魔法が欲しいのです。 箒で空を飛べなくても構いません。 お菓子を降らせる力なら要りません。 欲しいのは、欲しいのは。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 1-20:墜落、日和。
どうにかこれで、同点。流れはけして悪くない。だが染岡は、どこか胸騒ぎを 覚えていた。それは後半の時間がもう残り少ないからなどではなくて。
−−あの不動って野郎…一体何なんだ。
彼が真帝国のキャプテンらしい、ということは分かる。テクニックも実力も申 し分ない事も。 だが。
「イカレてやがる…」
他にどう表現すればいい? 染岡も、先程の不動の言葉は聞いていた。彼の表情までは見えなかったが、そ れでも−−彼の秘めた狂気を窺うには、充分だった。 挑発、なのだろう。そして警句、脅迫。サッカーをまだあまり知らない宮坂へ 、精神的ダメージを与えようと揺さぶってきたのだ。 それ自体は珍しい事じゃない。相手を怒らせる、あるいはビビらせて動きを鈍 らせるのは、スポーツの常套手段だろう。しかし。不動の言葉は−−何かが違う のだ。 こんな時、自分のボキャブラリーの無さが恨めしい。この違和感を、戦慄を、 どう表現すればいいのか分からない。 確かなのはその異様な空気に、自分が畏怖を抱いたという、その事実だけ。
−−くそっ…ビビってんじゃねぇぞ俺!
パン!と両頬を叩いてカツを入れる染岡。
−−ビビったら負けだ負け。流れはこっちにあるんだ、このまま逆転すりゃいい!!
「染岡!」
ととと、と吹雪が駆けてくる。普段の穏やかな彼とは違う、好戦的な目つきの 少年。 彼は二重人格なのではないか。染岡も薄々それに気付きつつあった。実は彼は 、途方もなく重たいものを背負っているのではないか、と。 けれど。どんな吹雪でも、吹雪なのだ。最初はその二面性も、どちらの吹雪も 嫌いだった。今は−−そんな彼のいい所も、たくさん見えるようになってきてい る。いいコンビになれるかもしれない、とすら。
『豪炎寺になろうとするなよ!お前は染岡竜吾だ!!』
かつて。豪炎寺との実力差に悩んでいた染岡に、円堂が言ってくれた言葉を思 い出す。自分は自分。豪炎寺の真似じゃない。染岡には染岡のサッカーがある、 と。 それなのに自分は最初吹雪に、豪炎寺のサッカーを求めてしまっていたのだか ら酷い話だ。 豪炎寺にあって吹雪には無いものは確かにある。だけど同時に、吹雪には吹雪 にしかない物がたくさんあるというのに。
「あと一点で勝ち越しだ。ヘマすんじゃねぇぞ!」
どうやら、彼なりに励ましてくれているらしい。 攻撃的になっている吹雪は、言葉が荒っぽい。だが、結構気がきいて他人を気 遣うところとか、子供っぽい走り方とかは、普段の彼と何も変わらない。 多分−−本当は凄く繊細で優しい子供なんだろう、と思う。 FWバージョン吹雪はちょっと染岡にも似てるかもしれない。不器用で、ついつ いつっけんどんな態度をとってしまう所とか、ツンデレくさい所とかが。
「はっ…テメーこそミスったら承知しねぇぞ」
そうだ。何も畏れる必要は無い。自分は独りで戦っているわけではないのだか ら。 吹雪がいる。円堂がいる。みんながいる。鬼道もきっと、側にいてくれている 。それが自分達の誇るべき、強さ。 ホイッスルが鳴る。試合再開。さっきの宮坂&風丸コンビを警戒してか、真帝 国は彼らにもマークをつける事にしたようだ。 が、そうなれば当然、今度は染岡と吹雪のマークが甘くなるわけで。 「もう一発決めようぜ吹雪、ワイバーンブリザードだ!!」 「おうっ!」 二人でフィールドを駆け上っていく。この調子なら行ける、染岡がそう思った 時だった。
「そぉーはさせませーん!ヒャッハハハァ!!」
背筋を突き抜ける悪寒。真っ黒な威圧感を全身で感じ、一瞬頭が真っ白になる 。 不動がいた。狂気的に笑いながら、こちらへ猛スピードで突っ込んで来る。 おかしい。こいつはおかしい。おかしい、おかしい、おかしい、おかしい。 怖い!!
「キラースライドォォ!!」
金縛りが溶けた時には、不動の顔が目の前にあって。足首に重たい衝撃。気付 いた瞬間はもう、染岡の景色は逆さまになっていた。 必殺技をくらった。派手に吹っ飛ばされた。それを理解したのは、芝生に叩き つけられた後。蹴り飛ばされた右足を中心に、熱気のような痛みが全身を駆け巡 る。 喉の奥から掠れた悲鳴がほどばしった。痛い!!
「そ、染岡っ!」
吹雪がぎょっとして立ち止まるのが見えた。その隙に、不動がボールを保持し たまま吹雪にわざと向かっていくのも。 よせ。やめろ。そいつに手を出すな! 叫ぼうとした声は、痛みに呻くばかりで音になってくれず。
「ジャッジスルー2!!」
不動の凶悪な眼がギラリと光った。 吹雪の腹にボールを当て、その上から何度も何度も蹴りつける。彼の肋骨から 嫌な音がした。そして最後は地面に叩きつけるようにして突き飛ばす。 「ぐああっ!!」 「吹雪−−ッ!!」 明らかに敵選手を潰す為の技。質が悪いどころじゃない。自らの身体を押さえ るようにしてうずくまる吹雪。小柄は身体がダメージから小刻みに震えている。 笛が鳴った。不動にイエローカードが出たのだ。 そりゃそうだろう。むしろあれで何でレッドカードじゃないのかが疑問だ。明 らか恣意的な攻撃だったではないか。
「染岡っ!吹雪っ!」
風丸や一之瀬が慌てて駆け寄って来る。
「俺は…大丈夫だ。それより、吹雪は…」
市ノ瀬に支えられ、どうにか立ち上がる。ズキズキと足は痛みを訴えているが 、立てないほどじゃない。残り時間も僅か。気にしてなどいられない。 吹雪の事が心配で仕方ない。自分はガタイもあるし、丈夫さが取り柄のような もの。だが吹雪は、あんな酷い技を、小さな身体でもろにくらってしまったのだ 。
「だ…大丈夫だよ、染岡君…。大した事、ない」
いつの間にか、普段の大人しい吹雪に戻っている。お世辞にも顔色がいいとは 言えない。ひょっとしたら、肋骨に罅でも入ったんじゃないだろうか。
−−畜生っ…不動の奴…!!
これ以上吹雪に負担をかけるわけにはいかない。他のメンバーも疲れてきてい る。自分がなんとかしなければ。 痛む脚に鞭打って、染岡はフィールドに戻る。
−−負ける訳に行かねーのは…こっちも同じなんだよ!!
雷門も選手層が薄い。あれだけこっぴどくやられた吹雪と染岡をまだフィール ドに残すだなんて。小鳥遊は呆れたように、雷門の選手達を見た。
−−まあ、どうでもいいけどね。アンタ達が潰れようと何しようと、あたしの知 ったこっちゃないし。
小鳥遊忍。真帝国学園の紅一点。実は小鳥遊は、他の真帝国メンバーとは明ら かに違う点が一つある。 それは小鳥遊が、自分の意志でこの場所にいるという事。 愛媛で頻発している、サッカーをする少年少女達の誘拐事件。それは不動がス カウトした子供達をある力で洗脳し、エージェント達を使って次々と拉致した為 に起きたものだった。 佐久間と源田も例外にあらず。彼らは影山の周りをかぎまわっていた為、邪魔 者を始末するついでに引き込まれたといった方が正しいようだが。
−−あたしは、女だからって理由でずっとサッカーさせて貰えなかった。
いや、理由はそれだけではない。 小鳥遊の兄は、愛媛で名の知れたサッカー選手で、U14の代表にも選ばれてい た。それが、試合中の怪我が元で死亡。両親は以来、妹にもサッカーを禁じたの である。
−−だけどあたしはサッカーがしたかった。だってサッカーは…兄貴とあたしを 繋ぐ、たった一つの絆だったから。
思い悩んでいたその時だ。不動が自分の目の前に現れたのは。 よからぬ企みなのは明白。言う通りにしなければ無理矢理拉致っていくと宣言 したくらいなのだ。しかし小鳥遊には、断る理由が無かったのである。 サッカーが出来るなら何処でもいい。喜んでついていってやる。だから小鳥遊 だけは、洗脳を受けていないのだ。そんな物、必要なかったから。
−−あたしには、この学園が必要なんだ。此処がなくなったら、あたしはまたサ ッカーを奪われてしまう。
忌々しい雷門イレブン。佐久間達のような憎悪こそ無かれど、小鳥遊にとって も邪魔な存在である事に間違いはない。彼らは小鳥遊の唯一のフィールドを奪お うとしているのだから。 させるものか。自分のたった一つの居場所なのだ。絶対に護る。彼らなどに渡 してなるものか。
−−音無春奈。あんたには絶対、負けない。
偶然にも。春奈と小鳥遊はよく似た境遇にあった。二人とも大好きな兄を喪っ ている。その絆を、サッカーに求めている。 違いがあるとするなら。春奈はこの試合に負けたところで、精々佐久間と源田 を取り戻せなくなる程度だが。自分達は負けたら後が無いという事。 影山に、過剰な忠誠心など持ち合わせていないが。恩があるのは確かである。 そしてその影山は敗者をけして赦さない。弱い事は罪だと信じている。 負けたら自分も不動も、間違いなく切り捨てられるだろう。
−−不動も不動で、あたしとは別に負けられない理由があるみたいだし。
イカレたキャプテンだが、その腕は買っている。それにある意味自分も同じよ うな狂気を抱えて此処にいるのだ。 即ち己のサッカーの為ならば、とんな卑怯も厭わないという、狂気を。そうい った意味じゃ共感が持てるし、仲良くしてやろうという気にもなる。
−−後半も残り僅か。一点だ。一点入れば勝負はキメられる。
雷門ボールで試合は再会。ボールは宮坂から風丸へ。 吹雪と染岡はピッチにこそ戻ったが、ダメージは大きいようで動きが鈍い。あ ちらもそれはよく理解しているのだろう。となればワイバーンブリザードをもう 一度狙って来る率は低い。 となれば風丸と宮坂を押さえてしまえば、雷門は手詰まりだ。予想通り上がっ ていく二人に、真帝国メンバーは守りを固める。
「メガクェイク!!」
勢いよくジャンプする郷院。風丸がその俊足で避けようとするが間に合わない 。轟音とともに郷院が着地すると、大地に激しい衝撃が伝わり、ひび割れていく 。 悲鳴と共に吹っ飛ばされる風丸。そのまま郷院はボールを不動へパスする。
「風丸さんっ!くそっ…」
駆け寄ってきた宮坂を、不動はギラリと睨みつけた。
「邪魔すんじゃねぇぞ、ガキがぁっ!!」
ひっ、と息を飲んで足を止める宮坂。不動の狂気に、彼の紡ぐ黒い言葉にあて られて完全に呑まれたようだ。 これぞ、黒き魔術師たる不動明王の真骨頂。小鳥遊はニヤリと笑う。これであ いつはもう怖くない。 そのままトリプルブーストを放つつもりか。不動を見ると、彼は愉しげにアイ コンタクトしてきた。それの意味する所は。
−−まったく、アンタも趣味が悪いねぇ。
最後の一発は佐久間に決めさせるつもりらしい。彼がどうなるか、無論分かっ ているだろうに。
「いいさ。付き合ってやるよ、アンタのカーニバルに」
悪魔と言われようが構わない。 自分は自分の為に。己の信じるサッカーを貫く。それだけだ。
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愛ガ、欲シイ。