あの時、私達が出逢った理由は何ですか? 不幸になる為でしたか?傷付けあう為でしたか? そうではないと云うのなら。 貴方がそう言ってくれたなら。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 0-34:虚空に溶けし、別れの言葉は。
イナズマキャラバンに、改めて木暮を正式に迎える事になった。それは漫遊寺 サッカー部の彼らとも相談して決まった事である。 何より木暮が円堂や春奈に懐いているし、雷門を居心地のいい場所と感じてい るようだ。塔子をはじめ、他メンバーにも異論はない。多少、傍迷惑な悪戯にさ え気をつければ。 それともう一人、加わる事になったメンバー。それが風丸の後輩の陸上部員、 宮坂了である。彼の脚の速さはお墨付き。ついでに、強力な必殺技も会得してき ている。こちらも断る理由は無かった。 二人の仲間の事はいいのである。問題は−−風丸とレーゼを襲ってきた三人組 の事だ。
「記憶が無くなってるなんて…誰かさんみたいじゃないか」
一之瀬が溜め息混じりに呟く。塔子としてもまったく同感。記憶ってそう簡単 になくせるものなんだろうか−−と、ついついレーゼの方を見てしまう。 風丸を襲った三人の少年少女は−−宮坂のシュートをくらって意識を失い、目 が覚めた時は何も覚えていなかったのである。生活には自分の名前や出身地など は覚えていたが、京都に来た記憶も無いという。無論、彼らが自分達に伝えたメ ッセージの意味も。 ただ。どうやらメッセンジャーの三人が愛媛の中学生であった事と。影山が脱 獄したという話の裏がとれ、どうやらメッセージの信憑性は高そうだと判断され た。 また、愛媛ではサッカーを嗜む少年少女の謎の失踪事件が相次いでいるという 。彼ら三人はその失踪したメンバーのようだ。つまり影山が一枚噛んでいるのは 間違いない。
−−影山零治…。
ギリ、と奥歯を噛み締める塔子。自分は直接彼に逢った事はない。だが、個人 的には相当な恨みがある。 あの男さえいなければ。鬼道は妹と引き離されずに済んだかもしれない。何よ り−−心にあんなにも深い傷を負わされる事など無かった筈だ。 奴に鬼道がどれだけ酷い目に遭わされてきたか。どんなに追い詰められ、汚さ れてきたか。 いつもは冷静な鬼道の手が小刻みに震えている。その姿が視界に入り、塔子の 腸は煮えくり返りそうだった。 絶対に赦せない。とりあえず出会い頭に一発ブン殴って頬骨を叩き折ってやら なきゃ気が済まない。どうせ公式に試合することなど無いのだ、構うものか。
「危険かもしれないけど…やはり彼は、キャラバンで保護するしかないわね」
レーゼを見、瞳子は言う。
「エイリアの情報を得る為でもあるわ。理解して頂戴」
本当にその為だけなのかな、と塔子は思う。瞳子はレーゼを側に置いておきた いのではないか。時々、意外なほど優しい眼で彼を見ている瞬間があるのである 。 不遇な彼に同情しているのか−−それとも。
「…いい加減話せよ鬼道。知ってんだろ、レーゼを実験体だとか抜かした…二ノ 宮ってヤツが誰なのか」
聖也がいつになく厳しい口調で鬼道に問う。それは誰もがずっと気になってい た事だ。鬼道は一人、かなり真実に近付いている。あの三人が“二ノ宮様”と呼 んだ人物の事も、調べがついているんじゃないだろうか。 鬼道は小さくため息をついて、あと少しだけ待ってくれ、と言った。
「影山は…エイリアと繋がっている可能性が高い。影山の事を調べていけば、エ イリアの事も掴めるかもしれない」
どうやら鬼道は、少し前から影山が脱走していた事を知っていたらしい。おそ らくあの鬼瓦刑事から聞いたのだろう。 影山は北海道を護送中に、護送車ごと雪崩に巻き込まれて行方不明になった。 その雪崩は人工的に起こしたものだと発覚。さらには横転した護送車の側からは 、エイリアのものに酷似した黒いサッカーボールも見つかっているという。 なるほど。もしエイリアが影山の脱走をしたなら、そこに何らかの訳がある筈 だ。 「愛媛と反対方向で申し訳無いですが…監督、一度東京に戻らせて下さい。実は 佐久間から連絡があったのです」 「佐久間…帝国学園の佐久間次郎君かしら?」 「そうです」 影山の脱走を、どうやら帝国イレブンは鬼道よりも先に知っていたらしい。鬼 道に迷惑をかけたくなくて、彼らだけで調査を進めていたそうだ。 しかし、真帝国学園として動き出してしまった以上、いつまでも隠し立てはで きない。しかも影山はエイリアと繋がりがある事も分かった。 自分達が調べた内容を鬼道に報告したいから、帝国に来て欲しい−−佐久間は そう言ったそうだ。直接逢って話したい、と。 瞳子はやや苦い顔をしたが、今は真帝国学園に関してもエイリアに関しても圧 倒的に情報不足だ。データが手に入るチャンスを逃す手は無いという事で、渋々 了承して貰った。 「新幹線ならともかく、バス移動なんだよな…。道路状況どうよ」 「さっきネットで確認しました。土曜日ですからね…。あんまりよろしくない雰 囲気」 「うげぇ」 春奈の言葉に、明らかにうんざり顔の土門。他のみんなも似たり寄ったりだ。 さすがにこの時間すぐ出れば、今日中に着けない−−ことは無いだろうが。 道路が渋滞しているとなると、東京まで行くのにいっぱいいっぱいかもしれな い。少なくとも今日は雷門に着いてもほとんど練習できないだろう。約束の時間 に間に合わないかもという事で、佐久間との待ち合わせは明日になったらしいが 。 鬼道がすまなそうに皆に謝る。謝るべきは影山だ、と塔子は言いたい。仕方な い、顔面パンチは暫くお預けだ。
「木暮を何卒よろしく頼みます、皆様方」
漫遊寺の監督には何度も頭を下げられた。影田や垣田といった面々も同様に。 イタズラっ子で問題児、という扱いだった木暮だが、なんだかんだで愛されては いたのだろう。 様々な想いを遺し、キャラバンは京都を後にした。またな、と笑顔で手を振っ た円堂に対し、もう来る事はないかもね、と照美が小さく呟いたのが印象的だっ た。 照美が−−自らが長く生きられない事を知っているからこその発言だろう。た またますぐ傍にいた塔子には、聞かなかったフリをするしかできなかった。
「ぎゃあああっ!」
出発して暫くして。目金が唐突に悲鳴を上げた。隣の席では木暮がうっしっし と笑っている−−となれば何が起きたかなど想像にたやすい。
「ぼ…僕の…幻想戦士ティーナちゃんがぁぁっ!」
喚く目金の手元には、いかにも、なオタク系フイギュアが。赤い剣を持ったミ ニスカに緑髪の女の子が、きりりとした表情で微笑んでいる−−ものであったの だろう。 しかし今は油性ペンの落書きで無残な有り様だ。少女の鼻の下と顎には厳つい 口髭がこれでもかと生え、眉毛はぶっとく塗られている。元の可憐な姿は見る影 もない。 「数量限定販売のレア商品だったのに…徹夜してアニ●イトで並んだのに!!」 「ってかんな大事もんなら持って来るなよ…」 染岡が心底呆れた調子で言う。まったくその通りだ。それにたかがフィギュア 一つ手に入れる為に徹夜するとは−−なんて根性なのか。その情熱をどうかサッ カーにも生かして欲しい。 木暮の悪戯ラッシュはそれにとどまらず。今度は聖也が悲鳴を上げた。
「俺のサ●マドロップがっ…中におはじきって火●の墓かぁぁっ!!」
うっかりおはじきを口に入れてしまい、苦い顔をしている聖也の向こうで、今 度は立ち上がろうとした円堂が派手にコケる。どうやらいつの間にか両足の靴ひ もを結ばれてしまったらしい。 木暮は楽しそうに駆け回る。これだけの数の悪戯を短時間こなすなんてまた器 用な。
「ようは暇なんだな…コイツ」
呆れて物も言えない。バスは渋滞に捕まって本格的に動かなくなってしまった 。時間は無駄に余っている。特に試合の作戦を考える一部頭脳担当者以外は。 塔子はさりげなく隣を見た。その作戦立案の要たる鬼道は、何かを考え込むよ うに窓の外を見ている。周りがどれだけ騒ぎ立てても黙り込んだままだ。 影山のこと。エイリアのこと。考えるべき事が山ほどあるのは理解している。 だが、もう少し−−もう少し、誰かにその荷を明け渡してもいいのではないか。 一人で何もかも背負いすぎる彼は、見ていて、辛い。
−−…馬鹿野郎。
好きだ、と一言伝えれば何かは変わるだろうか。変える事が出来るだろうか。 拒絶される事は確かに怖い。今の関係を壊すかもしれない事も、怖いと言えば 怖い。だがそんな事は些末な問題だ。それより塔子が恐れているのは、自分が伝 えた事で余計彼の重荷になってしまうのではということ。 これ以上鬼道の荷物を増やす事になったら本末転倒なのだ。だから言えない。 言うわけにはいかない。 まったく自分らしくもない女々しさだとわかってはいるけれど。
「つ…疲れたっ…す…」
長い時間をかけ、やっとキャラバンは雷門に到着。ぐったりする壁山の頭の上 には、遊び疲れた木暮がちゃっかり乗っかっている。 ちなみにその木暮の最終的な被害は、照美と栗松だったりする。照美の長い髪 は寝ている間に二つ結びになっていたし(あの髪型だと余計女の子に見える)、 栗松の水筒にはタバスコが突っ込まれていた。 ちなみに最後はキレた照美がヘブンズタイムを発動させ、逃げ回る木暮を捕獲 。春奈に引き渡して、説教タイムとあいなったのだった。 着いた時にはもう日が傾いていた。今日はもう、簡単な練習しかできないだろ う。円堂の家に泊めて貰えるという事で、多くのメンバーがその厚意に甘える事 になった。 さて。着替えの事もあるし、何より一度父の顔を見たいのも本音。塔子はちら りと鬼道の様子を窺う。彼はどうするのだろう。鬼道邸は東京にあるが、電車を 使わないと帰れない距離である。
「塔子。お前はどうする?」
尋ねるより先に、鬼道の方から訊かれた。 「あたしは…一回パパの顔見に行って、そしたら円堂ちに世話になろうかなぁっ て考えてるけど」 「そうか」 「鬼道も顔見せに行ったら?親父さん、心配してるんじゃね?」 親父、と言っても勿論血がつながった間柄ではない。しかし影山の逮捕を契機 に、鬼道と義父の距離も徐々に縮まりつつあると聞いている。 義理だとしても。子を想わない父はいない筈だ。厳しく接するのも、たとえそ のやり方が正しくなかったとしても−−全ては子を想ってこそ。塔子はそう、信 じている。 「…そうだな。そうする」 「おう」 ひょっとして、と思う。長年、鬼道を育ててきた影山は−−どれだけ歪んだ手 段だとしても−−鬼道にとって、父親にも等しかったのではないか。 影山もまた、鬼道を我が子のように愛していたのではないか。 自分の身勝手な願望だと承知の上で、思うのである。せめてそうあればいい。 愛もなく虐げられ傷つけ合うだけの関係なんて、悲しすぎるから。
−−愛媛に行けば、その答えも出るのかな。
雷門に愛媛に来いと言った影山。それは果たして本当に復讐の為だけなのだろ うか。 見上げた空はオレンジと藍のグラデーションに染まる。この空の下で影山は何 を想うのか、塔子は自分なりに考え続けていた。
NEXT
|
未来なんて、幸せなんて、世界なんて。