闘う意思に善悪は無い。
 真の世界に正義は無い。
 白も黒も等価であるならば。
 向き合う事も不可欠か。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
2-3:るされた、カティア。
 
 
 
 
 
 真帝国との戦いは、様々な意味で尾を引く結果となりそうだ。キャラバンの前
で、瞳子はパタンと携帯を閉じる。
 まさか真の敵が−−エイリア学園では無かったなんて。
 自分はずっと全ての糸を引くのがあの人だと思っていた。彼にはそれをす
るだけの権力と理由がある。彼だからこそサッカーに固執する意味も理解できる
し、子供達が慕うのも分かる−−と。
 しかし。この行動すら、あの人の本心では無かったというのか?あの人の復讐
心に、あの女が油を注いで無理矢理燃やした結果だと?
 だとすれば。
 
−−私はやっぱり道を間違えたのかもしれない。
 
 全ての元凶が彼女だと気付いていたなら。早い段階で二ノ宮蘭子を排除できて
たなら。
 ここまで大きな騒ぎになる事は無かったのではないか。たくさんの人に悲しい
想いをさせずに済んだのではないか。
 分かっている。
 あの時の自分にそこまでの権力など無かった事くらいは。自分が何をしても同
じだったかもしれない事くらいは。
 それでも悔やみたくなるのは、きっと。
 
−−私は償いたいんだ。自分を赦す為に。なんて身勝手なのかしら。
 
 キャラバンは今、愛媛の病院の前に来ている。瀕死の佐久間と源田。怪我をし
た染岡と錯乱状態の不動。洗脳が解けて呆然自失状態の真帝国の何人かは、即入
院となった。
 どうにか立って歩ける状態だった残りの真帝国メンバーは、身元確認をした後
警察に事情聴取を受け、親元に帰される事になっている。怪我人だらけだった雷
門は代表して聖也と夏未が聴取を受けた。
 イプシロンは大阪で待っているという。しかし、今回の試合でみんなボロボロ
だ。特にFW人員が酷い。染岡は入院で、吹雪も照美もダメージが大きい。前者は
勿論、後者二人もしばらく休ませなくてはならないだろう。
 
−−土門君や一之瀬君もかなり厳しい状態今の雷門はオフェンスもディフェン
スもガタガタだわ。
 
 イナズマキャラバンが全国を回っているのは、エイリアの被害を食い止める為
だけではない。日本中の優秀な選手を集める為でもある。
 イプシロンから情報を聞き出し、可能ならばこちら側につかせる。だがその前
に、新戦力補充と、肝心の拠点を捜さなければならないだろう。
 問題は山積みだ。とりあえず響木監督に電話して、有力な人材スカウトをお願
いすべきか。瞳子が、一度閉じた携帯をもう一度開いた、その時だった。
 
「あんた、雷門の監督だね?」
 
 少女の声。割とすぐその正体に思い至った瞳子は内心相当驚いていた。
 どうして彼女が此処に?警察に引き渡した筈だったのだが−−。
 
「鬼瓦警部補って、いい人よね。大人にしちゃ話が判るっていうか」
 
 そんな瞳子をよそに、歩いてきた彼女−−小鳥遊忍は、話を続ける。
「条件付きで解放してくれたよ。ま、あたしもそれしかないって思ってたし」
「条件?」
「あんた達の役に立つ事、よ」
 今度こそ瞳子は目を見開く。何を言っているか、分からないわけではない。む
しろ分かるからこそ驚いている。
 
「あたしはね。他のメンバーとは違うんだ。浚われたんじゃない、自分の意志で
不動についていった。気付かなかった?あたしだけエイリア石を使って無かった
こと」
 
 エイリア石の事を知っている。理解している。
 それはつまり、彼女が本当の事を言っているという事。
「何処でも良かったのよ。サッカーさえ出来るなら。サッカーだけが、死んだ兄
貴とあたしを繋ぐ唯一の証だったから。」
!」
「それで不動の奴が、あたしのサッカーを必要としてくれたからついていった。
それだけなのさ」
 小鳥遊は最低限の事しか語らなかった。それも、何かを意図しての事ではない
だろう。
 しかし瞳子の心を揺さぶるには充分だった。サッカーが、今はもういない大切
な人との絆になる。彼女は春奈と同じ。そして自分とも−−同じ。
 
『瞳子』
 
 優しい声が。優しい笑顔が。記憶の中で自分へと降る。
 惜しみない、無償の愛とともに。
 
『俺は絶対、プロになるよ。大好きなサッカーで、世界一になる!』
 
 その顔が。生き写しと呼べるほどそっくりな、あの子の顔に重なる。
 真っ直ぐな夢を目指し、尊い愛を胸に抱いていたあの子達。どちらも望んだの
はささやかな幸福で、しかしどちらも人生を大きく歪められた。
 自分も彼らも大好きだったサッカー。
 しかし自分は、サッカーを彼らとの絆には出来なかった。サッカーを恨みさえ
した。その全てから逃げて、己を正当化する事しか出来なかった。
 春奈や小鳥遊のように、自分は強くなんかない。
 なのに。惨めな生き方をして尚、瞳子はサッカーから完全には離れられずにい
るのである。まるで何かを縋るように、甘えるように、監督としてこの場所に立
っている。
 それが必然であったかのように。
 
けど。真帝国学園は沈み、あたしは居場所を失った。あんた達のせいだ」
 
 小鳥遊の声は淡々としていたが。それでもズキリ、と胸が痛くなる。
 自分達は間違った事はしていない筈だ。実際真帝国学園を崩壊させていなけれ
ば、佐久間と源田はもっと悲惨な末路を辿ったかもしれない。
 でも、小鳥遊が言っている事も、事実。
 結果として自分達は彼女のサッカーを奪ったも同然なのだ。
 
「でもあたしはあたしのサッカーを諦めたくない。責任とりな、吉良瞳子!」
 
 責任。そこまできて初めて瞳子は、さっきまでの話と繋がる事に気付いた。
 自分はサッカーがやりたい。どんな場所だって構わない。
 だから、真帝国学園の代わりに、サッカーをする場所を提供しろと−−そう言
っているのだ。
 
貴方が戦力になるのは認めるわ、小鳥遊さん」
 
 理解した。理解はしたが。
 納得するかはまた、別の話。
 
「でもね。エイリアとの戦いは、貴方が思っている以上に過酷なものとなるで
しょう。私達は彼らとサッカーで戦うつもりでいるけれどあの魔女は、違うか
もしれない」
 
 小鳥遊はオフェンスディフェンスともに優れた名MFだ。同年代の少年達に、そ
して今いる雷門の中盤選手に、勝れども劣る事はないだろう。
 でも。
 ただサッカーがやりたい−−それだけの動機で、同じフィールドに立たせてい
いものかどうか。
 自分達がやっているのはもはやスポーツというより、戦争なのだ。実際犠牲者
は出ている。悲劇も起きている。生半可な覚悟の者をピッチに上げるわけにはい
かない。
 
「それに簡単に、仲間を捨てられる人を、イレブンに加えるわけにはいかない
のよ」
 
 その言葉に、唇をかみしめる小鳥遊。
 キツイ物言いである事は承知している。自分はまだ彼女について深く知ってい
るわけではない。個人的には同情の余地もあるし、彼女と兄の絆を奪い去るのは
辛い。
 でも。それでも言わなければならないと感じていたから、言った。
 もうこれ以上、犠牲者を増やさない為に。
 
 
 
「貴方は貴方のサッカーの為に、貴方と同じサッカーを愛する者達の為に命を
賭ける覚悟がある?」
 
 
 
 サッカーを想い。
 仲間を愛する者でなければ。
 これから先何一つ、守れやしないから。
 
 
 
……あたしは
 
 沈黙の後。小鳥遊は口を開いた。
 
「あたしはサッカーが、好きだ。その気持ちの強さなら誰にも負けない。円堂に
だって、音無にだって」
 
 今更ながら、何故彼女が春奈に対し対抗心を燃やしていたか、分かった気がし
た。
 彼女も、重ねていたのだろう。無き意志の絆をサッカーに求めた、己と春奈を
。彼らはサッカーに同じ希望を、同じ光を見ようとしているから。
 
「そしてあたしは、あたしのサッカーを守る為なら。あたしのサッカーを守って
くれる奴らの為なら。何だってしてやる。そのつもりで、此処にいる」
 
 真っ直ぐな眼。そこにいるのは見目麗しいだけの少女ではない。戦場を力強く
舞う戦乙女だ。
 伝わるのは覚悟と決意。瞳子は眼を閉じて思案する。
 不安や疑心が無いと言えば嘘になるが。彼女は嘘をついていない。それに見合
う実力はある。それだけは、分かる。
 
私が」
 
 考えて。瞳子は結論を出した。
 
「私が認めても、円堂君が認めなければ無理よ」
 
 それが答えだった。
 イレブンを本当の意味で率いているのは自分ではない、円堂守その人だから。
 
 
 
 
 
 
 
 検査するまでも無かったが。改めて事実はハッキリした。右大腿骨がポッキリ
折れている。レントゲン写真を見て脱力した。
 分かってはいたが、やっぱりショックはショックなのである。染岡は頭を垂れ
る他ない。サッカーはできないし、入院する羽目にはなるし。
 豪炎寺が離脱した時は思いもしなかった。次が自分の番になるだなんて。
怪我人ばっかだよな、この戦いは」
「そう、らしいね」
 溜め息混じりで呟く染岡に、吹雪も暗い顔で相槌を打つ。
 らしい、というのは吹雪が初期メンバーでない故の感覚なのだろう。豪炎寺は
怪我の離脱ではなかったのだし、一番最初のジェミニストーム選な彼はいなかっ
たのだから。
 お互い、漸く実感してきたところなのだろう。
 この戦いがどれだけ危険なものであるのかを。
 
俺達、サッカーやってるだけなのによ」
 
 だけ、なんて言ったら怒られそうだとは思いつつ。今はあえてそう言いたかっ
た。
 自分達はサッカーを、スポーツをやっているだけだった筈なのに、と。
 
「なんか戦争してるみたいだ」
 
 戦う度に、勝っても負けても誰かがいなくなる。屍のように倒れていく。敵も
味方も、関係なく。
 試合の外ではあるけれど、死人も出た。否、あの怪我で佐久間と源田が助かる
保証もないのだ。もし彼らが死んでしまったら、それこそ彼らはサッカーで死ん
だようなものではないか。
 おかしいのだ、絶対に。不慮の事故でもないのに、スポーツでこんなにも犠牲
が出るだなんて。
 
「畜生っ!」
 
 悔しい。悔しくて仕方ない。こんな筈ではなかった。危険な戦いと薄々分かっ
ていたとはいえ。それでも豪炎寺の留守を守るという半ば意地だけで、ここまで
突き進んできたけれど。
 結局、ここまでだと言うのか。まだ戦いたい。サッカーがしたい。自分だって
守りたいものがあるというのに。
ごめんね。僕が不甲斐ないせいで
「何でお前が謝るんだよ?」
「だって
 吹雪は小さく体を縮こませて、膝の上で拳を握りしめている。
 
「守るって決めてたのに。もう誰も傷つけさせないって思ってたのに
 
 僕に力が無いせいで君をこんな目に、と。消え入りそうな声が、痛々しい。
 
「完璧にならなきゃいけないのに」
 
 完璧。まるで己を縛るようなその言葉に、染岡は眉を顰める。
 
「お前、何でそんなに完璧に拘るんだよ」
 
 ずっと気になっていたこと。多重人格に、振動や轟音に怯える吹雪の症状。彼
の過去に一体何があったというのか。
 
「良ければ、話してくれねぇか」
 
 怪我をした自分には、それくらいしかできないけれど。
 
 
 
 
 
NEXT
 

 

約束は、護られる。