その争いが必要だったかは分からなくて。 その愛の意味を知るにはまだ遠すぎて。 ただ確かなのは僕等が此処にいて。 こうして笑っていられたこと。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 0-36:ラスト、ダンス。
あの程度の練習じゃ物足りない−−と思っていたのは円堂も同じ。 ジャージに着替え、雷門中へ。キャラバンを停車してある場所まで来た時、何 やらバスの陰でこそこそしている二人組を見かけて目を丸くした。 「木暮に…聖也?何やってんの?」 「おう円堂。丁度いいところに」 バタつく木暮を小脇に抱えて、聖也がバスの影からちょいちょいっと手招きし た。まるで面白い悪戯を思いついた悪ガキのごとくニヤついている彼。何か面白 いものでも見つけたのだろうか。
「見ろよ。面白い組み合わせで練習してるぜ」
聖也が指差した先はグラウンド。そこで、鬼道と春奈と塔子の三人が練習して いる。 なるほど、あまり見ない組み合わせだ。しかし、施設にいた頃はあの三人でサ ッカーをやっていたというし、仲が良いのは傍目からも分かる。別に不思議な事 でも何でもない気がするのだが。
「いやいや…俺もさ、こっそり練習しようとグラウンドに来たわけなんですが」
そしたら見ちゃったんだよねん、と声をひそめる聖也。 「塔子と鬼道!すっげーいい雰囲気でやんの。あいつらこれを機会にくっつくん じゃね?」 「くっつ…えええっ!?マジかよっ!?」 「驚いてる驚いてる。はーお父さんは我が子を嫁に出す気分よ本当〜に」 「嫁って…どっちがだよ。ってかいつからそういう話に」 「野暮な事言うでないよ木暮君。ふぶちゃんを筆頭に、キャラバンのメンバーは みーんな俺の嫁で娘で息子なの!はい決定!」 「うわぁ」 ってかいい加減離せ!と木暮がジタバタするが、キャラバン一の怪力を誇る聖 也の腕が彼にふりほどける筈もない。 しかし−−さすがの円堂もビックリである。塔子と鬼道が仲が良いのは知って いたが、それは良きライバルとして、という意味だと思っていたのに。 どっちも恋愛なんて興味ありません、という顔をしているくせに、いつの間に 。 「そこに春奈が随分タイミング良く現れて、ラブラブ甘甘タイムがサッカー熱血 タイムになったわけです。お分かり?」 「ごめん聖也、どっからツッコめばいいのか分かんない」 ラブラブ甘甘タイムて。センスの無さが神業だ。こいつにだけは必殺技のネー ミングを決めさせるまいと密かに決意する。 春奈が塔子に嫉妬して割って入ったって?そんな馬鹿な。春奈は鬼道の実の妹 ではないか。
「ついでにこの木暮は、そのへんウロチョロしてたんでなんとなく捕獲してみま した」
なんとなく、で捕獲。また不憫な。木暮も木暮で、こっそり練習しに来たので あろう事は容易く想像できる。 けど小脇に抱えて捕まえる意味は何なのやら。そろそろ降ろしてやればいいも のを。さすがに哀れな気がする。
「離せって言ってんだろこの馬鹿力!俺は早く旋風陣を進化させたいんだよーっ !」
小さな手足を振り回して木暮は再度ジタバタ。旋風陣−−それは木暮がイプシ ロン戦で見せてくれた、あの技だ。 あの時は木暮も無我夢中だった。元々練習していた技が土壇場で完成したとい ったところか。つまり、まだやっと型になったばかりの必殺技なのである。 初めてキメたあの時ですら、あれだけ鮮やかにシュートを止めてみせたのだ。 鍛えれば相当のディフェンス力が期待できるようになるだろう。 もっと進化させ、独自の改良を加えていきたい。そう考える気持ちは円堂にも 分かる。
「なら…丁度いい相手がいるじゃねぇか。せっかくだ、あいつらに手伝って貰お うぜ」
あいつら、と聖也が言ったのは鬼道達のこと。人数が多いほど有意義な練習が できる。悪い提案ではない。 むしろ、円堂もそのつもりであった。
「おーい、鬼道!春奈!塔子ー!」
聖也が木暮を抱えたまま走り始める。だから降ろせってばー!という声が急速 にフェードアウトし、円堂は苦笑しながらその背中を追った。 鬼道達がこっちに気付いて手を振って来る。下手な言い訳も挨拶も入らない。 心はサッカーを通じて伝え合えばいい。 早速聖也が春奈からボールを奪った。が、すぐにそのボールを鬼道が奪い返す 。ドリブルしていく彼に対峙するは木暮。早速必殺技を練習するつもりのようだ 。
「はあああっ!旋風陣!!」
地面に手をつき、足を回転させ、巻き起こした風でボールを絡めとる技。だが 鬼道の方が一枚上手だった。 イリュージョンボール。分裂するボールの残像。見事にフェイントに引っかか ってしまった木暮の脚は宙をかく。鬼道もうまかったが、まだまだ必殺技は未完 成のようだ。 「俺も欲しいなーブロック系の必殺技!!」 「頼むからファール率低いの編み出してくれよ聖也。たたでさえ馬鹿力なんだか ら」 「うっせえや塔子」 聖也のスライディングをジャンプでかわし、鬼道はボールを塔子にパスする。 完全に逆をついた、見事なプレーだ。 いつの間にやら鬼道&春奈&塔子VS円堂&木暮&聖也の図が出来上がっている 。どうみても円堂の方が不利だ。自分なんて特に本職はGKなのだから。 と、分析してはみたものの。負けるつもりは毛頭ないわけで。
「はっ!」
塔子からタックルでボールを奪う。身長こそないがそこはGK、ぶつかる事にか けては他ポジションに勝るとも劣らず。見た目よりずっと筋肉もパワーもあるの だと自覚している。 鬼道がチェックをかけてきた。さっきより早い。タックルかスライディングか −−技が来る前にパスを出すのが吉だ。
「聖也!」
聖也にパス。が、彼にボールが渡る寸前で春奈が間に割ってきた。鮮やかすぎ るほど鮮やかにパスカットされ、聖也がひゅうっと口笛を吹く。 「やるじゃないか音無!」 「これでも昔はお兄ちゃんにビシバシ鍛えられてたもんで!負けませんよ〜!」 ボールを奪い返そうと、円堂は木暮の二人がかりで向かっていく。
「スーパースキャン!」
けれどそこに、春奈の必殺技が決まる。情報収集で磨かれた鋭い観察眼が、二 人の隙をつくルートを見出す。 一瞬生まれる死角。そこを春奈は素早く駆け抜けていた。
「すっげぇ!」
悔しさより、嬉しさが勝る。円堂は目をきらきらさせて春奈を見た。マネージ ャーだとはとても思えないサッカーセンス。一体いくつ必殺技を持っているのか 。 春奈から鬼道にパスが出る。鬼道は向かって来た聖也を再びイリュージョンボ ールで鮮やかにかわす。 ますます勝ちたくなった。そして改めて思ったのだ。 サッカーは楽しい。彼らとやるサッカーはもっと楽しい、と。
「俺、やっぱりサッカーが好きだなぁ」 「なーにを今更。見てりゃ分かるっての」 「言えてるな」 グラウンドの隅。芝生に寝っ転がる六人。ついつい口に出た円堂の言葉に、他 五人がくすくす笑う。
「…サッカーって…楽しいんだな」
木暮が想いを噛み締めるように、言った。 「俺は…好きで始めたわけじゃなかったけど。最近なんとなく、分かるようにな ってきた気がする」 「木暮君…」 そんな彼の姿を見て、春奈は嬉しそうだ。未だに暇になるとすぐ悪戯はするし 、迷惑もかけてくれる木暮。だけどこの短期間で、随分丸くなった気がする。 他人なんか信じられない、と叫んでいた少年。確かに、人を信じる事は難しい 。時に裏切られる事があるのも否定できない。何より信じる事とただ期待だけか ける事は同じようで、違う。 けれどいずれ、誰もが気付く時が来るのだ。 人はやがて無意識に、誰かを愛し、信じていく。本気でそう値するべき何かに 出逢えた時、人は信じるという意識すら忘れられるのかもしれない。 当たり前のように愛し、信じられる人が見つかったなら。
「何かを好きになったり、愛する事は難しい。嫌ったり、憎む事の方がずっと簡 単だ」
星空を見上げ、鬼道が言う。 敬愛し、信じてきた人に−−影山に裏切られ。その影山に、真正面から立ち向 かおうとしている彼だからこそ説得力がある。 人を信じるのは難しく、疑うは容易い。逃げる事より立ち向かう事の方が難し いように。
「でも…信じて、好きになって初めて…俺達は幸せになれるんだろうな」
彼はひょっとしたら−−今でも彼なりのやり方で、影山を信じてみようとして いるのかもしれない。赦す方法を捜しているのかもしれない。 円堂はそう、思った。
「私も、サッカーが大好きです。…ってこういう言い方すると告白みたいですけ ど」
ふふっ、と花が咲いたように笑う春奈。 「サッカーは素敵なものをたくさんくれますから。私にとってサッカーって、い ろんな人との絆をくれるもので、世界を広げてくれるものなんです」 「それ、あたしも分かる気がするなぁ」 いい事言うじゃん春奈!と塔子が彼女の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。なんだか 姉と妹のようだ。やめて下さいよーと言いつつ春奈も満更ではなさそうである。
「そうだな音無。だから…サッカーを破壊の道具になんか、させちゃいけないん だ」
円堂の言葉に、メンバーは皆神妙な顔になって頷く。 エイリア学園も影山も。サッカーの本質を理解していない。サッカーは誰かを 傷つける為にやるのではない、分かり合う為に在るスポーツなのだ。 彼らにも−−その想いを伝える事ができたなら。試合する事で想いを届ける事 ができるなら。 「あいつらとも…分かり合える筈。そうだろ円堂」 「ああ」 聖也が円堂の想いを代弁する。 そうだ。だから自分達は別の方法には頼らない。彼らと試合する事で、真正面 からぶつかっていく。 その先に光が射すと、信じて。
「この戦いが終わったら」
少しだけ寂しそうに、塔子が言った。 「みんなバラバラに…なっちゃうんだろうな」 「……」 それは−−円堂が考えないようにしていた事。旧雷門イレブンはまだしも。元 々今のメンバーは、エイリアを倒す為に集ったものだ。 全てが終われば塔子はSPフィクサーズに、木暮は漫遊寺に、吹雪は白恋に帰っ ていくだろう。帰る場所の無い照美だけは雷門に残るかもしれないが。 それに、もう一人。
「俺も…エイリアを倒したら、帝国に戻るつもりだ」
また敵同士になるな、と言う鬼道。やはりそうなのか。 確かに鬼道が雷門に来たのは世宇子を倒す為で、それ以降こちらに留まったの もエイリア襲撃があったからに他ならない。 本音は行かないで欲しい。が、やはり彼が本来いるべき場所は帝国なのだろう 。そして帝国イレブンは今でも鬼道を信じて、その帰りを待っている。自分達の 勝手で引き止めるわけにはいかない。
「みんなそれぞれ、帰るべき所はあるけど」
それは、願望にも近い。けれど円堂の中では紛れもない真実だから。 「バラバラになるわけじゃないって、俺はそう思う。ベタかもしれないけど…み んなサッカーで繋がってる」 「…そうだな」 その言葉を、鬼道が引き継いでくれた。
「どんなに離れても。サッカーが俺達の絆になる。ずっと繋がっていられる」
星のとても綺麗な晩。誰もが未来を、当たり前に信じていた。 その夜、までは。
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星になって、想いは消えて。