一度は死んだ夢でした。
 一度は殺した明日でした。
 一度は消した恋でした。
 一度は逝った希望でした。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
2-6:オ、ロマンティック。
 
 
 
 
 
「運命って、あると思うんです」
 
 不意に、道子が言い出す。彼女はいつも唐突だ。不思議ちゃんと男子から呼ば
れるだけあって、いつも電波は飛ばしているし、話に脈絡もない。
 リカからすればもはやその謎っぷりも慣れたものだが。未だに彼女の思考回路
を読み切るのは難しい。ハッキリ言って、自信がない。
 
「運命が絶対とは限らないけど。でも、どんな運命にも偶然はないんです。まぁ
、私の持論なんですけどね〜」
 
 ふうん、と一応の相槌は打つ。
 今回の場合は。まだ、彼女の不思議会話の中では、マシな部類に入るのかもし
れなかった。飛んではいるが、話がまったく繋がらないわけではない。
 彼女の手元には、最近買ったばかりの女性誌。最近はこのテのファッション誌
にも過激な要素が少なくない。大人向けページを見つけて、仲間達とキャーキャ
ー言っていたのは記憶に新しい。
 
「運命ねぇ」
 
 道子が今開いているのは、恋占いのページ。踊らされているのは百も承知だが
、女の子というヤツはこのテの占いに弱い。
 当たるわきゃない、と言いつつ見てしまうし、意識してしまう。リカ自身は結
構その典型だ。で、悪い運勢だけは都合良く見なかったフリをするのである。
 ただ意外だったのは。他メンバーと違い、道子はあまり占いに興味を持つタイ
プでは無かった筈だ。それを尋ねると、そんな事ないですよ〜と間延びした答え
が返って来る。
偽物に興味が無いだけです。どれが、とは限定しませんけど。本物
どうかは見れば分かるんです。私も魔女の端くれですしね〜」
「魔女ねぇ
 運命の次は魔女と来た。そのファンタジーな発言にいちいち突っ込むのも無駄
と知っている。魔女なんていないと思っているけど。本人が信じているなら、そ
れを否定しても仕方ない訳で。
 それに。時々、彼女は本物かもしれないと思う瞬間があるのは確かだ。自
分達の誰かが嘘をつけばすぐバレるし、彼女がさりげなく言った事が当たってい
たりする。
 不気味だ、と言う人もいるのは事実だが。少なくともCCCの仲間達に、そんな事
を言う人はいない。不思議ちゃんではあるけれど、根はしっかり者の道子はみん
なに好かれている。無論リカも例外ではない。
 
「で、話は戻るんですが。私は運命を信じてるワケなのです。良い意味でも、悪
い意味でも。でも運命は絶対じゃないから、望めば変えられるものもあるんでし
ょう」
 
 たこ焼き屋のカウンターに、二人は肘をついて座っている。他に客らしい人影
はない。奥からはリカの母が、キッチンで水仕事をする音が聞こえる。
 仲間達が待ち合わせに来るまでの、短い時間。二人だけで交わす、ありきたり
で、どこか不思議なお喋り。
 
「ホンマに運命なんてもんがあるなら」
 
 リカはカウンターに突っ伏す。ああ、嫌な事を思い出してしまった。
 
「自分で手繰り寄せる事も、できんのん?」
 
 リカって惚れっぽいよね、とよく言われる。確かにそうかもしれない。一目惚
れの数は人並み以上にあるだろう。
 好みはカッコイイ系より、見た目可愛くて中身男前、なタイプだ。ギャップ萌
えとでも言うのか。
 とりあえず可愛い系男子(が、草食系はノーサンキューだ。そこはニオイで分
かる)には飛びついてみる。自慢じゃないが付き合った彼氏の数も半端じゃない
 でも。どの男子とも、キスまで進んだ事がない。さらにはあっという間にバイ
バイになる。最長は三人前の彼で、二週間。唯一手を繋ぐまでに至った例だ。
 
『お前さ、一目惚れとか言ってたくせに、本当は俺の事全然好きじゃないだろ』
 
 先日別れた彼は十日で終わった。別れ際に見た冷たい目線が忘れられない。
 
『嘘吐きに付き合うほど、暇じゃないんだ』
 
 未練があったわけじゃない。実際、気持ちが既に離れていたのは事実。それで
も面と向かって言われるとショックなのだ−−なんせいつも、似たような言葉で
振られて来たのだから。
 好みだ、と思って逆ナンしたり告白してみるわけだが。実際付き合うと、見た
目は良くても中身が伴わない事が多い。我ながら失礼な言い種なのは承知してい
るけれど。
 非力でも構わない。喧嘩が弱くたっていいし、叶わない相手に強がって欲しい
とは思わない。見た目がなよっちいのだって全然平気だ。
 欲しいのは精神的なもの。芯の強さが無い男になど興味は無い。変な方向にプ
ライドが高くて、自分の長所を無駄にひらけかす男など論外だ。
 リカの理想が高すぎるせいなのか。選り好みしすぎてチャンスを逃しているの
か。それはよく分からないけれど。
 少なくとも、道子の言うような運命を感じた事は一度も無い。その前に恋
は終わってしまう。自分の中でも、相手の中でも同様に。
 
「都合のイイ展開、待ってるだけの女になんかなりとうないわ。嫌いやもん、守
られ系ヒロインなんて」
 
 そう感じるのは関西育ちなせいなのか、あるいは母親譲りの激しい性分ゆえか
「自分で掴み取るからこその未来やろ?運命なんてまるで誰かが書いたシナリ
オみたいなもん、好かん」
「リカらしいね〜」 
「アンタは違うんか、道子?」
「違わないですよ〜」
 相変わらずほのぼのとした口調の道子。
 
「運命っていうのは、既に決まっている事なのです。その訪れそのものを、拒む
事はできません」
 
 トン、と雑誌を立ててみせる道子。リカに向けて開かれたページには、乙女チ
ックなキャラクターが杖を持って解説している。
 道子が興味無いと言った、偽物だろう恋占い。それでもリカはチラリと自
分の星座の運勢を見てしまう。そしてすぐ後悔した。
 見なければ良かった。
 近く、運命の相手が見つかりそう−−なんて。
 
「でもね、リカ。運命っていうのは、諦めの言葉では無いのですよ」
 
 にっこりと道子は笑って言う。
 
「運命を前に抗う事、従う事はできる。リカの言う通り。運命は自然にやって来
るものだけど、未来は自分の手で掴むものなのですから」
 
 運命は諦めの言葉では、ない。
 その言葉が緩やかに脳髄に染みていく。リカは湯呑みを手にとった。緑茶の水
面には、浮かない様子の自分の顔が映っている。
 
「どっちにしろ運命自体は待つしか無いんやろ」
 
 そのまますっかり冷めたお茶を、胃に流し込む。
 
「やっぱり、好かんわ」
 
 道子は珍しく困ったような顔で、パタンと雑誌を閉じた。うまく伝わってない
かな、と言いたげな様子で。
「そうでもないですけどね。私個人の観点から言えばズバリ、神様なんかクソ
くらえーってなもんですから」
「顔に似合わず辛辣やなアンタも」
「リカには叶いませんよ〜」
 時計を見る。約束の時間までは、あと十分。そろそろ几帳面なメンバーの何人
かは来る頃だ。店の引き戸を見る。
 なんとなく。みんなにも、意見を聞いてみたくなった自分がいる。
 
 
 
 
 
 
 
 キャラバンは次の目的地に向けて、高速を走っている。円堂は肘をついて、窓
の外の平坦な景色を眺めていた。
 大阪で待っている、とデザームは言った。自分達の拠点の一つがそこにあるの
だと。だが、細かな場所までは教えて貰っていない。それ以上は自力で探せとい
う事なのか。
 その割り出しは、思ったより難しく無かったようだ。実は理事長が、既に関西
のどこかに拠点があると疑って、調査していたようなのである。
 何でも、破壊活動を行って回るジェミニストームやイプシロンの移動スピード
には、一定の法則があるようで。そこか算出すれば、ある程度の範囲まで場所を
絞る事が可能なのだという。
 
「イプシロンは時間を指定して来なかったわ。それにこれがデザームの罠である
可能性も十二分にある」
 
 出発前に瞳子はそう言った。
 
「気を引き締めて頂戴。落ち込んでる暇は無いのよ。今のうちに身体を休めて
おいて。現地に着いたらまた指示を出すわ」
 
 冷たいようだが、間違ってはいない。鬼道の死の真実。瀕死の佐久間と源田。
全ての元凶、災禍の魔女アルルネシア。そして怪我による染岡の離脱−−。
 悩む事落ち込む事は山ほどあったが、ぐだぐだと後悔を引きずっても過去は変
えられない。未来に繋げるには反省と同時に、前に歩き出さなければならないの
だ。
 悪い事ばかりでは、ない。席の反対側を見る。そこには新たに仲間に加わった
小鳥遊と、髪型を変えポニーテール姿になったレーゼがいる。
 小鳥遊は、この間まで戦っていた敵。しかも影山に従っていた人間だ。当然メ
ンバーから反発もあった。
 だが、円堂は彼女をキャラバンに迎え入れる事を決めた。サッカーがしたくて
したくてたまらない−−彼女の眼が無言で叫んでいるのが、分かったから。
 サッカーを愛する人間に、心から悪い奴なんていない。あの影山ですら、最後
は改心したのだと塔子達が語っていたのだ。
 差し伸べる手さえ惜しまなければ、友達になれない人間なんかいない。少なく
とも円堂は、そう思う。
 そしてレーゼは。記憶を取り戻す決意を固めた。髪型を変えたのは、彼なりの
ケジメらしい。全ては、雷門で共に戦う為。役に立つ為。そしてエイリアの仲間
達を救う為だという。
 
−−みんな、自分なりの方法で前に進もうとしてる。
 
 うーん、と伸びをして一息つく。
 
−−俺も、頑張らなきゃ。
 
 膝の上には紙とペンが乗っていた。雷門が今使える限りのフォーメーションと
攻撃パターンが、事細かに書かれている。走り書きにも関わらず、驚くほど綺麗
な字で。
 書いたのは円堂ではない。それらは全て、鬼道の遺品から出てきたものだった
。彼は耐えず雷門の為の作戦を練ってくれていたのだ。全ての資料が綺麗にファ
イリングされていた。
 彼がいない分は、皆でカバーするしかない。自分は作戦立案など苦手の極みだ
けど、いつまでも根性論だけを叫ぶわけにはいかないのだ。
 
−−しばらく吹雪と土門を休ませたい。出来れば一之瀬とアフロディも。この
四人抜きだったらどう戦う?
 
 攻撃力ガタ落ちは確実だ。その足りない攻撃力を補うにはどんなフォーメーシ
ョンが最適か。
 円堂が悶々と考えていると、隣からペンをかっさらっていく手があった。
 
「あ」
 
 隣の席の一之瀬だった。眠っていたと思っていたが、起きていたらしい。にっ
こりと笑って、彼は言う。
 あらゆる不安と傷を、その笑顔の下に押し隠して。
 
「手伝うよ。こーゆーのは俺の方が得意だと思うんだけどね?」
 
 一応フィールド魔術師ですから!とおどける彼に、円堂もまた笑みがこぼれる
 
「そうだな」
 
 頼りないキャプテンでごめん。
 無理させてごめん。
 でもそれよりも何より。
 
「ありがとな!」
 
 さりげなく支えてくれる手の、なんと温かいことか。円堂は小さな幸せを噛み
しめる。胸の奥に、刻みつける。全ての幸福は有限だと知ったから。
 覚えておこう。
 いつか壊れてしまう日が来るとしても。その温かさを、優しさを、けして忘れ
ることのないようにと。
 
 
 
 
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幸福、時間。