何かを期待していたわけじゃない。 それとも、期待していたのかもしれない。 君の眼が太陽みたいに眩しくて。 どんなに焦がれても、届かないと知っていたから。 この背中に、白い翼は 無いとしても。0-15:愛し子の、空は遠く。 監督に知られれば、間違いなく叱られるだろうな。そう思いながらも、円堂の身体はサッカーボールを持って外に出ていた。 漫遊寺のグラウンドは静まり返っている。満月の青白い光で照らされた古都は、どうか幻想的だ。ジャージに運動靴の格好で抜け出し、ボールを蹴る。一人でできる事など限られているが、リフティングの練習くらい出来る筈だ。−−真夜中でもドキドキして目が覚めるとか…俺ってほんとサッカーバカ、なの かなぁ。 事あるごとにサッカーバカだと皆に言われる円堂。その度にバカって言うなーと反論してきたが。ここまで来ると残念ながら否定できない。 秋の夜風が涼しい。辺りに誰もいないのを見計らってボールを蹴り始める。昔の有名なサッカー漫画の名台詞に、“ボールはともだち”というのがあるが 。あながち大袈裟な表現でもないのだと最近思う。 だって、ボールが無ければサッカーは出来ない。いつも蹴られるは殴られるは、自分達の為にある主酷い目を見てくれるボール。いつも感謝して磨いて、手入れを怠ってはならないぞ、と響木監督は言っていた。 サッカーが今出来るという幸せ。自分はあらゆる事に感謝すべきなのだろう。そのサッカーを守る為に戦うのは自分自身の為であり、今まで支えてくれた人達への恩返しでもあるのだ。「…ん?」 漫遊寺中のグラウンドは広い。他の部活とスペースを取り合う必要が無いのか、サッカーゴールは地面に完全に固定されている。いちいち出し入れしなければならない雷門とは大違いだ(まあそれは自分達が弱小だったのも大きな要因だろうが)。 そのサッカーゴールの前に−−人がいる。 最初は幽霊かと思ってドキリとした。時間は真夜中、場所もお寺の側と来ている。さらには色白の美少年と来れば、怪談としてかなり王道の域に違いない。−−いやいやいや、んなわけ無いって。足あるし、透けてないし…っ! 自分の中で必死に否定理由を探しながら、しかし好奇心には勝てずそろりそろりと近寄っていく。 少年は少し長めの紅い髪をしている。色白、と先程表現したが、色白というよりあまり血色が良くないと言った方が正しい。横顔なので見えにくいが、切れ尾の碧い眼をしているようだ。年は体格も、自分と大差無いように見えた。むしろサッカー部のGKとして鍛え ている自分より華奢かもしれない。「…君は」 「ひゃ!」 じっと観察していたら、突然相手が振り向いたので。思わず円堂は間抜けた声を上げてしまった。 おばけ!と叫ばなかっただけマシかもしれないが。 すると相手の少年は、意外な対応に出た。「円堂守君、だよね。雷門中キャプテンの」 なんと自分の名前を呼んで来たのである。「へ?俺の名前…知ってるの?」 「勿論さ。君達は有名人だもの。特に君はキャプテンじゃない」 どうやらちゃんとした人間らしい、と知って安堵の気持ちが半分。自分の名前を知られていた驚きが半分。 そんな円堂の戸惑いを察してか、少年は苦笑する。「見たんだ、試合。凄いよね。みんな君達の噂、してる。だから俺も…一回君と 話してみたくて。年も近いみたいだし」そういえば、自分達のエイリアとの試合は全てTV中継されていたのだっけ。思 い出してつい赤くなる。彼はメディアで円堂を見て知ったのだろう。漸く、自分達が有名人になったらしいという実感が湧いて来たのだ。 まさかこんな所でファンに会おうとは。「あ…ありがとう。でも俺なんかまだまだ全然だよ。ジェミニストームの後も強 いチームは控えてるみたいだし…あ、えっと…」 「あ、ごめんごめん。名前言って無かった。俺、基山ヒロト。ヒロトでいいよ」 片仮名でヒロト、と書くらしい。シンプルだけど気に入っている名前なのだという。 大人しい性格なのかもしれない。よろしく、と円堂が手を差し出すと、ちょっと遠慮がちに右手を出してきた。 再びほっとしてしまう。握った手は確かに冷たかったが、それでも確かに人間の温度だった。「こんな時間にさ、まさか君に逢えるなんて思って無かった。勝手に敷地内に入った俺も俺だけど」「あ、それ気になった。俺達に逢いたいなら昼間に来ればいいのに。何で夜中に来たんだよヒロト。親御さん心配するぞ」 いや、その親の反対押し切ってサッカーを続けた挙げ句、現在進行形で心配かけまくっている自分に言えた事では無かったのだけど。「…こっそりね。抜け出して来たんだ。今じゃなきゃ当分無理そうだったから」 俺、身体弱くてすぐ倒れるからさ、と。そう言われて得心する。ヒロトの肌の青白さは、病弱さから来るものなのだと。「生まれつき心臓に欠陥があるんだって。自分でもよく分からないし、これでも昔よりずっと良くなったんだけど。この間具合悪くしたから、暫く外出禁止令出されちゃって」「ちょ…いいのか、出歩いても。また倒れたら」 「大丈夫だよ。みんな心配性なだけ」 そう言って微笑むヒロトは確かに肌の色は悪いが、病人の顔には見えなかった。ちょっと色の白い、普通の少年に見える。「君達のサッカー、見ていて羨ましいな。どんなに辛い状況でも真剣に楽しんでるのが分かるもの。俺もサッカーやるけど…君達のようには、出来ないから」 その言葉を円堂は、身体が弱いせいで思うようにサッカーができない、という意味だと解釈した。 語るヒロトはどこか淋しそうで、円堂の足元のボールを眩しそうに見ている。その視線に気付いた時、円堂の行動は早かった。「じゃあさ、今一緒にやろうぜ」 サッカーを愛する奴に、悪い奴はいない。確かにサッカーを悪用する奴らと自分達は戦ってはいるが、彼らだっていつか分かり合う事が出来る筈だと円堂は信じている。 そして同じくサッカーを好むヒロトは、既に円堂にとって友達も同然だった。なるほど、確かに自分はサッカーバカなのだ、果てしなく。「二人しかいないから、大した事できないけど。どっちみち特訓する為に、夜更かししてたんだよな俺」「いいのかい?」「いいって!特訓も、一人より二人のがずーっと楽しい!!」 そこから先は語るまでもあるまい。どうやらヒロトがかなりのテニクニックを持つプレイヤーである事と、彼もまた相当なサッカーバカであるらしい事が判明して。 二人は空が明るくなり始めるまでボールを蹴っていた。ヒロトの身体を気遣いながらなので加減はしていたが、それでも時間を忘れるほど楽しい一時だった。 自分達がすっかり徹夜してしまった事に円堂が気付いたのは、ヒロトが帰った後である。 その後慌てて布団に潜り込んで寝てしまった円堂が、思い切り寝坊して瞳子に大目玉をくらったのは−−言うまでもない事である。 あの円堂とかいうキャプテンは馬鹿だ。 木暮は呆れ果てていた。確かに自分も朝は相当弱いが。普通、世界の命運をかけた戦いの真っ只中で寝坊なんぞするだろうか。−−こんな奴がキャプテンで、大丈夫なのかよ雷門。 その円堂は今、木暮の隣で欠伸を噛み殺している。夜中に特訓しすぎて寝過ごしたらしいと専ら噂だった。本当に馬鹿げている。そこまでサッカーに一生懸命になる理由が理解できない。 サッカーが好きか嫌いかと言われたら、多分好きに分類されると思う。元より身体を動かす事自体が嫌いじゃない。そんな自分に与えられたのがたまたまサッカーだったというだけかもしれないが。−−馬鹿みたい。そんな無理しちゃってさ、頑張っちゃってさ。…いくら努力し たって報われない事もあんだよ。 ギリ、と奥歯を噛み締める。 悪戯やトラップで皆を掻き回してきた自覚はあるが。これでも自分なりに、一生懸命サッカーに取り組んできたつもりなのだ。命じられた雑用だって嫌々ながら手は抜いてない。なのに。 いくら頑張っても頑張っても、自分は試合に出させて貰えない。それどころか漫遊寺の連中は、自分達で大会にも出ようとしない。 挙げ句今回の一件だ。宇宙人襲来だなんだと世間は大騒ぎしているのに、あまりにも楽天的すぎる対応。話せば分かって貰える筈だ?邪念さえなければ理解しあえる筈だ?だから試合はしない?−−お気楽すぎんだろ。話の通じる相手じゃないって早く分かれよ。 邪念?くだらないったらない。心に闇の無い人間なんているわけがない。漫遊寺の奴らだって自分を勝手に嫌ってハブって、パシリみたいな真似をさせているくせに。 自分達は聖人だとでも言うつもりか、偽善者気取りめ。反吐が出る。−−宇宙人にボロボロにやられちまえ。学校が壊されたって知るもんか。 死にたいと思うほどブラックじゃないが。それでもいっそ全部壊れてしまえばいい、と常々思ってはいたのだ。 どうせ何も変わりゃしない人生。誰もが裏切りあって綺麗な仮面だけ被って生きていく世界。 なんとでもなればいい。どうせ、自分が愛されない事に変わりはないのだから。−−だから放っとけよ。くだんねぇ同情なんか、うんざりなんだ。 チラリと、マネージャーの席に座っている眼鏡の少女を見る。音無春奈。昨晩一人で特訓していたらやって来て、長々説教垂れていった女。 確かに自分はチビかもしれない。哀れな境遇に見えるかもしれないが。 気に入らなかった。同い年のくせに上から目線。同情丸出しな顔で見やがって。自分はお前の安っぽい言葉に引っかかるほど、落ちぶれちゃいない。−−そうだよ。俺も…無視すればいいんだ、あんなヤツ。 なのに。イライラして仕方がない。彼女の言葉が耳について離れない。『私は恵まれてる。だから今まで、誰かに裏切られて傷ついたことは無い。でも、お兄ちゃんはあるの。お兄ちゃんは…本当のお父さんのように、信じていた人 に裏切られたから』自分には、“幸せ”というものがよく分からない。幸せになれば、こんな風に 苛つく事もなくなるんだろうか。それも知らない。 だけど。『それでも、お兄ちゃんは誰かを好きになる事をやめなかった。妹の私だけじゃないわ。キャプテン、雷門や帝国のみんな。お兄ちゃんはみんなが大好きだから、みんなもお兄ちゃんが大好きなの。お兄ちゃんもみんなも知ってるんだよ。それが“幸せ”って事なんだって』 春奈は兄の話をする時、とても“幸せ”そうに、見えた。 兄の事が好きで、心から信じているのだと。信じる事をやめた木暮にも分かったのだ。−−じゃあさ。誰かを好きになる事も信じる事も出来ない人間は、どうすればいいんだよ。 それは、やっかみなのかもしれない。認めたくない事だけど。 グラウンドを見れば、いつものように修練に励む漫遊寺イレブンの姿がある。 卑屈な気分になって、木暮が身体を丸めた時、だった。 ドォン! 空から、重たい音と共に何かが落下してきて。砂埃が晴れた先を見た雷門の連中が、身構えたのが分かった。 黒いサッカーボール。イプシロン、襲来だ。 NEXT |
真実は案外、傍にあるのかもしれないけれど。