風になろうと君は言った。
 その景色は、その頃の僕には見えなくて。
 初めてその手を掴めた時。
 やっと言えた、風になれると。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
2-4:る廻る、輪舞曲。
 
 
 
 
 
 事件のニュース。事故のニュース。世界中で起きている災害に、凶悪犯罪。
 それらは存在こそ知っていても、ずっとテレビの向こうの世界に過ぎなかった
。染岡にとって日常とはありきたりで、退屈で、時々怖くて時々楽しい−−そん
なモノであったから。
 だけど。
 ここ数日で起きた様々な出来事が、いつの間にかそんな日常を非日常へと変え
てしまった。どちらが日常でどちらが非日常なのか、もはや分からないほど色ん
な事があった。
 
−−俺にとっては非現実的な事が、吹雪にはとっくに現実だったんだ。
 
 ある日、生きてきた世界そのものをひっくり返される経験。
 愛するものを根こそぎ奪われる経験。
 そして、孤独に縛られる経験。
 自分がここ最近初めてかじった事を、吹雪はとうの昔に知っていたのだ。だか
ら不安定で、弱くて、脆くて−−でも誰よりも、強くて。
 
−−俺は何にも知らないで。知らないくせに決めつけて、こいつを軽蔑したりし
て。
 
 あの時の自分は平静で無かったし、吹雪の見える一面全てにケチをつけようと
躍起になっていた。そして吹雪の欠点らしき場所を見つけるたび安堵したのだ。
 ほらやっぱり、自分や豪炎寺の方が優れているじゃないか、と。
 最低だ。
 豪炎寺を理由にして人のあら探しをして。何も知らないくせに、傷つけるよう
な言葉もたくさん言っただろう。
 
あいつは、ふざけている訳じゃないと思う』
 
 あの雷門と白恋の試合で。人格交代した吹雪は笑った−−もっと楽しませろ、
と。染岡はその言葉に酷く腹を立てた。
 自分達はいつも真剣にサッカーに取り組んでいる。世界の命運を背負うべく覚
悟を決めている。
 それなのに−−楽しませろだなんて。ふざけているにも程がある。そんな奴を
チームに加えてたまるかと、そう思ったのだ。
 そんな染岡を静かに諫めたのが鬼道で。
 
『吹雪にとってサッカーは意識的に取り組むものですらない。あいつの存在理由
にして、存在証明だ。呼吸をするのと同じ事なんだ、きっと』
 
 その意味が、今になってやっと分かった気がする。
 
「吹雪お前は」
 
 鬼道が死んで。落ち込む自分達の背中を叩いた土門達。サッカーが、今はもう
亡き人との絆になる。彼らを生かす魔法になる。彼らはそう言って叱咤した。
 立ち上がる為に。皆を立ち上がらせる為に。
 
「お前は本当はずっと前から知ってたんだな。だからサッカーが大事で大事で
、必死で楽しもうとしてたのか」
 
 吹雪にとってサッカーは、亡き弟や両親を繋ぐたった一つのもの。生命線と言
っても過言ではない。
 失えば息ができない。心臓を動かすこともできない。それくらい大きな、大き
な存在で。
ごめん」
「何で謝るの、染岡君」
「だってよ
 本当はもっと前に謝るべきだった。吹雪がいつも真剣にサッカーに取り組んで
いると分かった時点で。彼のサッカーが本物だと理解した時点で。
 
「何も知らなかったし、キツく当たってばっかりだっただろうが」
 
 完全な八つ当たり。それが分かっていながら止められなかった。豪炎寺がいな
くなったことと吹雪は、まったく関係がないというのに。
 自分はいつもそう。もっと素直に言葉が出たなら。素直に誰かを認めたり、謝
罪や感謝を口に出来たなら。後でいつも一人後悔するのに、改善できない。
 そんな所が、嫌で嫌でたまらない。
 
「染岡君は、悪くないよ。誰が悪いわけでも、ない」
 
 吹雪は少し困ったように笑う。
「それにね、本音は少し嬉しかったんだ。君達が何も知らないことが」
「え?」
「北ヶ峰の事故は、地域じゃ有名だからみんな知ってる。そのせいか僕いつも
どっかで言われてたんだ。可哀想な子だって」
!」
 あの子は両親を亡くした。弟を亡くした。目の前でその死を見た。
 なんて可哀想。不幸な子なんだろう。
 染岡にも、分かる気がした。そんな悪意の無い同情もまた、吹雪を追い詰める
要因になっていたであろうことが。
 
「北海道のみんなのことは大好きだけど。偶にね、それが辛い時もあって。
岡君達は知らないから、遠慮しないでぶつかってきてくれたでしょ」
 
 雪崩で家族を亡くして。人格分裂−−解離性障害に加えPTSDという重い障害が
残った吹雪。そのせいでサッカーの大きな大会に出ることも出来なくて。
 周りは扱いかねた筈だ。本人達に害意はなくても、腫れ物を扱うような接し方
になってしまっていたのではないか。
 
「そして染岡君は自分から、知らないことを知ろうとしてくれた。それもやっ
ぱり嬉しい事なんだよ」
 
 吹雪はにっこり笑う。嬉しい、というのに、何処かキツそうに見えてしまうの
は、きっと。
 彼がまだ、本当の笑顔を失ったままだからなのではないだろうか。
 
俺はよ吹雪」
 
 嬉しい事。大切な事が増えていくたび。それは護りたいという願いと、
守らなければという切迫感に変わっていく。吹雪のようにたくさん大切なモノ
を失くしてきた人間なら尚更だ。
 そして最終的に思考は、完璧でないから護れないという気持ちに繋がって
しまう。誰の死も喪失も、彼のせいなどではないというのに。
 
「仲間だから。お前が何に傷ついてるのか、苦しんでんのか理解できないま
まは、嫌だったんだ」
 
 うまく言葉が出ない染岡。きっと円堂なら、もっとストレートに励ましの言葉
も出るだろうに。
 
「理解した上で、知った上で。今度は助ける方法を、考えたい」
 
 我ながら恥ずかしい台詞だが。自分なりに精一杯考えた結果だった。
「一人で完璧になろうとすんなよ。ワイバーブリザードだって二人じゃなきゃ撃
てねぇ技だろ。一緒にいられなくたって、俺達は仲間なんだ」
「染岡君
 自分はイナズマキャラバンを降りなければならないけれど。離れたって自分達
が仲間でなくなる訳じゃない。
 
「また一緒に、風になろうぜ」
 
 必ず、追いかけるから。また一緒にサッカーを、しよう。
 それが全ての絆になる。
 
「うん」
 
 吹雪がまた笑った。さっきより優しくて、明るい笑顔だった。
 
 
 
 
 
 
 
 レーゼは一人、河川敷にいた。
 考えなければならない事はたくさんある。ボールを抱きしめて一人考えこむ−
−これからの事を。
 
−−私は、本当の事を知りたい。
 
 自分はエイリア学園にいて、幾つもの破壊行為をし。しかし何一つ記憶がない
という、ある種最も無責任な状態にある。
 なのに。あの春奈という少女は自分を試合で使ってくれた。レーゼの覚悟を信
じて託してくれた。
 彼女の期待に答える事が出来たかは分からない。でもあの瞬間、自らの意志は
固まったのだ。
 彼らの役に立つ為、出来る事をしたい。恩返しをしたい。彼らと一緒にサッカ
ーをやり続けたい。
 そして。記憶を失うまでの居場所を−−大切だったであろう人達を、助けたい
。エイリア学園の彼らを救い出したい。
 
−−記憶はなくても、分かるんだ。
 
 ペンダントを握りしめる。これはきっと、大切な誰かから貰ったもの。その人
の顔も言葉も覚えていないけれど、想いだけは胸の奥に残っているのだ。
 
−−記憶を失う前の私にも、大切な人がいたんだって。
 
 記憶を取り戻したら。きっと苦しい事や悲しい事もたくさん思い出さなければ
ならない。今の自分を、保てるという保証もない。
 でも。
 記憶が無いままの自分では。かつて身につけたテニクニックの半分も発揮でき
まい。雷門イレブンの役に立つなど、夢のまた夢だ。
 
−−取り戻したい本当のを。
 
 思い出さなければならないのだ。そうでなければ自らの罪を贖う事すら叶わな
いのだから。
 
「よぉ、リューちゃん」
 
 背中から声。こんな軽い呼び方をするのは一人しかいまい。
 
「話って何だ?話って」
 
 聖也はニッと笑みを浮かべる。どこからどう見ても少年の笑みだ。本来の性別
が女性だなんて想像もつかない。
 
貴方は創造の魔女だとそう聞きました」
 
 多分彼は、自分のも見当がついた上で、そこにいるのだろう。
「ならば貴方にも、ある程度の魔法は使えるんですよね?」
「おう。一応ベテランだしな」
 聖也は頷き、真面目な顔になって言った。
 
「記憶。取り戻してぇか?」
 
 やっぱり、お見通しだったか。レーゼは無言でコクリと頷く。
「出来ない事ぁねぇ。だが前にも言ったように、俺はこの世界での能力をガチ
ガチに制限されてる。本来の力の1%を使うのが限界だ。が、制約をつける事で
、赦される能力ってのもある」
「制約?」
「そ。俺は世界の管理者にして仲介者。魔法による願いを成就させる為には、
俺は客から代わりに価値あるものを受け取らなきゃならねぇ。つまり」
 スッ、と聖也の指先が、レーゼの胸の中心に向けられる。
 
「お前の願いを叶える為には、俺はお前から対価を貰わなきゃならねぇ。それが
制約。等価交換が満たされて始めて、魔法による願いは成就されるんだ」
 
 何となくだが、理解した。まあ確かに、無償で無茶な願いを聞いて貰おうなど
とは虫が良すぎるだろう。
 それに願う相手は聖也といえど魔女。人の理を外れた存在という意味では、悪
魔とも同義だろう。
 悪魔を召喚した人間は魂を食われるという話も聞く。それよりかは多分マシだ
ろうし。
「分かりました。私に払えるもなら、お支払いします」
「ハッキリ言うがこの場合対価はかなり重いぜ」
「構いません」
 自分自身を取り戻す為ならば。そして幸せな未来を掴み取る為ならば。
 多少の痛みなど、惜しくはない。
 
……分かった」
 
 少しばかり沈黙して、聖也は口を開く。
 
「記憶に関する力は、俺自身よりもちゃんとしたエキスパートがいる。そいつの
力を借りれば、お前は全てを思い出せる筈だ」
 
 聖也はレーゼからボールを受け取ると、ポンポンとリフティングを始める。
 コントロール音痴と名高い彼ゆえ、あまり上手ではないが。ちゃんと回数は続
いているし、足以外の場所も使えている。
 ひょっとしたら彼のコントロール音痴も、魔女としての制約が原因だったりす
るのだろうか。
 
「そしてお前の対価は後払いになるわけだが……
 
 彼は少しだけ躊躇って、しかしやがて意を決したように、レーゼの耳元で囁い
た。そのあまりにも予想外でとんでもない内容に、驚きを隠しきれず固まってし
まう。
「か可能なんですかそんな
「お前だから可能なんだ。済まないが、これも必要な仕事でな。お前にしか、
出来ない事なんだ」
 どうやら嘘でも冗談でもないらしい。レーゼはあまりの事に思考が一瞬フリー
ズしかけたが−−やがては、頷いた。
 頷くしかあるまい。他に方法など無いのだから。
 
「分かりました。その対価、お支払いします。ですから私の記憶を、取り戻し
て下さい」
 
 重い対価だとしても、払う値打ちのある願いだ。
 ならば願おう。それくらいの覚悟がなければ、これから先戦っていけないのだ
から。
 
 
 
 
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抗う為の、契約を。