何かを期待していたのかもしれない。 退屈だと思うことも、罪の意識も、赦されてはいなかったけれど。 それでも何かが変わる事を、祈っていたのかもしれない。 救世主なんて、この世界の何処にもいないのに。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 0-16:見えぬ真実、掴めぬ事実。
事は鬼道の危惧した通りの展開となった。 自分達は闘わない。お引き取り願いたい。そう意思表示して説得にあたった漫 遊寺の話を、イプシロンの面々が聞く筈もなく−−ああ、そもそもそんなお人好 しの集団なら、そもそも侵略行為になど走る筈がないではないか。 長い黒髪のイプシロンのリーダー−−デザームといったか−−は、痛く機嫌を 損ねたようだった。そして副将らしき褐色の肌の少年、ゼルにアイコンタクト。 ゼルはニヤリと笑って、黒いサッカーボールを蹴り上げた。 制止の声をかける暇なく。 ボールは容赦なく、漫遊寺の校舎の一部を破壊した。正確には漫遊寺の敷地内 にある寺の五重の塔を、である。 生徒達の悲鳴が上がる。ガラガラと歴史的建造物が音を立てて崩れていく。そ れは築かれた積み木の城をちょっと手でつついて崩壊させる様にも似ていた。そ う、あまりにもあっけなく。 流石の漫遊寺イレブンも、黙ってはいられなくなったようだ。そして部長の垣 田が告げた−−お前達の挑戦を受けてやる、その代わり自分達が勝ったらこれ以 上の破壊はするな、と。 計算通り、と言わんばかりに満足げなデザーム。彼らに異論があろう筈もない 。そうして漫遊寺とイプシロンの試合が始まったのだった。 だが。
−−まさかここまで力の差があるとは…。漫遊寺は裏の王者とまで言われたほど の強豪校だぞ?
あまりにも無残な負け試合。いや、それはもはや試合と呼べるものなのか。 スピード、パワー、テクニック、作戦立案能力と実行力。全てにおいてイプシ ロンが圧倒している。次々と倒されていく選手達。哀れなほど開いていく点差。 まるで初めてジェミニストームと戦った時の自分達のような有り様だった。 それでも、漫遊寺イレブンは諦めない。そして彼らがボロボロになりながらも 立ち上がり続ける限り、自分達も目を逸らしてはならないと知っていた。 傍観者だからこそ。最後まで目を逸らさず見届けなければならないのだ。たと えどのような結末になったとしても。
−−エイリア学園について。だいぶ分かってきた事がある。
先日の北海道でのジェミニストーム戦において採取した、エイリア達の髪。そ の半分は、塔子がSPフィクサーズに頼んで、公的機関に解析を依頼していた。 ところが。
『解析データが…握りつぶされたみたいなんだ』
その科捜研がクロだったのか。あるいはもっと上から圧力がかかったのかは分 からない。いずれにせよ、自分達は解析結果を知る事ができなかったのである。 だがこれでハッキリした。エイリア学園には少なくとも、地球人のバックいる 。それも公的機関に圧力をかけられるほどの。加えて、彼らのDNA鑑定をされたら マズイ理由があるのだ。 鬼道の中で、既に推測は確信に変わりつつあった。だが肝心の証拠がまだ無い 。さらに、黒幕の正体をハッキリさせなければ解決にはほど遠い。 そこで、影山絡みの件で世話になっている鬼瓦刑事に幾つか依頼をしたのであ る。何処に敵がいるか分からないから内密に、を前提にして。
−−たくさんの子供達。サッカー。圧力をかけられるほどの権力。研究機関に財 力。そして…神のアクア。恐らく、そこに鍵がある。
影山が脱走し、側に黒いサッカーボールが落ちていたという話は、まだニュー スになっていない。しかし鬼道財閥を率いる義父から情報を得て、鬼道は既に知 っていた。まだ皆には話していないが。 影山の脱走にエイリアが関わっているのはほぼ間違いない。ならば影山のフッ トボールフロンティアの陰謀にも、エイリアの影があった可能性がある。 鬼瓦は言っていた。神のアクアの解析を進めているが、原材料に見た事もない 物質が混じっていて調査が遅れていると。 最初は軍事用のドラッグと思われていた。確かに某国で使われていた増強剤が ベースなのは間違いないという。だが明らかに、それ以外の物質が混じっている 。まるで独自の改良を加えられたかのように。
−−エイリアの連中がもし本当に人間で。神のアクアのような薬物により強化さ れているとしたら…。
薬物と生体実験。相応の規模の研究機関が必要になる筈だ。つまり、黒幕はか なりの権力と金を持つ人物。影山があの時間に北ヶ峰を通るという事を知ってい たのなら、警察にもネズミがいる筈である。敵は組織力がある。それも規模はけ して小さくない。 それだけではない。エイリアの子供達という被験者を、黒幕はいかにして調達 か。ジェミニストームとイプシロン、少なくとも二十二人以上。その人数を集め るのは容易ではない。 宗教か、拉致か。ここは日本なのだ。二十二人もの子供達が突如失踪して足が つかないとは思えない。少なくとも親達が騒ぎ出す筈だ。そのニュースも圧力を かけて握り潰しているのか?それとも親達も洗脳されているのか? 海外から攫っていたという可能性は低いと思っている。何故ならレーゼ達は流 暢な日本語を喋っていた。特筆すべき訛りもない。幼い頃から日本語教育を受け ていたと考えるのが自然だ。 だったら。 一番簡単な方法は。全員身寄りのない子供達を使うこと。それならばこの国で も事実は発覚しにくいのではないか。
−−黒幕は日本人。日本の情勢に詳しい権力者。孤児院のアテと研究所のアテが あり、かつサッカーに固執する人物…。
全ては憶測の範囲でしかない。しかし筋は通るのだ。 その推論を鬼瓦に話した上で依頼した事とは。今挙げたような条件に当てはま る人物をリストアップして欲しいという事。 特に孤児院の件から絞り込める筈だ。最近子供達の姿を見かけなくなったり、 奇妙な失踪事件が起きた施設はないか。その関係者に、サッカーに固執し、なお かつ経済界の大物がいないか。 何より。レーゼやデザームの顔はテレビでも流れているのである。その顔の子 供が施設にいた証拠を掴めれば決定打になるだろう。 物的証拠さえあれば、この直感ばかりのデタラメ推理にも裏付けがとれる。あ とは鬼瓦がうまく動いてくれるのを期待するしかない。 ある程度お膳立てしてくれれば、今度は義父の方からも手を回して貰える筈だ 。あまりやりたく無いがそうも言ってられない。事は一刻を争う。使えるものは 全て使わなければ。 もし。もし本当に“サッカーでの侵略”がブライドに過ぎないとしたら。自分 達は勝っても負けても地獄行き、だ。自分達が勝った場合、向こうが強硬手段に 出て来る可能性がなきしにもあらずにわけで。
−−俺が、真実を掴んでやる。
これはきっと自分にしか出来ない事だ。塔子のような強さもなく、円堂のよう に皆を支える事もできない非力な自分にも。真実を明らかにする事で皆を護れる なら−−救えるのなら。 迷いはしない。必ず掴み取ってみせる。自分達の未来の為に。誇りの為に。
自分達はジェミニストームほど計画性が無いわけではない。 破壊活動の範囲と内容についてそれなりの指示は受けているが、細かなターゲ ット設定などに関しては一任されていると言っていい。 デザームの性格を考えれば。簡単に踏み潰せるような弱小校に興味を持たない のも当然。“既に破壊済みの学校”と“形式だけで真っ当な教育機関と認知され ていない学校”、さらに“ある一校”を除けば好きにしていいとの事。 フットボールフロンティアの裏優勝校と名高い漫遊寺をイプシロンが襲撃する のは、ある種必然だったといえる。 しかし。 デザームは現在非常に不機嫌だった。強豪校である筈の漫遊寺が、対戦を断っ てきたのもある。だがそれ以上に不愉快に思ったのは、いざ戦ってみた彼らがあ まりに弱かった為だ。
「退屈させるな…人間が」
買い被りすぎていたようだ。少なくともこちらに必殺技を出させるくらいには 、足掻いてくれるものと思っていたのに。 そりゃ身勝手な落胆だと言うかもしれないが。期待していた分失望は大きい。 開始三分でデザームはこの試合に飽き始めていた。 それでも完全に叩き潰さなかったのは、僅かばかり面白みがあった為である。 愚かすぎて笑えるのもある。漫遊寺イレブンは圧倒的力の差を見せつけられて尚 屈しなかった。何度倒されても立ち上がる姿には呆れると同時にやや感服させら れたのである。 そういえば、あの雷門もそうだったか。 チラリとベンチの方に目を向ける。オレンジ色のバンダナを来た小柄な少年と 目があった。彼は圧倒的実力差で叩きのめされる漫遊寺を見て尚怯んでいない。 それどころかデザームを睨み返してさえ来る。
−−奴が円堂守。雷門イレブンのキャプテン、か。
最初はジェミニストームに、手も足も出ず叩きのめされた筈だった。しかし彼 らは諦めを知らず、努力を怠る事も知らず。三度エイリアの前に立ちふさがり、 ジェミニストームを打ち破ってみせた。 実に興味深いではないか。 今戦えば間違いなく自分達が勝つ。それくらいの自信はある。だが、二度目三 度目は分からない。そう思わせる何かが奴らにはある。
−−お前達が来い。私の前に。このフィールドに!
決着は精々、六分あれば充分だっただろう。しかし漫遊寺が実力差にめげず粘 った事と、イプシロンが本気で無かった事で、一応形だけでも試合は最後まで行 われた。 結果は言うまでもない。二桁の点差がつくなど、地球のサッカーでは有り得な い事だっただろう。
「お前達は試合に負けた。ペナルティは受けて貰うぞ」
地面に這い蹲りながら、影田、とかいう名前の副将が制止の声を上げる。惨め な姿を鼻で笑いながら、デザームは黒いサッカーボールを掲げた。 お前達は地球人のように弱くはない。選ばれた、星の使徒なのです−−敬愛す る人の声が耳の奥に木霊する。 そう、自分達はエイリア。誇り高きイプシロンの戦士。目の前の人間達のよう な無様な敗北は有り得ず、ジェミニストームのような醜態も晒しはしない。勝利 だけが自分達の存在証明なのだから。 敵は残さず誘き出し、纖滅するのみ−−!
「やめろ!」
ゼルが掲げたボールを蹴る寸前に。上がった声に、デザームはニヤリと笑った 。計算通りだ、と。
「俺達が代わりに戦う!お前達を倒す!勝負しろイプシロン!!」
キッ、と幼い面に怒気を乗せて、こちらを睨みつけてくる円堂。他の者達はや や戸惑い気味だが(こちらの力に気圧されていると見える)声に出すほどの異論 は無いようだった。 奴らの性格は既に、三度のジェミニストームとの戦いの様子から把握している 。人間思いでお人好し。一度目の時は傘美野中、三度目の時は白恋中を庇ってこ ちらに戦いを挑んできたくらいだ。 漫遊寺イレブンが敗れ、彼らの学校を破壊するとなれば。今度は自分達が闘う と言い出すのは容易く予想がついた。 それがこちらの狙いだとは考えもせず。
「…面白い。死に急ぐか、雷門イレブン」
ジェミニストームに打ち勝った現代のイナズマイレブン。彼らは楽しませてく れるだろうか。
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それは変わり行く結末へのプレリュード。