ブラウン管の向こうにある光。 幻の空の下、それでも過去は真実だった。 まやかしの翼はもう折れてしまったけれど。 立って歩く脚があるなら。あるのなら。この背中に、白い翼は 無いとしても。0-12:決意の果てに、何想う天使。 何故自分は生きてるのだろう。ここ数日、そればかり考える。何故死ねなかったのか。何故仲間達だけが命を落とす事になってしまったのか。 待合室のソファーに座ったまま、照美は動きを止めていた。自暴自棄、というのとは少し違う。どうにでもなれとは思わない。でも、喩え今この瞬間世界が滅んでも、自分は何も思わないのだろうなと思う。 全てが凍りついたまま停止しているかのよう。ここは病院。それにしたってもう少し色があってもいいではないか。どうしてこんなにもモノクロに映るのか。「照美君」 隣に人の気配。こんな風に自分の側な立つ人間は現在一人しかいない。看護士達は皆、照美のした事を知っている。誰もがよそよそしく、出来る限り関わらないようにしようという考えが見え見えだった。「あんま出歩いちゃ体に毒だぞ。そろそろ病室に戻らないか」 彼なりの気遣いだろう。心配されているのは分かる。だが、差し伸べられた鬼瓦の手を取る事なく、照美は首を振った。「…変わりませんよ。どっちみち、私の行く末なんて」 その意味するところを悟ったのだろう。何も言えなくなる鬼瓦。無骨な見た目をしているくせに、彼は不器用で優しい。本当は刑事なんかには向いてなかったんじゃなかろうか。 自分の結末は、何も変わらない。 でもどうせ死ぬのなら、仲間達と一緒に逝けたら良かったのに。自分達は神だの天使だのと信じたまま死ねたなら。冷たい現実なんて知らずに済んだのに。 自分達世宇子は、影山に集められた孤児の集団だった。そもそも世宇子なんて名前の中学自体が影山のでっち上げだったのである。影山以外に大人はいない。そして影山の存在が絶対。そんな砂上の楼閣だった。 寄せ集めだった自分達に、神のアクアを与えて鍛え上げた影山。彼にとって自分達は使い捨ての駒に過ぎなかったのかもしれない。 それでも、幸せだった。それが今なら分かる。神のアクアが強烈なドラッグで、自分達は半ばその実験体にされたのだとしても。あの人がいなくなってから余計にその大きさを知った。 どれだけ虐げられても、自分達が知る“父親”はあの人だけだったのだ。彼が拾ってくれなければ、照美はきっと何処までも悪夢に墜ちていくしかなかっただろう。「…刑事さんは、総帥の事を恨んでるそうですね」 総帥。その名前を出せば、ピクリと反応する鬼瓦。「でも親に捨てられた私達にとって…あの人は救世主だった。分かりますか?土砂降りの雨の中でたった一つ差し伸べられた手が…どれほど尊いものか。それが善か悪かなんて、関係ないんてすよ」 縋らずにはいられないのだ。追い詰められ、ドン底にいる人間は。「だから…もういい。あの人に必要とされなくなった時点で、私達はとっくに死んでいたんだから」 自分に帰る場所などもはや無い。体は治っても病院を出た先は施設か、もしくは元いた地獄のどちらかしかない。 ただ、本当にただ。仲間達の事が無念でならなかった。彼らの死に顔も見る事が出来ない。自分が今、生かされた意味が分からない。『俺は、絶対諦めねぇぞ!!』 ふと。フットボールフロンティア決勝で当たったチーム−−雷門中キャプテンの声が蘇った。何度も何度もシュートをくらい、体力気力が限界に来てなお、立ち上がった少年。 円堂守。 彼なら諦めないのかもしれない。生きている限り−−人生という名の試合が終わってない限り、可能性はあると叫ぶのかもしれない。 今なら理解できる。自分はちっぽけな人間に過ぎなかった事が。自分は弱い。彼らのようには、なれない。 ふと、テレビの電源が入る音がした。何やら聞き覚えのある調子の実況が耳に入り、照美は緩慢な動作で顔を上げる。待合室のテレビをつけたのは、杖をついた老人。パジャマを着ているあたり、入院患者だろう。「雷門…」 テレビでやっていたのはスポーツニュースの特番だった。画面にはデカデカと“イナズマキャラバンの軌跡”と書かれている。 そういえば、宇宙人だかなんだかが襲来して世間はとんでもない事になってるんだっけ。どこか他人事のように照美は思う。その宇宙人と雷門の連中が戦っているらしい、というのには少し驚いたけど。『いやはや…宇宙人がサッカーを使って襲ってくる…ってのがもう眉唾でしたが』 最近いろんな番組で見る、若い男性アナウンサーがにこやかに喋っている。『それに対抗するのがプロの選手ではなく、まだ中学生の子供達という』『中学生だからと言って侮れませんよ。フットボールフロンティアで優勝したチームが基盤ですからね。エイリアとの試合の中で負傷者が続出してメンバーは大幅に替わっていっているようですが…。全国各地を回って精鋭を集めているとのことで。逞しい事です』 プロの試合でよく解説者として登場する、初老の男性が説明する。 メンバーが代わったのか。確かに映像の中には、見慣れない顔がちらほら混じっている。中には女の子らしき選手もいる。 あの強かな雷門ですら、無傷では勝利出来なかったのか。そういえば雷門中が襲撃されたのは、フットボールフロンティア決勝で自分達に勝ったその日。だとしたらコンディションはお世辞にもいいとは言えなかった筈。 それなのに−−彼らはエイリアに立ち向かったというのか。満身創痍なのに、何故。『本日はそんな小さな勇者達の軌跡を追ってみました。彼らの姿は私達に、新しい夢と希望を与えてくれます。では…どうぞ!』 画面がスタジオから、試合シーンへと切り替わる。それはテレビ局が自ら試合をしたものであったり、エイリア側がメディアに流してきたものであったり。雷門がエイリアと行った試合は全て映像が残っているというのだからまた凄い。 エイリア学園、第一の刺客・ジェミニストーム。最終的に三度目の試合で雷門が勝ったのは知っている。なんせ一面トップで記事が出ていたのだから。しかし、その詳細を照美は何も知らない。 今日初めて。過去映像とはいえ、彼らとエイリアとの試合を、見た。「…凄いだろ、あいつら」 いつの間にか番組に熱中していた照美の横で、鬼瓦が笑う。「あいつらの武器はな。大きく分けて三つあると俺は思ってんだ。仲間をとことん信じぬく事。諦めない事…そして」 どうして。無意識に、照美は口に出していた。 どうしてなの、と。「何度地面に這いつくばっても、立ち上がるって事だ」 一番最初。傘美野中で行われた試合などヒドいものだった。あの雷門が手も足も出せずに弄ばれている。ボールが凶器にしか見えなかった。スコアの差もさることながら、エイリアは選手達にボールをぶつけて痛めつけた。 一人、また一人と倒れていく。それなのに。 誰一人諦めない。その眼から光が消えない。絶望に這いつくばっても、彼らは何度でも立ち上がる。 どうして。『俺は、絶対諦めねぇぞ!!』 そうだ。自分達との試合でも同じだった。彼らは諦めなかった。そして−−勝利の女神は彼らに微笑んだのだ。「負けない事も強さだろうよ。でもな、負けない強さに勝るもんを、あいつらは持ってる」 試合に釘付けになる照美の肩を、ぽん、と叩く鬼瓦。「負けない強さに勝るもの、それは負けて立ち上がる強さだ。絶望を知って叩きのめされてなお、諦めない強さなんだ」 画面の中で円堂が吼える。仲間達がその気持ちに答えるように走り出す。 ああ。そうか。今になってやっと理解できた気がする。 何故神よりも人間の力が凄いのか、を。「照美君。…君の命だ。君が今すぐ死にたいと願うなら、俺にそれを止める権利はない。逃げないで生きていける人間なんて誰もいない。…でもな」 知らず知らずのうちに、涙が頬を伝っていた。 サッカーが楽しいものである事を思い出す。それは誰かを傷つける武器なんかじゃない。円堂達はその楽しさを武器に今も敵に立ち向かい続けている。 自分はまだ、そんな場所を知らない。 だから−−知りたい。「“死ぬ場所”じゃなくて…“生き抜く場所”を考えてみたらどうだ。後悔しない為にな」 膝の上で、拳を握りしめる。 今の自分にももし、できる事があるのなら。それに賭けてみても赦されるだろうか。 確かに、行く末は同じなのだろう。そうだとしても、道筋を変える事は出来るなら。 残された時間を、精一杯生きる。それがどれほど苦しい懺悔になるとしても。 それぞれの想いを乗せて、キャラバンは行く。次の目的地、京都に向けて。−−イプシロン、か。ちっ…ジェミニストームを倒せば終わると思ってたのによ。 窓に寄りかかり、染岡は外を見る。北海道から京都まで、半端ない距離がある。バス移動なのだから時間がかかるのは必然だ。段々とあの肌を刺すような寒さは薄れてきた。寒さに耐えるのも東北を抜けるまでの辛抱だ。 京都の漫遊寺中。それがイプシロンが新たに予告してきたターゲットだった。彼らの思想ゆえフットボールフロンティアには参加して来なかったが、裏の優勝校と呼ばれるほどの実力があるという。 電話で話した小林に非常に羨ましがられた。カンフーを志す者にとっては憧れの学校なのだという。−−吹雪…。 ちらり、と隣の席を見る。長旅に慣れていないのか疲れたのか、吹雪は染岡の横でくーくーと寝息を立てていた。 サッカーしてない時のこいつは小動物だから、と笑ったのは聖也だったか白恋の奴らだったか。確かに、こうして見ればとてもあのトンデモシュートを打つ男とは思えない。 小柄で、ちょっと可愛い顔をした子供だ。スポーツなんかやってません、と言われた方が納得できそうなほど。 ジェミニストームの試合の後。彼は正式にイナズマキャラバンの一員になった。少し前の自分なら猛反対したか、ふてくされた事だろう。今だって何もかも納得できたわけじゃない。 だけど。『吹雪を認めたら、豪炎寺の居場所がなくなる。そう思ってるんだろうが』 蘇る鬼道の言葉。あの時はかなりドキッとした。完全に図星だったから。『誰にも代役なんていない。吹雪と豪炎寺は違う人間だ。皆それを分かっている。お前は違うのか?』 詭弁だと笑う事もできただろう。しかし、吹雪を豪炎寺の代わりにしようとして足掻いていたのは他でもない、自分一人だと気付いてしまった。 代わりなんていない。それは当たり前でいて、なのに簡単に見失ってしまう事。 ジェミニとの試合をえて、さらに間近で吹雪のプレーを見てやっと決心がついた。こいつは勝利の為なら仲間との連携もとれるプレイヤーで、そのプレーは真剣にサッカーに取り組んでいるからこそできるものだと。 吹雪とならば、豪炎寺が戻って来た時、彼に恥じないチームを作る事ができるのではないかと。−−豪炎寺…待ってろよ。 必ず最強のチームになる。そして。−−必ず迎えに行ってやる。 NEXT |
最期の雫が、堕ちた。