数の暴力という意味では、自分達の立場は不利だろう。 何時終わるかも分からぬマラソンは、誰もに苦痛を強いるもの。 それでも自分はあえて、この世界を有利と位置づけよう。 実際間違っていない、何故なら自分達には、立ち上がる権利があるのだから。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 0-17:平等不平等、公平不公平。
雷門とイプシロン。今この場で二つのチームがぶつかる事に、異論のある者は いなかった。 たった一人を除いては。
「待て円堂。…今すぐ勝負という訳にはいかない」
制止の声を上げたのは−−鬼道。えー!と驚きを隠しもしないチームメイト達 。
「な、何でだよ鬼道!」
まさか止められるとは思わなかったのだろう円堂が困惑した顔でこちらを見て 来る。 どうやら試合試合を許可しない、と受け取られてしまった模様。違うそうじゃ ない、と慌てて否定する。 「フェアじゃない勝負はしたくない。お前もそうだろう。ハンデのある相手に仮 に勝てたとして、それで満足か?」 「へ?…ハンデ?」 「考えても見ろ。あっちは一時間フルに戦っての連戦だぞ。これの何処が公平な んだ」 「あ…」 どうやら円堂も初めてそこに行き当たったらしい。ポカンとした顔で、確かに 、と頷く。 「我々もナメられたものだな。こちらは構わないというのに」 「お前が構わなくても、こっちは構うんだ」 不愉快、というより。不思議そうな顔になるデザーム。きょとんとしていると いうか何というか。ますますそれが人間くさい。ついでに子供っぽい。 最初は彼らを、“理解できない宇宙人”という思い込みで見ていた。故に視点 にはフィルターがかかっていたし、最初から彼らを理解する事を放棄していたの だ。 まったく、ゲームメーカーとして失格だ。 敵の思考を予測し、理解する。それは救済のみならず、敵を倒し、またその正 体や作戦を暴く事にも有効。むしろ基礎中の基礎ではないか。 真実は、愛が無ければ見えないという。即ち思い込みや偏った認識だけで世界 を見てはいけない。それではけして真実には辿り着け無いのだ。
「…そもそも、俺達はただでさえ最初から、ある観点においては有利なゲームを させて貰ってるんだ」
これは一種の賭。鬼道は素早く頭の中で作戦を組み立てる。 心理戦もまた、まごう事なき勝負。かつてあのフットボールフロンティア地区 決勝で、自分達が影山の策略に読み勝ってみせたように。
「考えても見ろ円堂。俺達は何回ジェミニストームと戦った?…三回だ。最初の 二回は負けている。妙だと思わないか?確かにペナルティは受けたが…再戦を許 されたんだ。だから最終的には勝てた。しかし、俺達に一回負けただけのジェミ ニストームは…どうなった?」
円堂は暫く考えこみ−−何かに気付いたように顔を上げる。 「…再戦が許されなかった。一回負けただけなのに…消された」 「そうだ。…お前達、俺が言いたい事が分かるか?」 後ろに並び立つ雷門メンバーを振り返り、問う。塔子は一ノ瀬といった面々は 合点がいったようだが、壁山や栗松はイマイチ理解しきれていない顔だ。
「このゲーム。俺達は負けても、何回だって再挑戦できるが、エイリアは一回の 負けも赦されないルールなんだ。これが有利でなくて何なんだ」
さて、向こうはどう打って出るか。デザームを窺えば、彼はどこか愉しげな笑 みを浮かべていた。何だか玩具を見つけた子供のようだとすら思ってしまう。
「なかなか面白い点を突くな、貴様。だが勘違いしてないか?我々が貴様らにリ トライを許しているのは、単なる気紛れにすぎん」
デザーム自身は冷静なようだが、鬼道は気付いていた。隣に立つゼルが、どこ かハラハラしたように自らの主将を見た事に。
「気紛れ?それは有り得ないな」
出来るだけ動揺を誘い、隙を突いて情報を奪う。それが出来るのは自分しかい ない。
「そもそもサッカーでの侵略というのが不明瞭にして回りくどい。お前達がやっ ているのは手間を増やそうとしているとしか思えない。そして一回のミスでジェ ミニストームを消すような組織が、気紛れで反乱分子をほっておく?随分矛盾し てるな」
自分達を早急に排除したいなら、サッカーなんか使わずとも簡単な方法がいく らでもある。塔子以外は皆普通の子供にすぎないのだ。大人達に一斉に襲いかか られるだけでアウトな筈である。 サッカーに拘る理由があるのだとしても。最初の試合でそうだったように、メ ンバー全員片っ端から病院送りにすればもうリトライはきかない。それどころか 彼らの能力ならば試合中に自分達を殺す事すらできるのではないか。 ジェミニストームの二回戦以降、明らかに連中の戦い方が変わったように思う 。まるで雷門イレブンをわざと生かして、自分達を追うように仕向けているかの よう。
「お前達は上から命じられてるんじゃないか。俺達を倒し、何度でも戦う機会を 設けよと。少なくともジェミニストームを倒した時点で俺達の存在はマークされ ている。ここで俺達と出逢った時点で、“戦わない”という選択肢は赦されてい ないんじゃないか?」
たたみかける鬼道。じっと視線を逸らさず、イプシロンの面々を見つめる。そ の動きを見逃す事の無いように。 そして−−重たい沈黙が破られる。
「ははははっ…素晴らしい!」
デザームが笑い出したのだ。 「つまりこういう事だな?そちらの条件を呑まない限り我らとは戦わない、と」 「好きに解釈すればいい」 「ははは、我らに対して臆さず、隙あらば正体すら暴こうというのか。気に入っ たぞ、その度胸。いいだろう、目的は何だ?」 「デザーム様っ…!」 後ろから紫がかった黒髪の少年、メトロンが非難めいた声を上げる。しかしデ ザームは彼らの不満を睨みつける事で黙らせた。 なるほど。イプシロンの中でも、キャプテンのデザームは別格の存在であるら しい。“様”付けするくらいだからよほどだろう。そういえばレーゼも、チーム のメンバーから様付けして呼ばれていた気がする。 「大した事じゃない。言っただろう、俺達の望みは漫遊寺が破壊されない事と、 あんた達と少しでもフェアな条件で戦う事。それだけだ」 「なるほど」 くつくつと笑うデザーム。長身長髪に加えその喋り方と声のせいで、随分大人 びて見える彼だが。実際の年齢は自分達と大差ないのかもしれない。いや、もし 予想が正しければ、彼も中高生の年代である筈なのだ。
「先の望みは心配要らない。我々の標的はたった今変更した。破壊すべきは漫遊 寺に非ず。我々に刃向かう反乱分子…貴様ら雷門イレブンにな」
ひっ、と背後で目金がやや情けない悲鳴を上げる(いくら体が大きいからって 、後輩の壁山の後ろに隠れるのはいかがなものか)。 勝手に決めんなよ…と土門が怒り半分呆れ半分な呟きを漏らした。
「正々堂々の潰し合いはこちらも歓迎するところ。面白い。…三日後。我らはも う一度この場所に現れよう。そこで我らイプシロンの挑戦を受けるがいい、雷門 イレブン!」
ブン、と黒いサッカーボールがデザームの手の中から浮かび上がる。一時撤退 する気なのは見て取れた。漫遊寺の生徒達がある者は唖然とし、ある者は悔しげ に顔を歪めながらその光景を見守る。
「…お前達が俺達と戦い続ける目的。それが何らかの時間稼ぎなのか、俺達を対 抗馬に仕立て上げて何かをしでかすつもりなのかは分からない」
だが一つだけ訊かせろ、と。鬼道はまがまがしい光の中に消えようとするエイ リア学園に、疑問を投げかける。
「お前達は…本当に宇宙人なのか?」
一瞬、デザームの顔が驚愕に染まり−−しかしすぐに元のポーカーフェイスに とって代わられた。
「…戯言を」
それ以上勘ぐる事は出来なかった。次の瞬間黒い霧がはじけ−−彼らの姿は消 滅してしまったのだから。
「…ビンゴ、かな」
いよいよ、自分は事件の核心に近付きつつあるらしい。裏を返せばもう引き返 しようのない場所まで来ているという事だ。 そして奴らに、三日という猶予をつけさせる事に成功した。その真の狙いは、 彼らの情報を探る時間を稼ぐ為だったのである。鬼道の目論見通りに事は運んだ と言っていい。 三日あれば、鬼瓦の調査、聖也の遺伝子解析、義父経由の情報−−どれかは揃 える事ができるかもしれない。
「鬼道」
イプシロンの気配が完全になくなったと見て、風丸が声をかけてきた。
「お前、何が狙いなんだ?」
正直。侵略者相手にフェアプレイに拘る必要はない、と彼は思っているのだろ う。以前円堂相手に、神のアクアが欲しいとすら漏らしていた彼だ。 「…もう少しで、奴らの尻尾を掴む事ができるかもしれないんだ。その為に時間 が欲しかった」 「何だって?!本当か?!」 「ああ。だが…憶測で物は言いたくない。証拠が揃ったらお前達にも話す」 ふと、色の違う視線を感じて顔を上げる。瞳子は鬼道と目が合うや否や慌てて 逸らした。まるで動揺を隠すように。 彼女の正体についても気にかかる。何故そこまでエイリアを倒す事に拘るのか 。今までの言動からすれば、エイリアに何らかの因縁があるとしか思えないのだ が。
−−瞳子監督には悪いが。彼女経由から連中の正体をあぶり出すのも可能かもし れない…な。
胸の奥がざわざわする。 握りしめた拳が震えている。塔子は心を落ち着けたくて、一つ息を吐いた。 どうやら鬼道は、真実の一部を掴みかけているらしい。鬼瓦刑事や義父の権力 を使って、いろいろ調べているようだ。 一体何を知っているのか。教えて欲しいとせがんだが、ハッキリするまで待っ て欲しいと断られた。何やら深刻そうな表情で。 今だってそう。 うまくイプシロンを口車に乗せて、時間を設ける事に成功した。完全に彼の独 断だ。判断が間違っているとは言わないが−−もう少し相談してくれればいいも のを。
−−あんたは、一人で背負いすぎんだよ。
分かっている。分かっているのだ、鬼道は自分達を想っているからこそ、不安 を煽らないように口を噤んでいるのだと。 だけど。
−−せめて…あたしにくらい話してくれてもいいじゃんか。そんなに頼りないっ てのかよ。
スミスの堅い声を思い出す。 データが消された。政府や警察にも、エイリアの息がかかった連中が潜んでい る可能性がある。事は思っていた以上に規模が大きい。お嬢様はどうか手を引い て下さい、と。 それでのこのこ引き下がる塔子では無かったが、ヤバい事になっているのは確 かだ。しかしこれ以上はSPフィクサーズにも最低限しか協力して貰えないだろう 。こちらとしても彼らにまで火の粉がかかる事態は避けたい。
−−あたしにはこれ以上調べるアテがない。…でもさ。あたしにだって出来る事 があるんだよ。
彼は、忘れてしまったかもしれないけれど。 約束したのだ。鬼道の事は、塔子が守るのだと。彼が辛い時は自分が必ず助け に行くと。 彼に頭があるなら、自分にはこの拳がある。彼が心に誓うなら、自分は魂に刻 む。
−−だから…もっと近くに居させて。やっと一緒に戦えるんだから。
その背中が、今はまだ遠い。 いつか触れる事もできないほど遠ざかってしまう気がして、塔子は唇を噛み締 めた。
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現在地点を確認できずに、ゴールなど見える筈もなく。