*ここから先、残酷・グロ・流血描写がやや強めです。 また、かなり悲惨・救いのない展開が待ってます。欝MAXです。 身体年齢が十五歳に満たない方、苦手な方は閲覧をご遠慮下さい。(この三十九話と前の三十八話を飛ばしても話は繋がります) 耳鳴りが鳴り止まない。 雨音が鳴り止まない。 悲鳴が鳴り止まない。 泣く声は、消えない。この背中に、白い翼は 無いとしても。0-39:楽園は今、喪われた。 円堂はその瞬間、真に悟ったと言っていい。 自分達の生きる世界の、残酷さを。 そして−−この世に神など、存在しないということを。 倉庫の明かりが点いても。 最初、円堂にはそれが誰だか分からなかった。 跳び箱の影に、両手足を投げ出すようにして、仰向けている子供。セミロングの茶髪が床に散らばり、切れ尾の紅い眼がぽっかりと宙を見つめている。 子供の服はズタズタに切り裂かれ、体を隠すというより僅かにまとわりついているに過ぎない。 服だけではなく、皮膚も無残な有り様だった。ナイフで何度も何度も斬りつけられたと思しき無数の切り傷があり、血が滲んでいる。 殴る蹴るの暴行も繰り返されたのか、剥き出しになった胸や肩はあちこち鬱血して紫色に変色している。綺麗なのは顔だけだ。顔だけは、唇の端と額から細く血を流しているのみである。 片足首と片手首の骨は無残に打ち砕かれていた。おそらく肋骨もバキバキに折られている。さらには下肢には違う種類の暴行の跡。一体どれだけ長い時間なぶられ続けていたのだろう。 全身の傷からの出血で失血死したのか。大きく裂けた胸の傷が致命傷になったのか。いずれにせよ確かなのは、その子供の息が既に無いということ。「あ…ぅ…」 ガチガチと鳴る音がうるさいと思ったら、それは自分の奥歯で鳴る音だった。目の前に死体がある。それだけで恐怖だというのに−−それが誰であるか、理解させられた瞬間発狂しそうになった。 分からない筈だ。 仲間との絆だった雷門のジャージは切り裂かれた上血にまみれて見る影もなく。青いマントはちぎられ彼の元から離れた場所でぐしゃぐしゃになっていて。 トレードマークだったゴーグルはレンズが割れて近くに転がっており。特徴的なドレッドヘアーはほどけて広がっていたから。 でも、わかってしまった。分かってしまったのだ。 たまにゴーグルの向こうに覗いていた綺麗な眼と、転がっている遺体の眼が同じであることに。「き…どう…?」 喉がカラカラだった。ぐでんぐでんと視界が廻る。耳鳴りが煩くて仕方ない。 嘘だ。こんなの嘘だ。あるわけない。あっていい訳ない。 鬼道が。あの強くてカッコイイ自分の親友が。天才ゲームメーカーが。 こんな場所で−−暴行されて、血まみれで−−ボロ雑巾のように死んでるなんて、そんなわけ−−。「円堂?」 どくん、と心臓が一つ、大きく鳴った。塔子の声だ。狭い倉庫、瞳子と円堂の二人以外はまだ皆外にいる。当然、電気をつけたとはいえ遮蔽物の多い倉庫の中の様子など見える筈がない。 円堂より先に我に返ったのは、瞳子だった。「…駄目よ、財前さん」 いつもはきりっとしている瞳子の声が、震えている。「入っては、駄目」 こちら側からは瞳子の背中しか見えない。しかしどんな表情をしているかは−−驚愕に染まっていく塔子達の顔で明らかだった。「や…やだ…。嘘…だろ。なぁ…」 へしゃり、と塔子の顔が歪む。笑おうとして完全に失敗した顔だ。なんとか冗談で済まそうとして−−だけどそれが絶対無理だとも悟っている顔なのだ。「や…やだ!やだ!鬼道っ!鬼道ぉっ!!」「駄目よっ財前さん!!入ってはいけませんっ!!」「どいてよ監督っ…どけよぉぉっ!!」 瞳子が怒鳴りながら、塔子を扉の外に押し出そうとする。しかし塔子も引かない。絶叫しながら、中に入ろうともがく。「見ちゃ駄目よっ…お願い、見ないで…っ見ないで−−ッ!!」 ああ、監督、泣いてるんだ。 円堂は膝をついたまま、ぼんやりと思った。足音が迫る。監督を押しのけて、塔子と咲山達が中に入って来た音だった。 自分は彼らを阻止するか、あるいは道を開けるべきだったのだろう。しかし円堂は今、そのどちらもする事が出来なかった。脳が飽和して、何も考えられそうになかった。 無惨すぎる遺体を見て、彼女達は何を想うだろう。悲しみ?怒り?憎しみ?それとも円堂のように−−何も考える事ができなくなるだろうか。 塔子が凍りつく気配があったが、もはや彼女を見る気力は無かった。視線が、捨てられたマリオネットのように横たわる鬼道の身体をさ迷う。そして、その右手に握られた携帯電話で、止まる。 青い色の携帯。その画面は開いたまま。円堂が触れると、ブラックアウトしていた画面は光を取り戻す。 現れたのは打ちかけたまま送信する事の出来なかった、メールの文章。『えんどう ありが』「…何、してんだよ。鬼道」 やっと音になった声は、馬鹿みたいに震えていた。「そんなとこで、寝てる場合じゃ、ないじゃん。なぁ…起きろ、よ」 起きるわけない、と頭の中で冷静なもう一人の自分が言う。だが円堂の手は、剥き出しになった鬼道の肩に伸びていた。血でぬめつく肌は病的にまで白く、冷たい。 生きた人間の、体温じゃない。「起きろよ…なぁ…なぁ…。そんなとこで寝てたらサッカー、できないじゃん」 何でだ。何で自分なのだ。 『円堂、ありがとう』なんて−−死に際になんでそんなメールを打とうとした? 自分は何もしていない。何もできてない。自分にたくさんのものをくれたのはむしろ、彼の方ではないか。「…やだよ、鬼道」 視界が熱くなり、滲んでいく。「死んだら、もう、サッカーできない、じゃんっ…!」 ああ、自分。泣いてるのか。 冷えた身体を揺さぶろうとして手首を掴まれた。瞳子だった。現場を荒らしては駄目、警察と救急に連絡しないと、と。言ったのは分かったが言葉を理解するまで時間がかかった。 警察。どうして。 ああ。そうか。これ。 殺人事件だ。 鬼道は何者かに殺されたのだ。「あ、…ぅ…」 べったりと塗れた自らの掌。紅い。赤い。朱い。アカイ。 その色を見た瞬間、円堂の中で何かが弾けた。「あ…あああぁぁぁぁ−−ッ!!」 フラッシュバックする景色。何なんだこれは。これは一体何なのだ。 泣き叫ぶ自分。横たわる幼児。地面に散らばる長い髪。子供の身体の下から滲み出る赤。自分の手を、髪を、顔を染めた紅。 バチバチと脳内がスパークして、視界が白と黒で明滅して−−やがて全ては途絶えた。「円堂君!?」 自分が血の海に倒れ込んだ事も、瞳子に呼ばれた事も分からぬまま−−円堂は、意識を手放したのだった。「何だか…様子が、おかしくないか?」 窓の外は相変わらずの大雨。そのせいか多少瞳子達の帰りが遅くとも、好んで外に出る人間はいないのだが−−。 流石に様子がおかしい。窓の外を見る一ノ瀬と土門が、不安げに顔を見合わせている。 何かあったのか。風丸は目を凝らして雨の向こうを把握しようとする。微かにだがサイレンが聞こえる。救急車と、パトカーの。赤い光と音は徐々に近付いてきて、帝国学園の門の前で停車した。 つ、と首筋を冷たい汗が伝う。隣では宮坂が自分と同じように青ざめている。「何が…あったんでしょうか…?」「…さあな…」 どうにか絞り出した声は、震えていた。救急車とパトカーという事は−−傷害事件か、殺人事件?まさかそんな。サスペンスドラマのような事が−−。 ガララ、と音がしてキャラバンのドアが開いた。運転席の古株が開けたのだ。荒々しくステップを駆け上って来たのは、聖也。「キャラバンを移動させて下さい。此処では救急車の邪魔になります」 皆が何か言うより先に、聖也が口を開く。その顔も青い。それに傘をさして行った筈なのに、何故今何も持っていないのか。 とんでもなく急いで走ってきたといった様子で、ずぶ濡れになっている。「ねぇ…一体何があったの?」 タオルを差し出しながら、秋が言う。聖也はタオルを受け取ったまま−−少しだけ黙った。言葉を探しているように。「…円堂が倒れたんだ」「え…?」「他にも気絶したり、錯乱状態になった奴が何人かいて…収拾ついてねぇんだ。瞳子は円堂に付き添って病院行くってよ」「円堂君が…」 あの円堂が、倒れた?メンバーに動揺が広がる。言い方は悪いが、あの風邪もひきそうにない円堂が倒れるなんて、一体どういう事なのか。 それに他にも錯乱したり気絶する人間が出る事態って。そういえば塔子はどうしたのか。まさか彼女も。「はぐらかすのやめろよ、聖也」 冷静に言葉を発したのは、一ノ瀬。その顔は険しい。「何で円堂は倒れたんだ。塔子はどうした?鬼道はは見つかったのか?」 何か。 風丸の背筋に、冷たいものが走った。そうだ、彼らはそもそも、戻って来ない鬼道を心配して捜しに行ったのではなかったか。 痛いほどの沈黙。誰もが固唾を飲んで聖也の次の言葉を待っている。聖也もまた、塗れた髪を拭くのも忘れて言葉を捜している。 ほんの短い時間だったかもしれない。しかし風丸にはその沈黙が、随分と長く感じられたのだった。「……お前達」 やっと、といった様子で口を開く聖也。その声が、震えている。「落ち着いて、聞け。俺も…何が何だか分かんねぇんだ」 その先を、ひょっとしたら自分は想像したのかもしれない。予測していたのかもしれない。「鬼道の遺体が…見つかった」 キドウ ノ イタイ ガ ミツカッタ。「…は?」 口をついて出たのは間抜けた声だった。ふらふらと立ち上がる風丸。皆が振り向いて見ているが、それを気にする余裕もなかった。「悪い冗談なら、やめろよ。今日はエイプリルフールじゃないんだぜ…?」 エイプリルフールにしたって質が悪すぎる。死ネタは一番の御法度ではないか。悪ふざけも大概にしろと言いたい。 彼が死ぬわけないじゃないか。だってほんの数時間前まで生きていて、自分達と会話していたのに。 そうとも、有り得ない。有り得る筈がない。まだ十四歳なのだ。いつもフィールドで冷静に指揮をとる彼なのだ。どんなピンチでも諦めず自分達を引っ張ってきた彼なのだ。 こんなに早く、死ぬ筈が。「これが冗談に見えるのかよ…?」 聖也の声は普段より低くく、違和感を覚えるほど淡々としている。それは感情を無理やり押し殺している声。だから分かった。 今こそが、まごう事なき現実だと。「お兄、ちゃ…」「音無さんっ!!」 バタン、と大きな音がした。春奈が倒れた音だ。ショックで意識を失った彼女に夏未が駆け寄るのが見える。 まるで全てが、遠い世界の出来事のよう。「…殺されたのか。鬼道は」 一ノ瀬だけが落ち着いているように見えた。ほぼ間違いないだろう、と答える聖也も。その冷静さは見かけだけとわかっていたけど。「ざけんなよ…っ…」 見た目より遥かに激情家の土門が叫んだ。叩きつけるように。「ふざけんな!!何であいつが殺されなきゃいけねぇんだよ…っ!?」 その場に座り込む風丸。 まだ、涙出ない。 それが現だと認識するにはあまりに、少年達が幼く、無力だた。 その場にいる誰もが気付いていない。 自分達がとうに魔女の顎に囚われていることも。 これはまだ、悲劇のほんの始まりに過ぎないことを。 こうして、最初の生贄は捧げられた。 子供達は思い知る。 賽はとうに投げられていたと。序章『どうか嘆かないで、どれほど残酷な世界でも』完 ⇒NEXT 第一章『どうか忘れないで、君が交わした約束を』に続く。 |
始まったのは、誰のゲーム?
はい、間違いなく物議をかもす展開で終わりました、序章です。
序章のくせに長かったですね…書きたい場面を無理矢理詰め込んだ感もあります。うぎゃ。
これにて『鬼道編』とも言うべき序章が完結です。次は例の真帝国、『佐久間・源田・春奈編』になります。
鬼道さんを退場させたのには様々な理由があります。鬼道さんがいると彼に喋らせすぎて、他キャラを生かしにくかったのが一つ。
魔女の残酷さを象徴するため、メインの誰かに犠牲になってもらう必要があったのが一つ。
あと、春奈ちゃんを生かす為の契機だったり、真帝国をあえて鬼道さん不在で書いてみようと思い立ったのが一つあります。
これからさらにダークになっていく連載ですが、今しばしお付き合いいただければ幸いです。文章力不足ですみませぬ!!
OKよ!という照美様は、次の第一章(全二十九話)でお会いしましょう…!