ゆらめいて揺らいで。 崩されてまた築き上げ。 不恰好でボロボロで。 それでも僕等は、生きていく。 この背中に、白い翼は 無いとしても。1-8:聖者の、行進。 そして決断の朝が来る。 円堂とレーゼも療養から戻って来、雷門のグラウンドにはマネージャーも含めた現メンバーが全員揃っていた。 春奈はさりげなく全員の顔を見回す。 まだ眼の赤い顔が何人か。きっとそれは自分も同じ。それでも皆、逃げ出す事なくこの場所にいる。 未来を選ぶ為に。「…私の力不足で鬼道君を死なせてしまった。それは否定しようのない事実だけ ど」 集まった面々を前にして、瞳子が口を開いた。「それでも私は…この戦い、降りるわけにはいかないの。冷たいと思われても結 構。私は、何があってもエイリアを倒さなきゃいけない。その為に雷門の監督になったのだから」 鉄面皮。赤の他人から見れば、吉良瞳子という女性はそんな風に見えるのかもしれない。美人だけど、いつも感情の窺えない顔をしている。目的の為なら子供達をいとも簡単に切り捨てる非常な女だ、と。 春奈も。豪炎寺離脱の際など、彼女を疑わなかったといえば嘘になる。他に方法は無かったのか、とか。せめて配慮する気持ちくらいあってもいいではないか、とか。 だけど。春奈は得意の高い洞察力で、それが彼女の本質でない事を見抜いていた。 レーゼをキャラバンで保護したこと。話は聞いている、鬼道の遺体を見つけた時−−塔子や帝国メンバーの眼に触れさせないようにしたこと。 きっと本当はとても優しい人なのに、不器用なだけなのだろう。だからうまく言葉にできなくて、行動で語るしかなくて−−本人が一番苦労しているのではないだろうか。 今だって。自分が悪者になる事で、みんなの罪悪感を取り払おうとしているように見える。少なくとも春奈には。 鬼道もまた、そうだったから。「…俺は、知りたいです」 円堂が口を開く。「今この国で、本当は何が起きてるのか。エイリアの正体は一体何なのか。鬼道は何であんな死に方をしなくちゃいけなかったのか」 その大きな眼に宿るは、決意の焔。 彼は、強い。その強さに甘えすぎてはいけないけれど−−その強さに支えられて、自分達は此処まで来る事ができた。この場所に集った。出逢う事が、できた。 こんな時でも。いや、こんな時だからこそ自分達は実感するのである。 円堂守という男に着いて来て、本当に良かったと。「知って…止めたい。これ以上悲しい事が起きないように…終わらせたい。鬼道 が、俺達が、みんなが愛したサッカーをこれ以上汚されたくないんだ…!」 我らがキャプテンは叫ぶ。力強く、声高く。宣誓するように。「答えはサッカーで出す。大事なのは諦めない事だ。犠牲を、歴史を、無駄にしない事なんだ!俺達が諦めない限り…俺達のサッカーの中で、絆は生きる。俺は そう、信じてます!!」 それは、皆の心の代弁でもある。 答えはサッカーで、出す。愛する人が愛した方法で、自分達が愛する方法で。 それが故人の、生きた証。「あたし達は愛媛に行きます、監督」 塔子が円堂の言葉を引き継ぐ。「影山と接触すれば、何か分かるかもしれない。何より…鬼道が遺してくれた想 いを、あたし達が代わりにぶつけたい。過去に、決着をつけて、そして…鬼道が 大切に想うチームメイトを助けたい」 そうだ。愛媛に行ったまま未だ戻ってきていない佐久間と源田。この悪夢は、彼らが行方不明になった事から始まっている。 鬼道は二人が失踪したのを知らなかったから罠にかかってしまった。けれどもし知っていたとしても、呼び出しには応じたような気がする。 大事なチームメイトだから。彼らの存在そのものが兄にとって、いつか帰る場所だったから。 彼らを助けに行くと、鬼道ならそう言う。それは確信。自分達はその願いを叶える義務と権利がある。 何より。これ以上悪夢の犠牲者が出るのは御免だ。「あたし達は逃げません。誰一人。そう決めたんです」 そうハッキリ宣言する塔子を、瞳子は眩しそうに見つめる。もしかして監督も薄々気付いていたのだろうか。塔子と鬼道がどんな関係にあったのかを。−−私。まだ塔子さんに嫉妬してる。だって貴女は最期の最期まで、お兄ちゃんの心を持ってったんだもの。 兄が死に際に打ったメール。自分の携帯には届いて、円堂へのメッセージは未送信で残されていて。その後に塔子へのメッセージが打たれたであろう事は、想像に難くない。 何故そうなったのか。春奈は考えた。自分が何故塔子や円堂よりも最優先されたのか。 簡単だ。春奈が一番兄にとって心配な存在だったから。塔子や円堂の事も大事だけど、彼らの強さは鬼道もよく知っていたに違いなくて。 彼らなら。間際に想いが届かなくても、未来を立って歩けると考えたのではないか。けれど春奈は、自分がギリギリまで背中を押さなければならないと思ったのではないか。 兄の性格なら、きっとそう。ギリギリの状態ならば、恋人よりも我が子を優先するのだ。春奈の存在は鬼道にとって妹というより娘のようなものだったと、知っているから。 自分はまだ、兄にそういった意味で信頼されるほどの強さを得られていなかった。実際自分は弱い人間だ。兄の死という現実から逃げて、甘い夢に浸ろうとしたくらいに。『春奈は優しい子だな。その優しさを、忘れないようにしなさい』−−私、優しい子なんかじゃない。でもお兄ちゃんはそう言ってくれた。私を認めてくれた。 だからこそ。優しいだけじゃない。 兄にも両親にも天国で安心して貰えるくらい、強い子になりたい。 その為に決めた。この道を選ぶことを。「瞳子監督。…お願いがあります。ううん、監督だけじゃない…雷門のみなさん 、全員に」 一歩前に進み出て、春奈は告げる。 自らの決意を。「私を…選手として、チームに迎えて欲しいんです」 誰にも話していなかったこと。自分一人で決めた事だ。案の定、壁山や目金あたりなどは本気でビックリした様子である。 公式戦でない以上、女子がチームに加わるのは問題がない。既に塔子もいる。だが春奈の、サッカーの腕を知る者はそう多くはない。監督ですら僅かに驚いた顔をしている。「俺からもお願いします、監督」 微妙な沈黙を破るように。円堂が頭を下げてくれた。「音無の力は本物です。そして選手としてやる気を出してくれた…!俺、音無と も一緒にサッカーやりたいです!!」 「キャプテン…!」 壁山の頭に乗っかっている木暮が、その後ろで小さくニッと笑うのが見えた。春奈は笑い返す。彼にも本当に感謝しなくてはなるまい。「私には、お兄ちゃんみたいなスゴいプレーはできないけど。お兄ちゃんが見た景色を、私も見たいんです」 春奈も頭を下げて頼み込む。「戦わせて下さい、監督!私もみんなを、お兄ちゃんやみんなの愛するサッカーを護りたいんです!!」 その様子を、瞳子はじっと見て−−やがて溜め息をついた。仕方ないわね、というように。「…好きにしなさい」 仲間達の間から歓声が上がる。春奈はもう一度、勢い良く頭を下げた。「ありがとうございます、監督!」 これからまた迷う事があっても。一番大切な事だけは、迷いはしない。 自分は戦う。知る為に、護る為に、救う為に。 落ち着け。動揺するな。デザームは自らに暗示をかける。それでも握りしめた手は震えて、どこかにこの怒りを叩きつけたくなる。 鬼道有人が殺された。明らかな他殺。しかもこのタイミング。どう見ても口封じではないか。−−それはつまり…奴が言った事が正しかったという証明ではないか? 『お前達は…本当に宇宙人なのか?』 『それでも戦うのか?たとえ…最終的に…自分達が人殺しの道具にさせられても …?その全てが、お前達の信じる人の意志ですらなくても…か!?』 『かの人物が妙な研究を始めたのは…五年前からだろう?身元不明の妙な女が男 に仕えだしたのも同じくらいの時期じゃないか?』『下手な興味で…我らの領域に踏み込まない事だ。さもなくば命の保証はない。 …あの残酷な魔女が、嬉々として貴様を喰らいに来るぞ』 『ガゼルにも忠告されたんだろが。…やめとけ。正直二ノ宮の事は俺も嫌いだし 疑ってるが…あの女の力は今はまだ必要だ』 『それに…奴は得体が知れない。下手に嗅ぎ回ってるのがバレてみろ、いくらお 前でも…』 思考をフル回転させる。鬼道の言葉。ガゼルの言葉。バーンの言葉。記憶を辿り、それらを繋ぎ合わせ、答えを導く−−デザームの得意分野だ。 自分は遠き星エイリアの戦士。皇帝陛下にお仕えする星の使徒。ずっとそう信じてきたし、その事実を何もかも疑う事は出来ないが−−少なくとも鬼道は、自分達が宇宙人であるかどうかから疑っていた。 それが真実であれそうでなかれ。そう考える根拠が多分あったのだ。もしかしたら、自分達のDNAを調べた可能性もある。 言われてみればおかしい点が無いわけじゃない。自分達は物心ついた時から当たり前のように日本語を話していた。地球の、小さな島国の言葉をだ。自分達が元々は人間で日本人だったと仮定すれば、辻褄が合ってしまうのである。−−加えて、二ノ宮様の存在だ。鬼道が言った“妙な女”。ガゼルとバーンの忠告にあった“魔女”。どちらも 二ノ宮蘭子の事であるのは間違いない。 鬼道は全ての黒幕が二ノ宮である事を疑っていた。ガゼルとバーンも、その二ノ宮が口封じに来る事を畏れていた。 彼女についてデザームが知っている事はさほど多くない。 ただ、自分も何度も彼女の手で生体実験を受けているので、研究者としては優秀であろう事も、特に脳科学とスポーツ科学に秀でている事も分かっている。 彼女ならば。陛下を含めた−−エイリア学園メンバー全員の脳をいじくり、洗脳する事も可能なのではないか。 実際、ジェミニストームのメンバーは皆、彼女の手で記憶を消されて捨てられたという話ではないか。記憶を消せるなら、書き換えも可能かもしれない。−−考えれば考えるほど…二ノ宮様が怪しいと言わざるおえない。 仮に−−全てが彼女の思惑でないのだとしても。鬼道を惨死させたのが彼女であるならば−−自分も黙っているわけにはいかない。 彼らとは正々堂々戦いたかった。熱く燃えるようなサッカーをして、真正面から打ち勝ちたかった。鬼道に対しても例外ではない。 それを−−あんな形で汚すだなんて。とても赦せる話ではない。 そんな女のやり方に賛同できる筈もなく、大人しく従うわけにもいかない。−−暴き出してやる…真実を。 我が名はイプシロンのキャプテン、デザーム。それが誇り。それが存在証明。 愛する陛下と部下達を護る為なら、命すらも懸けよう。今までも、そしてこれからも。 そして身を挺して自分達に真実を知らせてくれようとした、鬼道の為にも。NEXT |
廻せ、廻せ、ルーレット。