愛は世界を救う、だなんて。 クサイ台詞だと思っていた、貴方と再会するまでは。 今やっとその意味を理解できました。 私は私の愛で、貴方の世界を救いたい。 この背中に、白い翼は 無いとしても。0-10:零れ落つ砂、泡沫の幻。 正直。春奈の話は、円堂にとってショッキングだった。 彼女の前では明るく励ましてみせたが、本当はヘコみたい。何も知らなすぎる自分が忌々しい。衝撃的な出来事だらけで、いちいち落ち込んでいては身が持たないと分かってはいるけど。 初めて鬼道に会った日を思い出す。雷門と帝国のファーストコンタクト。彼は最初、自分達の最大のライバルとして姿を現した。 彼は自分の事など名前も知りはしなかっただろう。だが円堂は知っていた。否、サッカーをする中学生ならみんな知っていただろう。それほどまでに天才ゲームメーカー、鬼道有人の名は有名だった。 まるで挑戦状と言わんばかりに、鬼道から自分へ向けて蹴りつけられたボール。円堂は両手でしっかり受け止めた。ビリビリ来るようなシュートに痺れたのは掌だけではない。 クサい表現をするならば−−魂に直接ぶつかるような一撃。もしかしたらあの瞬間に、自分達の物語は始まっていたのかもしれない。 サッカーは元々大好きだ。でもあのシュートを受けてもっと好きになった。彼が雷門のサッカーに惚れて転校してきたように、自分もまたあの時にはもう虜になっていたのだろう。鬼道という人間が率いる、彼のサッカーに。−−だけど。あの頃の鬼道は、影山の支配下にあった。…毎日当たり前のように 、暴力に晒されていたんだ。 影山の思想が自分には分からない。彼の家庭が、サッカー選手だった父の失墜から転がるように転落していったという話は聞いた。だが、何故そこまでサッカーを憎むかが理解できない。 というより。そこまでサッカーに憎悪を向けていながら、何故サッカーに関わり続けるのかが謎だ。そして自分が手塩をかけて育てた筈の鬼道をどうして傷つけるのかも。 復讐の道具にするというなら、大事に教育すればそれでいいではないか。無意味な暴力で壊してしまったら無意味でしかない。なのに、何故。−−きっとギリギリまで追い詰められてたと思う。それなのに、あんなにしっかりとピッチに立ち続けた。それは凄い事だと思う。でも。 それは、正しい強さなのだろうか。誰にも頼る事が出来なくて、誰にも助けを求める事が出来なくて、消去法のように導かれた強さなのだとしたら。それはとても、悲しい事で。 影山が勝利を得る為に手段を選ばない男だと分かり。鬼道は最終的に自らの手で影山の鎖を断ち切った。そして仲間達と歩いていく事を決めた矢先にその影山率いる世宇子に夢を奪われ、雷門の元にやってきて今に至る。 彼は救われたとばかり思っていた。もう影山に縛られる必要はないのだと。そう信じこんで、自分達はそれ以上の事を知ろうとはしなかった。 彼にとってはまだ何一つ終わっていないというのに。『お兄ちゃんは影山と訣別しました。でも…影山といた八年がどんな残酷なもの だったかは…お兄ちゃんにしか分からなくて。身体にもたくさん傷が残ってるし 、何より…心の傷は、本当はまだ全然癒えてないんです』 医者に診断されたらしい。鬼道はPTSDと離人性傷害だ、と。影山にされた暴力 を思い出すような出来事があると発作を起こしパニック状態になったりするという。 例えば、背後から不意の接触。手首を掴んで抑え込まれる。それが大人相手で、特に男性相手だと相当な恐怖を感じるのだという。 さらに酷い状態になると、まるで人形のように反応しなくなってしまう。精神が現実を切り離してしまうのだそうだ。まるで、今自分がされている筈の事が他人事であるかのように。 サッカーは接触の多いスポーツだ。今のところ試合中に目立った症状は出ていないが、選手としては致命的な弱点といっていい。 それでも彼はサッカーから逃げなかった。サッカーは彼にとって、命綱にも近いものであったから。−−俺、本当に何も知らなかった。俺が知らない間にも、鬼道は苦しんでたかもしれないのに。 無力な子供である自分。豪炎寺の事といい、最近は思い知らされてばかりだ。−−決めた。…もっとみんなと、たくさん話をしよう。みんなの事、ちゃんと知 りたい。 初期からいてくれたメンバーにも。マネージャー達にも、新しく加わった仲間達にも。 もっとたくさん話をしよう。彼らの生の声に、もっと耳を傾けよう。いつか必ず来る別れの日に、後悔する事の無いように。 真夜中のバス。皆の寝息が聞こえる中、円堂は毛布にくるまったまま手を翳す。まだまだ小さな子供の手。されど、たくさんのボールを受け止めてきた手。−−俺は、ゴールキーパーなんだ。 試合で。自分は必ず、皆の最後列を守る。誰もが自分に背を向けて走っていく。こちらを振り向いたりはしない。それは、皆が円堂を信頼してくれている証。 お前になら俺達のゴールを任せられる、と。仲間達はその背中で語ってくれる。それが円堂の力になる。−−この手は受け止めて、護る為にある。 自分が護るべきなのはゴールだけじゃない。皆の絆と、チームそのものの誇りをも守り抜かなければならない。−−それが本当の、俺の役目なんだ。そうだろ、じいちゃん…。 ぎゅっと拳を握りしめる。なんとなく理解した気がした。祖父が一番最初に授けてくれた必殺技が、ゴッドハンドであった訳が。−−大きく広げた掌で、全部受け止めて、護る。それがキャプテンにしてキーパーの役目、そのものなんだ。 どんなボールでも来るなら来い。 全部身体を張って、受け止めてやる。 それはくだらないプライドに過ぎないのかもしれない。それでも佐久間が最初に思ったのは−−これ以上鬼道に余計な心配はかけたくない、ということ。 これは自分達が解決すべき問題なのだ。彼の手を、また借りる事になってはならない。「影山は、北海道を護送中だった」 まだ詳しい事は俺にも分からないんだが、と咲山は続ける。「その途中、雪崩に巻き込まれたんじゃないかって話だ。北ヶ峰は雪崩が多い事で有名だからな」 普通なら助からない。護送車ごと雪で流されてしまったとあっては。 しかしここで冷や汗をかくような事実が二つ発覚した。 横転した車の中、運転手や刑事の遺体は発見されたのに、影山の姿は影も形も無かったというのである。後部座席のドアが開いていた事から車外に放り出された可能性もあり、捜索が続いているのだが−−現時点では発見されていない。 そしてもう一つの、驚くべき事実というのが。「この雪崩が自然災害なんかじゃなく、人為的に起こされたものかもしれないって事だ」 護送車のすぐ側に落ちていた、黒いサッカーボール。世間を騒がせたジェミニストームやイプシロンのものとは違う、緑色の模様のついたボールだったが。紛れもなくそれは、エイリアの使っていたのと同じものだった。 もし本当にこの雪崩を起こしたのがエイリアで、目的は影山を逃がす為だったとしたら。「影山がエイリアと繋がっている…と?まさか…」 「だとしたらとんでもねぇ話だぞそれ」 寺門が苦い表情で言う。「けどなんでニュースで流れないんだその情報。おかしいだろ」「影山だぞ?考えたくもないが、警察の中にあいつの配下がいても変じゃない。大事になるまで、表に出さないつもりかもな」 反吐が出そうだ。フットボールフロンティアの地区大会決勝、雷門との二度目の試合を思い出す。影山は工事関係者を使って、試合もせず勝負に勝とうとした。雷門側のフィールドに大量の鉄骨を落とすなんて正気の沙汰じゃない。死人が出なかったのは本当に奇跡だ。 いや、一歩間違えば。自分達帝国イレブンも危なかったかもしれない。鉄骨が落ちるタイミングがズレていたら。自分達が雷門側に攻め上がっている場面だったら。 考えれば考えるほど、ぞっとする。「仮に影山が脱走したとして…今度は何をやらかす気なんだ?」 そんな事、分かる筈もない。いつでも彼の思考回路は、自分達の予想を遥かに超えていた。手段はともかく、恐ろしいほど優秀な頭脳の持ち主である事は確かなのだ。長年恩恵を受けてきた佐久間には分かる。 そう。恩恵だ。たとえどれほど非情な男であるとしても、自分達がここまで力をつける事ができたのは彼の力あってこそだと分かっている。あんな結末でなければ、感謝する事も出来ただろうに。「奴が何をするにしても…探り出して、止める。それが俺達の責任だと思う」 考えてみれば。サッカーというスポーツそのものに復讐したい影山と、サッカーを破壊の手段として用いるエイリア。目的が一致している気がしないでもない。 どちらにせよ、ろくな結末にならない事は確かだ。「…佐久間。お前の気持ちが分からないわけじゃないが」 発言したのは源田。その隣には洞面がちょこんと座り、不安げにこちらを見上げている。「危険だぞ。俺達だけの手には余るんじゃないか。確かに安西の野郎は元影山の配下だし無能だしで役に立たないが…。せめて鬼道に連絡を入れるべきじゃ…」 「それは駄目だ!」 反射的に叫んでいた。その言葉を遮るように。「鬼道に迷惑はかけられない…影山が絡む事なら尚更だ!みんなだって知ってる だろ…あの人が裏で影山に、どんな目に遭わされてきたのか…!!」 思い出したのだろう。誰もが沈痛な面持ちで俯く。 一般部員達は気付かなかったかもしれないが、自分達一軍メンバーは全員知っていた。鬼道が幼い頃から影山にサッカーを教わってきて、誰より厳しく当たられていたこと。いや、それだけならいい。影山は“教育”の名を借りた暴力を鬼道に振るい続 けていた。何年も何年もずっと。 初めて事実を目の当たりにしてしまった日の衝撃を、佐久間は忘れる事が出来ない。総帥に用があって、ドアをノックしようとした瞬間に聞こえた声と物音。中で何が起きているのか確かめる事もできず−−自分はその場から逃げ出してしまったのだ。 翌日、憔悴しきった鬼道の顔と、包帯の増えた身体を見て、全ては確信に変わった。「俺達はあの人に頼る事しかしなかった。苦しんでいるあの人を救う事ができなかった…!」 世宇子に負けて打ちのめされた時、心のどこかで思ったのだ。 これは自分達への罰なのかもしれない、と。「影山がまた鬼道を傷つけようとするなら全力で止める。今度は俺達があの人に恩を返すんだ…!」 今彼が世界の為全国を駆け回る立場にあり、非常に忙しいのも確かなのだ。 鬼道は雷門に行った。でも、彼は約束を果たした。あの凄まじい力を持った世宇子に勝ち希望を齎してくれた。 何より。必ず帝国に戻ると、誓ってくれたではないか。 自分達の絆を証明するのに、これ以上何が必要だろう。「…そうだな」 源田が頷く。「佐久間の言う通りかもしれない。俺達には…俺達にしかできない事がある。こ れ以上の悲劇を、なんとしてでも防ぐんだ…!」 「ああ!!」 仲間達の眼に決意が宿った。新たな戦いの幕開けだ。NEXT |
僕らの心に、繋がりのお守りを。