*ここから先、残酷・グロ・流血描写がやや強めです。
 また、かなり悲惨・救いのない展開が待ってます。欝MAXです。
 身体年齢が十五歳に満たない方、苦手な方は閲覧をご遠慮下さい。
(この三十八話と次の三十九話を飛ばしても話は繋がります)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 植えつけられた痛みは、最期の鎖。
 何度謝れば、君は赦してくれるだろう。
 赦されない罪と知りながら、僕はそれでも弱いから。
 また繰り返す――ごめんなさい、と。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い翼は
無いとしても。
0-38:大紅蓮花、悪夢に咲いて。
 
 
 
 
 
 もう手足の感覚すら、失われつつある。
 そもそも自分の手足はちゃんとついているのか。繋がっているのか。そうだと
しても骨が砕けていてはどうにもならないわけで。
 随分と、寒い。素肌に感じる隙間風が冷たくてたまらない。まともに服が着れ
ていないからなのか、体中の血液が流れ出してしまっているせいなのか。
 痛覚。
 苦痛。
 嫌悪感。
 悲哀。
 先程まで感じていた様々なものが、今はスッポリと抜け落ちている。襲撃者の
気配はもはやない。自分を殺すのが目的なのかと思っていたが、そういうわけで
もないのだろうか。
 死にたいとは思わないが。生きていてもいいのか、とはぼんやりと思う。彼の
、彼らの、あの憎悪に満ちた眼。そうさせたのは他でもない自分。全ての罪は、
自分にある。
 赦して欲しいなんて、どうして言えるだろう。
 気付いた時、あらゆる抵抗をやめていた。逆らう資格など無いと感じたからだ
。自分を痛めつける事で彼らの気が晴れるならそれでいい。それで僅かでも罪滅
ぼしになるというなら、構わない。
 どのみちこんな身体ではもう保たないだろう。こんな事を考え始めて、彼らが
いなくなってどれだけの時間が経ったのか。僅か数分かもしれないし、何時間も
経っているのかもしれない。
 心残りが無いと断言できないあたり、自分は弱い人間だ。
 まだサッカーをしていたかった。目的を達せられるまで、彼らの傍にいたかっ
た。真実を明らかにして、あの子供達を救いたかった。
 円堂の無限の可能性を、その成長をもっと見守りたかった。
 結局会う事の出来なかった旧友達に、自分の口から謝罪と感謝を伝えたかった
。
 未練は溢れていくばかり。なんて情けない事だろう。こんなボロ雑巾のような
姿になって尚、死んだ方がマシだとすら思えないなんて。まったくみっともない
。
 左手はもう、まったく動かない。下半身は感覚すら麻痺して、どんな状態かも
想像がつかない。辛うじて動いた右手が、機械の冷たい感触を知る。
 眼が霞んでいく。血を流しすぎて意識が朦朧とする。完全にブラックアウトし
てしまう、その前に。
 
−−春奈。塔子。円堂。…すまない。
 
 最期の力を振り絞って、凍える指先に力を込めた。
 大好きな顔。愛すべき顔。思い浮かぶ顔が多い事に、安堵する。自分は幸せ者
だ、と。
 光を失った紅い瞳が、つっ、と滴を零した。
 
 
 
 ***
 
 
 
 全身が、痛い。佐久間は膝をついて、荒い息を整えた。
 あまり練習で無駄打ちするわけにはいかない技。おかげで随分完成に手間取っ
てしまったが−−漸くこれで形になった。あとは実戦で使うだけ。
 
−−本当に…これでいいのか。
 
 頭の中で最後の理性が、善意が呟く。
 後悔しないのか。これが本当に正しい事なのか。間違っているのは自分の方な
のではないか−−。
 
−−だって鬼道は、約束してくれたじゃないか。帝国に、戻って来るって。
 
 その約束が、佐久間を躊躇わせる。怒れ、憎めと叫ぶ声を遮って心を揺らがせ
る。迷わせる。
 どうせもう、逃げる場所など何処にもありはしない。戻る事など出来る筈が無
いというのに−−どうして。
 
−−だって俺も源田も、本当は。
 
「おい、佐久間ぁ」
 
 名前を呼ばれて、佐久間は我に返った。痛む身体に鞭打って立ち上がる。フィ
ールドの入口に、予想通りの人物の姿があった。
 特徴的なモヒカン頭の少年−−不動明王。自分と源田をこの場所に連れてきた
、張本人。
「あり?源田は?いねーの?」
「総帥に呼ばれているから暫く戻って来ないと思うが」
「ふーん?」
 そっかぁ、とどこか子供じみた仕草で頭を掻く不動。一体何のつもりなのか。
こっちはさっさと上がってシャワーを浴びに行きたいというのに。
 
「じゃあ、仕方ね。お前一人でいーや。まだ総帥にも伝えてないビッグニュース
」
 
 知りたい?なぁ知りたい?と。どこか歪んだ無邪気さで、自分達の新しい主将
は笑う。
 ビッグニュース?一体何の話なのか。しかも総帥がまだ知らないって?なりゆ
きのまま耳を傾ける佐久間に、不動は愉しげに言い放った。
 
「実はさー……」
 
 
 
 ***
 
 
 鬼道が送ってきた、不吉なメール。いくらなんでも遅すぎる帰り。心配したメ
ンバーは練習を切り上げ、急いでキャラバンに乗り込んだ。向かうは彼と旧友達
がいる筈の、帝国学園である。
 空はすっかり暗くなっていた。移動中に降り出した土砂降りの雨。窓を激しく
叩く滴を、瞳子は睨み付けるように眺めた。
 雨は嫌いだ。あの人が死んだと聞かされた日も、こんな土砂降りの雨だった。
現実を受け入れられない自分と父はいつまでも雨の中に立ち尽くして−−だから
自分には、父の涙が見えなくて。
 思い出したくもない光景なのに、どうして今思い出すのか。あまりにも不吉で
はないか。
 帝国学園に着く。バスが止まるやいなや、円堂が真っ先に降りようとした。誰
がどう見ても焦っている。傘を持っていく事さえ忘れている。
 
「待ちなさい、円堂君!」
 
 傘を持たせ、瞳子も外に出た。途端に叩きつける雨。凄い勢いだ。これでは傘
をさしていてもあまり意味は無いかもしれない。
 いつの間にか塔子も降りている。その後ろには聖也。
 
「てめーらはバスで待ってろ!絶対に此処を動くんじゃねぇぞ!!」
 
 バラバラと降りて来ようとする仲間達に聖也は、彼らしくもなく強い口調で一
喝する。きっと彼も彼なりに何かを感じ取っているのだ。
 多分自分達は、笑顔で戻って来る事は出来ないだろう、と。
 
 
 
 
 
 
 
 帝国学園は広い。円堂、瞳子、塔子、聖也の四人は手早く入口で許可を貰い、
足早に中へと入る。
 探し物をするには、あまりに不向きな広さ。しかも時間も時間なので、人の気
配も殆ど無い。地理に明るくない者からするばそれだけで気が滅入ってしまいそ
うである。
 だが呑気にウンザリしている場合ではないのだ。円堂は焦っていた。何故と問
われるとうまく説明できないが、とにかく気持ちが急いて仕方がなかった。
 嫌な予感は、時間の経過と共に強くなる。脳内に、いつも強気に笑っている友
人の顔が浮かんでは消えていく。鬼道に限って、とは思うけれど。春奈に送られ
たあのメール。あれじゃあまるで。
 佐久間達との待ち合わせ場所は、帝国学園サッカー部の練習用グラウンドだと
言っていた。確か−−四番グラウンド。
 サッカー名門であり私立でもある帝国はそのあたり太っ腹である。サッカー部
だけでグラウンドが何種類もあるというのだから凄い。
 
「誰も…いないな」
 
 件のグラウンドは閑散としている。場所を間違えたか、それとも彼らが場所を
移したのか。もう何時間も経っている事を考えれば、後者の可能性もけして低く
は無いが−−。
「ら、雷門!?」
「!」
 バタバタと走ってくる足音。驚きの声。反対側の入口から走ってきたのは、帝
国学園サッカー部の、寺門、咲山、洞面だった。
 
「なぁ、お前達、鬼道を見てないか!?」
 
 向こうが何かを口にするより先に、塔子が尋ねていた。咲山達は顔を見合わせ
て、俺達も捜してるところなんだ、と言った。
 
「鬼道さんが戻ってきた姿は、帝国の学生が何人も見てて。鬼道さん言ってたら
しいんです、佐久間達と待ち合わせてるって」
 
 だけど、と続ける洞面。
 
「…学校から出て行く姿は目撃されてなくて。うちの学校セキュリティーは完璧
だから、防犯カメラに映らない筈はないのに」
 
 不安げな彼ら。学校から出ていない−−という事は高確率でまだ帝国学園内に
いるという事。ならば捜せば見つかる筈だが−−しかも何時間も、一体何処で何
をしているのか。
 
「妙なのはそれだけじゃねぇんだ。鬼道には伝えてなかったけど、実は…」
 
 苦い顔で咲山が言う。
「佐久間と源田。…何日も前から行方不明になってんだよ。愛媛に行ったっきり
、帰って来ない」
「な…何だって!?」
「だからおかしいんだ。愛媛で音信不通になった佐久間が、東京に鬼道を呼び出
すなんて…!」
 円堂の胸の内に立ち込める暗雲。それがますます重たい色と質量を持ってのし
かかって来る。
 鬼道を呼び出した筈の佐久間が行方不明になっていた?じゃあ鬼道を呼び出し
たのは一体誰なのだ?佐久間をかたった何者かであるとしならそれは−−。
「……鬼道の姿を、部員が最後に見かけたのが…このグラウンド。で、ずっとこ
の付近を捜してたら…アレが…」
「アレ?」
 そういえば、何故寺門は重たい工具箱を下げているのだろう。ついて来い、と
彼らが言うので、円堂達も後を追う。
 西側の出口。その隣には、出口とは別の短い階段がある。その先にあるのは、
用具室。サッカーボールや、他に体育で使うような跳び箱なども収納されている
という。
 異常はすぐに分かった。灰色で無機質だったであろう扉は−−悪趣味な色でい
っぱいになっていたのだから。
 
「な…何だよこれ…」
 
 その毒々しさに、円堂の声も上擦った。
 扉に、真っ赤な絵の具(?)で落書きされていたもの。それは−−歪な魔法陣
。周りには意味の分からぬアルファベットがびっしり書き込まれ、溶けて混じり
合い、ますます異様な風体を醸し出している。
 
「こんなの、今朝までは無かった」
 
 言いながら扉に触れる咲山。しかしその手が赤く染まる事は無い。どうやらも
う乾いているらしい。
「さっき見つけて。中が怪しいってんで、管理室に鍵を借りに行ったら…なんと
鍵が紛失してるらしくて」
「誰かに盗まれたかもしれないって事?」
「…そうだ。しかもこの中にはカメラも無いから、どうなってるか分からない。
仕方ないからこじ開けるしかないってんで、工具を持ってきたと」
 それで合点がいった。試しに円堂も、力任せに扉を引いてみるが−−ビクとも
しない。頑丈に鍵がかかっている。
「ちょっとどいてな、円堂」
「さ、聖也まさか」
「そのまさか、だ」
 円堂を押しのけ、聖也が扉の前に立つ。そして。
 
「ブッ壊す!」
 
 思いっきり−−扉に殺人キックをかました。轟音とともに扉が歪み、掛け金が
吹っ飛ぶ。乱暴すぎるわ、と瞳子が溜め息をついた。
 
「鬼道!いるのか!?」
 
 その聖也がこじ開けた扉に、真っ先に飛び込む円堂。その後ろには瞳子が続く
。
 倉庫は電気がついていないせいで真っ暗だ。人の気配は、ない。まずは電気を
つけなければ−−そう思った次の瞬間、円堂は思いっきりすっころんでいた。
 
「いてっ!」
 
 何か、布のようなものを踏んだらしい。しかも、湿っているようでなんだかヌ
ルヌルする。一体何が−−そこまで考えて、凍りついた。
 扉から僅かに差し込む光に照らされたその布は−−青。
 そして床をぬめつかせていた液体の色は−−赤。
 
「……え?」
 
 まさか。まさか。まさか。
 
 ゆっくりと顔を上げた先には、大きな跳び箱。その影から、何か細いものが飛
び出している。
 喉の奥から小さく、引きつった悲鳴が漏れた。
 
 それは−−血まみれの、華奢な手首であった。
 
 
 
 
NEXT
 

 

未来なんて、幸せなんて、世界なんて。