着飾ってヒューマニズム。
 語らってエゴイズム。
 冷徹にリアリスト。
 唐突にペシミスト。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い翼は
無いとしても。
2-2:想いは遥か、遠く遥か。
 
 
 
 
 
 聖也の話を聞くにつれ。一之瀬は背中に、嫌な汗が伝っていくのを感じていた
。
 何かとんでもない事を、忘れている気がする。
 何かとんでもない事を、思い出しそうになっている気がする。
 
「…あたし、あの女を赦せない」
 
 塔子が口を開く。ギリギリと音がしそうなほど、強く拳を握りしめて。
「鬼道を殺すだけじゃない…わざと苦しめて嬲りものにして…!佐久間や源田の
気持ちを利用して貶めて…!人間を何だと思ってるんだ!!」
「俺も、塔子と同じ意見だぜ」
 土門も、静かな怒りを言葉に乗せる。
 
「鬼道達の事だけじゃない。あいつを野放しにしちゃいけない…!これ以上、悲
劇を繰り返すのは御免だ!!」
 
 誰もが悲しみと怒りに染まり、一つの喪失は様々な者達の未来をも狂わせた。
たった一人だけでもこんなに辛いのに。もしこのまま犠牲者が増えるような事に
なったら−−。
 
「俺達は…何の力もない中学生だ。でも」
 
 風丸が、宮坂と頷き合い、決意を表明する。
「俺達にしかできない事があるなら。俺達にこそ魔女を倒す力があるというなら
…俺も協力するぜ」
「魔女なんておっかないでやんすけど、俺達は宇宙人と戦ってきたイレブンでや
んすからね!!」
「私の意見は、今更言うまでもないですよね」
「そうだ。魔女にだって負けない」
 栗松に、春奈。そして覚悟を決めた吹雪の顔。その眼はどこか陰を宿している
のが気になったけれど。
 
「負ける訳には、いかないんだ…」
 
 今の一之瀬には、それを深く考える余裕も、追求する余裕も無かった。
 この、脊髄を羽虫が這うような寒気は、一体何なのだろう。それは源田達がア
ルルネシアの“魔法”によって血みどろになり、罪を告白させられた時から感じ
ていたものだけど。
 事実を知るにつれ、強くなる。あの魔女への畏れが。
 
「アルルネシアにとって鬼道達もサッカーも…破壊どころか暇つぶしの道具でし
かないなら」
 
 次々、意志を示す仲間達に。円堂も憤りと闘争心で燃える顔を上げる。
 
「そんな奴に、俺達の大事な物を否定する権利なんかない!!護る為に…これ以上
傷つけさせない為に、俺は戦う!!」
 
 相手は危険極まりない、異世界からの侵略者であり、災禍の魔女。関わって無
事で済まない事は鬼道や佐久間達を見れば一目瞭然だ。
 しかし誰もが畏れ、怯えながらも、逃げようとは言わない。逃げても、逃げる
場所など無いと知っているから。もう既に戻れる段階でないと理解しているから
。
 そして何より。仲間の仇を討たずしては終われない。護らなければ失う。
 その為には、立ち向かう他無いのである。
 
「…ありがとう、みんな。恩に着るぜ」
 
 聖也は少し泣き出しそうな顔で、笑った。本当は実は結構泣き虫なのかもしれ
ない。自分達の前では無理矢理押し隠していた彼だけど−−アルルネシアの前で
のあの豹変ぶり。
 鬼道を殺した犯人が憎くて憎くて仕方なかったのに、冷静なフリをしていただ
けだった。そう−−一之瀬と同じように。
 
「異世界人で、しかも管理者立場の俺は、アルルネシアと全力で闘えない。だが
お前達は別だ。お前達なら…あの女を今度こそ倒すことが出来るかもしれない」
 
 ぐるり、と一同を見回す聖也。
「奴は無限の魔法を使う。源田達がいい例だが…奴は自分が殺した人間や目の前
で死んだ人間を、自分の忠実な僕に変えてしまう。それはエイリア石より恐ろし
い力だ。死んだ人間を、死して尚辱めるのだから」
「つまり…絶対に彼女の前で死に瀕する事があってはならない。そういうことだ
な?」
「ああ。奴は“一人を無限に殺す”ことができる。何回でも同じ人間を殺し、生
き返らせるんだ」
「悪趣味な…」
 レーゼがその少女のような顔に、不快感を露わにする。
 
「そして奴は今、エイリアの背後にいる。そして奴の性格だが…あえてこっちの
得意な土俵に上がり、その上で叩きのめすのが大好きなんだ。となるといずれサ
ッカーで勝負を仕掛けてくる可能性は低くない。その対策も必要になって来るだ
ろう」
 
 無限の魔法。蘇る死者。忠実な僕。辱められる死者。そして、サッカー−−。
 それらのキーワードが一之瀬の聴覚に届いた、その時だった。
 
 キィン。
 
 強烈な、耳鳴りが。
 
 
 
『…助けてあげるわ。貴方の魂と、引き換えに。貴方のサッカーを救ってあげる
』
 
 
 
「あ…」
 
 
 
『でも、覚えておきなさい…。時が来たら貴方はあたしの忠実な“死者”となる
ことを』
 
 
 
 霞のかかった記憶の中。ノイズのかかった魔女の声が、蘇ってきて。
 そうだ。ああ、そうなのだ。あれは病院で。自分は病院のベッドの上にいて、
それで。
 
「一之瀬君…?」
 
 秋が心配そうに、自分の顔を覗きこんでくる。きっと今自分は酷い顔をしてい
るのだろう。全身の震えが止まらない。血の気が引いていく。
 あれは一体どういうことだ。何故彼女が自分の過去の景色にいる?どうして。
何故。自分はそれを忘れていた?
 
「思い出した…俺」
 
 言いたくない。でも言わなければならない。
 この記憶が正しいのであれは、それは即ち。
 
「俺…昔、アルルネシアに逢った事が、ある…」
 
 即ち。恐ろしい可能性の示唆。
「昔…トラックにはねられた事故で。その後の病院のベッドの上で…あいつが…
」
「お…おい…マジかよ一之瀬…!?」
「そうだ。あの後のことがよく思い出せなくて…もしかしたら、もしかしたら俺
は…」
 もしかしたら。もしかしたら。
 
 
 
 自分は本当はあの時に死んでいて。
 
 
 
 アルルネシアに操られた、死者なのではないか。
 
 
 
「…奴が俺達の補足を逃れたのは相当昔。そしてエイリア石が地球に落下したの
は五年前…少なくとも奴は五年前からこの世界にいる可能性が高い。その為の下
準備を、相当前からやっていても…おかしくはない」
 
 聖也は重い口調で、告げる。それは最悪の可能性の、肯定。
 もし本当に自分がアルルネシアの手によって蘇させられたのだとしたら。今此
処にいるのは本当に、“一之瀬一哉”という個人なのだろうか。
 それとも今此処にいるのは彼女の思うままの人形で、一之瀬自身の人格でも意
志でもないとしたなら−−。
 
「……違う!!」
 
 沈みかけた一之瀬の思考を引き上げたのは、円堂だった。
「仮に…もし仮に一之瀬が、アルルネシアの手で生き返させられていたとしても
!一ノ瀬のサッカーは一之瀬だけのものだ…っ誰かに操られた結果なんかじゃな
い!!」
「円堂…」
 その叫びが、本心が。真っ直ぐな意志と、決意が。一之瀬にとっては、涙が出
るほど嬉しかった。
 そうやって、仲間を無条件に信じる事ができる。愛する事ができる。
 それが円堂守。自分達が背中を任せてきたキャプテンなのだ。
 
「この先…」
 
 その友愛に。甘えてしまう自分は弱いと知っているけれど。
 
「もしかしたら俺は、みんなを裏切る結果になるかもしれない」
 
 尋ねずにはいられなかった。
 もし自分が本当に死者で。アルルネシアによって生かされた駒の一人で。
 いつか佐久間や源田のように疑心暗鬼を植え込まれ、操られ、皆に危害を加え
るような事があったなら。
 
「それでもお前は…俺を仲間だと言ってくれるのか?」
 
 それでも自分は、助けに来てくれるのか。
 
「当たり前だろ。なぁみんな!」
 
 円堂は力強く振り向く。誰一人、迷いを見せる者はいない。突然の悲劇と、思
いがけぬ現実に戸惑いながらも。泣きたくなる気持ちを抱えながらも。
 信じる事をやめない、仲間達がそこにいる。
「どんな一ノ瀬でも…一之瀬は一之瀬だ!俺達の仲間だ!」
「魔女なんかの思い通りにはさせないっす!」
「あいつに、君の事も他の誰の事も奪わせない…絶対にだ」
 円堂の言葉を、壁山が、照美が引き継ぐ。
 
「みんな…」
 
 自分は、幸せだ。
 
「ありがとう」
 
 こんな素晴らしい仲間に恵まれた。こんな素敵な世界に生きる事が出来た。
 だから−−それでいい。
 一之瀬は一人、決意を固めた。この最高の仲間達を、あの魔女なんかには傷つ
けさせない。自分の何もかもを奪われたとしても、この魂だけは奪わせない。
 皆とサッカーをしたくて此処にいる。
 救いたいものがあって此処に立つ。
 信じよう。この自らの意志だけは操られた結果ではなく、一之瀬自身の真実で
ある事を。
 
−−俺はお前の“忠実な死者”なんかにはならない…絶対に。
 
 鬼道を殺し、佐久間達を貶め、皆を巻き込み、サッカーを汚したあの魔女を、
自分は絶対に赦さない。
 それがお望みならば、サッカーで殺してやる。その喉元に食らいついてやる。
 たとえそれが叶わないとしても、もう二度と大切な人達に指一本触れさせてな
るものか。
 
−−俺は最期まで、一之瀬一哉でいてやる…!!
 
 護ってみせる。
 例えそれが、命と引き替えであったとしても。
 
「…アルルネシアと戦う為には」
 
 宮坂がおずおずと口を開く。
 
「情報を集める必要がありますよね。僕達は彼女についてあまりにも知らなすぎ
ますし。それに…もしエイリア学園そのものが彼女に利用されているだけなら。
僕らの知ってる事をエイリアの人達に全部話してしまったらどうでしょう?」
 
 エイリアの人達−−彼が言っている相手は、デザームやガゼルの事だろう。彼
らは多かれ少なかれ、アルルネシア=二ノ宮蘭子に疑心を抱いているフシがある
。
 もし彼らの心棒する“エイリア皇帝陛下”も、二ノ宮の洗脳下にあるとしたな
ら。むしろ彼らをこちらに寝返らせる事も可能なのではないか。
 
「悪くない手ね」
 
 賛同する夏未。
 
「全ての元凶が彼女にあるなら…そして彼女が、この世界を引っ掻き回すだけが
目的なら。私達が戦う理由そのものがなくなるわ。むしろ私達の戦いそのものが
彼女を楽しませているだけなのかもしれない」
 
 そうだ。エイリアが高確率で地球人と言うのなら、彼らの目的は地球侵略の歌
い文句とは別にあるという事になる。
 彼らの行動のどこまでが皇帝陛下とやらの意志で。どこまでがアルルネシアの
意志なのか。彼らの真の目的にもよりけりだが、場合によっては対アルルネシア
で協力し合う事も可能かもしれない。
 勿論、それはこの一連の事件の殆どがアルルネシアの手引きと確定しなければ
難しいのだけど。
 
「エイリアとちゃんと話をしましょう。本当の事を聞き出すんです」
 
 話の通じない相手じゃない筈です、と春奈は言う。
 
「イプシロンは、エイリアの本当の目的は知らないかもしれません。でも自分達
の指導者がアルルネシアに操られているかもしれないとすれば、彼らも黙ってら
れないでしょう」
 
 イプシロン。彼らと確実に接触する−−その為には。
 
「次の目的地が決まったわね」
 
 瞳子が宣言する。とうにイレブンは皆腹を括っている。
 
「捜しましょう。大阪で…彼らの拠点を」
 
 デザームはきっと約束を護るだろう。彼ならばきっと。
 大阪でイプシロンが、待っている。
 
 
 
 
 
NEXT
 

 

サッカーが、絆になる。