不幸気取りはどちら様? 幸福気取りなこちら様。 悪魔気取りなあちら様? 神様気取りなそちら様。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 0-31:マイ、ステディ。
怪しい男の一件は解決し、京都に留まる理由はなくなったわけだが。次の目的 地はまだ決まっていない。とりあえず今日はもう遅いので京都にもう一泊だけし て、明日様子を見る事になった。 夕食前の、本日最後の練習時間。今日はディフェンス強化の練習だった。ミニ ゲームの合間、出番の無い聖也はさりげなくベンチに佇む少年に目を向ける。 パーカーを着込み、マネージャー達と少しだけ離れた場所に、レーゼはちょこ んと座っている。その距離が少し寂しいが、今の段階では致し方ないだろう。 なんだか、似ている。 自分が初めて逢った頃の−−吹雪と。胸の真ん中にポッカリと穴が空いて、そ のすきま風の冷たさに怯えて−−呆然と座り込んでいた、あの子と。
−−子供が…あんな風に小さくなってるのを見るのは、嫌だな。
そうさせたのは誰なのか。世界なのか、運命なのか−−どこかの身勝手な大人 なのか。 聖也は鬼道の調査に協力したゆえ、ある程度の事実なら把握している。レーゼ 達の髪や血の化学分析結果から、彼らがれっきとした地球人−−それも日本人で ある可能性が高い事。そして彼らが神のアクアかそれに酷似した薬物を使ったら しい事を。 だが−−自分が知っているのはそこまで。神のアクアが出てきた事から、彼ら の黒幕は影山なのかと思っていた。しかし、イプシロンに言い放った鬼道の言葉 からすると、その読みは外れらしい。 身元不明の妙な女。一体誰の事なのか。そいつが、“エイリア皇帝”を名乗る 男を牛耳っていると−−そういう事なのだろうか。 だとしたら。
−−まさか…あの女じゃねぇだろうな。
つ…と嫌な汗がこめかみを伝う。 そもそも自分がこの世界にやってきた理由。それが、S級の危険人物にして指 名手配犯である一人の魔女を捕まえる為であった。 災禍の魔女−−アルルネシア。 あの女の恐ろしいところは、その強大な力だけではない。彼女の究極的な目的 が全て、彼女自身の“愉しみ”に帰結する事だ。そして彼女は血と悲鳴と臓物を こよくなく愛する。快楽殺人鬼にして異常なまでのサディスト。 その思想が、その異常愛そのものが、あまりにも危険なのである。ゆえにあら ゆる世界のトップが、長い事アルルネシアを捕まえようと躍起になってきた。聖 也もまたその一人なのである。 どうやら今はこの世界に執着しているらしい。そんな噂を聞きつけてやって来 たはいいが、なかなか尻尾を掴む事が出来ずにいたのだ。 もしエイリアの黒幕が彼女なのだとしたら、やっと手がかりが見つかったとい ってもいい。しかし−−聖也はとても喜ぶ気にはなれなかった。
−−冗談じゃねぇぞ。もし本当にあの女が裏にいるなら…雷門のみんながどんな 目に遭わされるか分かったもんじゃねぇ…!
アルルネシアを捕まえる、という仕事の一環で中学生のフリを始め、雷門に入 った。それは否定しない。けれど聖也は我が子同然に可愛がっている吹雪は勿論 、雷門の仲間達の事も本気で気に入っているのだ。 そんな彼らが、あの魔女の毒牙にかかるような事になったら−−考えるだけで 恐ろしい。ただでさえ力を制限されている聖也は今、あの魔女と全力で戦う事が できないのに。 レーゼだってそうだ。きっともう既に、相当酷い目に遭ってきているに違いな い。記憶がなくなっているのは本当だろう。だが体の中に妙な部品やら爆弾やら が仕掛けられていてもおかしくはない。 あの女なら、小さな子供だろうと構わず嬉々として蹂躙するだろう。彼女がそ のテの科学技術や医術に長けているのは有名な話だ。
−−くそっ…落ち着け俺。まだあの女の仕業と決まったわけじゃねぇんだ…!
嫌な予想を無理矢理振り払う。
−−仮にそうであったとしても…精一杯生きてるこいつらの物語を、あの女の好 きにさせてたまるか…っ。俺が絶対護る…護ってみせる…!!
鬼道が何故探り当てた真実を皆に語りたがらないのか。なんとなく予想はつく −−まだ確実な証拠が無い段階で物を語るのははばかられるから。さらにどうや らとんでもない裏がある以上、万が一の事を考えるとうかつに仲間にも話せない から。 多分本人が一番、その傲慢さに気付いているのだろう。優しすぎるから、背負 い過ぎてしまう。身勝手と分かっていても抱え込んでしまう−−聖也はその程度 には鬼道の性格を把握していた。 だから心配なのだ。いつかその重さに、少年が押しつぶされてしまうのではな いかと。闇に近付きすぎて、その深さに喰われてしまうのでは、と。 少なくとも。もし黒幕が本当にアルルネシアだとしたら、一番最初に被害を受 けるのは−−。
「今日の練習はここまで!」
その鬼道が、皆に終了の合図を出した。その途端に地べたに座り込む者もいれ ば、水場にダッシュする者もいる。 自分もそうするかな、と思いかけ−−聖也はレーゼを振り返った。
「リュウ。…どうかな、練習見てたら何か思い出した?」
急に話しかけられたレーゼはきょとんと首を傾げている。ああそうか、まだ彼 は自分の名前を知らないのだ。 「俺、桜美聖也。雷門の三年でMFやってんだ。よろしくな。何かわかんねー事あ ったら遠慮なく聞けよ」 「あ…はい…ありがとうございます」 「ちなみになるべく敬語はなしの方向でー。堅苦しいのは苦手なの!」 「えっ…は…はい…」 びっくりどっきり、なレーゼの様子につい吹き出してしまう。なんだろうこの 小動物。可愛いすぎる。 多分本来は大人しい子なんだろうな、と思う。神のアクアには洗脳作用があり 、人格すら変えてしまう事がある。照美がいい例だ。 彼は確かに加害者だ。しかし同時に被害者でもある。彼に薬物を与えて洗脳し 、破壊活動をさせた大人がきっといる。許す事は、出来ない。
−−それにしても…。
頭を撫でると、ちょっと顔を赤らめて俯くレーゼ。慣れていないのか、ほっと しているのかは分からないが…。 駄目この子、絶対一人歩きさせらんない!誘拐されないかお父さんは心配よ! 「むしろ俺がお持ち帰りしt」 「犯罪行為は禁止ですっ!」 「ぷぎゃっ!!」
パシーンッ!
聖也は見事に吹っ飛ばされた−−秋の繰り出したゴットハンドによって。
「レイ君は犬猫じゃないんですよー?お持ち帰りしたら逮捕されますよー?」
秋は愛らしい顔に素晴らしいまでの笑顔を浮かべている。可愛いんだ、可愛い んだが−−怖い。 ってかあんた、いつの間にゴットハンドを会得したんでしょうか。
「は…はい、すびばせん」
地味にほっぺが痛い。しかもレーゼや春菜にまでくすくす笑われている始末。
−−俺結局…このお笑いポジションで固定なわけ?え?
相変わらず酷い扱いに、涙がちょちょぎれそうになってる聖也であった。
その晩。吹雪は一人でキャラバンの上に登り、空を眺めていた。今日はいい天 気だ。北海道の夜空ほど星はハッキリ見えないが、京都の夜空も悪くはない。
−−同じように見えて、空はいつも違う。違うけど同じ、空。…あの時もそう。
家族を失って、吹雪の世界はあっさりと崩れ去った。崩れた瓦礫の世界で見た 最初の空は、病院の窓から眺めたもの。 自分にはもう何も無いのに。アツヤがいた頃と変わらない夜空が広がる。変わ らない朝が来て、夜が来る。それが怖くて悲しくて−−一人きりで、泣いた。 涙を流しても、慰めてくれる母も叱ってくれる父もいない。一緒に泣いてくれ る弟もいない。 どうして自分一人生き残ったんだろう。どうしてアツヤではなく自分が生かさ れたのだろう。何千回、何万回繰り返しても答えは出なくて。
−−士郎君。…死にたい?
死を考えて−−屋上のフェンスを掴んだ吹雪。そんな時、吹雪の手を握ってく れたのが−−聖也だった。 彼の正体については、吹雪も深くは知らない。ただ彼が、ある犯罪者を追って いる軍人らしいということと−−中学生なんて年齢ではないという事だけ、把握 している。 吹雪の事故について何か思う事があったらしく、現場を調べていたのが彼だっ た。最初は警察官だと思ったくらいだ。無論、すぐに違うと分かったが。 どんな裏があったのやら、どんな経緯を辿ったのやら−−確かなのはただいつ の間にか彼が自分の後見人になっていた事と。彼がいなければ多分今自分は生き ていないだろうという事。
−−君がどうしても死にたいなら…俺に止める権利、無いよ。だからこれは…お 願い。
まだ幼かった吹雪を、聖也は抱きしめて言った。
−−俺の為に、生きてくれないかな。
自分では失った人の代わりにならないかもしれない。だけど、一緒にいさせて 欲しいと。 絶望のどん底にいた吹雪には、その言葉の善悪や真意を図る余裕は無かった。 ただ誘われるようにしてその手をとって−−その日から彼が自分にとって新しい 家族になったのだ。 あれからもう何年も経つが、聖也は相変わらず中学生の姿のままである。彼は 言った。自分は別の世界から来た存在で、だから年もとらないのだと。だから− −けして吹雪より先に死ぬ事もないんだよ、と。 自分は弱い人間だ。だからその言葉が何より嬉しくて、甘えてしまった。もう 二度と、大切な誰かを失うなど耐えられ無かったから。
−−あの日、決めたんだ。もう誰も失う事の無いように…完璧になるんだって。
自分が完璧じゃなかったから。力が無かったから、誰一人護れなかったのだ。 あんな悲劇はもう二度と見たくない。 もう二度と−−あってはならない。
−−なのに。
先のイプシロン戦。吹雪が打ったシュートは、デザームに止められてしまった 。いや−−吹雪が、じゃない。“アツヤ”のエターナルブリザードが、だ。 オリジナルのアツヤが存命中も、兄の自分が彼の代わりになった後も−−一度 も止められた事はなかったのに。それがあんなにあっさりと。 悔しい。あれでは完璧など語る事すらおこがましい。
−−もっと。もっと強くならなきゃ。もっと力をつけなきゃ。でも…どうしたら …どうしたらいいんだ…!
思い出したのは染岡の顔だ。彼には初めて逢った時、妙に毛嫌いされていたの である。理由は後で知った。自分が雷門に誘われた理由が−−豪炎寺というスト ライカーの穴を埋める為であったからだ。 豪炎寺以外のストライカーを認めたくない。だが吹雪は豪炎寺とは違う人間で 、豪炎寺の代わりではない。最近はそう納得して接してくれるようになったが− −。 逆にそれが。吹雪にとっては負い目でもあった。自分は彼の代わりとして見合 う存在でなくてはいけない。豪炎寺の帰りを待つ染岡やみんなを失望させてはい けないのだ、と。 沈む気持ちに、吹雪が身体を丸めた時だった。
「あれ、先客がいた」
梯子の方から声が。そちらを見−−目が合う。登って来たのは意外な人物だっ た。
「アフロディ君…?」
照美はにっこりと、文字通り天使の顔で微笑んだ。
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堪えなくていい涙も、堪えるしかない僕達は。