何の為に此処に居るの。 誰の為に此処に在るの。 この先に何が待つの。 多分、そこに、愛があるの。 この背中に、白い翼は 無いとしても。1-15:暴君の、飛べない鳥は。 雷門VS真帝国。凄まじい攻防。レーゼはマネージャー達の隣で、その全てを見 ていた。 正直なところ。自分が此処にいていいのかも分からないし、此処にいるべきかも分からない。 記憶の無いレーゼに、彼らは真実をはぐらかすがごとく、大切なことは何一つ語ってはくれない。あの瞳子、という女性もだ。 それはとても不安なことで。彼らに理由の分からない、疎ましさを孕んだような目線を向けられるたび、心臓の奥から突き上げられるような痛みが走った。 自分はきっと、彼らにとても酷いことをしたのだ。なのにそれを覚えていないから、疎んじられている。それに試合に出れない自分は、彼らにとってお荷物以外の何者でもあるまい。 だけど。『大丈夫だよ』 握ってくれた手は、温かかった。元々記憶力は悪くないようで、キャラバンメンバーの名前は半日で全員覚えた。特に風丸、という名前の彼のことは、強く印象に残っている。 多分メンバーの中でも、自分と因縁深い関係だったのだろう。最初はレーゼがキャラバンに乗ることを一番に反対していたようだ。話の内容は聞こえなかったが、瞳子や他の仲間と口論していたのは知っている。 きっととてもとても恨まれている。それだけのことを、自分は彼らにしたに違いない。今でも全てを納得しきったわけじゃないだろう。だけど。 それでも手を握ってくれた。大丈夫だと、不安がるレーゼを励ましてくれた。微笑みかけてくれた。まるで、兄のように。−−ずっと昔…同じように私の手を引いてくれた人が、いた気がする。 きっと自分は、愛されて育ったのだ。だからよく似た温もりを知っている。与えられる感情の貴さが、分かる気がするのだろう。−−思い出したい。大切な人の顔を。名前を。 ぎゅっとお守り代わりのペンダントを握りしめる。記憶を、取り戻したい。真実を知りたい。でなければ、自分は彼らにした“酷 いこと”の償いもできやしない。何より、こうしてベンチでただ見ているだけの 無力さに、どうして耐えることができるだろう。『大丈夫ですよ、リュウさん』 太陽のように笑ってくれた宮坂。『よろしくな。何かわかんねー事あったら遠慮なく聞けよ』 自分にも分け隔てなく接してくれた聖也。『本当の貴方を取り戻す手伝いを、させて欲しいの』 そして、慈しむように抱きしめて−−誓ってくれた瞳子。 此処は、自分の本当の居場所ではないのかもしれない。記憶を取り戻したその時、帰るべき場所はまったく違う何処かなのかもしれない。 それでも。レーゼは思う。 憎しみさえ抱きながらも、自分をキャラバンに置くことを許してくれた。一時的にとはいえ居場所をくれた。まるで目隠しをされた子供のように足取りの覚束ない自分の手を引いて歩いてくれた。 この恩を、どうにかして返したい。自分にできることを探したい。 出来ることなら。彼らと一緒に、戦いたい。−−その為には、早く記憶を取り戻さなきゃ。 でも、どうやって?「皇帝ペンギン…ッ」 レーゼが悶々と考えこんでいる間にも、試合は進んでいく。佐久間、という長い水色髪のFWにボールが渡ったようだ。 ぎょっとする。彼の召喚した紅いペンギン達が、彼の脹ら脛に次々の食らいついたからだ。 嫌な予感がする。それは本能的直感。 あの技は−−ヤバい。「一号ッ!!」 その脚が、ボールに向けて振り下ろされ。雷門ゴールへと向かっていく。凄まじいシュートに加え、生物爆弾たる紅いペンギン達が追撃する。 が、肝心の円堂は完全に反応が出遅れてしまっていた。転倒した土門に気を取られていたせいだ。このタイミングでは、タメの長い大技は間に合わない。「くそっ…ゴッドハンド!!」 円堂が繰り出す黄金の神の手。長い間、あらゆるシュートを封殺してきた伝説にも等しい技だと聞いている。 しかし、時代は変わるもの。過去の栄光もまたいずれは塗り替えられていく。それが世の理であり、必然だ。 ピシリ、と不吉な音がして。大いなる神の手に次々と亀裂が入っていく。皇帝ペンギン一号とゴッドハンド。その威力の差は歴然だった。「ぐあぁっ!」 砕け散るゴッドハンド。吹き飛ばされる円堂。鋭く笛が鳴った。1−0。真帝国の先取点。佐久間の必殺技は、鮮やかにゴールを決めてみせたのだ。 しかし。「あ…あぁぁっ!」 何かが、おかしい。シュートをまともにくらった円堂以上に、何故シュートを打った佐久間が苦しんでいるのだ?自らの両肩を抱くようにしてうずくまる佐久間の顔は、苦痛から脂汗を流している。「やっぱり…そうだ。思い出した」 土門が足首を押さえながら、どうにか立ち上がる。立てるようだが、足を痛めたのかもしれない。顔色が悪い。「皇帝ペンギン一号…鬼道が言ってた、絶対使っちゃいけない禁断技の一つ…」 「禁断技、だと?」「ああ」 ふらつく土門を支えながら、聖也が聞き返す。「自らの力を120%引き出す故、威力は充分だが…反動が半端じゃないって。元は 影山が考案したシュートなんだけど…このままじゃ使い物にならないからな。鬼 道が独自改良して、なんとか使える技にしようと頑張ってたんだ」 塔子が円堂に駆け寄っていくのが見える。彼も大分辛そうだ。足に力が入らないのか、太ももをパンパンと叩いている。 そして佐久間は、少しは激痛の波が引いてきたようだが、まだ膝をついて荒い息をしている。その威力と代償を推し量るには充分な、光景。「そうして出来上がったのが、皇帝ペンギン二号。威力は落ちるけど、三人で打つ事で試合で使えるようにしたんだ。それでも最初のキラーパス役は、一号ほどでなくとも身体にかなり負担がかかる…。帝国戦でも二回くらいしか打たなかっ ただろ?」「らしいな。つっても俺あの試合病院送りになってたから、詳しくは知らねーんだけどよ」「あ、悪ぃ。聖也はそうだっけ」 そうなんですか、と隣にいた夏未に尋ねるレーゼ。夏未はフィールドを険しい表情で睨みつけたまま、頷く。「ええ。…鬼道君はあの試合の途中、豪炎寺君と接触して足を痛めたわ。その後 は一回打つのが限界だったみたいね…」 理解した。つまり、改良された二号ですら、連発するのは厳しい技だったのである。ならば改良前の一号はどれだけ大きな負担がかかるか−−。「確か…そうだ、確かあの技を使えるのは二回が限界。もし三回目を打ったら… 」 土門はそこまで話して、一端言葉を切る。顔色が悪いのは身体的ダメージのせいだけではあるまい。「…サッカーが、できなくなる…だけじゃ済まないかもしれない。全身の筋肉に ダメージを受けるんだ…呼吸筋や内蔵だってどうなるか…」 想像したくもない、とその顔が言っている。いや実際、想像しようにも出来ないのだろう。鬼道がその危険度を把握していたならば、仲間にその使用を許した筈はない。 重すぎる代償を背負う事は知っている。しかし、実際に三回使ってしまった人間を、少なくとも土門は見た事が無いに違いない。 そうだ。そんな技−−自分だったら、絶対に仲間に使わせたりしない。−−どうしても使わなければならない場面になったとしたら。その時は私が使う。仲間達には、使わせるものか。 レーゼは考える。自分がチームのキャプテンだったら。自分が率いるチームであったなら。 たとえ自らが身代わりになってでも、仲間達には使わせたくない。そうだ、鬼道だって同じだったのではないか。だから改良したとはいえ皇帝ペンギン二号の最も負担のかかる役目を、自ら買って出たのではないか。 何故そんな思考を辿ったかは、レーゼ自身にもよく分かっていない。なんせ記憶は戻っていないのだから。 確かなのはレーゼが、どうしようもない怒りを感じているという事だった。あんな技を平然と教え子に使わせている影山に。キャプテンでありながら、仲間のそんな姿を見て笑ってさえいる不動に。−−どうして、私はこんな場所に座ってるんだ。彼らは戦ってるのに、どうして。どうしようもない、仕方ないで片付けたくない。瞳子は自分に、“雷門と戦っ たチームにいた”事しか教えてくれなかったが。周りの話の流れから察するに、 自分はきっと“エイリア”学園とかいう場所にいたのだ。つまり本来ならば敵だ った筈。 彼らに義理立てする必要は、無いのかもしれない。でも。受けた恩を返さないなんて、そんなの自分自身が赦せない。 何より。自分は真実が、知りたい。真実を知る為に、戦いたい。 このまま黙って見ているなんて、耐えられない。「佐久間にボールを渡すな。渡っても、シュートエリアまでドリブルさせなければ、皇帝ペンギン一号を打たれずに済む」 試合は着々と進む。聖也の意見に、皆が頷く。 なるほど、あの技は脅威だが、ロングレンジのシュートでない事が唯一救いだ。こっちが前線でボールをキープできれば、佐久間にボールが渡る事があってもすぐシュートされる事はない。 それに今の一発だけで、佐久間はだいぶダメージを負っている。強引に突破するのは難しい筈だ。 再び雷門ボール。照美はボールを風丸へと下げた。彼らがよく練習で使う、あの戦法で行くらしい。「彗星シュート!」 風丸が、ロングシュートを放った。キラキラと光を放ちながら、青い弾道を描いてボールが真帝国のゴールへ向かう。 その間に上がっていく染岡、吹雪、照美のスリートップ。彗星シュートが防がれても、こぼれ球やパスボールは彼らが拾うという寸法だ。 けれど。「秘策があるのは、佐久間だけだと思うな…」 ニヤリ、と源田が笑う。両手を広げ、シュートに構える。 まさか。「ビーストファング!」 野獣が吼えた。 獣の顎に模した源田の両手が、噛みつくようにボールに食らいつく。彗星シュートはいとも簡単に、キャッチされてしまった。「くっ…ぐぅぅっ!」 源田はボールを抱きかかえたまま、前のめりに膝をつく。痛みに呻く声。こちらからは見えないが、その顔は苦痛に歪んでいる事だろう。「まさか…アレも禁断技か…!?」 「…ああ。ビーストファングだ」 訪ねる一之瀬に、忌々しさをもはや隠しもしない土門。「何でだよ…!禁断技の危険度はあいつらが一番よく知ってる筈だろ…!なのに 、どうして…っ」 場にそぐわない、明るい笑い声が聞こえた。不動だ。「ハーハッハッハ!素晴らしい!!」 そのまま喜悦に歪んだ顔で、雷門イレブンを舐めるように見る。どこかネジの外れてしまったような、そんな瞳。「どうしてだって?決まってるだろ、勝ちたいからさ」 勝ちたいから、何でもやるというのか。それは本当に正しいのか。それで彼らは満足なのか。 レーゼと同じように、雷門の仲間達も自問自答を繰り返している事だろう。それでもまた笛は鳴るのだ。史上最低の試合を、続行する為に。NEXT |
踏み越えた、誰かの屍。