堂に気付き、ちょいちょいっと手招きした。「来るような気がしてたんだ。お前は悩むとすぐ高い場所に登りたがるからな」 あっさり言ってくれた鬼道に、何やら複雑な気分になる。自分はそんなに分かりやすいのだろうか。 二人の後ろに、ごろんと横になる。ちょっと大きな音がして焦った。下の皆は揃って爆睡中の筈だ。起こしてしまったら忍びない。「…円堂ってさ、結構一人で背負い込むタイプだろ」 唐突に振り向いた塔子が言う。「あたしは今日、キャラバンに参加したばっかだけどさ。こー見えて勘は鋭いんだぜ?伊達に長年SPやってたわけじゃないっての」 そういえば、この一見可憐な少女は、総理大臣付きのSPフィクサーズのキャプ テンだったのだっけ。こうして話しているとどうにも忘れそうになる。 ザ・タワーも元々はサッカーではなく護衛の為の技だったと彼女は言っていた。それだけ修羅場を潜ってきたということだろう。 しかし分からない。何故総理大臣の娘で、まだ中学生の女の子である彼女がSPなんぞになったのか。父親が反対しなかったとはとても思えないのに。「俺、一人で背負っただなんて思ったこと、一度も無いぜ?一人じゃ此処まで来れなかったさ。サッカーは十一人いなきゃできないだろ。それと一緒だよ」 そう、背負ったと思った事は、無い。 時々−−ほんの時々、キツいと感じる事があるだけで。キャプテンである事が。自分が折れたらチーム全体にどれだけ悪影響を及ぼすか−−それがとても重いと感じる瞬間が、たまにあるだけで。「お前は強すぎるよ、円堂。でも、強いばっかりじゃいつかポッキリ折れる。今日くらい、泣いてもいいんじゃないか」「はは、ありがと。でもそんなに弱ってないから大丈夫だって」「どうだか」 鬼道の声は、驚くほど優しい。誰かを長い事、ずっと護ってきた兄の優しさだと気付いたのは最近。事実彼は、その細い両腕でずっと妹を庇い続けてきた。どれほど傷つこうと、涙一つ見せる事なく。 その感情を、その慈しみの心を仲間にも向ける事ができるのが、鬼道有人という少年だった。だから多分、帝国であんなに慕われていたし、雷門にもあっさり馴染む事が出来たのだろう。実力も必要だが、司令塔には同じくらい人徳と信頼が要求されるものだ。 本当は、彼のような人間こそキャプテンに相応しいのだと思う。自分の取り柄なんて、本当に“サッカーバカ”なことくらいしかない。皆を引っ張ってこれた のは自分の力ではなく、出逢いに恵まれた結果だと思っている。 出逢い−−そう。世界を変えるのはいつも出逢いだ。例えその先に別れがあるとしても。「豪炎寺ってさ、本当にみんなに慕われてたんだな」 ごろん、と塔子も横になった。うーん、と伸びをした手が円堂の髪を掠める。「暗い顔してたの、円堂だけじゃないもんな。あたしももうちょっと一緒にサッカーやりたかったなあ。ま、今それを言ってもどうしようも無いけどさ」「…うん」 豪炎寺の事を考えると、胸が痛い。あれで本当に良かったのか。何も言わずに送り出してしまったのは正しかったのか。引き止めるべきだったのではないか。−−彼が去って、明らかにギクシャクしだしたキャラバンを見ていると、そう思わずにはいられなかった。 だが。仮に間違ってたとしても、自分は間違いを突き通すしかない。時間は戻りはしないのだ。それにあの時は確かにそれが正しい道だと信じて選んだ。その決断を、今更疑う事がどうして赦されようか。「…泣いてたんだ、豪炎寺」 きっと彼は、誰にも知られたくなかっただろう。だけど今、二人には話しておきたかった。彼が束の間見せてくれた真実の顔と、円堂自身の本音を。「眼が潤んでた。…あいつも多分、凄く悩む事があって……その上でキャラバン を離れる事を選んだんだと思う。瞳子監督にも、何か考えがあったんだろうし…だから、俺、引き止めちゃいけないって思ったんだ」 豪炎寺が悩んでいる事に気付けなかった。それはキャプテンとしての大きな失態だ。だからこそ、自分は彼を信じて待つべきなのだろう。彼を信じて、先に行く。必ず彼が追いついてくると信じて、歩いていく。 それが今自分に課せられた責任だと、そう思う。「その豪炎寺の事なんだけどさ、円堂」「何だ?」「実はあたし達も、さっきまでその話してたんだよ。あたしは豪炎寺の事あんまよく知らないけど、鬼道はそこそこ仲良かったみたいだし」塔子は自分達の前で彼の事を“鬼道”、と名字で呼ぶ。しかし彼と春奈の前だ けの時は、別の呼び方をしているのかな、と思う瞬間がある。たまに言い間違えて口がどもったりするからだ。 塔子と、鬼道と、春奈。三人が初対面でなかったことは既に知っている。昔鬼道兄妹が孤児院にいた時に、三人で一緒に遊んだ事があるらしい、という話も。しかし円堂はまだそれ以上のことは知らない。それでも、単に三人が“それだけ ”の関係で無い事は見てとれる。 鬼道の事はよく知っているつもりだったけど。三人で話している時の彼は、円堂が見た事の無い顔をしていた。何かとても温かな、慈しむような顔。さっき、塔子と二人だけで話していた時も同じ顔をしていた。 まるで聖域、だ。 彼らの間にある物は、一体何なのだろう。もし自分にも知る権利があるというなら−−知りたい、と思う。彼らが自ら口を開かない限り、こちからから尋ねるつもりは無かったけれど。「今日…ああ、そろそろ昨日になるかな。ジェミニとの試合で、あいつシュート を二本連続で外しただろ。それって相当珍しいんだって?」 彼女の声に現実に帰る。そうだ、今は塔子達のことではなくて、豪炎寺の話だ。「珍しいも何も、前代未聞」 小さくため息をついて、円堂は答える。「豪炎寺は、雷門に来る前から有名なストライカーだった。キック力とか必殺技も凄かったけど、何より技術力が俺達とは段違いだ。…コントロールが悪いなん て事ない。絶対」そうだ。瞳子監督もそれは分かってる筈だ。少なくとも対SPフィクサーズの試 合から自分達を指揮しているのだから。しかしだったら何故、たった二度のミスで豪炎寺をチームから外したのだろう? ミスそのものが、原因ではない?「人が、普段やらないミスを連発する理由は主に二つだろう。肉体的な不調か、精神面での気がかりか、だ」「…確かに」 鬼道の言葉な頷く。 肉体的な不調−−要は怪我や病気、は無いと思う。豪炎寺はポーカーフェイスだから必ずしもゼロとは言い切れないが−−あんなミスを連発するほどの故障に心当たりはない。 だが精神面はどうだろう。試合の外側で何か気がかりがあったとしても、自分達には知る由の無いことだ。「何か、悩んでる事があって…試合に集中できなかったって事か?」 だとしたら筋は通るが。では豪炎寺の悩みとは一体?「あの宇宙人を名乗る連中。荒っぽい手段は嫌いとか言いながら、サッカーボールで無作為に学校を破壊して回ってるだろう。真っ当な常識があるとは思えない」 こてん、と鬼道もキャラバンの上に横になる。きしり、と小さく軋む音。自分達三人は揃って小柄な部類に入る。これが壁山だったら結構な音がしたかな、と頭の隅で思う。「あれだけ叩きのめしても執拗に追ってくる、それもフットボールフロンティアの優勝校。多少は警戒されたのかもな。そして…もし奴らが影山と似たり寄った りな思想の持ち主なら、俺達に対してどんな手を使ってくるか。そう考えてみた」 天才ゲームメーカーらしい、理路整然とした思考だ。時折円堂の方を窺うように見てくるのは、円堂の知識レベルが信用されていないせい−−ではないと思いたい。「俺なら試合前に、お前か豪炎寺、もさくはその両方を潰しにかかる。お前達がチームの精神的支柱であるのは、少し試合を見れば分かる事だ」「結論から言うとね、円堂」 鬼道の言葉を引き継ぐ塔子。「豪炎寺、エイリアに脅迫されてたんだと思うんだ」「ええ!?」 思わず大きな声を上げてしまい、ダブルでしーっ!と注意されてしまった。そうだ、今が真夜中で、キャラバンの中では皆が就寝中である事を忘れていた。「試合中、豪炎寺がやたら一点を気にしていた。エイリア側に立っていた、いかにも怪しい黒服の男達だ。例えばあの男達が豪炎寺の弱みを握って監視していたとしたらどうだ?」 豪炎寺の弱み。そう言われて円堂にも漸く思い至った。確かに、彼には本人にもどうしようもない弱点が一つだけある。 未だ入院中で、まともに身動きのとれない−−妹の夕香、だ。「この時点じゃまだ憶測の域を出なかった。だがさっき、塔子にSPの面々を使って調べて貰ってハッキリしたよ。…豪炎寺夕香が、今朝から行方不明だそうだ 。既に警察に捜索願いは出してあるが、見つかってない。彼女はまだ自分一人で自由に動ける状態じゃないし、誘拐された可能性が高いと警察も見ているようだな」「そんな…!」 じゃあ何であいつは相談してくれなかったんだ!そう言いかけて、すぐに気付く。口止めされていたなら、誰かに話せた筈もない。妹の安全の為に、試合で手を抜けなどと言われていたのならあのミスも頷ける。そうでなくとも心配でいてもたってもいられなかった筈だ。 もし瞳子監督が何らかの方法でそれを知って、豪炎寺の身に危害が及ぶ前に安全な場所へ逃がしたのだとしたら−−。「…くそっ…エイリアの奴ら、なんて卑怯な…!」 悔しい。自分はまた何も知らなかった。何も知らずに、呑気に豪炎寺を送り出すしかしなかったなんて。 こんなの−−キャプテン失格だ。「一人で背負うなっつったろ、円堂」「いてっ!」 かなり強烈なデコピン。痛みに涙目になっていると、すぐ目の前に塔子の顔があった。「仲間をもっと信じやがれ。…大丈夫、豪炎寺も夕香ちゃんも、あたし達が絶対 に助ける。…円堂には円堂にしかできない事があんだろ」 「…うん」 俯いている暇は無い。それもまた事実だから。 今はただ歩き続けるしかないのだ。それがどれほどの、茨道であるとしても。NEXT |
傷だらけでも、這って進めと。