愛を囁き頭を撫でて。 死ぬならせめて、信じたまま逝かせて。 愛を疑えば息が出来ないの。 死ぬならどうか、貴方の手で殺して。 この背中に、白い翼は 無いとしても。0-8:さようなら、可愛いテディ。 お前達は選ばれし民なのです、と彼は言った。 人より遙かに優れた星の民、その中からさらに選ばれた崇高な戦士だと。名誉な事だと誇っていいのですよ、と彼は笑った。 言葉だけではない。その笑顔が自分を、自分達を虜にする。彼の為に働ける事。それはレーゼにとっては誇りであると同時に、唯一無二の存在理由であった。 エイリア皇帝陛下、と自分達は彼の人を呼んでいる。正式な名前は知らない。知る事すらおこがましいのだろう。物心ついた時には既に、彼は自分達にとって絶対の存在であった。神にも等しいほどに。 戦士達の誰もが彼を尊敬し、敬愛している。それは疑う事なき絶対の忠誠。彼が命じるのならば何だってしたし、どんな罰も喜んで受けた。 心を殺して非情の仮面を被る事すら厭わない。彼の意志の前には自らの痛みなど塵にも等しい事なのだから。−−あの方の為にサッカーを学び、地球の知識を学び。奴らがどれほど泣き叫ぼうが破壊し、踏みにじってきた。 激痛で何日も動けなくなるような実験にも耐えたし、拷問にも近い訓練で何度死にかけても立ち上がった。その経験と覚悟を得て、自分達は地球人とは比べものにならない力を手に入れたはずだ。 なのに。 どうしてこんな事になったのだろう。 ジェミニストームのキャプテンとして義務付けられた破壊活動。今度のターゲットに選んだのは北海道の白恋中、そこまではいい。 だがまたしても雷門の連中が現れ、自分達と戦うと言い出した。二回も圧勝している相手。今度も虫けらのように踏み潰せると−−そう思っていたのに。 この状況は何だ。一体何が起きている。 レーゼの混乱は錯乱に変わりつつあった。自分達は、何故。「ちぃっ…!」 辛うじて繋いだボールを、パンドラがドリブルしていく。だがその顔はすぐ、驚愕に彩られた。神風のごときスピードで走ってきた影が、目の前に立ちふさがったのだから。「ドンピシャだぜ!」 余裕の表情で笑う染岡。ワープドライブでかわそうと手を翳すパンドラ。しかし技を出すより先に、彼女の足元にあった筈のボールは染岡の元に移動している。「くっ…二人がかりだ、奪え!」 すぐ様レーゼの指示通り、ジェミニストームの選手達が染岡を包囲にかかる。しかし染岡は軽くステップして、こちらのスライディングやタックルをかわしていく。 最後にグリンゴをかわして、パスを出す。とるなら今しかない。だがレーゼが追いつくよりさらに速く、パス地点に正確に走り込んだ者がいた。 前の戦いでは自分が軽くいなした筈の風丸が。「スピードは、お前達だけのものじゃない!」 速い。そんな馬鹿な。「いけっ鬼道!!」 風丸が高いパスを出す。やらせるものか、と選手達がそのスペースに駆けていく。だが。 青い色が、忌々しいほど華麗に羽ばたいた。 まるで脚にボールが吸い付くよう。それが鬼道の纏うマントの青だと気付いた時には、既に彼は空中で見事にボールを奪っていた。レーゼの頭の中で警鐘が鳴る。 マズい。 マズい。 マズい。「まさか…我々のスピードについて来るというのか…!?」 こんな事、あっていい筈がない。「させるかぁぁぁ−−っ!!」 自分達は負ける事など赦されない。勝利以外の報告など誰が持ち帰れるというのか。 敗北は死にも等しい。自分達の存在理由が死んでしまう。弱き者を彼の人が側におく筈がない。必要とするわけがない。 捨てられる?自分達が?−−嫌だ…嫌だ嫌だ嫌! わたしは まだ あのひとの そばにいたい!−−棄てられたくない!! 叫ぶ声は、絶叫にも近かった。鬼道がボールをパスする。そのボールを、レーゼは必死で追いかけた。この手から今にも零れ落ちそうになっている、大切な何か。それを掴む為に、がむしゃらに手を伸ばす。 そして、すり抜けていく、音が。 北風が吹いた。鮮やかに、優雅に、雪原の皇子がレーゼの目の前を舞って−−自分達の希望を奪い去る。「どうした」 ボールをトラップして、吹雪が凄絶な笑みを浮かべる。「その程度か」 明らかに格下を見る、黄金の眼。体制を崩し、レーゼは地面に倒れ込んだ。激情と疲労に震える膝を叱咤して起き上がる。「ありえんっ…こんな事が…あっていい筈がないっ!!」 認めたくない。それでも認める他無かった。 自分達は、負ける。エイリアの選ばれし戦士であるジェミニストームが、地上の民に敗れてしまう。 レーゼを支配したのは、恐怖と絶望。けれどそれは今自分達の目の前にいる雷門イレブンにではない。 それは自分達の誇りが打ち砕かれ、敬愛する彼の人にボロ雑巾のごとく棄てられてしまう事への恐怖。そして絶望だった。−−私達は、一体何の為に今日まで耐えて来たのだろう。何の為に、生まれてきたのだろう。 全てはあの方の為。それ以外に欲しいものなんて何も無かったのに。 その一つすら、世界は奪っていく。−−これが、“悲しい”ということ? 地球にはこんな言葉があるらしい。神は、乗り越えられる試練しか与えない、と。 お笑いだ。馬鹿馬鹿しい。神なんていないではないか。乗り越えようの無い試練だって、あったじゃないか。 吹雪のシュートが、真っ直ぐにゴールに突き刺さる。エターナルブリザードが、ゴールポストごとボールを凍らせる。 ホイッスルが鳴った。 文字通り、絶望の笛が。 歓声が上がる。雷門イレブンだけではない。テレビ局の者達やカメラの向こうの一般人。最初は宇宙人なんて、と馬鹿にしたり疑ったりしていた者達も一様に喜びの声を上げていた。 これでもう、訳の分からない驚異に脅かされる事もない。特に中学生の子供を持つ親達はどれほど安堵しただろう。これで今日から安心して眠れる、と。「やった!やったっす!宇宙人に勝ったっす〜!」「か、壁山君!ぐぐぐるじぃ〜はな゛じで〜」 歓喜する仲間達。視界の端で目金が壁山に抱きつかれ、悲鳴を上げていた。ありゃ死んだな、合掌。塔子は思いっきり他人ごとで手を合わせた。まあ骨は拾ってやるという事で。そうだ。父に電話しなければ。どうせTVで一部始終見ていただろうが、デスク の前で勝利報告を楽しみに待っている事は容易に想像できる。 父もエイリアから解放されたし、世界も宇宙人から救われた。個人的にはサッカーも思う存分できて楽しかったし、今日はなんと善き日だろうか。「塔子。ちょっと待ってくれ」 バックから携帯を取り出した時、鬼道に声をかけられた。アレはどうなった、と目が言っている。そうだ、自分は試合前に彼に頼まれ事をしていたのだった。「一応採取したけど…必要なのかなぁ。このまま現行犯であいつらをしょっぴい て、洗いざらい吐かせれば終わりだろ」「本当にそう思うか?」「…何だよ鬼道、怖い顔しやがって」 勝利を喜ぶ顔、とはほど遠い険しい表情の鬼道。俺がとった分だ、と鬼道はケースに入れたそれを塔子に手渡した。「遺伝子を調べれば、ある程度はっきりするだろうが。…エイリアの正体が何で あれ、奴らが子供だけの集団とは考えにくい。あの情報網に移動手段。バックに組織的な何かがあると見て間違いない」 鬼道が塔子に命じて、自分でも採取したもの。それは試合中にこっそりと抜いた、エイリア学園の少年少女達の髪だった。エイリア学園の彼らがどんな生物なのか。SPフィクサーズに頼んで、科学的に 解析しようというのである。「聖也にも一部渡した。奴も奴で調べるアテがあるらしいからな。両方で同じ結果が出れば間違いない」 同じ結果。それは即ち。「鬼道、お前…本当に疑ってるのか?エイリア学園の奴らが、地球人かもしれな いって」 鬼道は無言で頷く。それはほぼ確信に近い頷きだった。 だが塔子には俄かに信じがたいのである。まるで魔法のように現れ、消えてみせる連中。軽々蹴るにはあまりに重かったサッカーボールに、あの驚異的身体能力。 宇宙人だ、と言われた方が納得できてしまう。「今回の事件のポイントは八つ。一つ、奴らのあまりに人間に近い容姿。二つ、奴らが妙に流暢に日本語を話している事。三つ、子供ばかりの集団である謎。四つ、奴らが降り立ったのが日本である理由」 指を立てて、スラスラと自らの推理を語る鬼道。その頭の回転の早さに恐れ入る塔子。「六つ、奈良シカ公園で、いつの間にか持ち去られていた黒いサッカーボールと豪炎寺の妹が拉致された事実。七つ、そもそも何故奴らはサッカーなんてまどろっこしい方法で侵略してきたのか…?」 確かに。何故サッカーなのか?あれだけの破壊兵器を持ちながらわざわざ試合で決着をつける理由が分からない。彼らの流儀、というだけでは説明がつかない気はしていたが。「そして最後の八つ目。…聖也がな、ずっと昔に、地球上のある場所でレーゼの 顔を見ているらしい、ということ」「な、何だって!?そりゃ本当かよ!?」 「さあな。何処で見たかもよく思い出せないと言っているからあまりアテにはならないが…もし本当ならとんでもないどんでん返しになる」 いずれにせよ、これで終わったとは考えにくい。鬼道はそう言って話を締めくくった。勝利した喜びと熱気が急速に冷えていくのを感じる。鬼道を恨む気にはなれなかった。どうせすぐ知れた事だ。 奈落に突き落とされる前に、腹は括っておいた方が、いい。 塔子にも分かってしまったのだ。このまま終わるにはあまりに不可解な点が多いエイリア学園。今までの一連の事件から考えて、たった十一人の子供だけの組織であるとは考えにくい。むしろ彼らは一番最初の捨て駒に過ぎないとしたら? 膝をつくレーゼを見る。圧倒的優位で上から見下ろされていた時には気付けなかった。そこにいるのは、少女のような顔をした小さな少年にすぎない事を。 彼は何かに恐怖と絶望に濁った眼で虚空を見ていた。焦点のあっていない瞳に映すのが、自分達ではない事に気付く。彼は、彼らはもっと別の何かを見て怯えていた−−いつかの吹雪や、鬼道と同じように。 一体、何に?「お前達は…何も分かっていない…」 掠れたレーゼの声に、円堂達もようやくお祭り騒ぎを収めて振り向く。「我々は所詮、セカンドランクでしかない…。イプシロンには遠く及ばぬ…真の エイリア学園の力は、こんなものではないのだ…」 場を包む異様な空気に、TV局の連中がざわめき出した。雷門の皆の間にも、不 安の色が広がっていく。 そして、均衡を破る、一つの声が。「喋りすぎだぞ、レーゼ」 レーゼが声にならない悲鳴を上げる。掠れた喉が絞り出した−−デザーム様、と。 この戦いは何処から来て、何処へ向かうのか。 塔子は知らなかった。本当の地獄はまだ、始まってすらもいなかった事を。 NEXT |
私は所詮、千切れたテディベアの残骸。