私は逃げない。 この道の先に、どれほどの絶望が広がっても。 私は立ち向かう。 この世界がどれほど残酷な未来を見せても。 この背中に、白い翼は 無いとしても。1-14:威風堂々、宣戦布告。 「ごめんね…木暮君」 木暮の手を引いて歩きながら、春奈は謝罪を口にした。「私のせいで試合…出られなくなっちゃって」 「…別に」 謝るなよ、と言いつつ木暮は不機嫌そうだ。彼も分かっているのである。ルーキーとはいえ、強力なディフェンス技を誇る彼が何故今回スタメンから外されてしまったのか。 体力ならピカイチ。すばしっこさでも他メンバーではけして劣らない。本来なら今回の作戦も適任であった筈なのだ。 それができなくなったのは、兄の死にショックを受けた春奈が、半ば八つ当たり気味に振るった暴力のせい。おかげで木暮は左肩を痛めてしまった。これでは旋風陣が使えない。 幸い軽い捻挫であり、木暮の回復力から考えても、次かその次の試合には出れるだろうが。さすがに今回は無理がある。瞳子も聖也もそのへんはよく分かっていたのだろう。 もう一度ごめん、と呟き。春奈は木暮と共に目的地を目指す。目的−−それは情報収集の為というべきか偵察と言うべきか。真帝国学園の選手について少しでも知っておきたいが為の行動であった。 潜水艦の薄暗い通路。その出口まで来た時である。「何処行こうとしてんの、オマエ」 碧いフィールド。その光を背に、立っていた少年。モヒカン頭にフェイスペイント、ややつり上がった紅い眼。背はさほど大きくなく、顔もどちらかといえば童顔に分類されるだろう。「今更逃げようってのか?無理だぜ無理。なんたって此処はもう海のど真ん中だからなぁ?」 愉快そうに笑う少年の顔に、見覚えはない。しかし深緑色のユニフォームは、佐久間と源田が着ていたのと同じものだった。「…雷門中のマネージャー兼MF、音無春奈と申します。こっちはDFの木暮君 」 人に名を聞く時はまず自分から名乗るべし。一応常識だ。「私達は、逃げませんよ。もう逃げるのも飽き飽きしてたところなんです。…も しかして、貴方が真帝国学園のキャプテンですか?」「まぁね〜」 肩を竦める。なんだろう。パッと見たかんじ、その変わった髪型とフェイスペイント以外は普通の子供となんら変わらないのに。 少年の所作に、笑い方に、どこか歪なものを感じる。こんな違和感、影山相手にも感じた事はないというのに。「俺、不動明王ってんの。ポジションはMFね」 不動、と名乗った少年はよろしく〜と手をひらひらさせる。「あんたさぁ、あの鬼道の妹なんだって?涙涙の兄妹愛話!源田と佐久間から聞いてるぜ〜ハハハ」「…それが、何か?」 「何か、じゃねーだろ?ああ、あいつら言わなかったんだ?俺には散々愚痴ってくれたのによ」 ニィ、と眼を細めて春奈の顔を覗き込むように見てくる不動。「あいつら、お前の事もすんげー恨んでるぜ?そりゃそうだよな。元はといや鬼道の奴は、お前の為だけに影山センセの虐待に耐えてきたし、恨まれる事もたくさんしてきたわけだし…。挙げ句雷門に転校した理由の半分は、お前がいたから じゃね?って話だし…」 「どうして、それを…」 「知ってるかって?知りたいか?知りたいかぁ?だったら教えねー」 ははは、と意地の悪い笑い声を上げる不動。わざと春奈の不快感を煽って楽しんでいる。 異様な雰囲気に、木暮のしがみつく力が強くなった。春奈はその木暮を、護るように側に引き寄せる。かつて兄が自分にしてくれていたように。「…貴方の言う事、正しいと思います」 自分はずっと護られる側だったけれど。いつも一番側で自分を護ってくれていた人は、もういないから。「私のせいでお兄ちゃんはたくさん無茶をして…お兄ちゃんを想ってくれたたく さんの人を傷つけてしまって。その果てがこんな結果。…本当に恨まれるべきな のも憎まれるべきなのも、私なんだって分かってます」 護られるだけのお姫様は、もう卒業。 これからは自分が護る番だ。木暮の事も、大好きな仲間達の事も。「だから私は、逃げないと決めました。全ての憎しみを受け止めて、立ち向かってみせると。そして…お兄ちゃんが護ろうとした人達を、今度は私が護る」 不動の、歪みを孕んだ眼に、真正面から向き合う。怯えるなかれ。怯むなかれ。目を逸らすなかれ。耳を塞ぐなかれ。 立ちはだかる全てに立ち向かえ。 そうでなければ、幸福は手に入らない。「佐久間と源田を救うってのか?お前がかよ?」 はっと不動は鼻で笑ってみせる。「今更何を言ったってムダムダ。奴らは心から勝利を望んでいる。そして心からお前らの破滅を願っている。鬼道を騙くらかして奪い去ったお前らをな…!」 「仮にそうだとしても」 淀んだ光。不動の眼の奥に、春奈は喜悦とは別の感情を見た気がした。 それは多分−−嫉妬。 愛するものがある者への、愛してくれる人を持つ者への。そして、抱く信念のある者への。「憎しみでは、人は幸せになれないんですよ。人を幸せにするのは、愛する事だけだから」 スッと少年の鼻先を指さす。 目を見開く不動に、春奈は堂々と宣言した。「私達がそれを証明してみせる。そして…貴方さえも救ってみせます」 それは宣誓。 そして、宣戦布告。「佐久間に源田だけじゃなく…この俺までも救うだって…?思い上がってんじゃ ねぇよ、忌々しい」 不快感も露わに、不動は言い放つ。「いいぜ、やってみろやお嬢ちゃんよぉ!こっちはハナから手加減なんざしてやるつもりサラサラないんだからな!!」 「望むところです、不動さん」 本気でぶつかり合わなければ意味がない。それは佐久間と源田だけじゃない−−恐らく何かしら訳ありの事情で集められただろう、不動達真帝国学園のメンバーにも言える事。 彼らの憎しみから逃げず、受け止める事ができたなら。自分も、自身の憎しみと悲しみを乗り越える事ができるかもしれない。 エゴでも結構。自己満足で結構。「私達は、負けません」 春奈は自らに、誓いを立てる。 そして、試合が始まる。 ある者は再生を望み、ある者は終端を望み、ある者は愛を望み、ある者は奇跡を望む。そんな試合が。 ピッチに立つ真帝国学園。 それに対する雷門中。−−お前らだけは叩き潰さなきゃ気が済まない。 佐久間はギラつく目線で、最前線の三人−−特に照美を見る。 データでは知っていたが、いざ目の前にすると忌々しくて仕方ない。何故自分達を地獄に叩きのめした世宇子のキャプテンが雷門にいるのだ? こいつもどうせ、仲間を捨てたに決まっている。結局どいつもこいつも一番大事なのは我が身。欲しいのは勝利を得る力だけ。 許せない。 なんなら負かすだけじゃなくて、自分達と同じように病院送りにしてやろうか。あの惨めさを味あわせてやればいい。爽快じゃないか。 ホイッスルが鳴る。 照美のキックオフ。ボールは染岡へ。−−確かあいつはドリブル系の必殺技が無かった筈…。 しかも、どちらかといえば自己顕示欲が強く、ストライカーとして自らの見せ場を作りたがる。パスもあまり出したがらない。また感情がにプレイに出やすく、怒りに任せてスタンドプレイに出る事すらある−−全て影山からのデータだ。 二人以上でチェックすれば潰せる可能性大。すぐ様、比得と日柄が囲みにかかる。 だが、まだ試合開始直後。さすがに冷静だったか。囲まれる前に、パスを出す染岡。その先には中盤から上がってきていた春奈がいる。「させないわよ!」そこに、走り込んで来たのが、真帝国学園のお姫様だ。勝ち気な女MF小鳥遊は 、右足を思い切り振り上げ、突風を巻き起こす。「アンタにだけは負けないんだから…!サイクロン!!」 小鳥遊の必殺技が炸裂。竜巻に巻き取られ、ボールが春奈から小鳥遊に渡る。 どうやら、小鳥遊は春奈に対抗心を抱いているらしい。そういえばあいつは、この真帝国メンバーでも異質な存在だったな、と思い出す。もしかしたら個人的に、春奈達に対して因縁でもあるのかもしれない。 そのまま持ち込む小鳥遊。まったく、女にしとくのが勿体無いくらいのボールコントロールだ。その隙に佐久間も、雷門のディフェンスエリアまで上がっていく。「ぶっ飛ばせ、佐久間!!」 パスが来た。うまい。佐久間がフリーになるいいタイミングだ。この位置ならすぐシュートに転じる事ができる。 ところが。 ピィィッ!「オフサイド!」 ちっ、と舌打ちする佐久間。しまった、雷門はこれも得意だった。いつの間にか、雷門ディフェンスがセンター近くまで上がっている。「オフサイドトラップか…!忌々しい!!」 「駄目だぜ、ちゃんと周りはよく見てなきゃ」 ニヤリ、と笑う塔子。安い挑発、乗る方が馬鹿だ。佐久間は落ち着け、と自らに暗示をかける。 そして冷静に状況分析。 奴らの今回のフォーメーションは、野生中の得意なワイルドパーク型と見て間違いない。このフォーメーションはフラット3が特徴。怖いのはカウンターアタックだ。 また今回、データとはポジションの違う人間や、初めて見る選手も混じっている。慎重に、しかし手早く決めて、流れを掴むのが得策か。−−タイミングを図れ。あの技なら一発で流れを変える事ができる…! オフサイドにより、雷門ボール。ボールは塔子から土門へ。そのまま上がろうとする土門に、向かって行くのが不動。いい気味だ、潰してやれ。佐久間は内心ほくそえむ。 土門飛鳥。そいつも忌々しい裏切り者だ。「キラースライド!」 お株を奪われた形の土門が目を見開き、吹っ飛ばされる。そのまま呻いているのを見ると、そこそこダメージは受けたのかもしれない。 審判の笛は鳴らない。ボールを奪った不動は目で佐久間に合図する。 そういう事か。倒れていようと選手は選手。土門をゴールラインギリギリに吹き飛ばしたせいで、雷門は得意のオフサイドトラップが使えない。 上がる佐久間に、パスされるボール。「やべぇっ!」 聖也がディフェンスに戻るように言うが、間に合う筈もない。−−見せてやるよ。俺が得た力を…! ピュウッと口笛を吹いた。地面から列を成して現れる真っ赤なペンギン達。鬼道が操っていた青いペンギンとは違う、もっと強力にして恐るべき生物爆弾。 宙へ舞い上がるペンギン達を、何処か呆然と見守る雷門。ニヤニヤと喜悦の笑みを浮かべる不動。 振り上げた佐久間の脚に、ペンギン達の鋭い嘴が食らいついた。走る激痛に歯を食いしばり、叫ぶ。「皇帝ペンギン…ッ」 『あの技は絶対に使うな!何があっても、絶対にだ!!』 「一号ッ!!」 鬼道の、珍しく焦った声を思い出す。あの一度だけだった、自分が彼に本気でひっぱたかれたのは。『あの技は危険すぎる。サッカーができなくなるだけじゃ済まない…』 −−俺は使うよ、鬼道。あんたと同じ世界を見る為に。そして。『命に関わるぞ、佐久間』−−あんたの仇をとる為に。 NEXT |
的外れの、弔い合戦は。