取り戻せ、誇りを。 掴み取れ、未来を。 奪い取れ、勝利を。 立ち上がれ、戦士よ。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 1-19:吹き抜けし、神風の詩。
目の前の佐久間が、あからさまに驚いた顔をした。 そりゃそうだろうな、と宮坂は思う。だが苦笑するだけの余裕は無かった。な んせ今、自分と風丸は最もセンターに近い場所−−2トップの位置に立ってるの だから。
『フォーメーションを変えます。ワイルドパークから、デスゾーンへ』
春奈はメモに書きながら、自分達に説明した。デスゾーン。それは帝国学園が 得意としていたフォーメーションだという。
『メンバーとポジションも大幅変更です。でないと対応できませんから』
彼女が提案したのは以下のメンバーとフォーメーション。
FW 風丸 宮坂 MF 吹雪 一ノ瀬 染岡 緑川 照美 DF 春奈 塔子 聖也
この陣型には誰もが度肝を抜かれた。 DFの風丸と宮坂をツートップに起用。攻撃が本領である筈の吹雪と染岡と照美 をMFの位置まで下げる。さらに春奈はディフェンスの最後方へ。 いや、最大の問題はそれ以上に。 『緑川…ってお前、レーゼを試合に出す気かよ!?』 『はい』 『はいって…』 外された土門が、明らかに困惑した顔で春奈に問う。一番驚いているのはレー ゼ本人のようだが。 そのレーゼの前に春奈は立ち、静かに言った。
『私、気付いてました。貴方がずっと…一人で練習してた事。悔しそうな顔でフ ィールドを見てた事。貴方なりに…真実を取り戻そうと頑張ってる事』
試合では、レーゼの顔を隠すパーカーは来ていけない。その代わりにと春奈が 差し出したのは−−鬼道の身につけていた、予備の青いマントだった。
『レイさん。どうか私達に…力を貸して下さい。貴方の力が、必要なんです』
兄の形見を、かつての敵に貸す。それがどれほどの覚悟であり決意であったか 。きっとレーゼにもそれが伝わったのだろう。彼はほんの少しだけ俯いて−−や がて顔を上げた。
『…私は…何も覚えてないけど。貴方達の敵だった。そうなのだろう?』
なのに、構わないのか、と。暗にそう問うレーゼに、円堂が笑いかけた。 何を遠慮する必要があるんだ、と言いたげに。
『約束しただろ!一緒にサッカーやろうって!!今のお前は悪い奴なんかじゃない 。目を見れば分かる。昨日の敵は今日の味方だ!!』
その言葉に。レーゼは切なげに眼を細めて、小さく、ありがとう、と言った。
『私にも…ピッチに立つ資格があるというのなら』
春奈が差し出したマントに、少年の白い腕が伸びた。
『私は…貴方達の力になりたい』
その眼は嘘を言っていない。心からの決意は、誰にも偽れない。誰かの力にな る為に、決意した戦う意志。宮坂には分かる気がした。自分もまた護りたいもの があって此処に、いる。 春奈は作戦を続ける。 フォーメーションを変えた理由の一つは、土門の負ったダメージの大きさ見越 しての事だった。守りの要である彼を代えるのは正直手痛いが、このまま無理を させる方がもっと怖い。 そして土門を下げると、フラット3を機能させるのが難しくなってくる。ワイ ルドパークのまま続けるのはリスクの方がデカい。 またFW陣営の中でも、体調の思わしくない照美の疲労は大きい。よってやや前 線から遠ざけた。それにこの作戦では、ウィングに置いた方が彼のスピードを生 かせる。 実はレーゼを起用したのも、彼の俊足が必要だからだと言う。
『吹雪さん染岡さんは前半と同じく、向こうのマークの隙を突けそうならまたワ イバーンブリザードを狙って下さい』
でも向こうも、二人のマークは徹底するだろう。もう一度チャンスが来るかは 怪しい、と彼女は続ける。
『裏を返せば…その分風丸さんと宮坂さんへの注意は緩慢になる筈です。お二人 がFW向き選手でない事は不動さんもよくご存知でしょうから』
風丸も宮坂も、FWにはあまり向いてない。二人とも必殺シュートが無いわけで はないが、片や彗星シュートで片やクロスドライブ。ビーストファングを打ち破 るにはあまりに心もとない。 しかし春奈はそれを分かった上で、今回彼らをツートップに起用したのだ。そ れは真帝国学園を油断させる為だけでは、無い。
『お二人の最大の武器はシュートではなく、雷門一のスピードですから』
それは、秘策。聞いた宮坂も納得はした。理解もした。が−−ただでさえ自分 は初試合で、テクニックに不安があるのだ。できるだろうか、自分にも。
−−いや、できるか、じゃない。やるんだ!!
自分だって雷門イレブンだ。
−−雷門の誇りは、僕が護る!!
ホイッスル。郷院のスローイン。ボールは小鳥遊へ。そのまま彼女はドリブル で上がっていく。 春奈に闘争心を燃やしているというのは本当のようで、まるで挑発するかのよ うに、彼女の真正面から突っ込んでいく。 「あたしからボールを奪ってみなさいな、お嬢ちゃん!!」 「勿論ですっ!!」 春奈と宮坂の距離は遠い。此処からならば、シューティングスターが来ないと 踏んで油断しているのだろう。確かに、この位置からあの連携技はできない。 でも。
「スピニングカット!!」
残念無念。 春奈のディフェンスはそんな甘いものじゃない。水色のオーラを纏った彼女の 脚が弧を描き、地面から青い焔が噴き出す。
「なっ…何っ!?」
驚愕の表情を貼り付けて、小鳥遊が焔の壁に足止められる。その隙に春奈は彼 女から、見事にボールを奪ってみせた。
「レイさんっ!!」
そして春奈はレーゼにパスを出す。 鬼道の青いマントを着て、フードを被ったその表情は見えない。本当に戦える のだろうか。たとえ本人にやる気はあっても、記憶は戻っていないのである。果 たしてどれだけ感覚が戻っているか。 そこに佐久間が走って来る。憤怒と憎悪に染まりきった顔で。
「何処の誰だか知らないが…嫌味のつもりか!?鬼道さんとそっくりな格好しやが って…っ!!潰してやる!!」
鬼の形相でタックルに来る佐久間。レーゼは一瞬ビクリと肩を震わせたが−− しかしそこから、逃げる事は無かった。
「私は、負けない…!」
宮坂も、雷門も目を見開く。レーゼが掲げた右手に集まる、紫の光。その光を まるで盾にするかのように、自分の前方へ突き出すレーゼ。
「ワープドライブ!!」
あれは、ジェミニストームの。記憶は戻っていない筈なのに、必殺技を使える だなんて。 いや。分かる気もする。心の記憶は消えても、身体に染み付いた記憶は消えな いもの。彼らが日頃サッカーによる訓練を重ねていた戦士ならば−−。 短いワープゾーンを作り、疾走する少年。驚愕に凍り付く佐久間を、ワープに よって遙か後ろに抜き去っていく。 吹雪か染岡へのパス。予想通りそう見越して、素早く弥谷と竺和が吹雪と染岡 をマークする。その為、風丸と宮坂は共にフリーになっていた。 いや、たとえマークされていても。彼らのスピードには真帝国学園メンバーと はいえそう簡単にはついて来れまい。
「風丸!」
レーゼのパス。風丸は鮮やかに受け取った。そのまま宮坂と併走して真帝国ゴ ールへ切り込んでいく。
「馬鹿め!」
嘲り笑う不動の声。
「大した必殺シュートも持たないそいつらに、何ができる!?血迷ったか雷門!!」
馬鹿はそっちだ、と宮坂は思う。まさか此処まで来てまだ気付かないなんて。 何のために自分達二人を春奈がツートップ起用したか。よく考えればその狙い など一つしかないだろうに。
「疾風ダッシュ!!」
風丸がDF、郷院を軽やかにかわす。守備陣が何人もまだ犇いているが、もうゴ ールは目前だ。源田が技を出そうと身構える。ところが−−いつまで立っても風 丸がシュートを打つ気配がない。 そしてゴールエリアに一歩踏み入って、源田を充分ひきつけたところで。
「宮坂!」
来た。源田が目を見開く。宮坂はパスを受け取り、そのまま−−なんとゴール エリアでドリブル。源田が慌てて戻ろうとするが間に合う筈もない。 宮坂は源田を抜き去り−−ちょこん、と軽くボールを蹴った。 文字通りコロコロとボールはゴールへ。
「ご…ゴール!!2−0!!」
自称、雷門専属実況の角馬が叫ぶ。
「な、なんと!!宮坂、シュートではなくドリブルで源田を抜き去ってゴールを決 めたぁぁ!!これは奇策だ!!」
そう。だから自分達二人がツートップ。雷門で最も脚が速いから。 シュートを決めれば、源田も技を出せてしまう。しかしドリブルで抜き去られ たら成す術がない。それが出来るのは自分と風丸の疾風ディフェンスコンビだけ 。 「やったな宮坂!追いついたぞ!!」 「はいっ!風丸さんのおかげです!!」 二人でハイタッチ。風丸の嬉しそうな顔を見ていると、宮坂も嬉しくて仕方な い。 風丸のおかげ。そして春奈のおかげだ。彼女が作戦を思いついてくれなかった ら、得点する事はできなかっただろう。
−−血は争えないって事かな。
鬼道の妹は伊達じゃない。 宮坂は思い出していた。風丸がサッカー部の助っ人に駆り出されて、初めて雷 門が帝国と戦った日の事を。宮坂もまたあの試合の一部始終を見ていた。帝国を 率いる鬼道の手腕には畏怖すら抱いたものだ。 春奈と目が合う。彼女がにっこり笑ってピースしてきたので、宮坂も返した。 シューティングスターを練習した時にも思ったが。なんだか彼女とはいいコンビ になれる気がする。
「お前ら…いい気になってんじゃねぇぞ」
ぞくり。 宮坂ははっとして振り返る。
「ちょっと遊んでやろうかと思ってたけど…もう我慢ならねぇ。一体誰を怒らせ たか、思い知らせてやる」
鬼のような形相で、不動がこちらを睨みつけていた。低い低い、ドスの効いた 声。宮坂の背中に冷たいものが走る。
「知ってっか?ああ、陸上部から入ったばっかのお前は知らねぇかぁ。サッカー って結構命懸けのスポーツなんだぜ?反則?あるにはあるよ、でも抜け道っての も何処にでもあるんだなぁ」
ニィ、と彼の口元がつり上がる。左目は見開き、右目は細められ−−左右非対 称な歪な笑み。その異様な雰囲気に、宮坂は思わず後ろに後ずさった。 そして宮坂が一歩下がると、逆に一歩近付いてくる不動。
「分かる?俺ずーっと我慢してたの。いっつもそう。相手を蹴っ飛ばす時さぁ… もうちょっと力入れたら肋骨くらいイケんのになぁって…。いい音すんぜ、気持 ちいいくらい」
ケタケタ、ケタケタ。 耳障りな笑い声と、脚を凍り付かせるような言葉。 何なんだ。何なんだこいつは。 明らかに正気じゃない。気が狂った、猛毒の言葉を吐く黒き魔術師がそこにい る。
「俺は負けるわけにはいかねぇんだよ」
その言葉は闇の魔法。 死を抱く、魔術師のくびき。
「フィールドで死にたいか、お前?」
笑い声が遠ざかる感覚。自分を呼ぶ風丸の声すらも遠くに聞こえた。 宮坂は気付かされた。脚が竦んでいる。自分は今、間違いなく怯えた。 不動の悪しき魔法にかけられてしまったのだと。
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破壊、破壊、破壊。