何もかも必然の中で生まれる奇跡。 何もかも偶然では在り得ない軌跡。 心の中で生き続ける人よ。 どうすれば、貴方の想いに報いれますか。 この背中に、白い翼は 無いとしても。1-17:君の歌、僕の祈り。 佐久間と源田の事を、塔子はよく知らない。それでも彼らの事を、どれだけ鬼道が大切に想っていたかは知っている。 話の中で。帝国メンバーの中でも特に名前の出たのがその二人。彼らの事を鬼道は懐かしそうに、そしてどこか愛おしそうに話してくれたものだ。『佐久間のテクニックは、俺も見習うべき点が多い。あいつはいつも縁の下の力持ちに甘んじてくれるが…玄人が見れば分かる。あいつは、日の目を見ずに終わ るにはあまりに惜しい素材だ』 ちょっと真面目すぎて、ストレス貯めやすいのが難点だが。彼がいなければ帝国は成り立たなかっただろうと鬼道は語る。自分が気持ちで負けそうな時、背中を押してくれるのが彼なのだと。『源田の身長とパワーは、大きな武器になる。高校に上がっても通用するだろう。正直、GK以外のポジションも充分にこなせるんじゃないかな。奴が後ろでゴールを護ってくれるから、俺達は振り返らず走る事ができるんだ』 やや天然すぎるのと、聖也ほどでないが方向音痴なのが困りものだけれど。みんなの相談役にもなってくれるし、下級生にも慕われている。 本来なら彼のような人間がキャプテンを務めるべきだったのではないか、とすら鬼道は言っていた。『二人とも、帝国の副将と言うべき、なくてはならない存在だ。本当に努力家で、皆の嫌がる仕事も進んで買って出る。仲間思いで、そんなあいつらに何度救われたか知れない』 語る鬼道は、本当に優しい眼をしていた。ゴーグルごしでも分かる、慈しむ眼。心から大切な者を想う者の眼であった。『あいつらがいたから。帝国のみんながいたから。…塔子とも春奈とも離れてい ても…頑張って来れたんだと思う』 そんな鬼道を見るのはちょっとだけ寂しいけれど、でも凄く嬉しくて。 大好きな人が大好きな人達に、自分もいつか会ってみたい。彼らの事も、自分の知らない鬼道の事もたくさん知りたい。塔子はそう思ったのである。『あいつらには感謝してる。同時に…申し訳ないとも。あいつらのこと、俺の分 も頑張らなきゃって…本気で苦労してると思うんだ。勝手な事をした。恨まれて いても、仕方ない』 そんな事ないよ、と言いたかった。しかしそれが彼にとって慰めにならない事は、塔子にもよく分かっている。 鬼道は頻繁に、帝国の仲間達と連絡を取り合っていたようだ。フットボールフロンティア開催時には逢う事もできたが、エイリアが攻めて来てからは難しくなってしまっている。 その代わりを埋めるように、彼らへの電話やメールの数が増えていった。本当は心配でたまらなかったのだろう。雷門の仲間達にはそんな素振りを見せずとも。 多分、知っていたのは塔子だけ。あるいは春奈も知っていたかもしれないが。 鬼道は雷門の作戦指揮に携わる傍ら、帝国の事をずっと気にかけ続けていた。−−なあ佐久間に源田。あんた達は確かに、すっごく悩んでたのかもしれない。 憎しみと悲しみと、怒りと恨みと。暗い感情に支配された彼らの眼を見て、塔子は泣きたい気持ちになる。−−だけど…鬼道はそんなあんた達の事、ずっと気にかけてたし、気付いてた。 悩んでたのが自分達だけだとでも思ったのかよ? 雷門イレブンが鬼道に影響を与えたのは事実だろう。その結果影山と決別するに至り、雷門へと転校した、それも確かな事かもしれない。 だけど。鬼道が帝国を、佐久間や源田を捨てたなんて−−そんな事絶対ない。あるわけない。捨てた存在に対して、ただの同情だけであんなに心配して気遣う筈ない。 何より。−−鬼道、帰ろうとしてたんだよ? 視界が滲む。まだ泣くには早すぎるというのに。心臓がバクバクと煩い。眼も、耳も、胸も、焼け焦げてしまいそうなほど熱い。−−あんた達の元に、帰ろうとしてた。帰りたがってたんだよ。帰るつもりだったんだよ。 エイリアとの戦いが終わったら、帝国に帰るつもりでいたのだ。それなのに。 帰れなくなってしまった。愛する仲間達の元へは、もう二度と。「なのに何でっ…何でそれが肝心のあんた達に伝わってないんだよォォォッ!!」 叫ぶ声。嘆く声。灰色の空の下、フィールドに虚しく響き渡る。 照美が小さく、罵る声が聞こえた気がした。塔子を、でも佐久間や源田を、でもなく。この残酷な運命を、シナリオを強いた誰かを。 彼がきっと一番よく知っているのだろう。この世界に、神などいないという事を。ドリブルで突き進む照美に、迫っていく佐久間と比得のダブルFW。照美は立ち 止まり、その右手を高く掲げ、指を鳴らした。「ヘブンズタイム!!」 女神の指先が、時間すらも操る。塔子の眼には、彼が瞬間移動したようにしか見えなかった。唖然とする佐久間と比得の二人を背に少年は妖艶に微笑む。 次の瞬間、巻き起こった旋風が、二人を吹き飛ばしていた。 染岡と吹雪が両サイドを駆け上がっていく。照美は弥谷と日柄を充分に引きつけてから、吹雪にパスを出した。 タイミングは完璧に見えた。だがここでまたしても立ちふさがったのが−−彼女。「ざまぁないね!ハハハッ!!」 吹雪へのパスを見事にカットして、小鳥遊が高笑う。そのまま雷門陣営を、右サイドから突破しにかかる。 この展開はよろしくない。既にヘブンズタイムのダメージから復帰した佐久間が前線に走っている。パスを通されたらそのままシュートを決められてしまう。「此処は通しませんよ…!」 その時、立ちふさがったのは意外な人物。宮坂がその愛らしい顔をキリリと引き締めて、上がって来る小鳥遊を睨みつける。「音無さん、行くよ!」「はいっ!!」 春奈と並んで、真っ直ぐ小鳥遊に向かっていく。ジャンプする宮坂、その脚を受け止める春奈。そのまま春奈は、思いっきり宮坂を空への放り投げる。「これが僕達の必殺技…!」 宮坂の脚にオーラが集まる。「シューティングスター!!」 その名のごとく。流れ星のように、小鳥遊へと墜落していく。凄まじい蹴りの一撃に、なすすべなく吹っ飛ばされる小鳥遊。「凄ぇ!あいつら、あんな必殺技いつの間に…!」 円堂が目をキラキラさせて叫ぶ。本当に、いつの間にあんなコンビネーション技を練習したのか。二人とも試合参加は今回初めてだというのに。 ボールは宮坂へ。彼がこちらを向く。眼があって−−その意図を悟る。−−…いいじゃん、やってみようじゃないか。 涙を拭って、キッと前を向く。宮坂からのパスを受け、塔子にボールが渡る。 自分の魂を、心を、祈りを。このボールに込めて放つ。−−鬼道と…あたし達の想い!あんた達にも届け…っ! くるくると光を纏い、回転する。七色のパワーを右足にこめて、塔子は祈りのロングシュートを放った。「レインボーループ!!」 虹の橋を描いて、ボールは真っ直ぐ敵陣へと突っ込んでいく。「はっ…!やっぱりお前ら薄情者だな!!源田がどうなっても構わないってか!!」 嘲笑する不動。彼は気付いていないようだ。塔子が何の為にレインボーループを放ったかを。 教えてやる義理もない。どうせすぐ分かる事だ。「染岡!吹雪!!いけぇぇっ!!」 ロングシュートには、ゴールを決める為だけでなく。ボールを前線に運ぶという役割もあるのだ。奴らは忘れていたらしい。雷門お得意の戦法がどんなものであるのかを。 レインボーループはゴールではなく、左サイドを駆け上がっていた染岡の元へ向かう。 嘶くワイバーン。染岡がシュートを打つと、青い光を纏った竜が大きく羽ばたいた。「ワイバーンクラッシュか!?」 源田が両手を突き出し、ビーストファングを出そうとして−−止まる。染岡のワイバーンクラッシュですら、ゴールには向かって来ない。 ボールの向かう先にいたのは、吹雪。あれはシュートではなく吹雪へのパスだったと、彼らが気付いた時にはもう遅い。吹雪のスピードは、誰もが知るところなのだから。 吹き荒れる雪嵐。吹雪と染岡、二人が同時にニヤリと笑った。「くらえっ!俺達二人の必殺シュート…」 「ワイバーンブリザードッ!!」 雪風を纏った飛竜の一撃。その速さとパワーに、源田は反応できない。ビーストファングを出せないまま、その顔のすぐ横にシュートが突き刺さった。「よっしゃぁぁっ!!」 ゴール!これで1−2、あと一点で追いつける。ここで前半終了の笛。攻守が目まぐるしく変わる大接戦だ。「おい!聞こえてんだろ、影山!!」 どうせあの男は、全ての会話も映像も、奥の部屋でモニターしている筈だ。塔子はビシリ、と見つけたカメラの一つに指を突き出す。「いつまで猿山の大将やってる気だ?降りて来い影山!!モニターごしじゃなくて …あんたのその眼で、あたし達全員の覚悟を見届けろ。それともそんな度胸も無 いほど、臆病者なのか?」 間近で見ろ。その眼で焼き付けろ。 自分達の想いを。自分達の魂を。「あんたのサッカーへの恨みは、鬼道への執着は、その程度だっていうのかよ!?」 そんな筈ない。 だって自分は知っている。鬼道は。影山は。本当はきっと。「言うに事欠いてこの私を…臆病者呼ばわりとは…いい度胸だ、財前塔子」 かつん、と革靴が地面を叩く音がした。それは断続的に響き、こちらに近付いてくる。 悪寒を感じて、塔子は身震いした。闇の出口からゆっくりと姿を現す男。影山に対し、塔子は真正面からそのサングラスの奥を睨みつける。 本当は、逢ったらそのまま一発、顔面にお見舞いしてやりたかった。殴るだけで気が済まなくなるのは明白なので、どうにか湧き上がる怒りを押さえ込もうと必死になったが。 いや、いずれにせよ自分は殴れなかったかもしれない。−−この距離だってのに…なんて威圧感だ…この野郎。 帝国学園サッカー部の元総帥。 世宇子中サッカー部の元総帥。 中学サッカー協会の副会長。そして−−サッカーへの憎悪を糧とする、“黒き魔術師”。 「…間近で見ろ、と言ったな。いいだろう」 影山は、真帝国側のベンチの前に立ち、リヤリと笑う。「この場所から見てやろう。雷門の滅びの瞬間をな」「はっ…残念だけどもう、誰も滅びやしないよ」 畏れるな。怯むな。 そのプレッシャーを前に、呑まれそうになる己を叱咤して、塔子は胸を張る。「あんたの破滅のサッカーは此処までだ。あたし達が終わらせてやる。そして教えてやるよ、あんたにも、佐久間達にも!!」 誰かを憎む事は罪ではない。己の悲運を嘆く事は悪ではない。 そうやって逃げた事のない人間なんて、ただ一人としていない。 しかし。「憎しみは誰も幸せになんかしない。サッカーを憎むあんた達に、サッカーを愛するあたし達が負ける筈ないってことをね!!」 綺麗事も、貫き通せば真実となる。 自分達が証明しよう。 白き魔法は、黒き魔法に勝る事を。NEXT |
奇跡を、起こせ。