真実を映す瞳。 虚構を語る言葉。 希望を歌う唇。 絶望を嘆く音色。 この背中に、白い翼は 無いとしても。1-28:汝、己が心の眼を信じよ。 照美を追って、潜水艦の内部に入っていってしまった塔子。いつの間にかいなくなっていた聖也に影山。 吹雪の視界の端、そんな彼らを探しに行こうとした円堂が瞳子に止められるのが見えた。「駄目よ円堂君!火の回りが早い…危険すぎるわ!!」 「でも監督っ!!塔子達がっ!!」 その時、一際大きな揺れがフィールドを襲った。メンバーの誰もが立ち上がる事も出来ず膝をつく。爆発音−−さっきよりも大きい。このままでは沈没は免れまい。 そして自分達も。「うっ…!」 「そ、染岡君っ!!」 足を押さえて、真っ青な顔になってうずくまる染岡。応急処置では追いつかない怪我なのは明白だった。多分骨が折れている。この振動だけでも辛い筈だ。「俺は…大丈夫だ」 脂汗を流しながらも、吹雪を気遣う彼。見ていて辛かった。自分はまた、護られようとしている。護られる事しか、出来ない。「俺の事より自分の心配しやがれ。お前だって怪我してんだろが」 優しすぎるよ、君は。 言いかけた言葉を、口の中で殺す。 北海道で初めて逢った時。明らかに吹雪に対して彼は喧嘩ごしだった。何故そんなに嫌われてしまうのだろう。心当たりの無い自分は戸惑ってばかりいて。 その理由を、皆からそれとなく聞いた。豪炎寺という、染岡が唯一認めたストライカーがいた事。彼が理不尽な形でチームを離れさせられた事。 その豪炎寺の居場所を。吹雪に奪われてしまうのではないかと、畏れていた事。−−…でも君は優しいから。少なくともそれを直接、僕に言う事は無かった。 本当にはブチ撒けたい怒りで溢れんばかりだっただろうに。不満と不安に喚き散らしたかっただろうに。 溜め込むしかなくて、でも隠すにはあまりに不器用で。 それが分かったせいか。どんなに険悪な態度をとられても、少なくとも吹雪が染岡を嫌う事は無かった。彼の憤りも理解できないわけじゃない。 それに−−今まで自分が晒されてきた悪意のない興味と比べたら、可愛い悪戯のようなものだ。−−言っても、良かったんだよ。豪炎寺君の居場所は豪炎寺君だけのものだもの。僕に奪う権利なんか、ないから。 自分がイナズマキャラバンに参加した理由は、他の皆のような正義感じゃない。ただ自分は自分の小さな世界を護りたかったに過ぎず、その手段を目の前に提示されたから従った、それだけの事なのだ。 必要とされないならば、自分が此処にいる意味などない。 そもそも自分は、弟の命と引き換えに、半ば彼の居場所を奪い去るようにしてストライカーになったのだ。これ以上誰かの大事な物を奪うような人間には、なりたく無かった。 でも。染岡は今の今まで吹雪に本当の意味で罵りの言葉を浴びせる事はなく。段々と吹雪を豪炎寺とは別の存在として認めてくれるようになった。 吹雪は豪炎寺の椅子を奪う事を望んでないし、周りは誰一人そんな解釈はしていない。そう気付いてか、いつしか仲間の一人として受け入れてくれるようになった。 彼は優しい。優しくて不器用だ。 男らしくて、思いやり深くて、強くて。友達というよりお兄さんのよう。吹雪は彼に友情と尊厳を同じくらい抱いた。彼のようになれたら、と。−−僕は、疫病神だから。僕が弱いから。みんなみんな、僕の前からいなくなってしまう。誰一人、護れない。 完璧な存在にならなくては。自分が完璧じゃないから、大事なものはみなこの手をすり抜けていってしまう。 父も。 母も。 アツヤも。 鬼道も。「僕は…平気。大した怪我じゃないから。…でも」 怖い。怖くて仕方ない。「やだよ。…染岡君までいなくなっちゃったら…僕は…っ!!」 これ以上、大切な誰かを喪うなんて耐えられない。 そんな事になったら、きっと自分は壊れてしまう。粉々に、硝子細工のように砕け散ってしまう。 失いたく、ない。「怯えるなよ」 ポン、と頭の上に大きな手。「…俺はお前が…本当は何に怯えてんのかは分からねぇ。でも…怯えんなよ。信 じろよ。…永遠な事なんて無いとしても…いつか必ず終わりは来るとしても」 その手の温かさに、その優しい声に、優しかった父を思い出す。 痛みに顔を歪めながらも、染岡は吹雪を安心させようと笑ってくれている。不覚にも、涙が滲みそうになる。「少なくともそれは今じゃねぇ。例え離れる時が来てもいなくなる訳じゃねぇ。少なくとも、俺は」「染岡君…」 きっと彼は、豪炎寺の事を思い出しているのだろう。永遠なんてない。全ては変わりゆく。出会いと別れを繰り返して、人は今日を生きていく。その中には理不尽な事もたくさんある。 それでも。 離れても絆は消えない。縁が無かった事にはならない。染岡はそう信じる事で、試練を乗り越えたのだろう。「君は…強いね」 そこにある、吹雪にはない本当の強さ。それが眩しくて、羨ましくて。「僕も君みたいに…強くなりたいよ」 また一つ、大きな爆発音がした。衝撃に煽られ、二人してフィールドに倒れ込む。断続的な振動。地面にしがみつくように、上半身を起こすので精一杯だった。 それでも染岡の手だけは離さない。 もう失う事の無いように、強くその手を握りしめる。 どうすればいい。こんな状態では救命ボートを探しに行くどころではない。瞳子が海上保安庁に連絡したようだが、その助けめ間に合うかどうか−−。「まだ早いぞ、雷門イレブン」 低い、落ち着きのある声が降る。覚えのある、しかし予想だにしなかった声が。「え…?」 吹雪は顔を上げる。振動の波が一時的に収まった。またすぐ爆発が起きるのは明白だったが、それでもその人物を見上げる為に体を起こすには充分だった。「まだ早い。お前達に、こんな場所で死なれては困る」 どうして。どうして彼が此処に。「デザーム…!?」 吹雪が名を呼ぶと、黒髪の青年は小さく笑みを浮かべてみせた。前に逢った時より、顔色が悪いように見えるのは気のせいだろうか。「何でお前…!?どうやって…」 染岡が口を開きかけ、あっと声を上げた。デザームが傍らに、黒いサッカーボールを抱えていたからだ。 あの黒いサッカーボールにはどんな手品か、何人もの人間を空間転移させる力がある。あれでエイリアは日本中を自由自在に飛び回る事ができるのだ。 デザームはわざわざその力で、沈没寸前のこの船にワープしてきたというのか。しかし何の為に。「グラン様の御命令を…ひいては私自身の意志を遂行しに来ただけだ」 「グラン…様?」 また新しい名前が出て来た。彼の上司の一人だろうか。ガゼルより上の立場か下の立場か−−いや、そもそも彼らの階級は一体幾つあるのだろう。「グラン様は事情により、まだ表舞台には上がれない。ゆえに私が代わりに来たまで…二ノ宮様の命令違反ゆえ、他のメンバーは連れて来れなかったがな」 そういえば、この場所にいるのはデザーム一人。イプシロンのメンバーは見当たらない。 それに−−二ノ宮。その名前にズキリと胸の内が痛くなる。倒れて動かない佐久間と源田を見た。鬼道を殺し、不動と影山を利用し、佐久間と源田を追い詰めた魔女。彼女の命令違反な事を、“グラン様”とやらはデザームに命じたというのか? 「助けに来てやったと言っているのだ」 その言葉に、誰もが目を見開いた。「二ノ宮様は、お前達が生きようが死のうが構わないと思っているらしいが。私は困る。我々イプシロンはまだお前達と本気の勝負をしていない。こんな形で潰されるのは不本意なのだ」 そしてデザームは吹雪の方を見る。黒目がちの瞳に見据えられ、吹雪は戸惑う。 自分の中のアツヤが言う−−あいつは初めて、エターナルブリザードを止めた相手。奴を倒さなければ完璧になどなれはしない、と。 士郎としての自分も、あの瞬間感じ取っていたのだ。ライバルらしいライバルもいなかった白恋中のサッカーから、イナズマキャラバンで日本中を巡る旅へ。 仲間達と出会い。イプシロンと戦い。久々に本気の悔しさを思い出した。自分の力の及ばない領域がまだまだあるのだという事を。「吹雪士郎。貴様との決着もまだついてはいない。…そうだろう」 ドキリとする。まるで胸の内を見透かされたかのようで。「し…信じられませんよ、そんなの!貴方はエイリアで…本当なら、僕らが消え た方が、侵略には都合がいい筈でしょう!?」 ベンチにしがみついたまま目金が言う。それも間違いなく正論だった。実際、彼ら宇宙人は侵略者。雷門はそれを阻止しようとしている。 このまま自分達が海の藻屑になってくれれば、これ以上都合のいい事はない−−その筈なのに。「信じるか信じまいかは好きにすればいい。だが…」 そしてデザームの方も、至極最もな事を言う。「確かなのは、このままなら全員御陀仏という事だ」 そうだ。もし罠だとしても。今の自分達は、デザームの力を借りない限り、この潜水艦から生還する術がない。 既にフィールドの反対側の入口からはちろちろと赤い炎が揺らめき、黒い煙が上がっている。船が沈むよりも、ここが炎に包まれる方が早いかもしれない。「…いいでしょう」 「監督!?」 「眼を見れば分かる。…貴方は、正義感が強い。人を傷つける嘘をつける人間じ ゃないわ」 すくっと瞳子が立ち上がる。まるでデザームの事をよく知っているかのような口振りだ。 その時、潜水艦の中に駆け込んでいった塔子、照美、聖也の三人が戻って来るのが見えた。聖也はぐったりした様子の照美をおぶっている。何かあったのかもしれないが、それを尋ねるのは後だ。「…俺も、信じる。デザーム」 戻ってきた彼らを視界に入れ、デザームを見て、円堂が言った。「信じるべきものが何かくらい、分かるさ。…お前は嘘をついちゃいない」 「…僕も信じるよ」 「吹雪…」 円堂に続き、吹雪も顔を上げた。「それに僕も、あんたと決着をつけたい」 瞳子も円堂も吹雪も賛成した。ならば他のメンバーも断る理由がなくなる。どちらにせよ、二ノ宮なんぞの手で、こんな場所で死にたい奴など一人としていないのだから。 まずは生きる。生きて、生き抜いてから考えればいい。その先の未来をどう在るべきなのかは。「いい返事だ」 デザームの笑みが濃くなる。彼の掲げた黒いサッカーボールが、黒紫の光を放った。それは霧のように、緩やかに空間を包み込んでいく。「大阪に、我らが廃棄した訓練施設がある」 空間転移。ワープの寸前に、デザームの告げる声が聞こえた。「そこで再びあいまみえよう。楽しみに待っているぞ、雷門イレブンよ…!」 やがて黒紫の光の中、彼の姿も、沈没寸前の潜水艦も見えなくなった。 光が収まった時、吹雪達がいたのは愛媛埠頭。真帝国学園は目の前で爆発し、海の中へと消えていったのだった。 NEXT |
自分を信じ、今を貫く。