真っ赤に咲き誇る鮮やかな想い。
 愛と憎悪の狭間で揺らめいて、花開いて。
 何時か朽ちる祈りと知りながら。
 それでもただ、傍にいたいと願ったの。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
1-4:落する、走馬灯。
 
 
 
 
 
 一体何をしているのだろう。
 多分、端から見ればおかしな光景だ。佐久間は自嘲しようとして失敗する。嘲
りの笑みすら、この顔には浮かんでくれない。
 源田と二人。サッカーのフィールドのど真ん中で、背中合わせに座っている。
しかも懐かしの体操座り。何してるんだろうなぁ、と思う。それでも、誰かの体
温を感じていないとおかしくなりそうだった。
 この虚しさを、共有できる存在がいなければ。源田がいなければとっくに気が
触れていた。
 本当はもうとっくに正気でないのだとしても、最後に一本だけ残っている理性
の糸は、佐久間にとって人間としての誇りだ。一人きりならとうに断ち切られて
いた事だろう。
 
人間はさ。死ぬ前に走馬燈が巡るって言うだろ」
 
 沈黙を破り、先に口を開いたのは源田だった。
 
「鬼道も。少しでもほんの一瞬でも……死ぬ前に思い出してくれたかな。俺
達の、こと」
 
 ほんの少し前の自分なら。くだらない、と一蹴するか、情けない事を言うなと
激昂しただろう。
 今はそのどちらもできなかった。源田の言う通り、せめて鬼道が思い出してく
れたならとすら思った。僅かでもみすぼらしくとも、救いと呼べるものが欲しい
。喉から手が出るほど欲しいのだ。
 それだけ−−佐久間の心に重く重くのしかかる、鬼道有人の死。
 彼が赦せなかった。憎いと思った。だがそれは−−かつて彼を尊敬し、誰より
敬愛してきたからこそ。
 自分達を置き去りにして、ボロボロで打ちひしがれる自分達を捨てて雷門に行
った男。勝利さえ得られれば、彼は仲間の存在なんてどうでも良かったのだ。
 気付いた時の絶望は言葉にもならない。全ての愛情が憎悪へとひっくり返る。
裏切り者。赦せる筈がない。彼を断罪せずしてこの怒りが収まる筈もない。
 だから自分達はこの真帝国学園に来たのだ。力を得て、鬼道と鬼道の愛する雷
門をぐちゃぐちゃに踏み潰す為に。ひれ伏させる為に。一度は決別した影山に従
う事も厭わず、今に至るのである。
 彼を倒し、勝利を得る為なら何でもしよう。禁断の技を学ぶ事もそれにより身
体が悲鳴を上げようと構わない。そう思った−−それなのに。
 何故彼は死んだのだ。自分達との再戦も果たさず。自分達の目的を叶える事も
自分達の裁きを受ける事もなく。
 どうして?何で?どうして?
 
「どうすりゃいいんだよ源田」
 
 どうしよう。視界が滲む。憎い敵が、ボロ雑巾のような有り様で殺されたのだ
。恐らく苦しみ抜いて死んでいったのだ。むしろ喜ぶべきだろう?なのに。
 
「俺達俺達、鬼道と戦う為に此処に居るのに……!鬼道がいないなら何の為に
何の為にぃぃっ!!
 
 ポロポロと大粒の雨がフィールドに落ちる。きっと今、自分はくしゃくしゃの
、とんでもなく情けない顔で泣いている。醜い姿だ。何が醜いかもよく分からな
いけれど、でも。
 頭がガンガンと痛む。胸の奥がズキズキと悲鳴を上げる。身体中にドス黒く渦
巻く感情の汚物。吐きそうだ。汚らしい言葉を神聖なフィールドで吐き散らして
しまいそうだ。
 怒りも虚しさも悲しみも、感情の行き場が何処にもない。鬼道を憎む事でやっ
と保てていた心が。定まっていた未来の方向性が一気に崩れた。
 再戦して、彼を敗北に跪かせて。いつも背中しか見えなかった彼を、裏切り者
と罵りながら追い越して、屈辱を味あわせてやること。それが目標だったし、生
きる目的でもあったというのに。
 鬼道のいない雷門と戦ったって何になる。意味なんかない。あの人の泣き顔も
笑顔も拝んでやれない。
 自分は何の為に。これから誰が為に戦えばいい?生きればいい?
 
「憎めばいいのさ」
 
 ふと思考に割って入った声。ハッとして顔を上げる佐久間。
 入り口の方。モヒカン頭の我らがキャプテン−−不動明王が、手をひらひら振
りながら歩いてきた。
 
「憎め。怨め。憤れ。お前達の怒りは、鬼道が死んだら萎んじまう程ヤワなもん
だったのか?」
 
 不動は自分達のすぐ側に立ち。ニィ、てどこか狂気じみた笑みを浮かべた。
「お前達が一番恨むべき奴らがいるじゃねぇか。お前達は憎めばいいのさ雷門
ってチーム、そのものをな!!
「な?」
 最も恨むべきは、雷門。行き当たらなかったその発想に、思わず源田と顔を見
合わせる。
 
「おいおい、何意外ですって顔してんだ。当然だろ。よくよく考えてみろよ」
 
 呆れたように溜め息をつく不動。
「雷門と試合しなけりゃアイツラと出逢わなけりゃ。鬼道はそもそも総帥に逆
らわなかった筈だぜぇ?」
!」
「あいつらに鬼道は感化された。あいつらが鬼道を騙して、誑し込んだ。その結
果お前らも仕方なく総帥と決別させられて、帝国は弱体化しちまった」
……!」
「で、フットボールフロンティア。どうなった?結局勝ったのは総帥のチーム
だったろぉ?で、お前ら負けて病院送り。あー無様無様」
………!」
「で、落ち込むあんたらの元キャプテンの心の隙をついて雷門の奴が誘いやがっ
た。甘い誘いだ。世宇子に勝ちたいだろ?勝利の酒を味わいたいだろ?ってな」
…………!」
「そして後は知っての通り。鬼道ちゃんは雷門の奴にフラフラついてっちまった
。負けた原因は自分のくせに、お前らに咎をまるっと押し付けて捨ててった」
……………!!
「で、最期どうなったよ?雷門に騙されて、雷門を信じて、雷門の為にうかうか
エイリアと戦った鬼道ちゃんは?」
 
 嫌だ、聴きたくない。
 だが佐久間は耳を塞ぐ事が出来なかった。まるで金縛りにあったかのように、
動けない。
 そんな佐久間と源田に、不動は容赦なく告げる。
 
「あーんなみっともない姿で、ボロ雑巾にされて、殺されちまった。お前らに謝
罪の言葉も無いまま、雷門に騙されたまま!!…雷門の奴らは鬼道を護らなかった
。鬼道を騙して引き込んだくせに、奴一人に危険を押し付けて見殺しにした」
 
 耳元で囁かれる。
 絶対的な、言葉を。
 
「鬼道は、雷門の奴らに殺された」
 
 耳なりが煩い。頭に激痛が走る感覚。佐久間は頭を抱えて呻いた。見開かれた
眼からは涙が止まらない。がちがち。がちがち。歯の根も合わず、震える身体。
 がたがた。がちがち。
 がたがた。がちがち。
 心の中の冷えた部分が伝える。不動の言う事は、正論。けして間違ってなどい
ない。寧ろそうだとしたら自分はずっと、憎むべき真の敵を見誤っていた事にな
る。
 鬼道は騙された。むしろ被害者なのではあるまいか。騙したのは誰だ。その挙
げ句、使い捨ての駒にして、見殺しにした悪魔は何だ。
 
 
 
 雷門だ。
 
 
 
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ−−−ッ!!
 
 結論が出た途端、佐久間は絶叫していた。頭をかきむしり、喉が潰れるのでは
という程の声を絞り出していた。
 佐久間だけではない。源田も同じように叫んでいる。恐ろしい。自分の中にこ
れほどの激情が、憎悪が眠っていた事が。
「憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
ぃぃっ!!
「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してや
る殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる−−っ!!
「そうだ、憎めっ!怨めっ!憤れっ!それを全て力に変えろぉっ!!
 二人の呪詛の声と、一人の狂喜の声。弾ける紫色の光は、二人の眼に映らない
 目の前の男は、紛れもない魔術師だった。力ある言葉を操り、他者を抉り、他
社を囚える魔法使い。自分達は多分その魔法に嵌った。だが、それを分かって尚
抜け出そうという気が起こらない。
 何もかも、壊してしまえ。
 くたばれ、世界。
 
「潰してやるっ全力で!!
 
 皮肉にも、雷門への憎しみに支配されてやっと、佐久間は気付いたのである。
もう二度と叶いようのない願いに。
 
 自分はただ。また鬼道と一緒にサッカーがしたかった。
 
 自分も源田も彼が大好きだったからこそ憎んでしまったのだと。もはや全ては
遅いのかもしれないけれど。
 最後の正気が、一滴の涙と共に流れた。
 
 
 
 
 
 
 
 まったく、呆気ないものだ。
 不動はやや拍子抜けしつつも、上機嫌に影山の部屋をノックした。
 
「お前は魔術師としてはなかなか才能があるな」
 
 影山は椅子に深く腰掛け、振り向く事なく言う。さっきの一部始終は勿論チェ
ックされていた事だろう。
「本来魔法使いとは、どこぞの空想妄想の話ではない。箒で空を飛ぶ事でも、宙
から茶菓子を降らせる事でもない。力ある言葉を武器に、民衆を操り扇動する者
を言うのだ」
「そりゃどうも」
 だったら、影山こそ悪魔も畏れぬ大魔術師ではないか。彼のカリスマは魔術的
な力を発揮する。人々を畏れさせつつ魅了する力だ。
 自分はある目的の為に彼に近付いたわけだが。側にいると分かる。彼の言葉の
魔術を知らなければ、きっと魅せられ、本心から平伏させられていた事だろ
う。
 
「なんか今日は元気ありませんねぇ、総帥?ひょっとして悲しんでたりします
?」
 
 あの鬼道有人が。影山が手塩にかけて育てた最高傑作だったという事は知って
いる。
 だからこそそいつを完膚なきまでに潰してやれば、自分の力を示す絶好の機会
になると思った。だから雷門と試合できる日を、心待ちにしていたというのに。
 どこぞの変態が鬼道を殺してくれたおかげで、計画が大きく狂ってしまった。
おまけに佐久間達の洗脳は解けかけるし、雷門はしばらく東京で足止めされるっ
ぽいし。
 いやそもそも−−鬼道がいなくなっても、雷門は愛媛まで来てくれるかどうか
 いざとなったら手はある、と総帥は言ったが。その内容までは知らせて貰って
ないわけで。
 
悲しむだと、この私がか?」
 
 くだらない、と鼻で笑う影山の声。それはいつもと何も変わりないように聞こ
える。
 
「いつも言ってる筈だがな。とうに捨てた駒に興味はない。終わった過去は過去
でしかない」
 
 そうは言うけれど。何でこっちを見ないんだか、と思う。彼が泣くとまでは思
っていないが。彼が自分を見ないなど、今更と言えば今更だが。
 
「へいへい。すみませんね、野暮な詮索で」
 
 不動は、納得したフリをした。それ以上考えたら思い出してしまいそうだった
から。
 愛に飢えて、愛されたくて愛されたくて伸ばすのに振り払われる手と。
 こちらを見て、耳を傾けて欲しいのに。遠い昔赤に消えた幻と、幻によく似た
あの子供ばかり可愛がるあの人を。
 何も考えるな。
 自分はただ前だけ見つめていればいい。計画は狂った。だがジェミニストーム
を倒して一躍有名になった雷門と、試合さえできれば後は問題ない。
 自分がスカウトしてきたチームで雷門を倒せば。きっとあの人だって認めてく
れる。自分を見てくれる。
 
「失礼しますよっと」
 
 去り際。不動はチラリと影山を振り返る。
 
−−愛なんてくだんないんですよ、影山センセイ?
 
 くだらない。そう思いながら愛を求める自分を、人は矛盾と呼ぶのだろうけど
 
 
 
 
NEXT
 

 

一瞬映るの、貴方の笑顔が、。