貴方の笑顔が好きでした。 貴方が笑うと皆が幸せになれました。 貴方が私の太陽でした。 貴方が輝くと皆が強くなれました。 この背中に、白い翼は 無いとしても。1-22:桜散る、涙散る。 至上最低最悪の試合。ひょっとしたら誰もがそんな風にこのゲームを評するのかもしれない。こんなのはサッカーじゃない、潰し合いで殺し合いではないか、と。 その考え方は正しくもあり、間違いでもあると源田は思う。 フィールドのあちこちで、怪我をして倒れ伏す選手達。ああなるほど、これは健全なスポーツと呼ぶにはあまりに暴力的な事だろう。しかしそんな光景を、既に自分達は嫌というほど見慣れているのだ。 本気にならなかった試合なんて、今まで一度もない。 自分達はいつだってサッカーに命をかけてきた。大袈裟ではなく、このフィールドは自分達にとって殺し合いにも等しい戦場だったのだ。 勝つ事は誇り。強い事が存在証明。自分達もまた少なからず影山の思想に影響されていたのだろう。弱ければ全てを失うと、無意識に怯えていたのかもしれない。 でもそれ以上に。勝ちたいと願った理由が、あったのだ。−−俺は少しでも…少しでも長く、みんなとサッカーがしたかった。 今やっと、思い出したのだ。当たり前だった筈なのに、気付けば当たり前でなくなってしまっていた事。 自分は、サッカーが大好きだったのだ。 でもそれはただサッカーをする事じゃない。愛していたのは、大好きな仲間達とやるサッカー。勝ち続ければ、勝ち続けた分、皆とプレイできる時間が長くなる。笑っていられる。 そうだ。だから、勝ちたくて。負けたくなくて。 それなのに−−勝てなくて。−−なあ…何が、いけなかったんだ? ずるり、と。もはや痛いのか熱いのかも分からぬ脚を引きずって、一歩一歩前へと進んでいく源田。フィールドは、こんなにも広がったのだと思い知らされる。自分はGKだから見 えてなかった。仲間達はこんな広い場所を、死に物狂いでいつも走り回っていたのだと。−−俺達…何処で間違ったんだ? 自分達が間違えたのか。他の誰かが間違えたのか。 自分達が罪人だったのか。他の誰かが罪人だったのか。 あるいはその全てに、咎があったのか。−−こうなるかもしれないって…分かってて。このピッチに立った筈なのに。 禁断の技を使うと決めたその瞬間に。この未来もまた高い確率で存在していた筈だ。自分はそれを予想していた。予想していたのに突き進んだ。要は、確信犯ではないか。 それなのに理不尽さを感じるなんて、どうかしている。 それとも、自分は心の何処かで気付いていたのか。禁術に頼るのが過ちである事を。それともまだ誰かに止めて貰いたがっていた?どっちにせよ愚かとしか言いようがない。−−でも俺は…死にたかったわけじゃない。死んで貰いたかった訳でもない…佐 久間にも……鬼道にも。 全身は、まるで悲鳴を上げるがごとく痛みを伝える。一歩踏み出すたび、何処かが壊れる音がする。 このまま歩き続けたら、脚の指の先から粉々に砕けて、源田幸次郎という人間は塵のように消えてしまうのだろうか。 それでも歩みを止めないのは、たった一人、同じ痛みを共有した仲間の元へ辿り着く為だった。 フィールドに仰向けに倒れたまま、佐久間の身体がビクビクと痙攣している。皇帝ペンギン一号を三度打った代償。その激痛たるや、死んだ方がマシといったレベルなのだろう。 立ち上がるどころか腕を持ち上げる力も残されていない親友。自分が側にいなければと思った。そうしなければ一生後悔する気がした。 源田は知っている。佐久間次郎という人間の脆さを。不動のスカウトはきっかけに過ぎない。本当はもっとずっと前から彼が、狂いそうなほどの愛憎を胸に抱いていた事に、自分だけは気付いていたのだ。 だけど、自分では鬼道の代わりにはなれない。同時に源田にとっても、佐久間では鬼道の代わりにはなり得ないのだ。 その喪失を埋めるように寄り添って、同じ赤信号を並んで渡っても。結局ゴールなど見える筈もない。そして自分達が信号無視を繰り返している間に、本当にかの人は世界からいなくなってしまった。 雷門が憎い。音無春奈が憎い。世界が憎い。運命が憎い。 それでも自分と佐久間の間には、決定的な違いがあったような気がしてならない。何故なら源田は、まだ正気を残していたのだから。 思いの外頑丈だった己の心は、狂気に堕ちる事すら赦してくれなかった。雷門を潰しても鬼道は帰って来ない。喪われた日々は戻らない。ただ虚しいだけと知っていた。 それなのに、佐久間を止める事もゲームを降りる事も出来なかったのは。ひとえに自分もまた、このやり場の無い激情をぶつける相手が欲しかったからに他ならない。 八つ当たりだ。誰より分かっている。分かっていても、ぶつけなければ耐えられなかった。このあまりに過酷すぎる、現実に。「佐久間…さく…ま…」 痛い。でも本当に痛いのは。折れた肋骨でも傷めた腱や筋でもなく、捻った関節でもなく。「佐久間…俺…思い出したんだ」 胸の奥の奥。 魂に繋がる場所が、痛い。「帰って来るって」『源田。佐久間。…本当にすまない。俺の勝手な行動で、迷惑ばかりかけて。… でも』「帰って来たいって」『俺の…帰る場所は、帝国にある。俺はそう、思ってる。だから…もし、お前達 が赦してくれるなら』「そう言ってたじゃないか…鬼道は」 『エイリアを倒した後…もう一度、同じピッチに立ってもいいか?』 忙しくて忙しくて仕方ない鬼道が。それでも合間をぬって何度も電話をくれて。たった一度だけ、お見舞いに来た時。確かに、そう言ってくれたのだ。 帝国こそ帰るべき場所だと。自分は帰るつもりだと。 鬼道は、自分達を捨てたわけじゃなかった。雷門に誑かされたわけでもなかった。本当は、自分達はとっくに知っていたのだ。 それだけじゃない。世宇子に負けて。病院のベッドの上で悔しさを噛み締めていた自分達に。鬼道は頼みがあると言った。自分に、時間をくれないかと。 雷門に行く、と初めて自分達に告げたあの日にだ。彼は戻る事を約束してくれていたではないか。その彼を信じて背中を押したのは他でもなく−−。「俺達も、言ったんだ。鬼道に…頼んだぞって…」 『頼んだぞ、鬼道。俺達の仇をとってくれ!』「そうやって…そうやって雷門に鬼道を送り出したのは、俺達だったじゃないか …!!」 ああ、そうなのか。 自分達こそが−−最たる悪だったのか。 なんて身勝手なのだろう。 鬼道は約束してくれていた。自分達は約束を信じて彼の背中を押した。なのに。 自分達は都合のいい事をまるまる忘れたフリして。勝手に裏切られただの騙されただのと思い込んだのだ。 いや−−それも本当は、違う。 自分達は全部分かっていた。だけど鬼道が裏切ったと、雷門に騙されたと思う事で紛らわそうとしただけなのだ。 惨めに負けてしまった己の弱さと。鬼道と同じ場所に行けなかった無力さ。そして。 鬼道が死んでしまったという、あまりに大きな悲しみから。「源…田……」 痛む身体に鞭打って。膝をつき、佐久間の上半身を抱える源田に。佐久間は荒い息の下、自分の名を呼んだ。「どうしよう……泣いて、るんだ」 もう指先一つ満足に動かせない少年。その眼に、みるみる涙が溜まっていく。「鬼道が、泣いてる……。いつも、涙なんか見せなかったあいつが…泣いて…。 どうしよう…どうしよう…お、れ…」 泣いてるのはお前だ、と言いたかった。佐久間の頬をポロポロと涙の雫が零れ落ちていく。源田の頬も、また。もしかしたら本当に、鬼道も今泣いてるかもしれない。 鬼道にとって何が幸せだったかなんて、今となっては分からないけど。 自分達のこんな姿を見て、彼が笑ってくれる筈が、ない。「どうして…俺はただ…ただ…っ」 佐久間の腕は動かない。それでも源田には見える気がした。救いを求めるように空へと伸びる、彼の手が。「鬼道と、もう一回サッカー…やりたかっただけ、なのに…!!」 その掠れた声が。言葉が。源田の胸を突き刺す。 そうだ。自分達はただもう一度、胸を張って帝国サッカー部を立て直して−−鬼道とサッカーがしたかった。それだけだったのだ。 なのに、その願いは二度と叶わない。鬼道は、殺されてしまったから。「鬼道、鬼道、きどう…きど……どうして…どうして、どうし……」 かくん。 譫言のように紡がれていた佐久間の言葉が、不自然に途切れた。首が完全に力をなくして垂れ、源田の腕の中の重みが増す。「さく…ま?」 真っ青な顔で。瞼を閉じ、動かなくなってしまった佐久間。さぁ、と源田の全身から血の気が引いていく。 そうだ。佐久間の身体は今、ボロボロで。もし全身の筋肉に損傷が及んでいるとしたら−−。「さ、佐久間!!佐久間っ!!しっかりしろ、佐久間ぁっ!!」 まだ辛うじて息はある。しかし意識を失ったとなるともう危ない。早く病院に連れて行かなければ、サッカーができなくなるどころじゃ済まない。 彼を抱えて立ち上がろうとして、源田は己の身体がまるで思うように動かない事に気付いた。そうだ、忘れていたが、自分も怪我をしていたのだった。 だが、そんなの構っていられない。このままでは佐久間が死んでしまう。状況に気づいてか、雷門の何人かがこちらに駆け寄って来るのが見える。でも、彼らの手は出来る限り借りたくなかった。これは自分達が撒いた種なのだから。 何より後ろめたすぎる。自分達は彼らを散々痛めつけ、罵ってきたのだから。 痛みに歯を食いしばってもう一度立ち上がろうとする。体の中から嫌な音がした。立ち上がるどころか、膝を持ち上げる事すらできない。−−俺は最後の最後まで無力か…っ!! 悔しい。その感情だけで死んでしまえそうなほど。−−何がキング・オブ・ゴールキーパーだ…守護神だ!!結局俺は何も…何一つ…!! 「面白い余興、見させて貰ったわ」 ドクン。 その声が背中から降った途端。源田の全身から、嫌な汗が噴き出した。 この場に似合わぬ、カツン、というヒールが地面を叩く足音。「ま、こんなもんかしらね。貸し与えたエイリア石も純度の低いものだったし」 甲高い、粘着質な女の声。 知らない声だ。その筈なのに。「期待して無かった割には、収穫もあったし。恩に着るわ、影山センセイに不動クン?」 なのに何故、自分はこんなにも恐怖を感じる?どうしてその声だけで−−悪夢めいた何かを思い出しそうになる? 源田は顔面蒼白になりながら、振り向いた。振り向いて、しまった。「貴方の役目も、ここまでね。源田クン?」 血のような紅い眼。ニィ、と不動とは違う種類の喜悦に歪んだ女の顔がそこにあって。 思い出した。その名前だけだけども。「二ノ宮、蘭子…!!」 返事の代わりに、女は笑みを深くした。 NEXT |
そして、魔女は君臨する。