強くなりたかった。
 そうでなければ喪うから。
 優しくなれなかった。
 そして、大事なものを、護れずに。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
1-16:ンドレス、ナイトメア。
 
 
 
 
 
 勝ちたいから。その為なら禁断の技さえ、使う。たとえその身がどうなろうと
も。
 
「勝利を、栄光を手にしたお前らには分からないさ」
 
 佐久間は痛みに青ざめながらも、その綺麗な顔を喜悦に歪ませた。それは、不
動が浮かべる狂った表情によく似通っていた。
 
「世界ってそういうもんだ。力こそ全て!敗者に言い分などない!!弱ければ何の
意味もないんだその志も誇りも踏みにじられて沈むだけ!!あの時の俺達のよう
にな!」
 
 風丸は黙ってその演説を聞く。聞かなければならない。何故だかそんな気がし
ていたのだ。
 
「力が無ければ全て失う。皮肉にも、お前らがそれを教えてくれたんだぜ?弱
かった俺達は全部失った。勝利も、栄光も、誇りも……鬼道もっ!!
 
 ズキリ、と痛む胸の奥。彼らの気持ちが分かるなんて言う資格、雷門にいる自
分には無いのだろうけど。
 でも、分かる気はするのだ。弱い自分への絶望。力への渇望。それは護りたい
ものがあるからこそ。勝ち取りたいものがあるからこそ。
 願いが、あるからこそ。
 
「だから俺達は力を手に入れたんだ!強くなって鬼道と同じ世界を見る事が
できたなら!俺達の全てを奪ったお前達から、その全てを奪い返す事ができる筈
なんだ!!
 
 頬が冷たい。ああ自分は、泣いてるんだ。風丸はそれを何処か遠くで見ていた
 彼らが本当に欲しかったのは、力ではないのだ。力とはただ、そこに至るまで
の手段に過ぎない。
 願ったのはただ。ただ。
 きっと此処にいる誰もと同じ事。そしてもう二度と叶わないと分かっている、
切なくて悲しい夢。
 聞こえた気がした。佐久間の、源田の、本当の声が。
 
−−本当はただ。もう一度。
 
「君達の言う力って何だい?」
 
 今まで黙って話を聞いていた照美が、口を開く。
 
「禁断の技か?そんなものが真の力だとでも?違うね。もし心からそう信じて
いるのだとしたら
 
 彼らしからぬ強い口調で。彼はハッキリと断言した。
 まるで射抜くように。
 
「君達こそが弱者だ。かつて持っていた筈の強さすら捨てた君達に、真の勝利な
ど永遠に訪れはしない…!!
 
 カッと佐久間の眼が見開かれる。その眼が血走り、激情でその手がわなわなと
震える。
「本当の強さは負けない事じゃない。何度負けても、立ち上がる強さを言うん
だ。負けた事のない奴なんか一人もいない。逃げ出した事のない人間だっていな
い」
「黙れよ
「雷門のみんなが、負けた事が一度も無いとでも?違う。彼らは君らの何倍も負
けてきた。帝国に負け、ジェミニストームに負け、その他にもたくさん負けたか
ら学んで、今此処にいる」
「黙れ
「なのに君達と来たらどうだ?たった一度や二度負けただけであっさり諦めやが
って。理不尽な現実を、彼らが嘆かなかったとでも?敗北に、仲間の死に、彼
らが立ち止まらなかったとでも言うつもりかい!?
「黙れって言ってるだろっ
「簡単に諦める奴が、真の勝者になどなれるものか!!力ずくで奪い取れば、亡く
した大切な物が戻ってくるとでも?ふざけるな!!そうやって一生眼を背けていれ
ばいい、臆病者っ!!
「黙れぇぇぇっ!!
 制止の声が上がったが、佐久間の耳には届かなかったようだ。ボールを照美の
胸元目掛けて思い切り蹴りつける。
「あぅっ!!
「アフロディ!」
 華奢な身体が吹っ飛ばされる。審判の笛が鳴った。ファール。当然だろう。そ
れでもまだ怒りが治まらず、殴りかかろうとする彼を、さすがにマズいと思って
か源田と目座が二人がかりで止めている。
 風丸が駆け寄ると、照美は咳き込みながらも身体を起こす。大丈夫だろうか。
ただでさえ今の照美は万全な状態ではないというのに。
 
「お前こそ力を手にする為なら何でもやる卑怯者じゃないか!神のアクアを
使っていたくせにっ!!
 
 絶叫に近い声で叫ぶ佐久間。その佐久間に、照美は悲しげな眼差しを向ける。
 もしかしたら、重ねているのかもしれない。過去の自分の姿を、佐久間に。佐
久間の言った事も事実ではあるのだ。照美は確かにかつて、勝利を得る為に神の
アクアというドラッグに頼っていた。
 今の佐久間と同じ。力を得る為に。だけど。
 
そうだ。私は神のアクアを使い、サッカーを汚した。だから雷門に敗れ
たんだ。そして偽りの力を欲した罰を受け、たくさんの物を失った」
 
 今の照美は知っている。
 身体は丈夫でなくなったかもしれない。あまりな大きな代償を支払ったかもし
れない。
 しかし。それでも間違いないことは。
 
「そして敗北から這い上がったのさ。今の私は今の君達より、そしてあの頃の
私よりずっと強い!円堂君達の強さが、私に新たな力をくれたのだから!!
 
 彼は強くなった。
 本当の強さを、手に入れたのだ。
「だったら見せてみろよアフロディ俺達に勝ってなぁ!!
「勿論だよ!!
 立ち向かうその背に。
 本物の天使の翼が、見えた気がした。
 
「行くぞ!」
 
 雷門ボール。春奈のスローインで、ボールは風丸に。
 負けない。負けるものか。
 風丸はキッと真帝国イレブンを見据える。自分は戦う。今この場所にある己の
選択が正しい事を証明する為に。円堂や照美の強さこそ本物であると示す為に。
 
「疾風ダッシュ!」
 
 必殺ドリブルで、竺和と郷院を抜き去る。
 
−−考えろ。考えるんだ。
 
 佐久間にボールを渡さないのはいい。しかし、問題は源田。よりによってGK
彼が禁断技を使って来る。多分あの技も、連発すれば命に関わるシロモノだろう
 ビーストファングを使わせたくない。皇帝ペンギン二号以上に未知の技なのだ
。何発が限界かも分からない。次使えばもうアウトかもしれないのだ。
 どうすればいい。どうすれば彼に技を使わせず点を入れる事が出来るのか。
 そうこうしている間にも、敵ディフェンスが迫って来る。弥谷と目座に挟まれ
そうになり、やむなく一之瀬にパスを出す。
「させるかよォ!」
「なっ!」
 しまった。読まれていた。そのボールを、空中で不動に奪われてしまう。
 
「佐久間ちゃんにだけいいカッコさせらんないんでな!見せてやるぜ!!
 
 そのままドリブルしていく不動。それが必殺技発動までの助走と気づいたのは
、彼と小鳥遊と弥谷が縦一列に並んで走り出したからだ。
 ボールはまず弥谷へ。弥谷は走りながら、前を行く小鳥遊に向けて思い切りボ
ールを蹴る。さらに小鳥遊がそのボールにさらに加速をつけて、前の不動へと−
−。
 
「まずいっロングシュートだ!ディフェンス!!
 
 塔子が素早く、シュートの軌道上へ走りよる。
 不動がニヤリと笑った。止められるもんなら止めてみろ、と言いたげに。
 
「これが究極のロングシュートだ!くらえ、トリプルブーストォォ!!
 
 弥谷、小遊鳥が加速させたボールに、さらに不動がパワーを込めて蹴りつける
。その威力たるや、とてもロングレンジシュートとは思えない。
 まるで弾丸のように強烈な必殺シュートが、雷門ゴールに襲いかかる。
 
「させるかよ!ザ・タワー!!
 
 塔子の足元から、天高く聳える塔。その岩壁に激突するボール。ビシリ、と罅
が入っていく塔。
 
「ぐぁっ…!!
 
 シュートの勢いの方が勝っていた。崩れ落ちるタワー。悲鳴を上げて地面に墜
落する塔子。
 それでも多少の勢いは殺げた筈だが。円堂はキャッチしようとして−−身体に
力が入らなかったらしい。ボールを取りこぼしてしまう。弾かれたボールは雷門
ゴールへ−−。
 
「ゴール!!真帝国学園、追加点!!これで試合は2−0真帝国リードを広げまし
!!
 
 いつからいたのやら、角馬が興奮気味に実況中継する。
「ごめんみんな!シュート、止められなかった…!!
「円堂
 円堂の手が震えている。さっきの皇帝ペンギン一号をくらった影響だ。まだダ
メージが抜けきっていないらしい。
 まずい。これ以上佐久間にあのシュートを打たれたら。佐久間だけでなく円堂
も立っていられなくなるかもしれない。
 
「こっちのシュートチャンスを増やして、なるべく前線でボールをキープし続け
るしかない」
 
 一之瀬が険しい顔で言う。
「問題は肝心のシュートの仕方。源田にビーストファングを使わせないでシュー
トするには、どうすれば
「俺に任せな」
「!」
 自信満々で名乗りを上げたのは吹雪。いつものオフェンス時のように、口調が
荒々しくなり、表情が勝ち気なものに変わっている。
「奴が技を出す暇もねぇくらい、凄いシュートをブチかましてやる。あのビース
トファングとやらはマジン・ザ・ハンド並にタメが必要みたいだからな。ある程
度スピードのあるボールには対応しきれない筈だぜ」
「あ!」
 その手があったか。風丸が思い出したのは、初めてジェミニストームと戦った
試合のことだ。
 あの時。円堂のマジン・ザ・ハンドは今よりずっと発動に時間がかかっていた
。そのせいで奴らのノーマルシュートにも反応できずに、技を出す暇もなくパカ
パカと点を入れられてしまったのだ。
 あの時ジェミニがやったのと同じ手を使えるなら。吹雪のスピードならそれも
可能かもしれない。
 
「俺も協力するぜ!」
 
 染岡が吹雪の肩を叩いて、力強く拳を握る。吹雪も笑顔で頷いている。本当に
、いつの間にあんなに仲良しになったのやら。染岡なんてついこの間まで、あん
なに吹雪を邪険にしていたというのに。
 
「佐久間のマークは任せろ」
 
 一之瀬が決意の表情で言う。
「サッカーが出来ない辛さは、俺が一番よく分かってる。目の前でそんな最悪な
光景は見たくない」
「一之瀬
 かつて事故で生死の縁をさまよった一之瀬。彼にしか分からない事もあるのだ
ろう。
 もしこのまま佐久間と源田に技を使わせたら。いや、仮に自分達がこの試合を
放棄したとしても。影山の支配下に置かれている以上、彼らの結末はきっと同じ
 いずれ技の代償で、重すぎる罰を受けるだろう。二度とサッカーのできない身
体になるか、死ぬか。それは幼い頃一之瀬が受けた痛みと、同じ。
「佐久間と、あと不動にもボールを回さないようにしよう。ディフェンス、頼む
ぞ」
「おうっ!もう一点も入れさせねぇ!!
 聖也がぐっと拳を掲げる。
 作戦は決まった。あとはタイミングを図るのみ。
 笛が鳴る。今度は染岡がキックオフ。ボールは照美へ。
 
「見せてあげよう生まれ変わった私達の力を!」
 
 さっき佐久間から受けたダメージは回復していない筈だ。しかし向かって来る
比得と佐久間に、照美は気丈にも言い放つ。
 
「そして教えてあげるよ本当の強さとは、何の代価もなしに得られるものでは
ないという事を!」
 
 そうだ。彼は言っていた。雷門の強さ努力を代価に得た本当の強さだと。
 信じたい。風丸は強く強く願う。
 無力さを感じる事があっても。敗北に這い蹲る事が何度あろうと。
 ただの力、ではない。今の自分達が得たものこそ何より尊い強さであると
いう事を。
 
 
 
 
NEXT
 

 

終わらない悪夢を、打ち破れ。