誰が私を裁いてくれますか。 誰が私を赦してくれますか。 誰が私を壊してくれますか。 誰が私を殺してくれますか。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 2-9:ライオン、ハート。
そのメールは一見すると、ブログのようだった。今日あった事。誰が何を言っ て何をしたか。どんな練習を、試合をしたか。 事細かに書かれた文面には、書いた人間の几帳面さが滲み出ている。これがメ ールではなく、直筆の日記なら、それはさらに際立っただろう。 時々日誌などで見る鬼道の字は、男子中学生とは思えないほど綺麗だったから 。
「……」
豪炎寺はパタン、と携帯を閉じた。海岸で見る夕焼けはあまりにも美しくて、 涙さえこぼれ落ちそうになる。 夕焼けの色は、嫌いじゃなかった。鉄塔広場で円堂や鬼道と見た夕陽は、今も 瞼の裏に焼き付いている。色褪せる事のない、幸せな記憶。もう二度と戻らない 、時間。 沖縄の夕焼けが嫌いなわけじゃない。でも今は、見たい色では無かった。胸の 奥を揺さぶられて、泣き出しそうになる。叫びだして、全てを投げ出してしまい たくなる。 自分がこの地に逃げている事は、一部の地域住民と一部の警官しか知らない。 無論雷門メンバーには何一つ告げてはいない。 にも関わらず。鬼道は自力で、豪炎寺の現在地と状況を探り出してメールして きた。今沖縄にいるんだろ、妹を拉致されて脅迫されていると聞いた、と。 それを見た時はさすがに驚いた。鬼瓦刑事は、豪炎寺の現在地までは鬼道に話 していないと言っていたのに。
−−エイリア学園に入れ、と脅されている。夕香もまだ見つかってない…。
誰かに迷惑をかける訳にはいかない。そう思って、最初は何も返信しなかった 。心の中で鬼道に謝罪しながら。 だが。彼は怒るでも返事を強要するでもなく。その日から毎日、淡々と長文メ ールを送って来るようになるのである。 それは全て、その日あった出来事を鬼道の主観で記したもの。日誌に近い内容 だった。
TO:豪炎寺修也 FROM:鬼道有人 −−−−−−−−−−−−−−−−−− 今日は主に、ずっと考えていた特訓の実践をした。 直に来るであろうイプシロンとの対決に向けて(奴らがジェミニより遙かに各 上である事は容易に想像できる)、解決すべき問題点は多い。 例えば、ザ・フェニックスを出す為には、一ノ瀬を主軸に土門と円堂が上がる 必要がある。が、この豪炎寺も気付いていただろうがこのシュートには大きな穴 がある。 一つは助走距離が長く、ボールをカットされる確率が高いこと。 もう一つはこれを打つメンバー構成。一之瀬はボランチかサイドハーフを務め る事が多く、土門はウイングバックかセンターバック率が高い。円堂は言うまで もなくGK。 この三人が同時に前線に上がると、中盤より下の守備が恐ろしく甘くなる。助 走中にボールを奪われてカウンターを受けたら防ぎきれない。 そもそもシュートを打つ人選を大きく間違えていると言えるが(一之瀬も反省 しているようだ)それを今言っても仕方ない。 フェニックスを打つ場合に限らず、本来の守備要員が大きく上がる必要が出た 場合、ツートップやトップ下が後退してフォローに入らなければならない。 だがFWをあまり下げすぎては本来の役目を果たせず、せっかく下げたツートッ プの守備がザルでは踏んだり蹴ったりだ。そこで、攻撃陣営のディフェンス力ア ップが急務となる。 また守備陣にも、オフェンスを叩き込み直す必要があるだろう。ロングシュー トが一本増えるだけで、かなり優位に立てる筈だ。 またロングシュートには、ボールを一気に敵陣深くまで切り込むのにも適して いる。個人的にはディフェンス最後の砦である塔子には是非マスターして貰いた い。 そこで今日俺達がやった練習内容は−−。
(中略)
今日の結果でハッキリした事だが。新メンバーの木暮はDFながらシュート力も あるし、コントロールも練習次第で向上できるレベルだ。彗星シュートを使わせ てみようかと思う。 また聖也のコントロール音痴ぶりは一向に上達する気配がない。あれだけのボ ディとキック力があるのにこれでは使い物にならない。いっそDFに転向させるべ きかもしれない。 皆力量は上がってきたが。現在雷門は、人数ギリギリしかメンバーがいないの が現状。できれば控えを用意できるくらい人材が欲しい。 この戦いでは何が起きるか分からない。それに作戦や相手によって、メンバー やフォーメーションを自在に変えられたら。もっとゲームメイクしやすくなる筈 だ。 今日。そういった意味では理想的な人材がチームに加わった。世宇子中のアフ ロディだ。 俺自身、奴に対して思うところがないわけじゃない。 だがアフロディもまた影山に利用された被害者にすぎない。影山のせいで世宇 子中イレブンは薬物中毒になり、メンバーの殆どが死亡するという惨事になった のだから。 あいつは戦力になる。FWとMFのどちらを任せてもいい。それに、性格的にはけ して悪い奴じゃないし芯も強い。いろいろあったが、うまくやっていけると思う 。
トラブルが無いとは言わない。お前が瞳子監督に外されてから、監督へ不信感 を抱くメンバーが多いのは確かだ。皆は事情を知らないし、俺も円堂も話す訳に はいかないからな。 あとは、終わりの見えない戦いで、皆のモチベーションを保つのは本当に難し い。特訓すれば強くなれる、と円堂はポジティブだが。他のメンバーにまでその 思考を強制するのは酷だ。 人は先の見えない未来にがむしゃらに立ち向かえるほど、強くはないのだから 。 だが悪い事ばかりでもない。円堂と豪炎寺に依存傾向だった旧雷門メンバーも 、徐々に自立し始めている。特に一之瀬だ。あいつがいれば、俺が帝国に帰った 後も雷門は安泰だろう。 お前が安心して帰って来れるチームにしたい。雷門のエースはお前だ。だがお 前がいなければ何も出来ないチームでいる事と、お前の席を用意しておく事は違 う。 最初は吹雪に辛く当たっていた染岡も、それを理解し始めている。安心して、 お前はお前のするべき事にだけ集中しろ。俺達はいつでも歓迎する。
P.S 今日の夕焼けは格別綺麗だった。寺と夕陽は風流だな。写真を添付しておく。 ちなみに画面の隅で走り回ってる影は、目金と壁山だったりする。木暮が悪戯で ドリンクの中に醤油を入れたらしい…困った話だ。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−
そのメールのおかげで、豪炎寺は雷門の日々の状況を、事細かに知る事ができ たのである。 やがて少しずつ、豪炎寺の方も返信するようになる。元々メールを打つのは得 意ではないし、こまめに携帯をチェックするタイプですらないが。 そのメールだけは、段々と楽しみになっていった。返信すると、日誌メールの ように長いものでないにせよ、きちんとメールが返ってきた。 自分がいなくても、みんな本当に頑張っている。テレビで見る以上に、リアル にそれを知る事ができる。 それは少し寂しくもあり、頼もしくもあること。実際、仲間達に寄りかかられ すぎていると感じる事は今までにもあったのだ。それがプレッシャーになってい た事は否定できない。 鬼道はきっと、ずっと前から気付いていて、しかし打開できずにいたのだろう 。言い方はよろしくないが、皆を自立させる為には良い機会だったのかもしれな い。 雷門こそ自分の居場所だ。豪炎寺は今も昔も心からそう思っている。その居場 所たる仲間達がどんどん成長していく事が、嬉しくない筈がない。
−−俺も…負けてられない。
夕香が保護されるまで、自分はキャラバンには戻れない。しかし、それでも鬼 道が言うように、出来る事はある筈だ。 それは待っていてくれた皆が恥ずかしくない、真のストライカーになっている 事。その為の努力を惜しまない事だ。 だから毎日特訓して、自分もその内容を鬼道にメールするようになった。彼の ような細かな記録など書けないが、それでも喜んで貰えたようだ。 それだけ心配されている。皆に愛されている。それは他の何物にも代え難い幸 福だ。
−−だけど。
鬼道から送られてきていた、イナズマキャラバンの日誌メールは。ある日を境 に、ぱったりと来なくなった。 ただ携帯が壊れたとか、忙しくて打つ暇がなくなったとか(あれだけ長いもの を毎日打つのは大変だった筈だ)、そんな理由も考えられたけれど。
TO:豪炎寺修也 FROM:鬼道有人 −−−−−−−−−−−−−−−−−− どうにか無事に、京都から東京に戻って来る事が出来たのでまずは報告したい 。俺の都合で、長距離を移動させる事になってしまい、皆には申し訳なく思う。
(中略)
今日、久しぶりに佐久間と源田に逢って来る。用件が用件なのであれだが、最 近は電話も出来なかったから少し楽しみだ。元気にしているといいが。 予定では明日、愛媛に向けて発つ事になる。うまく行けば明日の今頃は、真帝 国学園に殴り込んでいる頃だ。 俺がこれから前に進む為にも、奴とはここできっちり決着をつけておきたい。 世宇子は倒したしアフロディとも和解したが。帝国の仇討ちは、影山を捕まえな い限り終わりじゃない。 俺自身も。奴と真正面から向き合わなければ、陽の下を堂々と歩く事はできな い。前を向いて進めない。そう思っているから。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−
それが鬼道からの、最後のメール。
−−−−−−−−−−−−−−−−−− 俺はお前が思っている以上に、危ない場所に足を突っ込んでいる。エイリアに ついて、とんでもない事を知ってしまったかもしれない。 だがこれ以上サッカーを汚されない為には、進み続ける他ない。 必ず勝って戻る。そう簡単には死なない。死んでたまるか。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−
虫の知らせとも言うべきか。胸騒ぎが、したのだ。何かとんでもない事が彼の 身に起きたのではないかと。それは外れて欲しい予感だったが、外れそうにない 事も分かっていた。 そして。鬼道からメールが来なくなった二日後に、鬼瓦刑事から電話が来て。 豪炎寺は知る事になる。鬼道有人が、帝国学園の倉庫にて−−無惨な遺体で発 見された事を。 鬼道は手ひどく乱暴された上、殺されていた。まるで見せしめのように。
「鬼道…」
悔しいとか。悲しいとか。様々な感情は零れ落ちて、胸には空っぽな穴が空い たまま。
「俺は…どうすればいい…」
彼の死体を直接見てはいない。しかし死の状況は聞いている。血まみれだった という事も。
「夕焼けは、好きだった筈なのにな…」
それは優しい思い出の色である筈だった。断じて悲しみを誘う色では無かった 筈なのに。
「今は…血の色に見えて仕方ないんだ…」
気持ちばかりが急く。早く何かしなければと思うのに、彼らの元に戻る事すら できない自分。 そして戻っても、鬼道はもういない。もう二度と一緒にサッカーはできない。 携帯を握りしめて。夕陽の中で豪炎寺はうずくまった。 紅の景色。太陽の断末魔の中。声にもならぬ叫びは波音に消され、誰の耳に届 く事も無かった。
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誰か、私を。