どうやって償うと言うの? どうやって贖うと云うの。 もう何もかも遅いのに? もう何一つ、戻らないのに。 この背中に、白い翼は 無いとしても。1-12:それは悪の、召使達。 潜水艦の、暗く狭い通路を歩く。 皆それぞれに、思うところはあるのだろう。俯き加減な者。心配顔の者。険しい顔で前を見据える者。共通しているのは皆一様に無言である事くらいだ。 風丸の隣を歩くレーゼは、水色のパーカーのフードを被って、不安げに俯いている。風丸が手を握ってやると、少し驚いたようにこちらを見てきた。「大丈夫だよ」 何が大丈夫なのか、は分からない。でもそう言ってやりたかった。 レーゼに対しての恨み辛みが消えたわけではないが。先日の一件以来、なんとなくほっとけない存在になってしまったのも確かである。弟ができたらこんな感じなのかもしれない。 自分より少しばかり背の低い彼を見下ろして、微笑んでみせる。「大丈夫だから」 すると、ちょっとだけ安心したようにこくんと頷くレーゼ。 記憶が無いからこそ、今の姿が一番彼の本質に近いような気がしてならない。本当はとても臆病で、強がりで、しかし人知れず練習するような努力家だったのではないかと。 そんな彼が、謎の体調不良に見舞われ、妙な連中に狙われている。その上、自分達の仲間の一人は殺害された。不安がるのも当然だ。 自分が、何とかしてやらなければ。 そう思っていると、レーゼの反対の手を、宮坂が握った。「大丈夫ですよ、リュウさん」 緑川リュウジ、という瞳子がつけたレーゼの仮名は、宮坂にも伝えてある。 宮坂は明るく笑って、レーゼに言った。「大丈夫!だって雷門イレブンは無敵ですから!!」 ああ、そうか。なんだかレーゼがほっとけない訳。 入部した頃の、宮坂に似ているのだ。 あの時の宮坂は、今よりずっと自信なさげで、おどおどした様子が目立っていた。アガリ症なんです、と恥ずかしげに言っていたのを覚えている。小学校の時の大会で、ハードルで転んで、大怪我をして復帰したばかりだったせいだ。 それが今では、人前でドギマギもしなくなったし、陸上でも自身を持った走りができるようになった。それは他の誰でもなく、本人が努力して身につけた結果だろう。−−そうだ。本当は分かってるんだ。力は…努力して身につけるからこそ意味が あるんだって。 自分はきっと、実力的にも精神的にも、この中の誰より弱い存在だけど。 そんな自分だからこそ、できる事があるなら試したい。−−諦めない事が、俺達の最大の必殺技なんだ。 唐突に目の前が開けた。暗闇に慣れた眼には眩しくて、思わず手を翳す。 緑色に輝くフィールドにサッカーゴール。あまりにも見慣れた風景だ。予想の範疇ではあったが、まさか本当に潜水艦の中にサッカーコートを作ってあるだなんて。 影山は脱獄したばかりの筈。一体どこからそんな資金を引っ張ってきたのやら。エイリアが資金提供してくれたのだとしたら、無駄に太っ腹だ。 風丸と同じ事を栗松も思ったようで、お金かかってるでやんすねぇ、とため息をつくのが聞こえた。「待ちかねたぞ、雷門イレブン」 フィールドに反響する声。無人と思っていたので思わずドキリとする。 声は上斜め前方−−柱の上からだった。二本の柱の上にそれぞれ人影が見える。二つの人影はそのまま体操選手のように飛び降りて、鮮やかに着地してみせた。「あんた達」 塔子が驚きに声を上げる。「どういうこと…?影山に捕まってたんじゃなかったの…?」 目の前に降り立ったのは−−佐久間と源田の二人だった。何やら、自分の知る彼らとは様子が違う。髪型やファッションの差もそうだが−−なんだか雰囲気が異質だ。 少なくとも、影山に捕らわれて言いなりになっている人間には、見えない。「随分遅い到着だったな。…まぁ、あまり早く着くのもおかしな話か。喪に服す “フリ”くらいはしなければな」 「フリって…」 まるで雷門が鬼道の事などどうでも良いと思っているみたいではないか。 怒りは勿論あったが、それ以上に風丸は戸惑っていた。自分達を、まるで射殺すかのような二人の眼。 まるで親の敵でも見るような、眼。 だがこちらはまるっきり心当たりがない。そもそも彼らと顔を合わせたのは、精々帝国学園と試合した二回くらい。吹雪、木暮、塔子、レーゼに至っては初対面ではなかろうか。「何故恨まれるか分からない。…そんな顔だな、お前ら」 佐久間が隻眼で、ギラリとした目線を向けてくる。「俺達は……ずっと鬼道を恨んでいた。」 「……!」 「奴のせいで帝国は滅茶苦茶だ。雷門に負け、世宇子に負け…挙げ句本人は俺達 を捨てて雷門に転校!お前らにも奴にも分からないだろうよ…病院のベッドの上 で俺達が…どれほど悔しい想いをしたかなど…!」 鬼のような形相の佐久間。本気で悔しいのだろう。源田は一見物静かに見えるが、全身から怒りのオーラが噴き出している。「何言ってんだよ…!負けも転校も事実かもしれないけど、鬼道はお前達の為に も、世宇子を倒そうって…」 「黙れ裏切り者っ!!」 二人がかりで怒鳴られ、びくり、と話しかけた土門の肩が揺れる。「裏切り者…ああそうだ、お前も裏切り者だ。帝国にいたくせに、あっさり雷門 に行きやがって…。お前にだけは文句を言われる筋合いはない」 源田の声は、驚くほど冷たい。「…俺達も最初はそうやって納得しようとしたさ。総帥は間違ってたんだから仕 方ない。鬼道が転校したのも俺達の為の筈だから仕方ないってな…でも」 血の気が失せるほど握りしめられた源田の拳が、わなわなと震えている。「鬼道も総帥もいなくなって…帝国サッカー部がどんな有り様になったと思う? 退院した後も地獄だった。俺達もレギュラーのみんなも頑張ったさ…。やめよう とする一年を引き止めて、やけになる二三年を抑えて…頑張って頑張って…でも うまくいかなくて…!!」 知らなかった。 風丸は愕然として、源田の話に耳を傾ける。確かに−−帝国という学校は、雷門とは別の意味でカリスマが物を言うチームだった。 鬼道の牽引力は今更説明するまでもなく。影山も、やり方こそ正しくなかったかもしれないが、有無を言わさぬ威圧感とカリスマがあったのは確かである。 その二人が、世宇子との敗北を気に両方いなくなって。その穴を埋める為に、副将たる彼らがどれほど血の滲む苦労を重ねたか−−それは彼らにしか分かるまい。 無意識に目線は宮坂へと向いていた。かつて風丸に、陸上部に戻ってくれないかと必死で頼み込んできた彼。 青ざめる。ひょっとしたら。陸上部でも、同じ事が起きていたのではないか。自分は立場上は副部長で、実質陸上部のエースだった。その自分がサッカー部へ助っ人に行ったきり戻って来なくなって。 部長の速水も、他の仲間達も笑って応援してくれたけれど。本当は−−言葉にできないような苦労がたくさんあったのかもしれない。思えば久々にトラックを走ったあの日、何人か面子が減っていた気がする。 それでもサッカー部で戦う風丸を心配させまいと、笑顔で背中を押してくれていたとしたら。 風丸の視線の意味に気付いた宮坂が、一瞬だけ、苦いような笑みを浮かべた。それが全て物語っているように思えて−−風丸は罪悪感で胸が詰まった。「…でも……結局鬼道は戻って来なかった。世宇子は倒したのに、戻って来なか った」 佐久間の空虚な呟きが、フィールドに溶けていく。「忙しいとか、事情があるんだとか…自分を納得させようとしても、無理で。や っぱり俺達は、あの人に捨てられたんじゃいかって思い始めた。弱い駒は必要ない。勝利できない俺達に…もう用は無いんだって」 「そんな…鬼道はそんなつもりじゃ…」 「そうじゃないって言い切れるのかよ円堂!お前は鬼道じゃないだろうがっ!本当だって言うなら鬼道を此処に連れてきて、土下座して謝らせろよっ!!」 激昂する佐久間。それは血を吐くような叫びだった。「できないよなぁっ!?鬼道有人は死んじまったんだからっ!!殺されたんだからっ!!」 空気が音を立てて凍りつく。 鬼道有人は死んだ。殺された。 改めて形になったその言葉が風丸の、仲間達全員の胸に突き刺さる。「あいつはもう二度と謝らない…帝国に帰って来ない!気付いたんだよ…全部、 全部、全部、お前らのせいだって!お前らが鬼道をたぶらかさなければ、総帥と決別する事も俺達が負ける事も無かった!俺達を捨てて雷門に行く事も無かったんだ…っ!!そしてきっと…あんな惨めな死に方することだって…!!」 びしり、と佐久間の指が真っ直ぐ円堂を指差す。「鬼道はお前らに騙された!お前らが鬼道を死に追いやったようなもんだ…!!」 佐久間と源田の理論は、滅茶苦茶だった。正しいのは鬼道が円堂に影響されたという一点のみ。そこから先は鬼道が自ら選んできた道で−−その後の結果は偶発的に生まれたものではないか。 そもそも、鬼道は帝国メンバーを捨てたわけじゃない。世宇子を倒して尚雷門に残ったのは、エイリアが襲撃してきたせいに他ならない。世界の為には、雷門の一員として戦うしかないではないか。 それに彼はこの戦いが終わったら帝国に戻るつもりでいたのだ。それが出来なくなったのは−−二度と戻れなくなってしまったのは。佐久間と源田を案じて一人で彼らに逢いにいったせいで−−。 そうだ。怒りをぶつけたいのはこちらの方だ。あの日、帝国に鬼道を呼び出したのはお前達ではないのか。確かに佐久間の携帯から呼び出したメールが、鬼道の携帯には残されていたというのに。 むしろお前達のせいで鬼道は罠にかけられたのだと言いたい。いや、そもそも本当はお前達が彼を殺したのではないのか。風丸は口を開こうとして−−誰か掌に遮られた。 聖也だった。駄目だよ、と言うように首を振られる。風丸は悔しさに歯を食いしばった。「…敗北の屈辱は勝利の喜びに拭うしかない。あの敗北が俺達の全てを壊した。 お前らが俺達の全てを滅茶苦茶にした。絶対な赦さない。お前らを潰す為なら俺達は…悪魔にだって魂を売ってやる」 「その為なら、影山に従ってもいいってのかよ…!」 二人のプレッシャーに気圧されながらも、叫ぶ土門。「鬼道は言ってたぞ!影山は間違ってる。奴の決別してやっと…俺達のサッカー ができるようになった…その最初の一歩を踏み出せたって…!」 「“俺達のサッカー”、だって?」 視線で人を殺せそうな、阿修羅の形相で佐久間は土門を睨みつける。「俺達のサッカーは負けたじゃないか!!」 佐久間が絶叫する。絞り出すような声で。 ダンッ!と重たい音がした。早くて重いシュートが放たれたと気付いたのは、土門の身体が吹っ飛ばされたのを見てからだった。「ど、土門!」「思い知らせてやるよ、俺達の受けた痛みを」 倒れた土門と、駆け寄る一之瀬の前に歩み寄り。佐久間は冷えきった眼差しで彼らを見下ろした。「惨めに這い蹲るがいい。俺達には秘策があるんでな」NEXT |
終わりの、始まり。