彷徨う世界はモノクロで。 独りは怖くて、でも呼べる名前もなくて。 手探りの闇の中、指先で触れたのは。 遺された、たった一つの真実で。 この背中に、白い翼は 無いとしても。0-29:コトノハは、溶けて流れて。 張り込み、もとい怪しい男探しの最中、円堂は西裏通りの入り口に隠れた。 一緒にいるのはヒロト、風丸、秋、鬼道。他のメンバーは反対側の入り口や、東の通りに待機している。これ以上の人数で一カ所に固まっていると、不審者に気付かれやすくなるからだ。「俺、元々は陸上部だったんだよ。宮坂了は陸上部の後輩」 宮坂って誰なの、と尋ねるヒロトに、風丸が説明する。宮坂の一件については確か鬼道もよくは知らない筈だ。彼は戦国伊ヶ島戦の後に雷門に来たのだから。「昔は雷門って、試合もできないくらい部員がいなくてさ。円堂とは付き合い長いし、助っ人に入ったのがきっかけで正式にサッカー部に転部したんだ」「へぇ…でも、揉めたんじゃないの?最初は助っ人のつもりだったんでしょ?」 「揉めた揉めた。特に宮坂にはかなり迷惑かけたなぁ」 苦笑する風丸。今だから笑って語れる話なんだろうな、と思う。あの時彼が真剣に、陸上とサッカーの間で悩んでいた事を円堂は知っている。 陸上部から風丸を奪った円堂が、宮坂から恨まれていた事も。去り際のあの時の睨むような眼は今でも忘れる事ができない。 最終的に、少なくとも今はサッカーに専念すると言ってくれた風丸。宮坂もそれで納得してくれたようだった。多分その辺りの経緯は、彼らにしか分からない想いもあったのだろう。「メールくれたのは陸上部の現エースにして部長の速水って奴なんだけど。宮坂がテレビで俺達の試合を見て…協力したがってるらしいんだ」 風丸の表情は複雑だ。なんとなくその胸中も分かる気がする。嬉しい、よりも驚きが勝っているのだろう。あれだけ陸上に拘っていた彼が、一時的にとはいえサッカー部に来たがるなんて、と。 それに−−なんだかんだで風丸は後輩達に対し面倒見がいい。それはサッカー部でも陸上部でも変わらない。宮坂の事も先輩として可愛がっているのが分かる。だからこそあれだけ慕われるのだ。 そんな大事な後輩を、世界の為とはいえ危険な戦いに巻き込みたくないというのも本心だろう。元々サッカー部だったならまだしも、宮坂は陸上部なのだ。「つまり…サッカー部に対して含みがあるのに、一緒に戦いたいって言ってるん だよね?」 風丸の言葉に、ヒロトはにっこり笑う。「それだけ、風丸君の事が大好きなんだね。たとえそれがどんなに危険な戦いだとしても。それって、素敵な事じゃないかな」 意外な言葉に、風丸のみならず円堂や秋、鬼道も眼を丸くする。「もしかして…ヒロト君にもいるとか?それくらい大事な人が」 「いるよ」 秋の問いに、即答するヒロト。「その人の為なら命だって賭けられる。その人の為なら何だってできる。だから…その宮坂君って子の気持ち、分かる気がする」 ヒロトは真っ直ぐに風丸を見つめた。純粋な、それでいて強い意志をこめた瞳で。「だからね…風丸君。宮坂君を危険に巻き込みたくないって気持ちも分かるけど 、宮坂君の気持ちも汲んであげなよ。きっと他の信念を曲げてでも、君の役に立ちたいって考えてると思うから」「ヒロト…」 風丸達はヒロトとは今日会ったばかり。円堂もヒロトに会ったのは二回目だ。だからけして彼の事を多く知ってるとは言えないが。 きっと凄く一途で、思いやりがある人間なんだろうな、と思う。そういえば、彼もどこかのサッカーチームに所属していると言っていたっけ。 ヒロトの大切な人とは、その中の友達なのかそれとも家族なのか。いずれにせよ、大好きな人なんだな、というのは伝わってくる。 命だって賭けられる、大事な存在。自分にとっては−−と考えて、円堂は内心苦笑した。 残念ながら、一人に絞るのは無理そうだ。家族は勿論、今チームに所属するみんながかけがえのない仲間なのだ。その一人一人の為に、できる事は精一杯やりたいといつも思う。 大切な人がたくさんいる。それは大変でありながら、とても幸せな事に違いない。「しっ…円堂!」 唐突に鬼道が鋭い声を上げた。緊張が走る。円堂は塀の陰から、じっと鬼道が示す方を見た。 薄暗い夕方。さらには木陰のせいでより視界が悪い。その陰沿いに、向こうから小さな人影が走って来るのが見えた。 焦っているのか、息が荒い。陰になっているせいと足が速いせいで顔がよく見えない。子供は辺りを少しだけ見回すと、裏通りの方へ駆け込んでいく。 そう−−警官が言っていた、不審者がペンダントを落とした袋小路の方に。「後を追うぞ」「合点承知!」 鬼道に続き、円堂も路地に入る。後ろから秋、ヒロト、風丸もついてくる。怪しい人影は予想通りの角を曲がった。再び塀に隠れて様子を見る面々。「どうしよう…無い、無いよ…」 子供は膝をつき、小さなペンライトで地面を照らして何かを必死に探し始める。十中八九、あのペンダントを捜しているのだろう。 声だけでは性別も分からない。女の子にしては低めだが、男の子にしては高いような。徐々に呟く声が泣き出しそうなそれへと変わる。 だから−−すぐには分からなかった。その声の主の正体が。「あの子…まさか…」 秋がそう呟いた時だ。円堂の足元からことのほか大きな音がした。お約束すぎる。木の枝を踏んづけて尾行対象にバレるだなんて。誰!?と。子供は叫んで、振り向く。その時になってやっとその顔が見えて−− 一同は驚愕して目を見開いた。「れ…レーゼ!?お前なんで…こんなところに…っ!?」 黄緑色の特徴的な髪型。キツネっぽいつり目に女の子みたいな顔立ち。間違いない−−レーゼだ。エイリア学園セカンドランクチーム、ジェミニストームのキャプテン。 北海道でデザームに消されてから行方不明になっていた、彼だ。しかし何故京都に?「お前っ…今度は何をやらかす気なんだ!何で…」 「待て円堂。…様子がおかしい」 言い募ろうとした円堂は、鬼道に肩を掴まれて止まる。 改めてレーゼを見た。さっきは先入観と頭に血が上ったせいで気付かなかったが−−確かに何か、変だ。 さっきから戸惑ったようにこちらを見ている。そこに敵意は微塵も感じられない。むしろその瞳にあるのは−−怯え。「…誰?」 「……え?」 「君達…誰だ。わたしを、知ってるのか?わたしは、誰なんだ…?」 「……!!」 まさか−−記憶喪失? 演技には見えない。こんな、怯える子供のような姿のレーゼなんて、知らない。これで演技ならノーベル賞ものだ。「まさか…記憶を消されたのか?試合に負けたから…」 「…そんな…っ!」 鬼道の言葉に、円堂は愕然とする。自分達が言うのもアレだが一度−−たった一度、それもたった一点差で雷門に敗北しただけだ。 なのに−−記憶を消されて、捨てられたというのか?アイデンティティを奪われて、見知らぬ地に放り出されたと? イプシロン戦の前に鬼道が言っていた事の意味を思い知る。自分達は最初から有利な勝負をさせて貰っているのだ−−と。自分達は何度でも再戦が赦される。しかし彼らは一度負けたらもう明日が無いという事を。 ギリ、と奥歯を噛み締める。 そんなの−−酷すぎる。「円堂君。ペンダント」「あ…」 ヒロトに囁かれ、思い出す。円堂からペンダントを受け取り、ヒロトはレーゼに近付いていく。それ…!とレーゼが目を見開く。 「ごめんね。俺達が拾ったんだ。君に返したくて捜してたんだけど」「あ…ありがとう」 レーゼはヒロトからペンダントを受け取り、大事そうに握りしめる。「…何も覚えてないけど。これは、とても大切なものだった気がするんだ」 少年はポツリ、と漏らす。「夕焼けと…ペンダントと…サッカーボール。何かを思い出しそうになる」 「…そっか。きっと…大切な人に貰ったんだね」 「そうかもしれない」「きっと…そうだよ」 ヒロトの顔が、なんだか泣き出しそうに見えた。感受性が高いのかもしれない。レーゼもまた、そんな顔でうずくまっていたから。「…レーゼ」 円堂は落ちていたサッカーボールを拾う。きっとレーゼが持ってきたのだろう。それを差し出してみせる。「俺達…ちょっと前まで敵同士だったんだけどさ。今のお前は悪い奴じゃない。 見れば分かる」 目を見れば分かる、とあの駄菓子屋のお婆さんは言っていた。多分彼女はレーゼがあの侵略者のリーダーだったと気付いたのだろう。 でも本当は悪い奴じゃない事も、目を見て分かったから。こっそり匿って、一目を避けるようにアドバイスしたのではないか。 でもレーゼは記憶を取り戻したくて−−サッカーボールを持ち歩きながら、町をさ迷っていたのかもしれない。「お前、すっごくサッカーうまかったんだぜ。だから…そのボール、絶対に無く すなよ。俺達とまたプレイしよう。そしたら…きっと本当のお前を、取り戻せる と思うから」 なんとなく、だ。それは直感だ。侵略の為に人を傷つけ破壊活動を行っていた彼は−−本当の彼ではなかったのではないかと。 何か悪いものにとり憑かれていただけではないのかと。 レーゼは差し出されたボールをじっと見つめ−−小さく笑った。「…そうだな。いつか、きっと…」 こんな顔も、するのか。そう思って、なんだか切なくなった。 円堂とて、全ての核心にレーゼがいたとは思わない。デザームが黒幕だとも思わない。彼らに上から指示していた大人が存在しただろう事は予想している。 何故なら、自分は鬼道や照美の例を知っているから。彼らはただ影山の指示に従っていただけ。大人の私怨の為に利用されていただけにすぎない。 多分、レーゼもそうだろうと思う。だから赦せなかった。こんな子供を利用するだけ利用して、記憶まで消して捨てる大人の存在が。レーゼにこんな顔をさせる連中が。 大好きなサッカーを、サッカーを愛する者達を道具のように扱う奴らが。「円堂君!」 落ち葉を踏む足音。振り向くと瞳子監督の姿が。鬼道がパチン、と携帯を畳む。どうやら彼が電話で瞳子を呼んだらしい。 突然登場した見知らぬ大人の姿に、レーゼがビクリと反応する。怖がっているのかもしれない。秋が大丈夫だよ、と微笑みかけている。「話は鬼道君から聞いたわ。まさか本当に…」 サッカーボールを抱えて立っているレーゼ。その姿に苦い表情になる瞳子。「…彼を保護してあげるべきじゃないかな。記憶を失っているみたいだし」 「あなた…」 ヒロトの顔を見て、何故か瞳子は驚愕する。なんだ?と思った時には−−その顔はいつものポーカーフェイスに戻ってしまっていたが。「……そうね。状況的に警察に引き渡すのも…酷ね。彼の身柄は、私の方で預か らせて貰うわ」 具体的にどうするか、はまだ考えているところなのかもしれない。いずれにせよ今は監督に任せる他無いだろう。 とりあえず路地を出ようと促す円堂は気付かなかった。俯く瞳子が−−どんな顔をしていたかを。NEXT |
握り締めたのは、小さな君の手。