何を壊しても手に入れたかった。 何を失くしても欲しかった。 何を掴んでも足りなかったのは。 たった一つの、誰かの愛。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 1-9:淀んだ空の、淀んだ大地に。
自分は負けない。負ける筈がない。 この日の為に、雷門の選手のデータは、プライベートな事に至るまで徹底的に 叩き込んできた。その心理的弱点、プレイスタイルの癖、それぞれに生まれる一 瞬の死角と隙。 身体的にも精神的にも揺さぶって、凌駕してやる。徹底的に追い詰めて、叩き のめしてやる。 求めるは甘美なる勝利。捧げるは完璧なる勝利。
「見てろよ…グラン」
フィールドの向こう。その場所に一人佇む赤髪の少年に、不動はニヤリと笑っ てみせる。
「俺達は…俺は絶対勝つ。勝ってみせる。お前がご執心の雷門もここまでってわ けだ。…そこでじっくり見てろよ。俺の実力ってヤツをよぉ!!」
グランは一瞬だけ、切なげに眼を細めて−−またいつもの無表情に戻った。相 変わらず忌々しいポーカーフェイスめ、吐き気がする。 だがいい気になっていられるのもそこまでだ。試合を見て、自分達の勝利の瞬 間を間近で感じて焦ればいい。そして後悔すればいい−−自分をチームに組み込 まなかった事を! 想像するだけで笑いが止まらない。不動は断続的に唇の端から嘲笑の声を漏ら す。
−−そうとも…本当は俺が、俺があの方のお役に立てる筈だったんだ!!
グランよりもガゼルよりもバーンよりもデザームよりもレーゼよりも!あの方 を誰より愛しているのは自分なのだ。あの方の為ならば何だってしてきた。キツ い実験も真っ先に名乗り出たし、訓練だって怠らなかった。なのに! 自分は計画から外された。セカンドランクのジェミニストームにすら加えて貰 え無かった。何故。一体どうして。自分だってエイリア学園の一員だというのに!! 実力的には劣る事など何も無い筈だ。努力だって。あのお方が望んでくれさえ するのなら今以上の努力を約束しよう、あの方さえ、あの方さえ、あの方さえ! 気が狂いそうだ。 あの方の為に働く同胞達の姿を見るたび。あの方に誰より寵愛されるグランの 姿に気付くたび! グラン。忌々しいグラン。出来る事ならその生っ白い肌を切り裂いて、芸術的 な赤に染め上げてやりたい。その不良品の心臓を抉りだして、生きたまま食らい つくしてやりたい。 憎い。憎い。殺してやりたい。苦しめてやりたい。その場所にいるべきは自分 だ。あの方に愛されるべきは自分なのだ!なのに何故彼などが。当たり前のよう にその席に座っているというのか。
−−でも仮にグランを殺しても、ガゼルがいる。バーンがいる。他にもあの方の 愛を希うガキどもは大勢いる。キリがない。…だったら。
今まで自分は全てを、自分の実力で叶えてきた。自分の実力でねじ伏せてきた 。それはこれからも変わらない。ノールールこそマイスタイル。自分は自分のや りたいようにやるだけだ。
認めてくれないのならば、認めさせてやる。
愛してくれないのならば、愛させてやる。
不動は決意した。その後の行動は早い。 エイリア石の欠片をありったけ持ち出し、その資料を読み漁って性質を熟知し 。自分の為のチームを作るべくその力を振るう事を思いついた。 影山は不動を“天性の魔術師”だと言った。それは概ね正しい。不動は力ある 言葉を巧みに操り、戦いに用いる事ができる。その力は、エイリア石と非常に相 性がいいのである。 さらに目を付けたのが、影山。不動は黒いサッカーボールを使い、北ヶ峰で影 山の護送車が通りかかるのを待ち伏せた。そして雪崩を起こし、彼を脱走させ、 取引を持ちかけたのである。 共に雷門を潰さないか−−と。影山がサッカーを憎んでいる事も、雷門に固執 している事も、陛下に恩があるらしい事も知っている。陛下がいずれ影山を利用 するつもりでいた事も。 ならば自分が一足先にその仕事をこなしてやろうではないか。影山と共に、こ の真帝国学園の一員として雷門を倒す。徹底的に打ち負かす。 そうすればきっと−−あの方も自分の力を認めてくれる筈だ。 あの方は強い者が好きだから。不動が真に強い存在と分かればきっと考え直し てくれる。愛してくれる。あのグランなんかよりも。 自分の独断で始めた計画だったが、どうやらあの方も認めてくれたようだ。影 山脱走も自分の学園脱走も、あの方の“眼”ならばすぐに気付いたろうに。 潰すどころか、情報規制までして間接的に手助けをしてくれた。きっとあの方 も期待してくれているのだ。不動は胸を踊らせた。期待を裏切ってなるものか。 この計画は、絶対に成功させてみせる。 試合に必ず、勝つ。どんな手を使ってでも。
「不動」
黙りこんでいたグランが、口を開く。腹立たしいほどよく通る声で。
「君は本当に…俺が父さんに愛されると思ってるの?」
そうだろうが、と言いかけて−−不動はギリリと唇を噛み締めた。たとえ本当 の事でも、グランがあの方の寵愛を受けている事実を、自分の口で言いたくはな かったのだ。 言えばきっと、耐えきれなくなる。きっと歯止めがきかなくなってグランを殺 してしまう−−嫉妬のあまりに。
「…違うよ。父さんが本当に愛してるのは俺じゃない。…父さんは遠い日に消え た幻を、俺の姿に重ねて見てるだけ」
俺は“グラン”なのに、と忌々しい男は呟く。 「それでも俺は構わない。父さんはあくまで幻の愛情を追ってるだけだとしても …俺がその身代わり人形だとしても。不動…君が…得られる筈だった本物の愛の 代わりを、父さんに求めているだけだとしても…」 「黙れぇぇぇ−−ッ!!」 反射的だった。すぐ足元にあったボールを、力任せに蹴り飛ばす。しかしグラ ンはそれを、軽く身を翻す事でかわしてしまった。 嫌い。大嫌いだ。また耳鳴りが煩くなってしまったではないか。ああ、五月蝿 い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿 い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿いっ!!
「俺の父さんはっ…あの方だけだぁぁっ!」
あんな。みっともなく裏切られて負け犬になりさがった男と、気が狂うまで世 界を呪うしかなかった女じゃない。散々自分を振り回すだけ振り回して無様に醜 く死んで、死ぬ間際まで自分を巻き込んだ奴らなんか親じゃない。 どれだけ痛かったと思ってる。あの時の傷が今でも苛々と疼いて仕方ないのだ 。 そしてどれだけ嬉しかったと思っている?あのお方に必要とされた時。あのお 方が迎えに来てくれた時!
「決めたぜグラン…この試合に勝ったらお前を殺す!八つ裂きにして、頭から足 の先まで肉団子にして食ってやるよぉぉっ!!ハーッハッハッハァッ!!」
ビシリ、とグランを指差し、宣言する。そうとも。あの方の愛さえ得られれば 何も我慢する必要がなくなるのだ。 思う存分殺してやる。何回だってぐちゃぐちゃに踏み潰してやる。ざまあみろ 。 自分にはあの方さえいればいい。 あの方には自分さえいればいい。
キャラバンは愛媛に向かう。 それぞれの決意と、絶望と、希望と、悲しみと、覚悟を載せて。それぞれの願 う未来へを目指して。 一之瀬の隣では土門が寝息を立てている。本当は疲れきっていたところを、ず っと無理していたのだろう。 そうさせた一端は自分にある。罪悪感がないと言えば嘘だ。しかしそれが必要 不可欠であったのも分かっている。
−−豪炎寺…。
一之瀬は窓の外を見て、心の中で呟いた。
−−あいつ今…どうしてるんだろうな。
鬼瓦刑事から聞いた話で、円堂には伝えていない事がいくつかある。正確には 、伝える事が出来なかったのだ−−円堂の人柄は信頼しているが、彼はあまりに 嘘が下手すぎる。 事件が事件なだけに、鬼道の携帯は事件現場の遺留品として警察に回収された 。ゆえにその中身を鬼瓦刑事も確認したわけだが−−。
『鬼道君だが。豪炎寺君がキャラバンを降りた後も、定期的に連絡を取り合って いたみたいだな』
なんと、鬼道は豪炎寺の居所を知っていたし、メールのやり取りもしていたの である。 どうして自分達にそれを教えてくれなかったのだろう。不思議がる一之瀬に、 鬼瓦は、他言無用だぞ、と前置きして話してくれた。
『…豪炎寺君の妹さんが誘拐され、エイリアの人質になっている。我々警察が全 力で捜査に乗り出しているが…妹さんを保護しなければ豪炎寺君は戦う事ができ ない。むしろ奴らの言いなりになるしかない』
だから自身とチームを護る為、行方をくらますしかなかったのだ、と。 なるほど。一之瀬もようやく合点がいった。豪炎寺と最後に戦ったジェミニス トーム戦が何故あんなに不調だったのか。監督に指示されたからといって何故あ んなにあっさりキャラバンを降り、行方をくらましたのか。 多分、妹を拉致されて身動きのとれない状況を、仲間達に話すことすら口止め されていたのだろう。
『メールの内容から察するに、鬼道君は自力でその豪炎寺君の状況を調べ上げて 、連絡してきたみたいだな。まるで名探偵だよ』
結局、豪炎寺の居場所を聞くことは出来なかったが(さすがにそれを今一之瀬 が知るのはまずいだろう)、彼の無事がわかっただけでも収穫だ。 鬼道の死を、まだ豪炎寺には知らせていないという。自分から伝えておくよ、 と鬼瓦が言ったので任せることにした。 我ながら無責任で酷いとは思うけれど。豪炎寺に自分から話すだけの気力が、 今の一之瀬には無かったのである。
−−豪炎寺も…鬼道と同じようなタイプだからな。
きっと、人前ではそんな素振りは見せなくて。だけど一人になった時、声を殺 して涙を流すのだろう。 多分今までも彼はそうやって、全ての悲しみと苦しみを無理やり押し流してき たに違いない。自分の為に。誰かの為に。
−−それだけ俺達もあいつらに、寄りかかりすぎてたって事なんだろうな。
エイリアと−−異星からの侵略者と戦う。この世界を護る。そう決意した時点 で、この事態を予測し、せめて覚悟を決めておくべきだったのかもしれない。 そもそも連中が次々日本中の中学校破壊を始めた段階で、今まで死人が出なか ったのは奇跡的なのだ。 まったく何が“我々は野蛮な行為は望まない”だ。充分野蛮な真似を繰り返し ているではないか。と、そんな文句を今のレーゼにぶつけたところで、彼にも答 えようの無い事だろうが。 去る仲間。消える仲間。終わりの見えぬ悪夢。自分達に覚悟が足りていなかっ た事は、否定しようがない。 もうこれ以上悲劇は繰り返さないと決めた。だが、いくらそう願って努力して も、不確定な未来はまた自分達を裏切るかもしれない。同じ事がまた起きてしま うかもしれない。
−−それでも俺は…俺達は立っていなくちゃいけないんだ。
もう散々涙は流した。吹っ切れたとは言えないが、後はもう無理やりにでも進 む他ない。 窓の外を流れていく車の並。やや雲の多い淀んだ空を見上げて、一之瀬はひそ かに誓いを立てる。 また倒れる事があっても、何度でも立ち上がろう。 諦めない事こそ、自分達の最大の必殺技なのだから。
NEXT
|
狂っていたのは、世界は自分か。