心はまるで、欠けた硝子細工のよう。 罅割れて、砕けて、それでも見えないフリをして。 独り血だらけの手で掻き集めても、元には戻らなくて。 彼は気付かぬフリをする。彼らは分からぬフリをする。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 0-5:僕らの戦場、此処に在り。
ああもう、どうしてくれよう。 グラウンドを整備して、吹雪の実力を見る為に、白恋と試合する事になった雷 門イレブン。心底頭が痛い鬼道は、隣で不機嫌オーラを撒き散らす染岡を横目で 見た。 いや、分かってはいるのだ。豪炎寺が抜けた今、雷門は明らかに決定力不足。 そして現時点で豪炎寺の代わりに誰がFWを務めるかと言えば−−自分の他に、適 任者はいない。 目金も一応、FWではある。が、ストライカーを任せるにはまだまだ彼が実力不 足である事は、誰の目からも明らかだ。 それでも、強面にさらに磨きがかかっている染岡とツートップを務めなければ ならないのは−−鬼道からすれば精神的に、かなりキツイものがある。
−−分かっちゃいるんだがな…甘えている場合じゃないって事くらい。
他人から評価されるほど、自分のメンタルは強くない。単に隠すのに長けてい るだけである事を、鬼道自身が一番よく分かっている。 まあそれでも、昔よりは大分打たれ強くなったのだ。帝国時代は、辺見と喧嘩 して超八つ当たりモードの佐久間を止めに行ったし、源田の愚痴に延々と付き合 った事もあるし。 ついでに、某一年がやらかした悪戯という名の阿呆なミスを、影山に知られる 前に必死こいて隠蔽した事もある。うん、あの時の寿命の縮みっぷりに比べたら これくらい大した事あるまい−−! 鬼道はため息を一つついて、自分を律した。まるで親の仇でも見るかのごとく 、吹雪を睨んでいる染岡を見る。 とりあえず今は私怨は忘れて試合に集中しろ。そう言いかけて、しかし鬼道よ り先に当の染岡が口を開いた。 ただし鬼道に向けて言った言葉では、ない。
「おい!何で吹雪があんなに下がってるんだ!!あいつはFWじゃなかったのか!?」
染岡の視線の先。確かに−−何故だか吹雪がセンターバックの位置にいる。彼 はストライカーだと聞いていたのに、一体どうして。 それとも自分達の情報が誤りだったのか?
「吹雪君はFWだよ。でも今はまだDFなんだ」
紺子、と呼ばれていた傘を被った小さな女の子が答える。白恋イレブンの中で も、とりわけ吹雪と仲が良さそうだった一人だ。
「今はまだ?」
鬼道が尋ねると、少女はにっこりと笑った。これより先は見てのお楽しみ、と 言うように。 だが小さく呟いた声が、鬼道の聴覚には届いていた。
「FWは、アツヤの方だから」
アツヤ? アツヤって、一体誰だ? だが、考える時間は無いようだった。瞳子が叫ぶ。
「今日は作戦パターンDで始めなさい。いろいろ試してみたいの」
作戦パターンD?それは確か、先日鬼道が提案したばかりのフォーメーション ではないか。練習していないわけではないが、まだ実戦では試していない。果た してうまく行くのかどうか。 だが、瞳子の事だ。どうせ問い質しても語らないだろうが、訳があるのは間違 いない。不信感が全く無いわけではないが、個人的に彼女の実力自体は認めてい るのである。 ホイッスルが鳴った。キックオフだ。 今日のポジションは以下の通り。 FWに染岡と鬼道。 MFに栗松、聖也、一ノ瀬、目金。 DFに風丸、壁山、塔子、土門。 GKに円堂。以上である。 人数の都合もあり、聖也が久々のスタメン。やや不安は残るが仕方ない。
「聖也、ブチかませ!」
その聖也に、ボールを下げる。その瞬間、隣で染岡が走り出したのが気配で分 かった。胸でトラップしたボールを高々と打ち上げる聖也。
「行くぜー!彗星シュート!!」
開始十秒。いきなり聖也が白恋ゴールに向けて彗星シュートを叩きつけた。距 離があるとはいえ、強力な必殺技でも使わない限り止められまい。それだけの威 力を持った一撃。 が。聖也の最大の弱点はコントロール力の無さにある。ド真ん中を狙った筈の 彼のシュートは、勢い虚しく白恋のゴールポストにぶつかり、ガンッと重い音を 立てた。 そして、威力の死んだボールを、GKの函田がキャッチ。カウンターをくらわせ るべく手を振り上げ−−その眼が見開かれた。
「聖也のロングシュートなんざ、最初から期待してねぇからな」
染岡が率直な感想を述べる。向こうで聖也が酷い酷いと喚いているが、実に同 感だったのでキッパリ無視だ。 白恋メンバーが聖也の彗星シュートに気を取られている隙に、染岡&鬼道のツ ートップが白恋ゴールのすぐ前に迫っていた。その少し後ろには一ノ瀬と目金が 。DF陣営も、壁山と塔子の最後の砦を除いて殆ど真ん中近くまで上がってきてい る。 作戦パターンDとは。点取りに特化した、超攻撃的フォーメーションである。 まず、MFの一人にボールを下げ、初っ端からロングシュートを打たせる。普通 のシュートでは意味が無い。体力消費の少ない、彗星シュートが最もこの役目に 適している。 この彗星シュートがゴールすれば儲けもの。が、入らなくても問題はない。今 回なんぞは打つのが聖也である為、余計に点は望めない。 このシュートがどんな結果を辿ろうとこちらにはメリットがあるのである。彗 星シュートは必殺技を使わなければ止められない。止める為に相手が必殺技を使 って来たなら、相手が使う技の種類を知る事が出来、尚且つ相手GKの体力を削れ る。 GKより前、DFがシュートブロックで止めてきても同じだ。シュートブロックの 出来るような技は体力の消耗が激しい。要のDFに使わせただけで効果はある。 そのどちらも叶わないケース−−今のように、必殺技を使わせる事なく彗星シ ュートを外してしまったパターン−−も、それはそれで構わない。 この作戦の最大の目的は、彗星シュートを囮に使っている間に、こちらの攻撃 体制を整える事なのだから。 相手チームの眼が彗星シュートに向いている隙に、FWと攻撃型MF陣が一気に上 がる。キーパーがパンチングで弾いたなら、こぼれ球をそのまま拾ってボレーで 畳みかける事ができ、キャッチした場合でもあちらのディフェンス陣を徹底的に マークできる。 よしんばGKが苦し紛れにチェックの厳しいDFにボールを回しても。こっちはそ れを奪ってそのまま至近距離からシュートを決めるだけ。GKがキャッチしても同 じ事を繰り返す。そう、こちらのゴールが決まるまで。 つまりは、向こうが作戦に気付いた時には、すっかりこちらの策にハマってい るという寸法なのだ。
「やるじゃない」
鬼道がマークした背後で、吹雪が愉しげに呟くのが聞こえた。染岡が忌々しげ に舌打ちする。 白恋のGKが、明らかに焦ったのが分かった。なんせパスできる相手がいないの だ。この場合、彼が苦し紛れにボールを投げる相手が誰なのか、想像するのは難 しくない。 案の定、パスはこちら−−即ち吹雪の方へと飛んできた。ピンチの時にエース に頼るのはごく自然な人間心理だ。やや分かりやすすぎるが。
「させないでやんす!」
背後で吹雪がマークを外そうと動く気配。が、そこを上がってきた栗松が妨害 する。吹雪が気を取られて動きを止めた−−その一瞬で十分だ。 「一ノ瀬!」 「ああ!!」 連携技発動。飛んできたボールを一ノ瀬にパス、その一ノ瀬が勢いをつけてヘ ディング。再びボールは鬼道へ。
「ツインブースト!!」
白恋のディフェンス陣は動けず、函田も反応できない。二乗の力で勢いを増し たボールが、白恋ゴールに突き刺さる。 ゴール!まずは先取点だ。
「流石、フットボールフロンティアで優勝した雷門イレブンだ。今のフォーメー ションも、チームの連携がちょっとズレたら成功しない…いいチームだね」
ボールを蹴って中央に戻しながら、吹雪が微笑む。
「だけど、同じ手が何度も通用すると思ったら大間違い」
再びホイッスルが鳴った。白恋のFW、氷上が、同じくFWの喜多海にパスする。 そのままドリブルで上がると思いきや、今度はMFの空野へ。 パスが細かくて早い。しかも正確だ。 吹雪以外の白恋メンバーはけして身体能力が高くない。先程の雷門の攻撃だけ でもそれが見てとれた。競り合いになれば自力の差でこちらが勝つだろう。 それを理解した上の、戦術。ショートパスを細かく回しながら、ジリジリ上が っていく。先日、雷門がジェミニストームに対してやったのと同じ作戦だ。
−−だが、うまくこちらのDF陣を誘導しない限り、パスだけで進むのには限界が ある。
相手チームのパスを読んで奪うのも手だが、どうやら白恋イレブンは身体能力 には欠けてもコントロールには自信があるようだ。誘いこまれて開いたスペース にパスを出されても面倒。ならば。 鬼道は自陣で身構えている、DF陣営を見た。雷門の最後列を護る二人、壁山と 塔子にアイコンタクトをとる。どうやら彼らも理解したようだ。 パスを回しながら、上がって来るMFの居屋。彼に皆が注目している隙に、FWの 氷上が上がって来ている。彼にパスを出すべく、居屋の足が動く−−今だ! 「塔子!壁山!!」 「オッケィ!!」 「ら、ラジャーっす!」 二人が猛ダッシュで、センターラインに向けて走り出した。その際、目立ちや すいよう手を上げる事も忘れない。居屋がしまった!という顔をするがもう遅い 。既にボールは氷上のすぐ側まで飛んでいた。 氷上がパスを受ける。その瞬間に鳴るホイッスル。オフサイドトラップだ。
「ひゃあ…雷門イレブン凄か〜。こんな事もできるのかぁ」
MFの雪野が鼻を啜りながら感嘆する。相手を誘導してオフサイドを誘発する。 失敗すればリスクは高いが、パスで攻めて来る相手には有効な手段だ。 自分達のゴールを守っているのが円堂だというのも大きい。彼の鉄壁の守りが あるからこそ、こちらも賭に出る事ができるのだから。 「さあ、もう一点いくぞ!」 「おう!!」 円堂の掛け声に、力強く答える雷門イレブン。塔子のスローインを壁山が受け 、栗松へパスする。
「行くでやんすよ!彗星シュート!!」
今度は栗松の彗星シュートがフィールドを切り裂いた。聖也とは違い、威力は 落ちるものの正確なシュートだ。真っ直ぐにゴールへと向かっていく。 しかし。 そのシュートの軌道上に、いつの間にか吹雪が回り込んでいる。 いつの間に!そのスピードと対処の早さに目を見張る鬼道。だが彼の凄さはこ んなものではなかった。 彼はGKの真正面で右足を振り上げると、シュートに向けて思い切り蹴り込んだ のである。誰もが目を見張った。なんと必殺技が、GKでもない人間に、シュート ブロックも使わず止められてしまったのだから。
「さあ、反撃開始だよ」
吹雪はそのままボールを前線へ。受け取る喜多海。が、すぐに風丸がそれを奪 う。 「攻めろ、染岡!」 「おっしゃあ!」 吹雪を負かせたがっていた染岡は嬉々として敵陣に切り込んでいく。
「豪炎寺がいない今、雷門のストライカーは俺なんだ!お前なんかに負けるわけ にゃいかねぇっ!!」
吹雪が笑う。無邪気に、楽しそうに。
「そういう強引なの、嫌いじゃないよ」
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雪に躍れ、風に舞え。