闇より来る、姿なき敵。 されど抗う、誰かの光。 呪いに絡められてなお、僕等が抱き合う理由は。 ただ生きたいと、願う心なのだろうか。 この背中に、白い翼は 無いとしても。0-33:吹き抜けて、吹き荒れて。 風丸の気持ちは沈んでいた。空は晴れ、澄み渡っている。暑すぎず寒すぎず、清々しい朝である筈だ。しかし自分の心は未だ曇ったままでいる。 誰かを責める事はできない。なんせ自分で撒いた種なのだ。力に飢えて焦るあまり、神のアクアを持っていやしないかと照美に詰め寄って−−あの鬼道に頬を張られて。 照美の事も鬼道の事も、多分円堂の事も傷つけた。自分が無知であるが為に、照美に痛ましい過去と事実を告白させる事になってしまった。 こんな筈じゃなかったのに。 ただ自分は、皆と楽しくサッカーをやれていれば幸せだった。仲間の仇討ちにジェミニストームを倒せば終わる筈だった。それがどんどん話が大きくなって、途中下車などできなくなって。 無力さに絶望し、力が欲しいともがくあまりに、仲間を傷つけて。一体何をやっているのだろう。一人で暴走して、落ち込んで−−馬鹿みたいだ。−−…俺、本当に此処にいて、いいのかな。 キャラバンに寄りかかり、風丸は俯いて考えこむ。−−力も足りない。挙げ句みんなに迷惑をかける。…此処にいる資格、あるのか な。 照美は気にしないと言ってくれたし、鬼道も反省しているならそれでいいと言ってくれた。だけどそれで過ちを忘れられるほど自分はできた人間じゃないのだ。 神のアクアがどれだけ危険な薬物だったかは理解した。世宇子イレブンを自殺に追いやり、照美の命を削る魔のドラッグ。しかしそれでも尚、甘い誘惑がチラついて離れない。 力さえ、あれば。 ほんの少しだけなら大した症状もなく済むんじゃないのか−−なんて。−−そんな風に考えちゃう事自体が弱さの証…なんだろうけど。 駄目だ。考えれば考えるほど気持ちが弱くなる。 鬱々とした気持ちを少しでも晴らそうと、風丸は一人、仲間達の側を離れた。まだ出発までは時間がある。顔でも洗って、散歩でもすれば多少気分も晴れるだろう。 漫遊寺は山の中に作られた学校だ。自然を身近に感じる環境が、彼らのモットーである、心と身体を鍛える、事に適しているのだろう。 正門の外は深い竹藪になっている。木暮がこっそり作った抜け道やらなんやらが結構な数あるらしい−−と専ら噂だ。悪戯好きの彼らしいと言えば彼らしい。 ふと、聞き慣れた−−ボールが弾むような音に、風丸は顔を上げる。竹藪の向こう、ちらちらと見え隠れするサッカーボール。誰かがこっそり特訓しているのだろうか。 風丸は藪を掻き分けてその場所に進み−−目を見開いた。−−レーゼ…! レーゼが一心不乱に、ボールを蹴っている。壁に蹴りつけ、跳ね返ってきたボールをまた蹴って−−その繰り返し。 単純な動作の中にあってなお、技術力が窺えた。壁にはボール一個分の後しかついてない。彼は正確に同じ場所に向けてボールを蹴っているのだ。なんてコントロールなのか。「…何してるんだ」 「!」 突然声をかけられて驚いたのか、レーゼはびくりと肩を震わせて振り返る。蹴り損ねたボールがてんてんと地面を転がった。 何をしているのか?そんなの、見れば分かる。それでもあえて尋ねたのは、風丸の中には彼に対する猜疑心が拭い去れないからに他ならない。 風丸は、レーゼが仮とはいえキャラバンに加わる事に、最も反対したメンバーの一人だった。 本当に彼は記憶を失っているのか。演技ではないのか。仮に本当だとしても、目の前にいる少年はまごうことなきジェミニステームのキャプテンだった男なのだ。 そんな彼が−−一生懸命練習まがいの事をしてるなんて。努力ともとれる行為をしているなんて−−まったく想像もつかなかったのである。「…すみません。迷惑、でしたか…?」 「そうじゃないけど…ってかその敬語やめろよ。白々しくて苛つく」 「ご…ごめんなさい」 すっかり萎縮するレーゼ。何だか自分が苛めているみたいじゃないか−−気持ちを落ち着けようとため息をつく。 半分は八つ当たりだという自覚もあるから、尚更そんな態度をとられると罪悪感が募る。 せめてもの償い−−でもないが。転がったボールを拾って手渡した。「練習を見てたら…凄く楽しそうに見えて」 彼はどこか恐る恐るといった様子で受け取る。が、語る口調少しだけ嬉しそうだ。「ボールを蹴っていたら、何か思い出せそうな気がしたんだけど…なかなかそう 簡単にはいかなくて…」 風丸に嫌われている事は気付いているのだろう。声は最終的に、遠慮がちに萎んでいく。 分かっている。これが演技ならノーベル賞ものだ。 それでも不思議で仕方ない。ボールを蹴る技術は衰えてないようだし、ジェミニステームにいた時はあれだけ傲岸不遜に自分達を見下ろしてくれたのに−−。 今目の前にいる存在は、一体何なのだ。「…お前さ」 その問いは、自然に口から零れた。「サッカー、好きか?」 レーゼは少しだけ考えて−−やがて小さく頷いた。「多分…そうだったんだと思う」 まだ記憶は戻らない。けれど、あれだけ一生懸命にボールを蹴る人間が、サッカーが嫌いな筈がない−−円堂ならきっとそう言う。「…そうか」 未だに、レーゼを信じきれる自信はない。けれど、瞳子がレーゼをキャラバンに置くと決めた時、円堂は賛成した。レーゼに、また一緒にサッカーしようと約束すらしていた。 単純バカの代名詞のような人間だけど。疑う事を知らぬ、純粋すぎるくらい純粋な奴だけど。円堂の人を見る目は確かだと風丸は知っている。 だったら−−自分も、受け入れるべきなのかもしれない。今のレーゼとなら−−それができるかもしれない。 風丸が口を開きかけた、その時だった。「…う…ぐっ…!」 「…!?」 突然レーゼが、真っ青な顔でうずくまった。ボールがその手から滑り落ち、竹藪の向こうへと転がっていく。が、拾いに行っている場合ではなさそうだ。「どうした!?」 明らかに尋常ではない。胸を押さえて、うめき声を上げている。「息、が…急に、苦し…」 「おい、しっかりしろっ」 さっきまであれだけ元気にボールを蹴っていたのに。一体何が起きたというのか。確かなのは−−このまま放っておくのは非常にマズイという事だ。 大人−−瞳子監督を呼んで来なくては。そう思って立ち上がろうとした風丸の視界を、黒い影が覆った。「なっ…!?」 誰だ。顔を上げた先にいたのは−−三人の少年少女達だった。少年が二人に、少女が一人。 漫遊寺の生徒、ではない。三人が三人とも、一様に深緑色のウェアを着込み、感情の無い瞳でこちらを見下ろしてくる。けして大柄な子供達ではない。しかし、無感動な眼が不気味で、妙な威圧感を持ってそこに佇んでいる。「雷門中サッカー部二年、風丸一郎太だな?」 口を開いたのは、真ん中の少女。低く、淡々とした口調で言葉を紡ぐ。「そいつは二ノ宮様の貴重な実験体だ。我々に引き渡して貰おう。逆らった場合命の保証はない」「な…なんだと…!?」 そいつ−−レーゼの事だ。まさかこいつらはエイリア学園の人間なのか?貴重な実験体とはどういう事だ? それに−−二ノ宮様?一体誰だそれは。「繰り返す。その子供を寄越せ。さもなくば実力で奪い返す」 ぎょっとする風丸。三人がポケットから一斉にバタフライナイフを取り出して掲げたからだ。ギラリ、と刃が凶悪な輝くを放つ。 まずい展開だ。 この場所はグラウンドにいる皆からは完全に死角。騒ぎ立てればさすがに気付くだろうが、多分その前に自分は刺されて終わるだろう。 今此処にいるのは自分と、未だ謎の発作で身動きが取れないレーゼ。もし此処にいるのがレーゼ以外の誰かならここまでピンチにはならなかっただろう。仮にも修羅場を潜った雷門イレブン、皆が皆身体能力には自信がある。 それは風丸も例外ではない。自分一人だけならば、三人の合間を疾風ダッシュで駆け抜けて逃げ切る事も、ボールを拾って彗星シュートで撃退する事もできた筈だ。 しかし今は、彼がいる。彼を連れて刃物を持った相手から逃げ去るのは、いくらなんでも分が悪い。−−どうする。どうすればっ…! 無意識に、レーゼを抱きしめる手に力がこもっていた。三人はナイフを手にじりじりと距離を詰めてくる。風丸の頬を冷や汗が伝った−−その時だった。「クロスドライブ!」 十字の光を纏う強烈なシュートが、三人をぶっ飛ばしていた。彼らが手に持っていた武器も全て地面に転がる。風丸は一瞬呆然として、しかし慌てて刃物を拾い上げる。 今のは一体誰が−−。「風丸さんっ!」「宮坂!?」 竹藪の向こうから、見慣れた人物が顔を出した。褐色の肌に金髪、少女のような可愛らしい顔立ちの少年−−宮坂了が。「まさか…今のシュートお前が打ったのか!?」 確かに、彼が京都に来ている事は知っていた。けれど自力で漫遊寺にまで辿り着いたのがまずスゴいし、何より陸上部の彼があんなシュートまで会得しているなんて。「見よう見まねですけどね。風丸さんの役に立ちたくて…こっそり練習してたん です」「そうだったのか…。ありがとう、助かった」 「いえいえ」 照れたように頭を掻く宮坂。そこまできてやっと実感が湧いた。 速水のメールの真偽を疑っていたわけじゃないが−−まさか本当に、たった一人で京都まで来てくれるなんて。しかもあんな必殺技まで練習していたなんて。風丸がサッカー部に転部する際はあれだけ揉めたのに−−。 彼の決意は本物なのだ。その技を目の当たりにして、宮坂の覚悟の重さが理解できた気がした。「と…今はそんな事より」 宮坂は険しい顔で、足下で倒れている三人組を見た。「こいつらは…一体何なんです?どうして風丸さんを襲ったんですか?」 「分からない…ただ」 風丸は簡単にいきさつを説明する。突然彼らが現れて、レーゼを引き渡せと迫ってきたこと。レーゼを、“二ノ宮 の実験体”と言ったこと。断れば殺すと刃物を出して脅されたこと−−。 ついでに、レーゼの事についても解説した。彼が記憶を失っていること、キャラバンに乗せたのは瞳子の意志であることなど。「レーゼ…」 宮坂は複雑な顔で、荒い呼吸をする少年を見る。波は去ったようだがまだ顔色の悪いレーゼ。学校を壊された恨みつらみは宮坂にもあるだろうが、さすがにこの状態の彼を糾弾できるほど非情にはなれないと見える。「…愚かな…何も知らないのだな…貴様らは」 「!」 倒れた三人のうち、一人の少年が顔だけ上げて言う。どうやらまだ意識があったらしい。「我らが此処に来た、もう一つの目的を果たす…」 少年は恐ろしく無感動に、その事実を告げた。「鬼道有人に伝えろ。影山総帥からの伝言だ。総帥は復活し、愛媛の真帝国学園にて貴様らを待つ。悪夢を止めたければ来るがいい」 それが−−今まで想像もつかなかった悪夢の始まりであると。一体誰が予想しただろう。 NEXT |
逃げ道は今、封じられた。