いつか貴方も気付くでしょう。
 待つだけでは風は吹かないことを。
 いつか貴方も知るでしょう。
 出会いと心が、世界を変えていくことを。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
0-18:レグロ、カンタービレ。
 
 
 
 
 
「情けなさすぎて、ほんっと笑える」
 
 木暮は愉しげに−−しかし何処か苦い笑みを浮かべて言った。
 
「結局、ズタボロに負けてやんの。あんなにエラそうに俺の事パシってたくせに
さ!馬っ鹿みたい!!
 
 春奈は哀れに思った。悲しい子だ。まるでいつかの自分を見ているよう。
 イプシロンが一時撤退した後。今回はまったくダメージを負っていない雷門イ
レブンは、普段以上に特訓に励んでいた。しかし、漫遊寺メンバーで唯一無傷の
筈の木暮はすっかりやさぐれて、皆の邪魔をするばかり。
 食事に唐辛子をぶちまけてダメにした時は、流石に春奈も怒った。愛情に餓え
ている木暮は責め立てられればどんどん卑屈になるだろう。それでも時には真正
面から叱ってやるべきなのも分かっている。
 そして夜。
 この間は道場で密かに特訓していた木暮が、今度はトラップ作りに終始してい
た。水の入ったタライをせっせと用意する姿は楽しそうではあったが−−間違い
なく、何処かが歪んでいた。
 悪意のある遊びは、第三者の目からは明らか。それを本心から楽しめてしまう
人間は、けして多くないのだから。
 今日は特訓しないのか、と。尋ねた春奈に木暮は言う。あいつらを見てたらや
る気が失せた、と。
 そのまま会話は冒頭へと戻る。
 
「…力が及ばない事は、誰にでもあるよ。勝ちだけがすべてじゃないなんて言っ
たらそれは奇麗事かもしれないけど」
 
 そんな木暮に、春奈は静かに語りかける。昨晩と同じように。
 
「倒れた事がない人なんていないの。…どんなに足掻いても叶わない敵が、どん
な人の前にも必ず現れる。漫遊寺のみんなにとってはそれがイプシロンで、今日
という日だったんだと思う」
 
 勝ち続けるだけの者が、負けを知らない者が果たして最強に成りうるのか。
 答えはNOだと知っている。自分は兄や、雷門の皆の姿を見てきたから分かる。
 何度這い蹲っても立ち上がる姿の、なんと神々しく美しい事かを。
 
「でも、漫遊寺のみんなは何回打ちのめされても立ち上がった。それ以上の強さ
は無い。…木暮君も、立ち上がってみたら、自分でもビックリするくらい強くな
れる筈よ。保証する」
 
 倒れ伏して尚立ち上がった時、人は空の青さを知るだろう。
 深い深い絶望に打ち勝った時、人は傷だらけの希望を掴み取る事ができる。
 春奈にはまだ、そんな試練は訪れていない。両親を失った悲しみから立ち直っ
たのは自分の力などではなかったから。だからきっと、本当の試練が来るとした
ならば、これから先の未来になのだ。
 自分は、なりたい。兄のようにキャプテンのように、立ち上がり続ける強さを
持った人間に。
 
「…んなカッコ悪いの、ごめんだよ。そもそもどうせ俺、試合に出して貰えない
んだ。チャンスなんかあるもんか」
 
 悔しげに唇を噛み締める木暮。
 
「だから!あいつらを別の方法で見返してやんだよ!俺の為に修行させた?俺の
為に試合に出さない?はっ…偽善者すぎて虫酸が走るぜ!!誰が信じるかよ!!
 
 偽善者。確かに、そうかもしれない。
 あなたの為を思って何かをして“あげた”。そんな恩着せがましい言葉を、自
分は施設で何度も聞いた。その度に思ったのだ。そんな言葉、誰が信じるものか
、と。
 あの頃の自分は、卑屈に縮こまるだけの子供だった。
 両親が死んだと聞かされて。誕生日に帰って来るという約束が反故になったと
知って。最初に思ったのは悲しみではなく怒り。死というものを朧気にしか理解
していない春奈は泣き喚いた。
 どうしてパパとママは帰って来ないの、と。
 泣き喚いて、兄に八つ当たりして困らせた。自分も悲しくて辛かった筈なのに
、鬼道は憤る事もなくただ春奈を抱きしめてくれた。春奈の前では、涙すらも見
せなかった。
 両親が死んだのは飛行機事故だ。彼らとて死にたくはなかっただろう。約束を
破るつもりなどきっとなかっただろう。それでも幼い春奈は思わずにはいられな
かったのだ。
 両親は嘘を吐いた。
 自分達は裏切られたのだ、と。
 だが父と母のいなくなった空白を埋めてくれた存在が、自分にはいる。周りの
大人達を誰一人信じられなくなっていたあの頃、兄だけは信じる事ができたのだ
 鬼道は一度たりとも言わなかった。お前の為に、なんて。理由を言う時はいつ
もこう言った。自分の為にやっている、と。
 そんな彼が春奈の世界の全てで、父の代わりで、母の代わりで。依存しきって
しまっていた。彼は死んだ両親の分まで自分を愛してくれたから。
 もし兄がいなかったら。きっと自分も木暮のように歪んでしまっていただろう
 
「サッカーが出来ない腹いせに悪戯三昧、か。また短絡的だな」
 
 はっとして振り向く。道場の扉を開けっ放しにしていた事を思い出した。いつ
の間にかそこに鬼道が立っている。どうやら話を聞かれていたらしい。なんだか
気恥ずかしくなって俯く。
「チャンスが無いなら作ってみせろ。都合のいいハッピーエンドなんて、待って
いても訪れない。自分で創らない限りはな」
「知ったようなクチきくなよ」
 木暮は警戒心丸出しで睨むが、兄はどこ吹く風とばかりに涼しい顔だ。
「これ以上春奈の心労の元になられるのも、練習の邪魔をされるのも御免でな。
…いい機会だ。そろそろケリをつけておこうか」
「何?」
「お前の実力を見せろ、と言っている。もし俺を唸らせるようなプレイができた
ら…お前を試合に出すよう、進言してやってもいい」
 木暮の目がまんまるに見開かれる。
 兄の意図は分からない。だが鬼道がわざと上から目線で木暮を挑発しようとし
ているのは確か。何か考えがあるのだ。
 
「そうね。…いい加減、終わりにして欲しかったところよ」
 
 だから春奈も便乗した。立ち上がり、木暮のコンプレックスを突く形で見下ろ
す。
「ほっといてくれって私に言ったでしょ。いいよ、この勝負にあなたが勝ったら
いくらでもほっといてあげる。もうあなたに関わらないって誓うわ。その上試合
にも出られるって言うんだから悪くない話でしょ?」
「か、勝手に決めんなよ!俺を試合に?そんなの信じられるわけ…」
「信じる信じないは結構!!
 ふん、と挑発的に鼻を鳴らし、壮絶な笑みを浮かべる春奈。
 
「それとも何?自信がないわけ?ま、それなら仕方ないわね。弱虫のチキン野郎
じゃ、相手にするだけ無駄だし」
 
 お前も随分言うな…とやや引き気味な兄の呟きが聞こえた気がしたが、とりあ
えず無視する事にする。
 怒りを感じているのだろう。木暮の小さな肩がわなわなと震えている。
 
「…分かったよ」
 
 キッとこちらを睨みつけて、少年は言う!
「見せてやろうじゃんか、俺の実力!」
「はっ、言ったわね!」
 まったく分かりやすい奴、と考えて。一瞬単細胞と名高い我らがキャプテンの
顔が浮かんでしまい、春奈は慌てて打ち消した。
 いやいや、いくらサッカーバカでも失礼だろう自分!
 肩を怒らせてグラウンドに飛び出していく木暮。まあこの時間ならもう練習し
ている面子もいないだろうし(絶対と言い切れないのがうちのチームだが)大丈
夫だろう。
「ちょっと可哀想な事言っちゃったかな…お兄ちゃん相手に木暮君が勝てるとは
思えないし」
「何言ってるんだ?春奈」
 春奈の呟きに、鬼道はきょとんとした顔で、とんでもない爆弾発言を投下して
くれた。
「木暮の勝負の相手はお前がやるんだぞ」
「…はい?」
 ひっくり返りそうになった自分は−−多分間違っていない。
 
 
 
 
 
 
 
 TO:基山ヒロト
FROM:円堂守
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
メール遅れてごめん。試合やら特訓やらでバタバタしてて遅れちった(_;)
具合どう?まだ外出禁止令解けないの?昼間にも一緒にサッカーやりたいんだけ
ど無理かな(^_^;)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 
 TO:円堂守
FROM:基山ヒロト
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メールありがとう。こっちこそ忙しい時に空気読まなくてごめん。
具合は大丈夫だよ、父さんが大げさなだけだから。だけど当分出歩かせて貰えそ
うにないや…。
試合って宇宙人とやったの?あれ、でも中継入ってなかったよね?
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 
 TO:基山ヒロト
FROM:円堂守
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
試合やったの俺達じゃないんだ、漫遊寺。そもそも漫遊寺に来た襲撃予告だし。
俺達も最初頭に来ちゃって喧嘩ふっかけたんだけどさ、そしたら鬼道に止められ
ちゃって(^o^;)
フェアじゃないからやめようって…あ、鬼道って誰か教えたっけ?
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 
 TO:円堂守
FROM:基山ヒロト
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
教えて貰ってないけど分かるよ、彼も有名だし。ドレッドにマントにゴーグルの
小さい子でしょ?
天才ゲームメーカーなんだよね。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 
 TO:基山ヒロト
FROM:円堂守
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ち、小さいって…( ̄口 ̄)
本人が聞いたらキレるぞ。ってか鬼道に限らずうちのみんな身長気にしてるし…
ヒロトだって充分ちっさかったじゃん!!
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 
 TO:円堂守
FROM:基山ヒロト
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
君もさりげなく酷い…円堂君にだけは言われたくないよ。
ほんと、神様って不公平!
チームには俺よりずっと背が高い人もいっぱいいるのにさ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 
 TO:基山ヒロト
FROM:円堂守
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
あ、ヒロトもサッカーチーム入ってんだ。どんなとこ?対戦してみたいなぁ〜(^O^)
京都のチームなのか?
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 
 TO:基山ヒロト
FROM:円堂守
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
京都じゃないよ。そもそも京都には父さんの仕事の都合で一緒に来てただけだか
ら。
試合したいけど、外出禁止令解除されない限りはどうしようもないかな…。暫く
屋内サッカーチーム場で我慢してる。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 
 TO:円堂守
FROM:基山ヒロト
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
そっか。じゃあ仕方ないな;;
まあ俺達も当分全国飛び回ってるしなぁ…。
でも約束だぞ!!いつか絶対試合しような(*^-^)b
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 
 TO:円堂守
FROM:基山ヒロト
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
うん、いつかね。じゃあそろそろ遅いし、おやすみ。風邪引かないように気をつ
けてね。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 
 TO:基山ヒロト
FROM:円堂守
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
おう。おやすみ〜!
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 
 メールを打ち終わった円堂は携帯を閉じる。残念ながらまだ眠くない。
 もう少しくらい起きていてもいいだろう。勝手にそう決めて、円堂はまたキャ
ラバンを抜け出した。
 
 
 
 
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