貴方の血はどんな味がするかしら?
 あたしの口の中で食まれた心臓。
 骨をしゃぶって喰らい尽くして。
 貴方の悲鳴が御馳走になる。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
2-7:淵の者、妖艶に。
 
 
 
 
 
 ダン、と大きな音とともに、まだ華奢な少年の身体が転がった。呻き、床に伏
すグランを見下ろす二ノ宮。
 
「あたし、別に怒ってるわけじゃないのよ」
 
 言ってることとやってることが違うだろ、と他の者が見れば言うだろう。つか
つかと倒れた少年に歩み寄った二ノ宮は、その手を思い切り踏みつけたのだから
 
「ただ、お仕置きしたいから、してるだけ」
 
 小さなうめき声が上がる。極力声を出すまい、屈するまいとしている声だ。ヒ
ールの足で手の甲を思い切り踏まれているのだから当然だろう。
 ぎゅっと眼を閉じて耐えるグランに、背筋がぞくぞくと沸き立つのを感じた。
それは、喜悦。純粋無垢な子供の苦しむ姿の、なんと美しく心地よいことか。気
持ち良すぎて、イッてしまいそうだ。
 実際、二ノ宮はけして怒ってなどいなかった。グランが命令違反をしたのは確
かに腹立たしい。だが、彼が雷門イレブン救出にデザームを向かわせたことで、
増えた楽しみの方が百倍大きいのだ。
 これでまだまだ雷門の子供達を貶め、辱めることもできる。お仕置きと称して
グラン達を痛めつけることもできるのだから。
 
「愉しいわ…!これからどんな絶望を魅せてあげようかしら…。足りない…まだ
まだまだまだ足りないのよ!!
 
 グランの手から足をどけ、胸を蹴りつけた。再び軽く吹っ飛ぶ少年。激しく咳
き込み、踏みつけられた手は皮膚が敗れて血が流れ出している。
「どうして…」
「んん〜?」
「どうして、そんなにも雷門を憎むのですか…どうして…」
「あら、違うわよ。誤解しないで頂戴」
 そうか。自分のこの行動は、憎しみゆえに見えるのか。なるほど、影山にしろ
吉良にしろ、根本には憎悪があって破滅に突き進もうとしている。
 同じものだと感じるのも致し方ないかもしれない。
 
「愉しいからよ。あの子達と“遊ぶ”のが」
 
 それが理由の全て。面白くないことに興味はない。全ては遊び。ただ、自分が
その遊びに手を抜かないだけ。
 
「意志の強い猛者達が苦しみ、のた打ち回るのを見るのが、最高にキモチイイの
だからよ」
 
 いわば、この世界全て。あの子供達の生と死と、血と臓物と、悲鳴と涙の全て
が。自分にはマスターベーションの道具にも等しいのだ。
 だからいつも、自分は愉しいモノだけを求める。シンプルな動機だからこそ、
自分は最強であれるのだ。なんせ縛る物が何もないのだから。
 
「そんなっ…」
 
 グランが目を見開く。理解できない、そんなの酷すぎる−−とでも言いたいの
だろう。彼はそんな子供だった。マスターランクチームのキャプテンを任せるに
はあまりに温厚すぎる。
 別に、理解など求めてはいない。どれだけ力があろうと彼らは所詮人間なのだ
。魔女の中でも高次元に位置する自分の崇高な思想など、分かれる筈もない。
 
「やめて欲しい?やめて欲しい?だったら…やめなぁい!!きゃはははははっ!!
 
 まだダメージが抜けないグランの肩を掴み、力任せに壁に押し付けた。少年は
細い身体で暴れるが、二ノ宮の手はびくともしない。
 体格でも腕力でも魔力でも圧倒的に勝る二ノ宮に、マスターランクとはいえ幼
い彼が太刀打ちできる筈はないのだ。
「悪い子には…お仕置き続行ね」
「や…やだ!やめろっ…!!
 ただでさえ顔色の良くないグランの顔が、さらに真っ白になる。単に大人に押
さえつけられて、暴行されそうになっているからだけではない。
 彼の今感じているだろう本当の恐怖。その根幹は、グラン本人すら知らない過
去とトラウマにある。−−そうなるように仕向けたのは自分なのだけど。
 
「怯えちゃって…かぁわいい♪」
 
 少年の頬をペロリと舐める。グランの顔が羞恥と嫌悪感に歪む。何度も暴れよ
うとするが結果は同じ。−−いい加減、無駄を悟ればいいのに。
「大丈夫よぉ。イタイのも、段々キモチよくなるわ」
「やっ…!」
 ビリビリッ。
 真っ赤なネイルに飾られた手が、ジェネシスウェアを破く。露わになった白い
胸元−−グランの心臓の真上あたりに、二ノ宮は顔を埋める。
 少年の身体が仰け反った。二ノ宮が歯を立てたせいだ。
 心の中で女はニヤリと嗤う。そして口の中で呟く。呪文を。
 
「サンダー」
 
 鋭い電撃が、走った。
 
「あああああっ!!
 
 絶叫。けして強い電気ではないが、魔法耐性の無い人間なら大怪我をする事が
ある。それを直接心臓に流し込まれて平気な筈がない。ましてやグランの心臓は
生まれつき欠陥品なのだ。
 激痛にのたうつ身体を、抱きしめるように押さえ込む。唇を離すと、歯を立て
た場所からは真っ赤な滴が滴っていた。その傷口に、今度は強く爪を立てる。
「ひぁぁっ」
「ああっ…いい…いいわその顔!もっと苦しみなさいっ!」
「痛っ…や…嫌ぁっ」
「痛い?痛い?ならもっと深くねじ込んであげるわっ」
「あああっ!」
 指が入るまで傷を広げ、真っ赤な肉に何度も爪を立てる。鮮血が飛び散る。悲
鳴が上がる。肉体的なものより、精神的な痛みが少年を苛んでいるのは明白だっ
た。
 泣き叫ぶその声と顔が腹の底にまで響く。気持ちいい気持ちいい。本当はこの
まま彼の胸の中に手を突っ込んで、痙攣する心臓を握り、生きたまま歯を立てて
やりたい。
 生きながら心臓を食われたら、少年はどんな顔で愉しませてくれるだろう?あ
あ、やってみたい。でもすぐに死んでしまうのが目に見えているから、つまらな
い。
 二ノ宮の手もグランの胸元も血でべったり濡れた頃、ようやく手を止めてやっ
た。ぜいぜいと喘ぐ少年の胸に、トドメと言わんばかりに手を突っ込み、再び電
流を流してやった。
 
「−−−ッ!!
 
 もう悲鳴も上がらない。乱暴に指を抜いて、その身を床に叩きつける。血まみ
れの胸を押さえ、身体を痙攣させるグラン。
 本来ならば、死んでいてもおかしくないレベル。しかし、グランの胸には二ノ
宮の魔力で動く装置を埋め込んである。そう簡単には、死なない。否、死ねない
 
「まだ死なないでね。生き返らせたら、傷が全部治っちゃってつまんないから」
 
 グランは必要な人材だが、生き返らせるのは簡単だ。でもわざと瀕死で放置す
る。その方が面白いし苦しめてやれる。
 そう、苦しめばいい。胸の傷はそう簡単に消えないだろう。それを見るたび今
日の事を思い出して怯えればいい。
 
「お前達は所詮、私の玩具でしかないのよ」
 
 グランがふらつく足で、部屋を出て行く。その背中に、二ノ宮は呟く。
 
「そうそう。デザームにも罰を受けて貰わなきゃね…。あの子はどんな辱めが似
合うかしら?」
 
 聞こえたらしい。紙のように白くなった顔でグランが振り向く。すぐまた前を
見てしまったが、一瞬とはいえ絶望に染まった瞳を見る事ができた。
 もうやめてくれ、これ以上何もしないでくれと訴える眼。一瞬だけで良かった
かもしれない。そんな眼で見られたらもっと痛めつけたくなる。装置が壊れて殺
してしまうまで。
 
「もうちょっとあたし、自制した方がいいのかしら…?やりすぎたらツマラナく
くなるもんねぇ」
 
 グランの血で真っ赤に濡れた手をペロリと舐める。それはとても甘美で、背徳
的な味がした。
 
 
 
 
 
 
 
 ウルビダは大量のファイルを抱え、不機嫌オーラを撒き散らしながら歩いてい
た。
 
−−グランの奴…また大量に書類押し付けやがって。
 
 エイリア学園は、学校より会社や国家に近いシステムである。
 練習のたびに全員分の報告書を出すのがきまり。足りない用具があった時の予
算の申請書、決算書、あとは練習場を借りるのもいちいち手続きがいる。つまり
、面倒事が多い。
 どうしてこう、チームの副官というのは苦労するのだろう。イプシロンとジェ
ミニストーム(デザーム&ゼルと、レーゼ&ディアム)は、きちんと主将と副官
で仕事を分担していた。主将が真面目なせいだ。
 が、マスターランクはといえば、みんながみんな面倒くさがり。バーンはすぐ
書類をなくすし、ガゼルの処理スピードは恐ろしく遅い。仕方ないのでネッパー
とアイキューがほぼ全て片付けているのが現状だ。
 自分達ガイアはというと。グランはやる気にさえなれば、あっという間に書類
を終わらせるだけの力量がある。それも綿密で正確に。
 が、面倒くさがりなのはあとの二人と変わらないので、気がつけば他の人間に
仕事を押し付けて逃げているのだ。先日はネロが書類の山に埋もれて泣きそうに
なっていた。
 で、最終的にはほぼウルビダがやる羽目になる。気付けばコーマが手伝ってく
れるが、彼は基本的に忙しいので(チビっこの世話や、ガイアの家事全般がいつ
の間にか彼の担当になってしまっている)あまり手をかけるのも申し訳ない。
 
−−レアンとアイス食べに行く予定だったのに…!今日という今日は何が何でも
グランを机に縛り付けてやる!
 
 腹黒い計画を立てながら、早足で歩いていく。
 その場所を通ったのは偶然だった。何故ならウルビダの部屋とは逆方向。資料
室に行く機会は、そう多くはない。たまたま今日は確認したいファイルがあった
のだ。
 
「ぐ…グラン…!?
 
 特徴的な赤い逆立った髪。見間違える筈がない。
 資料室のすぐ横。彼は通路に座り込んでいた。様子がおかしいのは遠目からに
も分かったが、近くで見てハッキリする。
 グランのウェアは、上半身がビリビリに引き裂かれていた。まるで力任せに破
ったようで、左肩と胸は露出し、白い肌を晒している。
 そしてそれ以上にとんでもないのは。彼の胸元を、真っ赤な液体が汚している
事だった。鼻につく鉄錆の匂い。ウルビダの手から書類がバサバサと落ちた。
 
「グラン!お前っ…何があったんだ!?おいっ」
 
 肩を掴んで揺する。虚ろな眼。真っ青な顔。破れた衣服に血。明らかに暴行さ
れた後だ。ウルビダは平静さを失っていた。
 
「しっかりしろ!私だ、ウルビダだ。私が分かるか!?
 
 見たところ傷は浅いようだが、箇所が箇所。しかもところどころ焼け焦げた後
のようなものがある。それにグランの体が弱い事はチームの誰もが知っているの
だ。
 根気よく名前を呼び続けると、グランはようやく、ゆるゆると顔を上げた。眼
の焦点が定まってない。
「ウル、ビダ…どうし…」
「どうだっていいだろ!それよりお前だお前!何でこんな所でくたばってるだ!?
何があった?誰にやられた!?
 ハッとする。顔を上げたグランの頬には涙の後。泣きはらしたように眼は真っ
赤だ。こんな彼は見た事がない。そもそもグランが泣くなんて想像した事も−−
「…助けなきゃ…早く、はやく…」
「え?」
 譫言のように呟くグラン。
 
「俺のせいで、デザームまで…このままじゃ、みんなまで…お願い…」
 
 透明な滴が、グランの頬を伝い落ちていく。潤んだ瞳が初めて真正面からウル
ビダを見た。
 
 
 
「助けて…」
 
 
 
 かくん、とグランの全身から力が抜けた。まずい、血を流しすぎている。
 
「貸しだぞ…」
 
 彼を背負って、医務室へ。デザームならば、何か知っているかもしれない。
 
 
 
 
NEXT
 

 

残酷無慈悲に、召し上がれ。