闇の色。 世界の果て。 君は叫び。 僕に届く。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 1-13:平和への、行列。
明らかに、佐久間も源田も様子がおかしい。 確かに彼らは精神的に追い詰められていたのだろう。だが、物事を随分と悪い 方に悪い方に考える傾向にあり、疑心暗鬼にも陥っている。やけに多弁で、攻撃 的。 そんな症状を、聖也は過去にも見た事があった。それはとても悲しい場所で、 何度も。 ある時は輝ける庭と呼ばれた町の研究室で。ある時は神々の戦場で。またある 時は閉鎖的な小さな村だったり、遠い異国の戦場だったり。
−−その病の名を、俺達は仮性ハートレス症候群と呼んでいた。
詳しい事は未だによく分かっていない。聖也は研究者ではないし、一番最初に 病を発見して研究していた科学者と弟子達は揃って感染発祥、悲惨な末路を辿っ てしまったから。 治療法も原因もハッキリしていない。偶発的に完治したケースもあるが、何が 要因になったかは分からずじまいであるという。 ただハッキリしている事は。発症すると強い疑心暗鬼と妄想に捕らわれ、性格 が非常に攻撃的になり、場合によっては乖離性傷害を伴うこと。末期症状にまで 至ってしまうと、あとは化け物になるか廃人になるか死亡するか。 様々な世界で確認されている、非常に恐ろしい病気。発症すると、脳内麻薬を 多量分泌させる為か身体能力が飛躍的向上する事もあり、暴れる患者を抑えるの すらも骨の折れる作業となる。
−−激戦地の最前線で戦う軍人ならともかく。普通に生活している一般人が発症 する事は極めて稀だ。…だが。
例外が、ある。 この病を−−人為的に発症させる事のできる物質が、ある世界には存在するの である。 ジェノバの遺伝思念。カオス因子。電子ドラッグ。その形態や形は様々で一定 ではない。 聖也は鬼道に、ある物質の解析を依頼した。一つはエイリア学園の子供達の遺 伝子。もう一つは神のアクア。 前者によって分かったのは、エイリア学園の、少なくともジェミニストームの 子供達は普通の地球人である事。そして、後者は。
−−神のアクアに含まれていた、五年前に落下した隕石の成分。それには人の潜 在能力を限界まで引き出す効果があるらしい…と俺は鬼道に伝えた。
だが、実はその表現は正確ではない。隕石には、あの恐ろしい病、仮性ハート レス症候群を強制発祥させる事のできる成分が眠っていたのである。 それが改良されて神のアクアとして、照美達に使われていた。彼ら世宇子中が 幻覚症状を呈して集団自殺を図ったのも、仮性ハートレス症候群のせいならばけ して不自然な話ではない そして今。おそらく神のアクアをさらに改良したと思しき“何か”がエイリア 学園の子供達に使われている。このまま行けば、彼らにはおぞましい末路しか待 っていないというのに。
−−断言はできない。だが…影山がエイリアと繋がっており、神のアクアを握っ ていた事を考えれば…佐久間や源田にも同じものが使われていてもおかしくはな い。
彼らは恐らく、神のアクアのようなものの力で強い疑心暗鬼になり、影山に従 うよう洗脳されてしまっている。鬼道へ多少不信感を抱いていたのは確かだろう 。だからこそ、そんな心の隙を影山に突かれてしまったのではないか。 このまま彼らが捕らわれていたら。辿る結末は世宇子と同じかもしれないし、 もっと悲惨なものになってしまうかもしれない。
−−いや…。もっと前を辿れば影山も仮性ハートレス症候群を発症している恐れ がある。
どうすればいい。どうすれば彼らを助ける事が出来るのだ。 悩んだ聖也の脳裏に、懐かしい声が蘇った。傷つきながらも未来を信じ続けて いた、小さな“白き魔術師”の声が。
『サッカーはね、魔法なんだよ。大好きな人と、仲良くなる魔法。一緒に幸せに なる魔法なんだ』
−−幸せになる魔法…か。
自分にも、使えるだろうか。あの時彼が使ってくれた魔法。いつも仲間達が無 意識に使い続けている、最強最大の魔法が。人を幸せにできる白き魔法が。
−−いや。使えるかどうか、じゃない。使えるって信じなきゃ、駄目なんだ。
自分一人なら絶対無理だったけど。 自分の周りには今、こんなに素晴らしい仲間達がいる。 信じよう。信じるのだ。信じる者にこそ幸福は訪れると−−ある世界の“支配 の魔術師”が言ったように。 奇跡を起こす。彼らを奈落から救い出せるものがあるとしたら、それはサッカ ーでしか有り得ない。その為に出来る事は、信じて全力で戦う事だ。
「…瞳子監督」
ミーティングにて。聖也は自らの考えを、口にする。
「今回の作戦…俺に任せていただけませんか」
誰もが驚いた顔で聖也を見る。聖也はメモ帳とペンを取り出し、手早く文字を 書き込んだ。 我ながら字が綺麗な方でない事は自覚しているが、まあ、この大きさで書けば 読めないという事は無いだろう。
「これが俺の希望です」
書いた紙を見せる。そこに記したのはフォーメーションとメンバー。
FW 染岡 照美 吹雪 MF 風丸 春奈 一ノ瀬 宮坂 DF 聖也 土門 塔子 GK 円堂
「ちょ…随分また変則的な…」
一ノ瀬が明らかに戸惑った声を上げる。 「染岡、アフロディ、吹雪のスリートップはまだいいとして…。風丸がMFで、入 れ違いに聖也がDFって…。それも、試合経験のない音無と宮坂を揃って中盤起用 だって?」 「そうだ」 「いくらなんでも無茶だ!ただでさえ慣れないフォーメーションだぞ。それも壁 山と栗松を外したら、防御力が一気に下がるじゃないか」 「まあ、言いたい事は分かるが。黙って聞いてくれよ」 とんとん、と紙を叩いて聖也は説明する。
「今回の試合な。どうにも嫌な予感がすんだよ。佐久間の言ってた秘策ってヤツ も気にかかる…ただでさえあいつのドリブルテクは厄介なんだ。なるべく奴にボ ールは回したくない。…そこでだ」
今回のスタメンを、足が速くて体力のあるメンツで固めたのである。視野の広 く状況判断に長ける一之瀬と春奈を中央に置き、サイドを俊足の風丸と宮坂に任 せる。 仮にボールを奪われても、ボールカット率の高い彼らならば、即座に対応し攻 めに転じる事ができるだろう。そして彼らの足ならば佐久間相手でも十分振り切 れる筈だ。
「んでもって。俺のノーコンは周知の事実。申し訳ないがまだ克服できてねぇ。 だったら客観的に見てディフェンスに集中させて、彗星シュートは前線にボール を上げる為だけに使った方が得策だろ」
スリートップにしたのは、攻めの人数を増やして、どこにすっ飛ぶか怪しい自 分のロングシュートを拾って貰う為。そして早めに得点して勝負を決める為だ。 フォーメーション名はワイルドパーク。野生中の得意な3−4−3の陣形。 これにも当然意味がある。スピードのある面々でのフラット3。オフサイドト ラップに引っ掛けて、敵の中央突破を足止めするのが狙いだ。壁山には悪いが、 今回ばかりは足の遅い彼は作戦に向いていないのである。 それらを説明すると、イレブンも瞳子もどうにか納得したようだった。それで も、にわかじこみのフォーメーションでどこまで戦えるか、不安は隠しきれぬ様 子である。
「…この作戦は、ただ勝つ為のものでもねぇんだよ」
聖也は最後に、このメンバーを選んだ一番の理由を示した。
「一番の狙いは…佐久間と源田と、影山の眼を覚まさせる事だ。俺はそれを…照 美と、春奈と、塔子。お前らに一番に任せたい。いや…お前らにしか、出来ない と思ってる」
名指しされた三人は驚いたようだが、次には真剣な顔で頷いた。何故自分達な のか。彼らが一番よく分かっている筈だ。 彼らは誰より知り、理解している。影山のこと、あるいは鬼道のことを。一人 は影山を救う事を願い、あとの二人は鬼道の最期の願いを叶える事を望んでいる 。誰よりも、誰よりも強く。
「私、やります」
春奈が強い口調で言った。
「私には、お兄ちゃんのような作戦をたてる事も、お兄ちゃんのようなテクニッ クもありません。でも…戦う為に、今此処にいるんです」
まだ、迷いはあるだろう。兄の死から立ち直るには時間がかかるだろう。 それでも彼女は精一杯前を向こうとして此処にいる。その脚で立っている。
「幸せになる方法は分からなくても。これ以上…自分や誰かを不幸にしない方法 なら、私にもできるかもしれない。お兄ちゃんなら間違いなく…真っ先佐久間さ ん達を救いに行った筈ですから」
その強さが。どんな深い闇さえも照らし出す、一筋の光となる。
「僕も頑張ります!」
宮坂も、ぐっと拳を握って決意表明。 「これでも…風丸さんの役に立てるように、必殺技なら結構練習してきたんです !それに元々僕、長距離ランナーですから。簡単にへばったりしませんよ!!」 「頼もしいじゃねえか宮坂。頼むぞ」 「はい!!」 実際見てみなければ断言できないが。多分彼のプレイスタイルは風丸とよく似 たものだろう。多分攻撃より守備が向いてそうだ。ディフェンダーとして育てれ ば大きく化けるかもしれない。 自分も負けてられないな、と聖也は思う。サッカー歴は短いとはいえ、これで も最年長者だ。自分がチームの盾になってやらなければ。 コントロール音痴克服と一緒に、聖也はひそかにディフェンス技も練習してき た。今回自分は守備に集中しよう。どんな技が来ても、ゴールを割らせてなるも のか。
「…佐久間にボールを渡さないだけじゃなくて…徹底的にマークをつけた方がい いと思う」
やや険しい表情で考えこみ、土門が口を開く。彼は元々は帝国の生徒。ひょっ としたら、佐久間の言う秘策にも心当たりがあるのだろうか。 尋ねると、まぁな、と苦い顔で頷く土門。 「……禁じ技ってのがさ、あったんだ。影山が考えたシュートで。俺は使った事 も教わった事もないから詳しく知らないけど…前、鬼道がその技を使った佐久間 に滅茶苦茶キレてたんだ。二度と使うなって」 「そりゃまた…何で?」 「なんか、身体にかかる負担が大きくて危ないらしい…としか。でも佐久間がそ の技を覚えてるのは間違いないんだ。もし本当に影山に洗脳されてるとしたら… 影山に命じられて、使っちゃうかもしれない」 禁じ技。一同は顔を見合わせる。響きだけで既に嫌な感じだ。ただ土門の話だ けでは圧倒的にデータ不足である。 「どっちにせよ、多分向こうのチームのエースストライカーは佐久間だろうし。 あいつにマークを…そうだな、基本的に二枚つけようか。一之瀬に吹雪、お前達 が中心に頼む」 「了解」 二人は力強く頷いてくれる。 自分は鬼道のようなゲームメイク力はないけれど。彼の意志を継ぐ者達が支え てくれる、その事実そのものが大きな武器となる。 やってやろうじゃないか。救う為の戦いを、自分なりに精一杯。
−−見ててくれよ…鬼道。
天国でいるであろう彼に、恥じる事なき戦いを。稲妻の戦士達は、自らの平和 へ向けて行列を成す。 始めよう。自分達の貴き聖戦を。
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終わりの、始まり。