さようなら、揺り籠の中の私。 さようなら、護られるだけのお姫様。 おはよう、鳥篭の外の私。 おはよう、貴方を護る小さな戦士。 この背中に、白い翼は 無いとしても。1-18:ルナティック、パーティー。 「とりあえずこれで…一点は返したわけだけど」 瞳子の表情は堅い。誰もが険しい顔でその話を聞いている。「後半は恐らく、吹雪君も染岡君も徹底的にマークされるわ。一つの攻めのパターンしか無いんじゃ簡単に読まれて突破される」 そりゃそうだ。春奈はため息をついた。さっきの攻撃で、染岡と吹雪の連携技がうまく決まれば、源田に技を出させず得点できるのが分かった。だが、それは向こうも同じ。 あの攻撃は、吹雪と染岡が両方フリーになって初めて使える技と言える。徹底的にマークされたら、技を仕えても発動スピードが落ちるだろう。 それではまったく意味がない。源田にビーストファングを使われてしまう。「どうにかして探すしかない…奴らから得点するもう一つの方法を!」 「ああ」 円堂の言葉に皆が頷く。 こんな時、兄が生きていたら。雷門の頭脳とも言うべき鬼道有人がこの場にいたら。きっと何か、有効な手を考えてくれただろうに。−−…駄目だ。お兄ちゃんにもう頼らないって…強くなるって決めたじゃない! 弱気になりそうになる思考を、首を振って振り払う。自分がこんなんだから、いつも兄に心配かけて、死ぬ間際まで安心させてあげられなくて。−−考えろ。考えるんだ、音無春奈。 此処にはもう、鬼道はいない。ならば妹の自分が彼の代わりに、作戦を考えるのだ。兄ならどうするか、じゃない。自分ならどうするか。 それが出来ないようでは自分に、ピッチに立つ資格など、ない。「佐久間と不動にボールを渡さない。かつ源田に技を出させない。…なんだこの 厄介な状況。まったくもー」 めんどくせーっ!と頭を掻く土門。その彼はさっき、不動のキラースライドをまともにくらっていたが、脚は大丈夫だろうか。 とにかく、もうじきハーフタイムが終わってしまう。何も思いついてないがやるしかない。 あっちは、こちらが佐久間と源田の身体を気遣って満足に戦えないでいる事に、とっくに気付いている筈だ。 もし自分が不動達ならどんな作戦を立てるだろう?どんな風に攻めて来るだろう?それを予測できれば隙はある筈。−−多分…油断する筈。どうせシュートコースが空いても、吹雪さん達以外なら 打って来ないだろう…って。 そしてこれは確実な事だが、こちらは佐久間と不動にマークを集中させる分、他選手の突破を許しやすくなるだろう。特にあの小鳥遊忍というMFが厄介だ。彼 女の動きにはキレがあるし、ディフェンス能力も高い。 けれど不動と佐久間以外にマンマークをつける余裕は、ハッキリ言って無い。ただでさえ吹雪を攻撃に割けば、佐久間のマークが甘くなるのだ。 ここはディフェンス陣営を信じるしかない。塔子達ならきっと敵の中央突破を防いでくれる筈だ。−−向こうは必ず、こっちの守備の手薄になった場所を突いて、かつ最後は佐久間さんのシュートで決めたがる筈。…だったら。 「行くぞみんな、後半だ!」「おう!」 後半、開始。向こうのキックオフからスタートだ。攻め上がる比得を、照美が止めにかかる。「ヒッヒッヒ…!」 ピエロのような比得の顔が、凶悪な笑みの形に歪む。まるでパスをするかのように、ボールを照美の胸元へ飛ばした。 そして驚く照美に向けて、ボールの上から強烈なキックを見舞う。「ジャッジスルー!!」 悲鳴を上げて弾き飛ばされる照美。「ちょ…いいのかよあんな技!?」 風丸が抗議の声を上げるが、審判の笛は鳴らない。そのまま持ち込む比得。危機感を覚え、春奈と一之瀬は二人がかりで止めに行く。 が、易々と囲まれてはくれない。一之瀬がフレイムダンスの構えをとるより先に、ボールはフリーで上がってきていた小鳥遊にパスされてしまう。「行かせるかっ!!」 今度は土門が止めに行く。けれど土門が技を出すより先に、小鳥遊がモーションに入っていた。両手を広げて走り込む彼女の周りに、まがまがしい紫色の霧が噴き出す。「ヤバいっ…逃げろ、土門!」 塔子が叫ぶが、遅かった。必殺技、毒霧の術。猛毒の霧にまかれて、土門が激しく咳き込み、倒れる。そこを悠々と走り抜けていく小鳥遊。 しまった。既にシュートの射程圏−−!「吹っ飛びなっ!バックトルネード!!」 小鳥遊はくるくる回転しながら、天高く跳躍する。木戸川清修の、宗方三兄弟が得意だったのと同じ必殺技だ。 豪炎寺のファイアトルネードとは逆回転。青白い炎を纏うシュートが、一気に雷門ゴールへと向かう。「悪ぃが、もう一点もやらせねぇぜ!!」 そこへ聖也が走り込んで来た。彼は勢いよく両の掌を地面に叩きつける。すると、彼の周りに紅い魔法陣のようなものが浮かび上がった。 何だ、あれは。今まで見た事もない、必殺技だ。 聖也はそのまま大きく跳躍する。そして掲げた両手を一気に振り下ろした。「アポカリプス!!」 魔法陣から紅い光の柱が立ち上り、小鳥遊のバックトルネードの軌道を塞いだ。シュートは光の柱に阻まれる。 シュートブロック成功。聖也の力によって弾き飛ばされたボールは、一之瀬の方へ。 ところが。「ハハハッ!残念だったなぁ!?」 いつの間に。不動がピッタリと一ノ瀬をマークしていた。パスは不動にカットされてしまう。「お前ら、ワンパターンだぜぇ?流れを変えたい時、好手を切り替える時…高い 確率で一之瀬にボールを集める。バレバレなんだよ!」 気付いていなかった盲点。春奈は愕然とする。言われてみれば、確かに。雷門の誰もが、新しい戦法で行くと決めたタイミングで、一之瀬か−−鬼道の名前を呼びがちだ。 鬼道がいない今。攻守ともに主軸は一之瀬となっている。パターンを読まれてしまうのも必然だ。 そして最悪な事には。先程の小鳥遊のシュートと不動に気を取られたせいで−−肝心の、佐久間のマークが一時的に甘くなってしまったのである。「し、しまった!」 不動のパスが、フリーで佐久間に渡ってしまった。佐久間がニヤリ、と笑みを浮かべる。「皇帝ペンギン…」 飛び立つ紅い色のペンギン達。それが再び佐久間の脹ら脛に鋭くかじりつく。「一号ッ!!」 強烈なシュートが、雷門ゴールへの走っていく。「危ないっ!!」 「円堂君、逃げてっ!!」 マネージャー達の悲鳴が上がる。当たりどころが悪ければ円堂も命に関わる−−そんな一撃。しかし円堂は怯む事なく、マジン・ザ・ハンドの体勢をとる。 しかし、果たしてマジンだけで止めきれるのか−−。「行かせるかよっ!!」 「もう点はやらねぇっ!!」 そこに−−なんと最前線にいた筈の吹雪と染岡が滑り込んできた。ギリギリのタイミングだったが、彼らは二人がかりでボールに向けて脚を突き出す。「おおおおっ!!」 みしり、と嫌な音がした。吹雪と染岡の顔が苦痛に歪み−−次の瞬間、派手に吹き飛ばされていた。 二人がかりでも止められないなんて、なんて馬鹿げた威力なのか。やや勢いの弱まったボールに、円堂がその手を力強く突き出す。「マジン・ザ・ハンドォォ!!」 吼える魔神。巨大にして強大な魔神の腕が、がっしりとボールをキャッチしていた。 三人がかりとなってしまったが、どうにか皇帝ペンギン一号を止められたようだ。しかしその代償は大きい。深刻な怪我には至らなかったようだが、円堂も吹雪も染岡も息が上がっている。 さらに、彼らよりもダメージが大きいのは−−。「つ、次はっ…決める…っ!!」 膝をつき、ぜえぜえと喘ぐ佐久間。呼吸音もおかしくなってきている。もう限界が近いのは明白。一発ですら酷い負荷のかかるあの技を、もう二発も打ってしまったのだ。 あと一発。あと一発打ってしまったら彼は−−。−−どうすればいいの…?どうすれば…っ!! もう嫌だ。これ以上、誰かが死ぬのを見るのは。誰かが傷つくのを見るのはもう、たくさんだ! 疲労をおして、吹雪と染岡が前線に戻っていく。時計は止まっていない。円堂のパス。ボールは塔子へと。「もう誰も…死なせるもんかっ!!」 スライディングに来た日柄を、ジャンプでかわす塔子。さらに不動と比得を十分に引きつけた上で、パス。うまい。 ボールを受け取った風丸が攻め上がっていく。このままシュートを決めるわけにはいかない−−彼も分かっていて、考えている筈だ。考えつくまで時間を稼ぐしかない事も。 しかしもう、無駄に時間をかけている余裕が無いのも確かで。「疾風ダッシュ!!」 DFの帯屋を、その身軽さでかわす風丸。 「スピードで…負けるものかっ!!」 彼が叫んだ、その言葉を聞いた時だった。春奈は思わず、あっと叫んでいた。 スピード。疾風。かわす。−−そうか…その手があった! シュート可能エリアに入った。しかし風丸は、身体は身軽でも吹雪や染岡のような弾丸シュートは打てない。つまり、源田にビーストファングを使わせてしまう。 それを見越してか、不動はピンチにも関わらず余裕の表情だ。どうせ打てやしないとタカをくくり、わざと挑発してシュートコースを空けさせる。とことんイヤミな奴だ。 いいだろう。その余裕、後悔させてやろうじゃないか。「風丸先輩!一端ボールを外へ出して下さい!」「えっ!?」 風丸が驚いてこちらを見る。春奈は続ける。「時計を止めて欲しいんです!お願いします!!」 さらに頼みこむ。訳があるのを悟ったのだろう。風丸は戸惑いながらも、ボールをタッチラインの外へ出した。審判の笛が鳴る。 チャンスだったのに何故わざわざ真帝国ボールにしたのか。ヤケになったか、と鼻で笑う不動と小鳥遊を、春奈は横目で見る。 まだ分かってないらしい。自分達雷門が、世界一諦めの悪い集団だということが。そうやって自分達は勝ち抜いてきたという事が。「言う通りにしたぞ、音無」 さあ訳を聞かせてもらおうか、という顔の風丸。他のメンバーも戸惑い顔で春奈を見ている。「源田さんから、技を使わせず点をとるもう一つの方法…見つけました」 「何だって!?」 「でも、シュートを決めるのは私ではありません。私に出来るのは、真帝国学園からボールを奪って、前線に繋ぐ事だけです」 これは、自分では無理なのだ。 いや。誰か一人の力では、けして無理なこと。「これは、全員の力なくしては成功しない作戦です。どうか私に、力を貸して下さい!」 自分は、鬼道有人にはなれない。 自分は、音無春奈にしかなれない。 だからこそ、自分は自分のやり方でチームを護る。−−お兄ちゃん、私、頑張るよ。「分かった。信じるよ、音無」「キャプテン…!」 円堂の言葉に、みんなが頷いてくれた。春奈はまた涙が滲みそうになって、慌てて堪える。 泣き虫は、卒業だ。自分は音無春奈。雷門のMF。−−そして、鬼道有人の妹!その誇りを胸に、少女はフィールドで戦士になる。 NEXT |
反撃の狼煙は、今。