今こそ語ろう、魔女幻想。 今こそ開こう、パンドラの箱。 祝いは呪い、悲願は彼岸。 杖を振るなら、言葉は否定。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 2-1:鼠と山羊の、鬼ごっこ。
全てを話す、とは言ったが。 実際自分に語れる事はさほど多くはない。
「…話を始める前に、大前提として理解して貰いたい事がある」
聖也は周囲を見回した。 一つ、大きな問題があるのである。それは、今からする話を仲間達がどこまで 信じてくれるかどうか。 聖也が信頼されているかいないか、も影響するだろうが。仮に信頼されていた としても、あまりに常識離れした内容である事は間違いないのである。 自分も普通の人間だったら、鼻で笑っていただろう。そんなファンタジーある わけない、と。 「本来、無理に理解しろだなんて言うべきじゃないし、教えるのもよろしくない 話なんだが。奴が派手に暴れ出した以上そうも言ってられねぇ。まずはこの大前 提を信じて貰えないと、話を進められない」 「勿体ぶらないで頂戴。何なのよその大前提って」 夏未が若干苛ついたように言う。こっちも慣れないシリアスっぷりに心の準備 してるんだから察してってば、と聖也は内心涙目。 「じゃあ言うけど。…世界はな、一つじゃないんだわ」 「…は?」 「だーかーらー…」 ああもう。どう説明すればいいのか。こんな時鬼道のような語彙力が非常に羨 ましくなるのである。
「俺達が今いるこの世界!此処以外にも、たくさん世界があるんだよ。つまり異 世界な。…だけど、世界を渡り歩く力を持つ奴は極僅かだから、普通の人間は誰 も気付かないんだ。気付く必要もない」
世界はとても狭くて、知覚できる範囲にしかないけれど。 それを知る者にとっては、世界はヒトツじゃない。−−かの大魔女、初代次元 の魔女の有名な言葉だ。 「異世界ってのは、この地球の国とは大きく違う。常に鎖国してなきゃマズい… つまり干渉し合う事は基本的にタブーなんだ。世界を渡る能力を持つ者は、様々 な制約を負わなくてはならない。…でないと秩序が乱れ、次元に歪みが発生する からな」 「な…なんか頭が混乱してきたぞ…?」 円堂が頭を抱える。 いや、いくらなんでもまだぐるぐるするには早いから、と心の中でツッコミ。
「…ハッキリ言ってファンタジーだけど。二ノ宮の件があるしな…有り得ないと は言い切れないか」
半信半疑といった様子だが、どうにか土門は納得してくれたらしい。他の皆も 似たり寄ったりな表情だが、理解しようと努力してくれれば今はそれで充分だ。 いずれ、否が応でも現実を思い知らされるのだから。
「世界を渡る数少ない存在に…魔女や魔術師というものがいる。彼らは世界を渡 り、固有の力を使って良くも悪くも奇跡を起こす」
次元の魔女。 記憶の魔女。 黄金の魔女。 奇跡の魔女。 時空の魔女。 幸福の魔女。 絶対の魔女。 そして−−災禍の魔女。
「二ノ宮蘭子。あの女は異世界からこの地に降り立った。正真正銘、本物の魔女 だ。それも千年を生きる大魔女の一人」 「な…!?」 千年!?とそのとんでもない数字に誰もがひっくり返る。 魔女の種類にもよるが。世界を渡れるほどの力を持つ魔女は、大抵が不老不死 。外見年齢を好きな年でストップさせる事ができるのである。 中には外見と年齢と性別を自在に変える事のできる魔女もいる−−聖也のよう に。
「奴の正体は…災禍の魔女、アルルネシア。魔女の中でも史上最悪にして最低の サディストにして、残酷な悪魔だ」
彼女は魔女の到達点とも言うべき、無限の魔法を会得している。簡単に言えば 、死者を無限に殺す事ができ、蘇らせる事ができる。 壊れた物を延々と直す事も、再び壊す事もできる。彼女の思うままに、より理 想的な姿で。
「魔女の多くは、世界におけるルール…干渉値を護っている。そうでなければ連 鎖的に、全ての世界を破壊するきっかけにもなりかねないからだ。だが、アルル ネシアは違う。あらゆる世界で平然と虐殺を繰り返し、世界を壊し続けているん だ」
ゆえに、アルルネシアという魔女は同じ魔女達からも恨みを買っているのであ る。いつか彼女に気紛れに、自分の故郷の世界−−魔女にも“出身地”はあるの だ−−を破壊されてしまうのではないか、と。 恨みを買っているのは魔女達だけに非ず。世界を渡る者にも渡れぬ者にも、ア ルルネシアを畏れる者が少なくない。 彼女の存在と行為は、今や世界の秩序を護っている“管理者”達にとって、無 視出来るレベルでなくなってしまった。
「あの女は何百年も前から、あらゆる世界で指名手配されてるS級犯罪者だ。だ が、魔力がバカ高い上に知恵が回るし、とにかく逃げ足が早いもんだから、ずっ と捕まえる事ができなかったのさ」
しかもその行動を予測するのは極めて難しい。 彼女に何か確固たる目的があって行動しているなら、まだ先読みも可能であっ た筈だ。ところが。 「奴には目的なんかない。ただ物事を引っ掻き回して、ゲームを楽しみたいだけ 。他人を苦しむ姿を見て笑いたいだけだからな」 「最悪だな」
『愉しかったわぁ。あそこでこの子が殺ってくれたら最高の作品だったのに。ま さかあの程度でクラッシュするなんて…おかげで記憶は消さなきゃいけないし、 二度手間だったわ』
『で、仕方ないから、あたしが情けをかけてあげたわけ。気持ち良かったわよ… 刃が肉に食い込んでいく感触!直に伝わる、弱々しい鼓動!!…あれは何回繰り返 してもクセになりそう…っ!!』
誰もが思い出したのだろう。二ノ宮のあの狂った言葉を。醜悪な笑みを。 彼女にまともな行動理念などない。ただ他人を傷つけ、貶め、踏み潰し。快楽 的な破壊と殺人を繰り返すのみ。
「大きな理由なんかないからこそ怖い。不老不死のあの女にとって退屈こそ最大 の敵だ。だから常に楽しみを求めている。ただその為“だけ”に、大きな事を平 気でやらかす。タブーもあっさり破ってみせる」
面白いから、やる。 それの何がいけないの?ゴミ屑のような人間どもに、偉大な大魔女たる自分が 気を使う必要がどこにあるの? 二ノ宮−−いや、アルルネシアはかつて、心底理解できないといった風情でそ う言った。
「史上最悪の愉快犯。奴こそ俺達の真の敵なのさ。世界の“管理者”の一人であ る俺は、奴を追ってこの世界に来たんだ」
今までに何度も、奴には苦汁を舐めさせられている。この世界の円堂達もまた 、記憶を消されてはいるが以前アルルネシアと対決した事があるのだ。 途方もない力を持つ聖也ですら、彼女に一人で打ち勝つのは難しい。力の相性 が最悪なのだ。それにこっちは干渉値を護って戦わなければならないのに対し、 あちらは好き勝手やりたい放題たからたまらない。 なのに−−雷門メンバーは、あのアルルネシアの謀略に打ち勝ったのである。 詳しい話はまた別の機会に語るとするが−−聖也に比べてあまりに非力な筈の彼 らが、魔女を打ち倒してみせたのだ。 それ以来。アルルネシアはこの世界の住人達−−特に雷門イレブンに対し、並 々ならぬ執着を持っている。特に彼女を倒した立役者とも言うべき、鬼道有人に 対しては。 そう。そう考えれば鬼道が真っ先に彼女に消されたのは、けして不自然な話な どではなかった。彼こそアルルネシアにとって最大の天敵と言っても過言でない のだから。 いずれこの世界に−−それが何十年も後である可能性はあったが−−アルルネ シアは現れる筈だ。そう当たりをつけて、自分はこの世界にやって来た。雷門中 学三年生、サッカー好きの少年、桜美聖也として。
「つまり聖也君も、その…異世界の住人って事?魔女とか、魔術師とか…そうい う事なの?」
秋が困惑したように言う。まだ俄かには信じがたいのだろう。だが事実は事実 。聖也は肯く。 「創造の魔女、キーシクス。俺は基本的に、そう呼ばれている」 「呼ばれてるって…」 「悪いが本名は明かせないのさ。魔女や魔術師にとって、本名と生年月日は知ら れるとマズイもんなんだ。まぁぶっちゃけ俺の場合、自分の生年月日なんか知ら ないってのが正しいんだけどな」 嘘ではない。そもそも自分が生まれた時代は昔すぎて、まともな暦も戸籍も無 かったのだ。その上自分は捨て子だったわけで。把握なんぞしている筈もない。
「ちょ…ちょっと待った!?魔女って事は…聖也って実は女なのか!?」
塔子がすっとんきょうな声を上げる。 「おう。元々はな。俺、性別とか年齢とか自由に変えられるから、今この体は男 だけど。ついでに女の子も男の子も好きだしな、問題ナッシング」 「うわぁ…こんなにガサツなのに女の子って…想像つかないや」 「お前にだけは言われたくねぇぞ…塔子」 ちなみに、性別は変わっても口調は変わらない。一人称は俺だし、女の時も普 通に男言葉で喋る。 だから男に変身してもバレる事はまずない。逆に女の姿の時、オカマじゃない かと疑われた事はあるが(なんか虚しい…)。
「とにかく!俺の事はどうでもいいんだよ、問題はアルルネシア!あいつがエイ リア学園の裏にいるって事だ!!」
この世界にやって来たはいいが、まるでアテの無かった聖也。アルルネシアが 絡めば世界大きな騒ぎを起こす事は予想できたが、それが何かは分からなかった 。 影山を裏で操っているのかとは考えたが、結局尻尾を掴む事は叶わず。そして こたびの宇宙人騒動だ。 アルルネシアの関与を疑いながらも、その確信を得るには至らなかった−−皮 肉にも、鬼道が殺されるまでは。
「エイリア学園の実態について、鬼道は一人で調査を進めていた。俺もその調査 に一部部分だけ協力したから、ちったぁ知ってる事もある」
聖也は皆に話した。 エイリア学園(少なくともジェミニストーム)が高い確率で、宇宙人ではない 、人間である事。 彼らの身体は、神のアクアとよく似た物質で強化されていた事。 その神のアクアの解析結果は−−軍事用に使われていたドラッグと、ある隕石 の成分が含まれていたという事。 「あいつらが人間って…信じられない。じゃああの空間移転の力や黒いサッカー ボールは…!?」 「多分、異世界からアルルネシアが持ってきたものだと思う。あの女の故郷は、 科学技術がこの世界より遙かに進んでるからな」 驚く一ノ瀬に、聖也は己の推測を語る。
「神のアクアに含まれていた隕石…それは五年前に、富士山麓に落下したものだ った。あの女が不動に言っていた“エイリア石”ってのは…その隕石の事だと思 う」
ちらり、と。真帝国学園メンバーを見る。次に、レーゼと照美の顔を。
「神のアクア…そしてエイリア石には、人の潜在能力を引き出す代わりに、負の 感情を増幅させてしまう力がある。…おそらくエイリア学園の子供達はみんな、 エイリア石で洗脳されていたんだ」
物的証拠はない。それでも聖也は確信していた。 エイリア学園の子供達も真帝国の子供達も、加害者でありながら最大の被害者 である事を。
「俺は、あの子達を助けたい」
影山のような、レーゼのような悲劇を繰り返さない為に。
「みんな、力を貸してくれ」
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反撃の狼煙を、今。