信じてる、その言葉は何より切なくて。 信じたい、その言葉は何より辛くて。 愛してる、その想いは何より尊くて。 愛したい、その想いは何より苦しくて。 この背中に、白い翼は 無いとしても。0-23:碧の上で、舞い踊れ。 そうして−−イプシロン戦、当日。彼らが指定した時間は午前十時だが、いつも朝早くから練習している自分達にはあまり関係がない。精々木暮が朝ご飯への悪戯と、聖也あたりの寝坊を阻止すればいいだけだ。 前者は春奈が目を光らせているし、後者は寝間着のまま塔子に投げ飛ばされていたのでまあ大丈夫だろう(さすがにあれで起きない奴はいまい)。 昨日一昨日と、全員がハードな練習で基礎能力を底上げした。何人かは新たに必殺技も会得した。弱点も洗い出してフォームも修正した。あとは−−実戦で試すのみ。「お前さ」 ウォーミングアップを終えた木暮が声をかけてきたので、振り向く春奈。「何で選手じゃないの?マネージャーって退屈じゃん…雑用ばっかだし試合中た だ見てるだけだし。フィールドに出たいとか、思わないわけ?」 彼の疑問は多分、先日の彼との勝負から来ているのだろう。あの日は結局、木暮が春奈からボールを奪う事はなかった。木暮はいつまでも勝負を続ける気マンマンだったが、さすがに時間も時間なので鬼道と円堂からストップがかかったのである。 春奈からすれば。あのまま続けていればいつかきっとボールはとられていた。自分は彼に負けていた。だが木暮は納得してはいないのだろう。 勝ってもいないのに何故推薦が得られたのか、と。「私の実力なんて、まだまだだもん。試合に出てもみんなの足引っ張るだけだよ」「その謙遜ハラたつ。馬鹿にしてんの?その“まだまだ”なお前に勝てなかった 俺はなんなわけ?」「あ、いや…別にそういう意味じゃ…」 木暮はすっかりヘソを曲げてしまったらしい。どうしたものかと考えあぐねて頭を掻く。 こういう時。自分はあまりに多くの言葉を持っていないのだと気付かされる。これでもテストの成績は悪くないし、元新聞部なだけあって文字に触れる機会は多いのに。 とっさに浮かんで来るのはありきたりでつまらない言葉ばかりだ。「…うまく言えないけど。私ね…マネージャー業が退屈だなんて思った事はない の」 自分がマネージャーになったきっかけは、雷門のサッカーに惹かれたから。 自分は望んでこの場所にいる。確かに選手になりたいと思った事が無いわけではないが、選手として走る事ばかりが戦う手段じゃない。「選手になる事だけが方法じゃない。…私は私のやり方で雷門を守りたい。みん なと一緒に戦いたいから、此処にいるのよ」 元より人と直接争うのが苦手な性分だ。サッカーはぶつかり合いの多いスポーツ。そのぶつかり合いを遠慮して実力を発揮できないようでは、チームにも対戦相手にも失礼というもの。「マネージャーは裏方仕事ばっかりって木暮君は思うのかもしれない。それも多分間違ってないわ。でも…縁の下の力持ちがいなきゃ、お城はあっという間に崩 れちゃうでしょ」 誰かがやらなきゃいけない事を自分がやる。望んでやる。 それがみんなの笑顔に繋がっているのが、嬉しくて仕方ないから。「だから、私はみんなの背中を押せる事、誇りに思ってる。…前に出て戦うのは 木暮君達がしてくれる。でしょ?」 春奈より遥かに小さな体と背丈しかない少年。自分と同い年の筈なのに、まるで弟ができたかのようだ。だが彼はその華奢な体に、たくさん重たい物を背負ってそこにいる。 親に愛されなかった痛み。親に捨てられた怒り。誰かを信じる事のできなくなった悲しみ。それを他人である自分が推し量る事はできないけれど。 傷を癒やす為の時間を、与える事ができるなら。その為の場所を用意できたなら−−きっと自分達はみんなで幸せになれる。 過去を自然に乗り越えられる日が、きっと来る。「私、応援してる、今日の試合。木暮君ならきっと奇跡を起こしてくれるって、信じてる」 奇跡は待っていても起きるものじゃない。神が気まぐれに起こすものでもない。 人の強い意志が、作り出すものだ。円堂が、兄が、自分にそれを教えてくれた。「あのさ。…軽々しく、信じてるとか言うなよ」 頭を撫でる春奈の手を払いのけて、木暮は睨んだ。「簡単に言うから嘘くさいんだ。お前はその言葉にどんな責任をとってくれる?俺は…信じられないね。会ったばっかの俺を受け入れたフリなんか…どうせ裏切 るならしなきゃいいのに」 最後は消え入りそうな声になった。信じられないと彼は言う。だけど。「でも木暮君、信じたいって思ってる」 その心の声が、春奈には確かに聞こえた。 信じられない。だけど、本当は信じたいのだ、と。「明らかに悪戯の数減ってるし。一昨日も昨日も練習は真面目にやってたじゃない。みんなの期待に応えようって頑張ってる。頑張ってる君だから…私も信じる って決めたんだ」 変わろうとしているのだ。彼も彼なりの精一杯で。だから自分達の元に来て、試合に出る事にも了承した。これが試練であると同時にチャンスだと、木暮もまた心のどこかで気づいている。「過去は、越えていけるよ。大丈夫。一人で頑張らせたりしない。私達みんなで一緒に頑張ろうよ!」 そろそろ時間だね、と隣で秋が時計を見て呟いた。するとまるでその言葉を聞いていたかのように−−黒いサッカーボールが空から降ってきた。「望み通り…挑戦を受けに来てやったぞ、雷門イレブン!」 デザームの声が砂塵の中から響き、イプシロンのメンバー達が姿を現す。 びくり、と震えた木暮の細い肩に手を置いて、不安げな彼に微笑む。心配しなくていい、と。 自分達は誰も一人ぼっちなんかじゃない。誰も、一人になんかしない。 さあ、盛大な祭を始めようか。 エイリア学園とはどんな組織なのか。実のところデザームも知る事は少ない。ファーストランクチーム、イプシロン。そのキャプテンである事から他のメンバーよりは上層部に触れる機会も多いが−−それでも彼らにとっては駒の一つでしかなく。 マスターランクを統べる三幹部も敬愛する皇帝陛下も、語ってくれるのは事実の一部のみ。自分達に隠している真実がある事は薄々勘づいていた。 それでも。自分達の存在意義は陛下に仕え、陛下の剣として敵を薙払い、陛下の盾として死ぬ事にある。 疑う事は赦されない。それはある種の逃避行動なのかもしれないが、疑ってしまえば自分達の存在は足下から崩れ落ちる事となる。 デザームは知っていた。まるで宗教のごとく皇帝に心酔していたジェミニストームとは違う。イプシロンのメンバー達は多かれ少なかれ上層部に疑念を抱き、しかし疑いきる事に怯えて眼を背けている事を。 自分には、彼らの不安を取り除いてやる事は出来ない。ただ彼らを心配させないよう、堂々とした振る舞いで引っ張り続けるしかない。 必要なのは、覚悟。たとえ騙されていたとしても陛下を愛し続ける、覚悟。そして騙されたと知っても傷つかない覚悟だった。 それでは何も解決にはならないと、人間達は笑うだろうか。−−勝手にすればいい。どちらにせよ私達は他の生き方など知らないのだ。「始めようか、雷門の諸君。お前達は私を楽しませる事ができるかな?」 不安も、怯えも、恐怖も。他人にはけして見せない。見せてはならない。自分が“デザーム”としてここに在る限り、最期まで誇りを捨てず立ち続ける。 ホイッスルが、鳴る。イプシロンのキックオフで試合が始まった。−−私は、私達はずっと…自分達はエイリアの星で選ばれた誇り高き戦士だと信 じてきた。 その考えが間違ってるとは今でも思っていない。思っていないが−−三日前の鬼道の台詞が、自分達の信念を揺るがした。 お前達は本当に宇宙人なのか、と。 その真意が何処にあったかは分からない。単にカマをかけられただけなのか、それとも根拠あっての発言なのか。 ただ事実なのは、その言葉に酷く動揺させられた自分がいた事。何故だか自分でも分からないのに、酷く恐ろしくなって−−不安にかられた。 何か、とても大切な事を忘れている気がするのに、思い出せない。−−私達は、お前達地球人とは違う。お前達のような脆弱さは持ち合わせていない…! 宇宙人ではないと疑われたのか。だとしたら−−デザーム達が人間のように彼の眼に映ったとでも。 それこそ、有り得ない。侮辱にも程がある。何故殆ど怒りを感じないのかが不思議だが、今はそんな事どうでもいい。−−私達は、人間なんかじゃない。 まるで自分に言い聞かせているようで、滑稽だった。分かっていたがデザームは気付かないフリをした。「フレイムダンス!」 踊り狂う炎の帯がイプシロンを襲う。 一之瀬がマキュアからボールを奪った。ひゅう、と口笛を吹く。こちらも本気は出してないとはいえ、あのマキュア相手に。どうやら漫遊寺よりは楽しめそうだ。ジェミニストームを倒しただけの事はある。「栗松!いけ!」 一之瀬は栗松にボールを下げる。何をする気かと思いきや。「くらうでやんす!彗星シュート!」 なんとロングシュートが飛んで来た。完全に不意をつかれ、シュートコースはガラ空き。ブロックのできる人員がルート上にいない。 しかし。「その程度の軽いシュートで、私からゴールを奪えるとでも?笑わせるな」 必殺技を使うまでもない。デザームは右手を突き出し、ボールを軽々とキャッチした。彗星シュートはレンジが長いが威力が低い。栗松とやらはコントロールはいいがパワーは無いようだった。 そのままカウンターを決めてやろうとボールを投げる。すると。「甘いよ」 ボールは高い位置で照美にカットされた。いつの間にかFW二人とMF−−染岡、吹雪、照美の三人がゴールのすぐ側まで迫 ってきている。なるほど、先程の彗星シュートに自分達が気を取られている隙に一気に上がってきたのか。 照美がパスを出す。その先には染岡。 面白い。さっきよりはマシなシュートが来そうだ。「止めてみやがれ!」 染岡のドラゴンクラッシュ。青い飛竜が雄叫びを上げてゴールに迫る。なるほど、これがジェミニストームを倒した雷門の力か。 たがこの程度、自分達の敵ではない。「ワームホール!」 両手を広げ、超小規模なブラックホールとホワイトホールを胸の前に作り出す。飛び込んで来たボールはワープして、デザームのすぐ隣に落下。 ゴールを割る事なく、地面にめり込んで止まった。「ちっ…!」 悔しげに舌打ちする染岡。それでも立ち尽くしている暇はないと分かっているのだろう。他のメンバーと共に、立て直しを図るべく走っていく。 切り替えが早くチームワークもいい。確かに、いいチームだ。「まだだ…まだまだ…私をもっと楽しませろ!」 エイリアの目的は理解している。自分達が成すべき事も。その上で、デザームは思ってしまった。 雷門との試合は楽しい。自分達にとってサッカーは破壊の道具である筈なのに−−楽しいと。NEXT |
誰もがずっと、何かを叫び続けてた。