ペンギンは嘆いていました。 どうして自分だけ空を飛べないの。 ペンギンは夢を見ていました。 自分もいつか、空を翔たいと。 この背中に、白い翼は 無いとしても。1-21:そして、彼らは溺死して。 雷門は強い。それは分かっていた。なんせあの鬼道が惚れ込むほどのチームなのだ。けれど自分達には、禁断と称されたほどの技がある。 皇帝ペンギン一号とビーストファングがあれば。かつて鬼道が見ていたのと同じ世界を見る事ができる。彼を、追い越し、憎たらしい雷門を叩きのめす事ができる。 その筈だったのに。−−互角だと?そんな事…有り得ないっ!! 佐久間はギリリと奥歯を噛み締める。全身を苛む痛みより、悔しさの方が勝っていた。 理不尽?不条理?ああ、なんて表現すればいい。自分達は勝つ為だけに、莫大な代価を払ってきた。それは帝国にいた時から変わっていない。 スポットライトが当たるのはいつも鬼道で。自分はいつでも日陰の花だった。だけど、それでもチームに貢献できるならと。努力して努力して努力して、努力し続けてきたというのに。 それに加えて今は。命を削ってでも禁断の力を手に入れた。使いこなす為に血反吐を吐くまで訓練した。それなのに、まだ何かが足りないとでも?まだ雷門の方が勝るとでも?−−有り得ない…あっていい筈がないんだっ!! ふざけるな。 ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなっ!! 奴らなんかより何倍も自分達は頑張ってきた。奴らなんかよりずっとサッカーを愛してきた。奴らなんかよりずっと努力してきた。 そして奴らなんかよりずっと。 ずっと鬼道と、彼と同じ夢を、想ってきたというのに。 何故その全てを、横からしゃりしゃり出て来た連中にかっさらわれなければならない?何故自分は愛した全てを、理不尽に奪われなくてはならない? 何がいけなかったというのか。自分達に何の罪があった?此処までの罰を受けなければならない程の事をしたとでも? そんな筈ない。有り得ない!! 思考は最終的全て、同じ場所へと帰結する。「お前らだけは…絶対に赦さない…!!」 赦さない。赦さない。赦さない。 だから、殺す。鬼道が愛したサッカーで、奴らの誇りも魂も、このフィールドで叩き潰してやる。「俺達の方が上だ!!お前らなんかより上なんだ!!叩き潰して…証明してやる!!」 そうだ。自分達こそ勝者にして強者。鬼道は騙されたのだという事を、彼は自分達と共に在るべきだったという事を、この場で思い知らせてやるのだ。 春奈、とかいう名前の女が、まるで哀れむような眼を向けてくる。同情か、蔑みか。抉り出したい眼だと思った。こんな女の為に、鬼道はずっと苦しんできたと思うと、激情が溢れて止まらない。 憎い。そんな言葉では言い表せないほど、憎い。 鬼道は死んでしまったのに−−その妹が平然とピッチに立っている、事実そのものが恨めしくて仕方ない。「潰れてしまえ…っ!!消えてしまえ−−っ!!」 佐久間の声に呼応するかのように。不動から小鳥遊へとボールが渡り、彼女はまた毒霧の術で不調の照美を抜き去った。 パスが出る。ボールは佐久間に来た。佐久間は真っ直ぐ、春奈に向けて突っ込んでいく。その憐れむような眼を消し去る為に。鬼道を縛り続けた忌々しい女を潰す為に。 春奈の眼が驚愕と、恐怖に見開かれる。その身体にボールをブチ当てるべく、佐久間は脚を振り上げた。 積もり積もった、あらゆる憎悪を叩きつけるように。「くたばれっ…音無春奈ぁぁっ!!」 『…どうして、なんだよ!!』 ドクン。 その時。佐久間の脳裏に、まるで硝子の欠片の如く−−断片的なシーンが、蘇った。 帝国学園の、薄暗い廊下で。自分と源田の二人は、鬼道に詰め寄っていた。あれはそう−−雷門と初めて戦うより、ずっと前の事。 鬼道は憔悴しきった顔だった。顔や腕、見える場所の傷は少ない。だから自分達は、彼の身に起きている悲劇にすぐには気付けなかったのだ。どうして彼が自分達と同じロッカーで着替えたがらないのかも。 ユニフォームとマントの下は、包帯でぐるぐる巻きだった。その下にどんな凄惨な傷があるかなど想像もつかない。彼が影山に、どんな暴行を受け続けてきたのかも。 ただ確かなのはそれが事実である事と、その虐待により鬼道の心は常に擦り切れ続けているという事だけ。『何で鬼道が…鬼道だけがそんな目に遭わなければならないんだ!?』 怒りをぶつける相手を間違えている。 それでも佐久間は言わずにはいられなかった。悲しくて仕方がなかったから。あまりにも不条理な運命が、それでも立ち上がる鬼道の強さが、何も出来ない己の弱さが。『何でそうまでして…総帥に従うんだ!?どうして…どうしてっ!!』 みっともなくも、自分は涙を流した。源田も泣いていたような気がする。 そんな自分達に−−鬼道は疲れ切った顔で、それでも笑って言った。自分には今はまだ、総帥の力が必要なんだ、と。『護りたいものがあるんだ。護りたい約束が、護りたい人が』 鬼道は、幼い頃に生き別れになった妹と約束したのだという。 彼女は自分が護ると。そしていつか必ず迎えに行くと。 その為には−−フットボールフロンティアで三連覇を成し遂げなくてはならず。影山の教えと力なくしては難しいのだという。『命に代えても、護りたい。その為なら何だってするさ』 小さな身体を精一杯張って、運命を変えようとしていた少年。その力を、破壊ではなく救う為に使おうとしていた天才ゲームメーカー。『大丈夫だ。…俺は壊れたりしない』 源田と二人、抱き寄せられた温もり。鬼道はまだ14歳の子供だったが、大人よりも親の愛を理解していた。皆の“親”として、愛する事を知っていた。そうやってずっと妹を想って来た のだから。『だって…お前達がいてくれる。お前達は俺が辛い時、いつも背負ってくれる。 その優しさが俺を救ってくれる』 自分は優しくなんかない。 だけど、思った。それでも自分にも、鬼道を救うただ一つの魔法が使えるのなら。『ありがとう』 優しい子になろう。 強さ以上に、優しい子になろうって−−そう決めたんだ。「−−ッ!!」 全身から汗が噴き出す。目の前にいる少女が。鬼道が心から愛する存在であった事を。その鬼道の為に自分が自らに誓った事を−−思い出してしまった。 回想した一瞬。ほんの一瞬、佐久間は動きを止めていた。その僅かな間が、目の前の状況を変える。「音無っ!!」 どんっ、と一之瀬が春奈を庇うようにして突き飛ばす。佐久間の打ったボールは、一之瀬の胸元に直撃していた。「ぐぁっ!!」 「い…一之瀬先輩!!」 一之瀬の身体が転がる。その一之瀬に駆け寄る春奈。佐久間は、自分でも驚くほど動揺していた。胸の中がぐちゃぐちゃにかき回されるかのよう。 自分は今、破壊の為にサッカーをしていた。護る為じゃない、壊す為のサッカー。鬼道の愛する物とはかけ離れたサッカーを。 そして彼が命懸けで護ろうとした妹に、殺意をこめてボールをぶつけようとした。「う…」 だけど。 だけどもう、今更なのだ。「うわあああああっ!!」 今更気付いたところで、何になる。もう何もかもが遅すぎる。 後戻りなんて、出来る筈もない。 まるで自棄になったようにドリブルで駆け上がっていく。雷門ゴールに迫る。円堂と眼が合う。 それは憐れむ眼では無かった。悲しむ眼だった。一体、何を?『あの技は絶対に使うな!何があっても、絶対にだ!!』 「皇帝ペンギンッ」『あの技は危険すぎる。サッカーができなくなるだけじゃ済まない…命に関わる ぞ、佐久間』「一号ッ!!」 『そんな事になったら…俺はどうすればいい。お前はそんなに俺を泣かせたいの か』 ああ、自分は、悲しませてる? 貴方を今、泣かせてしまっているの?「ああああああっ!!」 全身の肉を引きちぎられたかのような激痛が走った。三回目の皇帝ペンギン一号。限界を、超えた。喉から引き絞るような絶叫が突き抜けていく。 自分はただ、力が欲しかった。鬼道と同じ世界を見たかった。でもそれは壊す為じゃない。誰かを追い抜かして、優越感に浸りたかった訳でもない。 護りたかったからだ。傷だらけで孤独に戦う、あの人を。 どうして忘れてしまっていたのだろう。本当に成りたかったのは。彼を救えるような、優しい戦士の姿だったのに。佐久間の絶叫をBGMにして、ボールはゴールへと向かって来る。円堂はとっさに 動けなかった。目の前の悲劇に、身体が硬直してしまっていた。−−どうしてこんな事になる? さっき一瞬。春奈を攻撃しようとして、動きを止めた佐久間。円堂は見逃さなかった。佐久間の表情が、身体のダメージとは別の痛みに歪んだ事を。−−どうしてこんな事になった? 三回目の皇帝ペンギンは放たれてしまった。佐久間の身体はズタズタになり、その痛みはショック死レベルに達しているのだろう。突き刺さるような悲鳴が全て物語っている。 佐久間も源田も、鬼道とすれ違い、雷門を憎み、あの影山に従って此処にいる。しかしその感情、それ自体は罪ではないのだ。円堂の中にも、誰かを憎む暗い気持ちは絶えず渦巻いているのだから。 それに。 分かるような気がするのである。彼らが一番に望んでいる物が何だったのか。彼らが一番取り戻したがっている物が何なのか。何を悔いて立っているのか。 そして彼らが、その望みが二度と叶わない事にも、気付いているのだろうという事も。−−だからその虚しさを、何かにぶつけるしか無かったんだ、きっと。 それを利用されてしまっただけ。なのに何故彼らがこんな目に遭わなければならない?自分達は鬼道になんと謝ればいい? 自分達には、救えないのか?どんなに願っても、望んでも。 だとしたらこれは、誰への罰?「円堂っ!!」 その時視界に移り込む影があって−−円堂は漸く我に返った。染岡だ。全速力で走って来た彼が今、円堂に直撃する筈だった皇帝ペンギン一号の軌道上に−−。「もう誰も…奪わせはしねぇぞ−−ッ!!」 バキリ。 染岡が突き出した脚に、ボールが食らいついた。染岡が歯を食いしばる。重く響いた、骨の砕ける音。それでも彼は耐えた−−その身体が吹っ飛ばされるまで。「染岡君−−ッ!!」 吹雪の絶叫。円堂は唇を、血が出るほど噛み締めた。勢いはかなり死んだとはいえ、まだシュートは生きている。 視界が滲む。目の奥が痛い。それでも円堂は悲鳴のように叫んで、技を出した。「マジン・ザ・ハンドォォ−−!!」 怒りと、それを飲み込む悲しみを吐き出して。魔神の手が、佐久間の命懸けのシュートを止めていた。 ボールをキャッチした円堂のグローブに、ポタポタと雫が落ちる。ホイッスルと実況の角馬が叫ぶ声が聞こえた。「佐久間の皇帝ペンギン一号決まらず!試合終了!!2−2、引き分けだぁぁっ!! 」NEXT |
繰り返す、過ちは。