偽りの羽根は落ちて。
 僕は地面に叩きつけられて。
 ようやく空が青いことを知ったのです。
 君は悪い夢から救ってくれたのです。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
0-20:士と魔術師、小さな宴
 
 
 
 
 
 翌日。
 円堂はまたしても寝坊しかけて、危うくまた瞳子の雷が落ちるところだった。
ギリギリのところで起こしてくれた土門に感謝である。
 驚いた事に、寝坊しそうになったのは円堂一人。同じく夜更かしした筈の春奈
、木暮、鬼道は何もなかったようにケロっとしている。睡眠時間が短くても平気
なのか朝強い体質なのか。
 だとしたら実に羨ましい。
 
「今日は全員のキック力強化を中心に特訓したい」
 
 朝食後。午前練が始まって最初に鬼道が提案する。
 
「先日白恋やジェミニストームとの戦いではっきりした。俺達にはポジション
ごとに役割があるが臨機応変に攻守を使い分けられる事も大切だ。そういう意
味では吹雪の能力はかなり重宝すると言える」
 
 ちらり、と彼は吹雪を振り返る。突然名前を出されて吹雪はキョトンとした顔
をしたが、やがて意味する事を悟ってかニコリと微笑んだ。
 確かに。吹雪はFWDFを瞬時に切り替えて行動できるユーティリティプレイヤ
ー。攻撃が手薄な時は攻撃、守備が手薄な時は守備に回る事ができる器用さを持
つ。彼のおかげで作戦のバリエーションも大幅に増えたと言っていい。
 
「だが今現在、攻守両方に長けた人材が吹雪しかいないのが現状。このままだと
吹雪の負担が大きすぎる。全員薄々勘づいてるだろうが、今のメンバーの大半の
能力が攻撃か防御に偏りすぎているからな」
 
 それでは今後の戦いで対応しきれないだろう。
 鬼道の言葉に、それもそうだ、と誰もが頷く。
「一番分かりやすい喩えをしようか。勝負を決める為にとザ・フェニックスを出
そうとするだろ?そうするとどんな問題が発生する?」
「あーなるほど」
 声を上げたのは一之瀬。たった今喩えを出された必殺技の主軸となる人物だ。
「まず円堂が抜けるから、ゴールがガラ空きになるだろ。おまけにウィングバッ
クの土門もトップ下の俺も抜けるから守備がめっちゃんこ甘くなる」
「げ」
 理解して皆が一斉に苦い顔になる。円堂も多分似たような顔になっているだろ
う。
 ザ・フェニックスは強力な必殺技だ。しかしリスクが非常に大きい。まず必殺
技を出す為にはかなり三人の助走距離が必要であり、技の準備時間が長いという
事。
 この助走中、ドリブルする一之瀬がボールを奪われでもしたらどうなるか?
 ゴールはガラ空き。ディフェンダーは人数が足りず当の一之瀬がすぐ動ける筈
もなく。つまり中盤から下が全部手薄になる危険が高いという事。あっという間
にカウンターの餌食だ。
 むしろ今までよくこの問題が浮上しなかったもんである。
「根本的な事を言うと、MFの一之瀬とDFの土門とGKの円堂でシュートを打つ事自
体が大いに間違ってるわけだが」
「め、面目ない
 この三人でシュートを作ってしまった当事者の一之瀬が、俯いてオドロ線を背
負う。分かっちゃいるが鬼道、容赦がない。
 
「まあ今それを言っても仕方ない。とにかくこんなケースは残った全員で空い
たポジションをカバーしなければならないわけだ。状況にも寄るが、三人が上が
っている間代わりにFW二人が中盤まで下がるくらいでないとマズい」
 
 地面に簡単なコートの図を書いて鬼道は解説する。図解してみると状況がよく
分かる。シュートを打つ事でフィールドのどの辺りが手薄になるのかも。
 一之瀬が抜けた穴を一時的にFWが埋め、彼の代わりにディフェンスに入るとい
うのは合理的だろう。無論FWの本領は攻撃。後ろに下げすぎては意味を成さなく
なるのが難しいが。
 
「だがせっかくツートップを後ろに下げてカウンターに備えても、この二人の守
備がザルでは話にならないわけで」
 
 あ、今染岡が明らかにギクリとした。
 彼はストライカーとして非常に優秀だ。そのキック力や強力なシュートは頼り
になるし、雷門の点取り屋としても名高い。
 だが良くも悪くもFW体質なのだ。地道な守備にはほとほと向いてない。今はだ
いぶマシになったが、前はスライディングで奪ったボールがどっか行ってしまう
のもザラだったほど。
 今にしたって彼はブロック系の必殺技を持っていない。相手が必殺技を使って
ドリブルしてきたら簡単に抜かれてしまうだろう。
 
「つまり、いざという時対応できるように、FWにも守備を、DFにも攻撃を叩き込
むって事だよな」
 
 土門が結論を代弁する。
「そういう事だ。DFに叩き込みたい攻撃というのは主にロングシュートになる。
先日白恋との試合でやった作戦パターンDは覚えてるな?あれの応用を考えた
い」
「え、なになに、俺大活躍?」
「先日の試合でよく分かったからな。聖也のロングシュートはまったくアテにな
らんと」
「がぁんっ!」
 鬼道クン酷いわっ!と聖也がしなを作って泣き崩れる真似をする。その彼を仕
方なしといった様子で吹雪が慰めている。
 申し訳ないが円堂もこっそり同じ事を思っていたり。どんな強力なシュートで
も入らなきゃ意味がない。あの作戦ではボールを敵陣深くまで上げるのが最大の
目的だったからいいようなものの。
 
「今ロングシュートの必殺技を持っているのは聖也と栗松だけ。だが俺としては
最終的に、ディフェンスのほぼ全員にロングシュートを会得して貰いたい」
 
 拾った枝を握り、鬼道はさらさらと図の上に線を書き足していく。
 
「例えば最終防衛ラインの壁山&塔子のところまでボールを下げられてしまって
も。塔子がロングシュートを持っていれば、得点できなかったとしても一気に前
線まで引き戻せる。向こうも上がってきて守備が手薄になっているだろうからカ
ウンター効果は抜群だ」
 
 壁山と塔子の所にまでボールが来てしまうとなると相当ピンチだろう。だが効
果的なロングシュートがあれば一気にひっくり返せる。ピンチがそのままチャン
スになるのだ。
 シュートに明らかに向いていない壁山はともかく、塔子にロングシュートの必
殺技を覚えて貰うのは、なかなか悪くない提案である。
 
「なるほどね。ディフェンス陣にロングシュートを覚えて貰うのは、心理戦の
意味でもかなり効果があるよ。チェス盤をひっくり返そうか」
 
 対戦相手の立場になって考えてみるんだ、と吹雪。
「僕が対戦相手だったら。ディフェンスまで攻め込んだのに、どこからカウンタ
ーが来るか分からないのはかなり怖いよ。あと、もし誰にボールが渡ってもシュ
ートが来るようなチームならマークするのも一苦労だ。何処から攻撃されても
おかしくないってのはかなり脅威だと思う」
「その通りだ、吹雪」
 その為のキック力強化とロングシュート会得。円堂も含め誰もが納得した。ロ
ングシュートが打てる人間が多いほど作戦の幅は増えるし、心理的にも相手にプ
レッシャーを与える事ができる。
 例えば全員で一発ずつ相手ゴールにロングシュートを見舞ったらどうなるか。
全てが得点に結びつかなくとも、相手のGKとディフェンス陣をかなり消耗させる
事ができるだろう。
 
「さっきは守備の話をしたが雷門のサッカーは基本攻撃型だ。ロングシュート
が多ければ守りを固めた上で超攻撃的サッカーができる」
 
 天才ゲームメーカーの本領発揮。鬼道の言う事はもっともで、誰にも異論は無
い。多分明日は逆に全員での守備練習になるのだろう、と予測する。
 その時だった。
 
「雷門の皆さん、練習中すみません」
 
 漫遊寺中の正門。石段の方から駆けて来たのは、漫遊寺サッカー部レギュラー
の一人、影田巡だった。彼はメンバーの中でも比較的怪我が軽くて済んだ一人で
ある。
「実は雷門の皆さんにどうしてもお話があると客人がお見えになっているので
すが。あれ、監督さんは?」
「監督は今席を外してる。すぐ戻って来ると思うが客人?一体誰だ?」
 風丸が首を捻ると影田は少しだけ頬を染めて、言った。
「それが女の子なんです。私達と同い年くらいの。長い金髪の、とても綺麗
な方でしたが」
「金髪!?女の子!?
 マジで誰だ。心当たりがなくて、皆顔を見合わせる。鬼道だけがもしかして
という顔をしたが、誰も気付く事は無かった。
 
 
 
 
 
 
 
 自分が歩んで来た道は、間違いだらけだったかもしれない。
 少なくとも個人的には正しいと信じて来たし、そもそも善悪になんて頓着が無
かった。正義だとか悪だとか、そんな基準は多数決で決められた後付けにすぎな
い。
 だから、たとえ多くの外野に悪だと罵られても一向に構わなかった。あの人さ
え必要としてくれるなら。あの人と仲間達さえ側にいるなら。
 
−−罪を罪と知っていながら犯した。これからも償いきれる事ではないのかもし
れない。
 
 あの人を−−影山の傷を知っていながら止められなかった罪。
 神のアクアの副作用にとうに気付いていながら、仲間達をむざむざと死なせた
罪。
 自分も死ぬべきだった筈だと。そう考えて死に場所を求めてきたけれど。彼ら
を−−雷門イレブンの生き様を見て気付いた。
 人はいつか必ず死ぬ。だが大事なのは死ぬ場所ではなく、生き抜く場所なのだ
と。
 
−−私はあの人を救いたい。あの人と同じ悲しみがもう続く事のないよう悲し
い鎖を断ち切りたい。
 
 だから自分は−−亜風炉照美は此処にいるのだ。後悔せずに生き抜く事こそ、
死んだ仲間達への手向け。それは自分がかつて貶めてしまった彼ら、そして自分
を悪夢から目覚めさせてくれた彼らの側こそ相応しい。
 名前も知らない者達の世界の行方なんてどうでもいい。赤の他人の為にガムシ
ャラになれるほど自分は聖人なんかじゃない。だけど、彼らの世界は護りたい。
 
−−身勝手な誓いだとしても。例え拒まれる事になっても、私は。
 
 石段を登りきると、もうそこはグラウンドだ。自分の事を通してくれた漫遊寺
の生徒が、こっちです、と手招きしてくれる。
 待っていた雷門イレブン。照美の姿に、円堂は大きな眼をさらに大きく見開い
た。
 
 
 
 
 
 
 
 長い金髪の女の子。
 確かに−−影田が見間違えるのも無理はない(フットボールフロンティア決勝
を見ていたなら知っている筈だが、争い事は邪道と考える漫遊寺なら試合を見て
なくてもおかしくはない)。
 自分だって赤の他人だったら彼を女の子と勘違いしたかもしれなかった。
 久しぶりに見たその少年は相変わらず少女顔負けの美貌で、少し遠慮がちに微
笑んだ。
 
「久しぶりだね、円堂君」
 
 円堂は口をポカンと開けて、見れば見るほど女の子にしか見えないその顔を見
つめてしまった。きっと周りの反応も似たようなものだろう。
 
「何をしに来たんだ、アフロディ」
 
 どうして。何故彼が此処に。まさかまた影山の命令で自分達を倒しに来たのか
?いやしかし、影山は逮捕されている。薬物法違反やら傷害やらなんやら(あま
り詳しくは知らないが)で、今度こそ出て来れない筈だ。
 それが今になって何で。
 
「戦いに来たのさ、君達と」
 
 その言葉に、雷門の仲間達が一気に殺気立つ。だがその先に続いた台詞はあま
りに予想外のものだった。
 
「君達と共にエイリアを倒す」
 
 
 
 
NEXT
 

 

歩いて行こう、そこに空があるのなら。