生きる事は辛くて。 悲しくて、苦しくて。 それでも私は信じていたい。 “生きているってことは、きっと楽しいこと”だと。 この背中に、白い翼は 無いとしても。0-26:幻想妄想、症候群。 鬼道があの事件を知っていた事には驚いた。しかも、まさか自分の為に怒ってくれるなんて。 不謹慎ながらも、嬉しい。 自分は彼らに対してあれだけの罪を犯したのに−−それでもなお仲間として受け入れて貰えている事が。 だから。「神のアクアは…私から全てを奪った」 照美は決める。 自分も覚悟して話すべきであると。「……大したニュースにはなっていないようだけど。先日、千葉の海で死体が上 がった。見つけたのは近所の漁師だったらしい」 思い出す。あの瞬間。自分が最後に見た、仲間達の笑顔。怖い。身体が震えるのを叱咤して気を持たせる。 雷門のメンバーの視線を感じる。今更引き返すわけにはいかない。「見つかったのは全て中学生の子供の死体。息があったのは一人だけ。…あとは 全員助からなかった。彼らの身体から大量の薬物が見つかった事もあって…事件 は薬物中毒が原因の幻覚による事故死か集団自殺として片づけられた」 世宇子中のメンバーが生活していた場は千葉にあった。辛い練習に挫けそうな時は、みんなであの場所から海を見た。 かき集めのイレブンだったかもしれない。だけど、互いの存在が教えてくれた。自分達は一人ではない事を。 あの頃、自分達は確かに、家族だった。「…あの海の上にね。学校とは名ばかりの小さな生活の場があって…一人の大人 に育てられた子供達が暮らしてた。死んだのは全て、そこで生活していた子供達だったんだ」 その先が予想できたのだろう。まさか、という顔になる雷門イレブン。風丸に至っては顔から血の気が引くほどだ。「唯一の生存者の名前は、亜風炉照美」 そんな彼を真正面から見つめて、照美は告げる。「分かるかい?神のアクアはつまり脱法ドラッグなんだ。依存性は少なかったけど、強い洗脳作用と幻覚症状を伴う。また、潜在能力を強制的に引き出す事から、身体にかかる負担も半端じゃない。…知らなかったとはいえ、多用した人間の 末路がそれだ」 いや。きっと誰もが薄々、神のアクアのおかしさに気付いていたに違いない。それでも総帥に命じられるまま飲み続けたのは、彼が自分達にとって絶対の存在だったから。 自分達は影山に育てられた。影山の意志は絶対だった。敬愛する彼に逆らう事など考えもしなかった−−たとえその代償が自らの命であるとしても。「私は助かったけど。死にかけた事とドラッグのせいで…身体には後遺症が残っ た」 幸い。体力が落ち、時折発作的に激痛が走る事以外に問題はない。長くフィールドに立つのは難しいがサッカーもできる。 でも。「私は…あと二年も生きられない。医者にはそう宣告された」 顔面蒼白になる風丸。理解したのだろう−−自分が言った事の意味が。どんな危険な真似をしようとしていたのかが。 そんな彼に、照美は事実を突きつける。「それが…偽りの強さに頼った者の、代償だ」 自分は神のアクアの力で全てを得た筈が、気がつけば全てを失っていた。 敬愛する人も。共に生きた仲間達も。最後には自分の命さえも喪う。「…君の気持ちが分からないわけじゃない。いつの間にか世界の命運すら背負わ されて、終わりの見えない戦いに放り込まれて。…でもね、これだけは忘れちゃ いけないよ」「あ…アフロディ…」 「何の対価も払わず、強くなんてなれないんだ。…君達は強くなる為に努力とい う対価を払ってきた。それに対して私は何も努力せず強くなろうとして…罰を受 けた。…愚かにもほどがある」 怠惰と傲慢の代償は。あまりにも重くて、重すぎて。「風丸君。君は、私のようになっちゃいけない」 失ってから気づいても、もう戻りはしなくて。「……ごめん」 俯き、風丸は消え入りそうな声で言った。「何も知らないで…勝手な事、言った」 「…いいよ。君が悪いわけじゃない」 彼を追い詰めたいわけじゃなかった。結果的にそうなってしまったとしても。ただこれ以上、自分達と同じ過ちを犯す人間を増やしたくない。仮初めだとしても、再び得た仲間を失いたくはない。 悲劇はどうか、自分で終わりに。「…こんな身体にはなったけど、今すぐ死ぬってわけじゃないしサッカーもでき る。反省も後悔もしてるけど…けして不幸になったわけじゃない。君達とも出会 えたしね」 それは照美の本心からだった。 人間はいずれ死ぬ。自分はその期限がほんの少しばかり人より短くなったにすぎない。 大切な者達と出会えた奇跡も、歩んだ道筋も。けして消えたわけじゃない。 何億分もの確率で今自分は此処にいる事ができる。それはきっと、幸せな事だ。「風丸」 円堂が風丸の肩に手を載せる。そして笑いかける。 いつもの力強い笑みとは違う、優しく語りかけるような笑顔で。「俺だって…強くなんかないよ。本当はいつも不安でいっぱいなんだ。試合の時 だって…精一杯頑張っても手が届かなかったらどうしよう、とか。せっかく修得 した必殺技が通じなかったらどうしよう、とか」 だけど、俺は一人じゃないから、と。彼の言葉が照美の胸にも染み渡っていく。「一人じゃないから、頑張れるんだ。風丸が、みんながいてくれる。みんなが俺にパワーをくれる。だってさ、みんなより先に、キャプテンの俺がヘコたれるわけにはいかないじゃん!」 本当は。キャプテンである事の重圧を感じてきたのかもしれない。自分だけは頑張らなければ、自分だけは立ち上がらなければ、と。言い聞かせて、ポジティブな自分を演じてきたのかもしれない。 それでも、円堂はそこに立ち続ける。残酷な世界にも折れずに前を見ようとする。 照美は思うのだ。それは彼が努力の果てに得た強さの、最たるものではないかと。「終わりは必ず来る。一万回駄目でも一万一回目は違うかもしれない。…頑張れ なんて言わない。風丸もみんなも今、充分頑張ってる」「円堂」「だから俺が言いたいのは一つ」 パン、と。景気づけのように手を叩いて、我らが最強無敵のキャプテンは言った。「一緒に戦おうぜ!逃げる時も走る時も、俺はみんなと一緒にいたい!!」 たとえすぐ側に姿が見えなくても、心はずっと側に。 それは多分、離脱したメンバーにも告げたかった言葉だろう。「“頑張る”のも一緒、だな」 「ああ」 一ノ瀬が、土門が頷く。シリアスな空気に頑なっていた仲間達も、笑顔で頷く。春奈の後ろにはちょこんと佇む、人間不信の代名詞(と、土門が言っていた)木暮すら小さく笑っている。 これが円堂守。みんなが愛したキャプテンの力なのだ。「みなさん、ちょっといいですかな」 その時だった。嗄れた声が。 振り向くとそこには漫遊寺の監督と瞳子の姿が。「試合直後で申し訳ないのですが…あなた方に頼みがありますのじゃ」 「頼み?」「本来なら漫遊寺の仕事なのじゃが、先の戦いでメンバーの大半が負傷しておりまして…代わりにお願いしたいのです」 やや申し訳なさそうに、僧侶姿の老人は言う。 そういえば。京都に来る前に一通りの事は調べてきたが−−武道に長けた漫遊寺中の生徒は、この近辺の治安維持においてある種警察より頼りにされている存在だと聞いている。町の住人達から頼みごとをされるのも珍しくないとか。 その漫遊寺の生徒が今はイプシロンとの試合で動けなくなっている。住人達からすれば困った事態ではあるのだろう。「京都に来た時、あなた達もお巡りさんから聞いたと思うけど」 漫遊寺監督に代わり、瞳子が続ける。「最近この近辺で不審者が出て困っているそうなの。今のところ、向こうから何か面倒を起こすわけじゃないみたいだけど…」 彼女の説明によると。その不審者の姿をハッキリ見た者はいないが、小柄ですばしっこい子供らしいとの情報が入っている。 それで先日、たまたま見かけた警察官の一人が職務質問をしようとしたところ、激しく抵抗されて事もあろうに負傷。大した怪我ではなかったが、住民達の不安をますます煽る結果になってしまったという。 普段なら漫遊寺に頼むところだが今はそれもできそうにない。よって、雷門に代わりにお願いできないものかと話が回ってきたそうだ。「実は最初、木暮君がイタズラの為に夜中に出歩いてるせいじゃないかって話もあったらしいわね。でも警官が怪我をしたその日も目撃情報があった日も、木暮君は垣田君や監督さんの監視下にあった。…まあ、説教されてたってのが正しい みたいだけど」「うっせぇや!」 悪かったな、とむくれる木暮を春奈が苦笑しながら宥めている。要は、木暮には“アリバイ”があったわけで。疑いはあっさり晴れたというこ とだ。「…単なる不審者ってだけなら、私達の出る幕でもないわ。警察に任せるべきだ と思う。だけど…」 瞳子はそこで、何かを考えこむように言葉を切る。「……ある筋の情報でね。もしかしたらその不審な子供、この一連の事件に関係 があるかもしれないの」「一連の…ってまさかエイリア学園!?」 「断言できないけどね」 一気にざわつくイレブン。照美は内心眉を顰める。今、瞳子は何か別の事を言おうとして、言葉をすり替えた。“ある筋の情報” という言い方もまた妙に引っかかる。 そう思っているのは自分だけではないらしく、隣で鬼道も訝しげな顔をしていた。「…サッカーボールを持っていたという証言もある。丁度いいわ。明日、私達で 確かめに行きましょう」 瞳子の決定に異論がある者はいなかった。エイリアに関わる情報が少しでも判明するのならそれにこした事はない。−−まあ…鬼道君はとっくに全部知ってるのかもしれないけどね。 デザームに、意味ありげな言葉を投げていた鬼道。彼はどこまで調べがついているのだろう。『それでも戦うのか?たとえ…最終的に…自分達が人殺しの道具にさせられても …?その全てが、お前達の信じる人の意志ですらなくても…か!?』 エイリア学園が、人殺しの道具?全ての侵略行動が、彼らの心酔する“エイリア皇帝陛下”の意志ではない? 『かの人物が妙な研究を始めたのは…五年前からだろう?身元不明の妙な女が男 に仕えだしたのも同じくらいの時期じゃないか?』 妙な研究?五年前?身元不明の女? 照美には何の事やらサッパリだったが−−それらのキーワードに、デザーム達が明らかに動揺していた。しかもその話を遮るようなタイミングで現れてイプシロンを退却させたガゼル。 勝っていた試合をわざわざ中止させたのは、これ以上鬼道とイプシロンを会話させるわけにいかなかった為なのか?鬼道の言葉は的を射ていた? 分からない。分からないが−−何か嫌な予感はする。『下手な興味で…我らの領域に踏み込まない事だ。さもなくば命の保証はない。 …あの残酷な魔女が、嬉々として貴様を喰らいに来るぞ』 ガゼルの言っていた“残酷な魔女”。 あれはどんな意味だったのだろう?NEXT |
何度でも、何度でも、立ち上がり、呼ぶ声。