積み重なるのは誰かの悲劇。 折り重なるのは誰かの屍。 どうか、終わりにして下さい。 全ての悲しい事を、悪い夢を。 この背中に、白い翼は 無いとしても。2-10:愛の、証明。 今日また、上司に嫌みを言われた。 詳しく思い出したくもないが、その内容を割愛するなら−−ろくなキャリアもない警部補風情がいい気なるな、という事らしい。 その警部様と鬼瓦は、元々折り合いが悪かったのだが。ここ最近は関係が急速に悪化している。 まあ無理もない。最近の自分は専ら、影山がらみの事件と連続中学校破壊犯−−エイリアばかりを追いかけている。他のヤマを悉く同僚や部下に任せっきりとあれば、嫌われるのも致し方ない(一応許可はとっているにせよ)。 つまり、こちらにも非はある。あるにはある。だがこの男はいちいち言う事が癪に障るのだ。「たかだか中学生のサッカーだろう。あんなガキどもに頓着して何になる?それよりもっとデカい事件は山ほどあるんだぞ」 神経質そうな三十路すぎの上司は、いかにも馬鹿にしたように鼻を鳴らした。 事件に大きいも小さいもない−−だったか。あの超有名ドラマの名台詞は知らないと見える。「そんなんだからイイ年して昇進しないし結婚もできないんじゃないのか?ええ?」 馬鹿馬鹿しい。自分はろくに現場も見ず、書類の上だけ見てのし上がったお前なんかとは違うんだ。 そもそも鬼瓦に今更昇進されても困るくせに、この若造が。 言いたい事は山ほどあったが、言っても何も解決しないと分かっている。それにこの男は気に入らない事があるとすぐギャーギャーがなりたてるのだ。これ以上の面倒はごめんだ。 今の自分にとっての最優先事項は、とにかく今の捜査を継続させて貰う事に他ならないのだから。−−たかが中学生のサッカー…ねぇ。 鬼瓦は苦々しい気持ちになる。 たかが、とは。そのサッカー少年達は、世界の為に命懸けで戦ってくれている。日本の誰もがその恩恵に与っているというのに、まだ理解していないのか。 それに。あれだけ必死で、魂をかけた彼らの試合を見て尚、何も揺さぶられない人間がいるなんて。 正直、悲しくて仕方ない。−−お前さんにゃ、一生分かんねぇだろうさ。あいつらのサッカーの凄さなんて。 陽はだいぶ傾いている。この時間に、鬼瓦は今愛媛の病院にいた。本当はもっと早くに来るつもりだったのだが、予定が押してしまったのだ。 何故愛媛なのか。簡単だ。真帝国学園で長期入院を余儀なくされた少年達が、この病院にいる為だ。 お見舞い、は建前で。出来る事なら事件の詳しい話を聞きたい。 だが、不動はショックから一時的に失語障害が出ているらしく、何かを語れる状態にない。もっと酷いのが佐久間と源田で、手術後に集中治療室から出たものの意識は戻らず、依然予断を許さない状態が続いているという。 どうにか話を聞けそうなのは染岡くらいだ。しかし彼はあくまで雷門の選手。影山についてどこまで深く知っているかは怪しいところ。−−影山…くそっ! 四十年前の、イナズマイレブンの悲劇。彼らの無念を晴らすべく、長年自分は影山を追いかけてきた。 いずれ全ての真相を暴き、その暴走を食い止める為に。 ここ数日の調べで、意外な事が分かってきた。四十年前、バスに細工したと思しき人間の指紋が、影山のものと一致しなかったのである。 また、フットボールフロンティア会場にかかってきた出場辞退の電話。相手は確かに影山零治と名乗ったが、どうやら影山とは別人らしき事が発覚。 録音されたテープを解析した。電話の相手は少年ではなく、少年のフリをしたまったく別の女性である可能性が高い、と。当時の技術では分からなかった事だ。 では四十年前の事件は一体誰が? どこからが影山の仕業だったのか? そもそも自分が追いかけるべき本当の敵は、影山であったのか? 確かめたい事はたくさんあった。それなのに。真帝国学園の潜水艦爆発事故、あるいは事件により、影山は行方不明になってしまった。 海中から、他のクルーの遺体は見つかっている。また船体の状況からして、影山の生存は絶望的だった。爆発に巻き込まれ、木っ端微塵に消し飛んでしまっていては確認しようがない。−−てめぇには…っ聞きたい事が山ほどあったってのに…! 本人は何も語らぬまま。利用した子供達や巻き添えにしたたくさんの人たちに、謝罪の言葉一つないまま、死んだ。 最悪の結末だ。悔しくて仕方ない。こんな形で決着して、一体誰が報われるというのか。雷門イレブンが助かった事だけが不幸中の幸いである。−−くそがっ…! 口の中で悪態をつく。行き場のない感情を、どこに向ければいいのかも分からない。 佐久間次郎、源田幸次郎と書かれた病室の前まで来た。そこで、自らを落ち着かせるべく一息つく。 眠ったままの相手としても。子供達に不機嫌な顔を見せるのははばかられた。彼が悪いわけではないのだから。 年甲斐もなく−−あるいは年のせいなのか。気を抜けば募りそうになるイライラを、どうにか胸の内に押し込める。 コンコン。 一応ノックはした。どうせ返事はないだろうと思っていたが、マナーは守らなくては。「はい」 だから、声が返ってきて驚いた。無論、佐久間や源田の声ではないが、かといって全く聞き覚えのない声でもない。 ドアを開けると、少年が二人、佐久間のベッドの前の椅子に座っていた。必死で記憶の糸を探る。確か名前は−−。「お話はうかがっています。鬼瓦刑事ですね?」 背の高い方が、やや渋い声で言う。そうだ、思い出した。その制服−−帝国学園の、寺門。以前最初に影山を逮捕した時、事情聴取に応じてくれた一人だ。 そしてもう一人。オールバックの少年は辺見。鬼瓦を振り向くと、無言で会釈してきた。「…俺達も、少しだけ入院してて…この間退院したので、二人を見舞いに来たん です」 そうだ。確か寺門の方は、鬼道有人の遺体の第一発見者だった筈。彼と洞面、咲山の三人は、ショックで半ば錯乱状態になり、病院に担ぎ込まれたのだ。 当然と言えば当然だろう。彼らにとって鬼道有人という人間がどれだけ重い存在だったかを考えれば。加えてあんな無惨な死に方。赤の他人だろうと衝撃を受けた筈。「…すまなかった」 気がつくと鬼瓦の口から出たのは、謝罪の言葉だった。「すまなかった。我々が…警察がもっと早く手を打っていれば…こんな事には… !」 ずっと胸を苛み続けていた感情の正体。それは真実を明らかに出来なかった苛立ちより、さらに大きなもの。 負い目と、罪悪感。 警察がもっと早く、エイリアと影山を捕まえていたなら。 いやそれ以前に。大人が子供達の戦力に頼りきっている時点で、恥ずべき事だというのに。 自分達さえしっかりしていたら、鬼道は死なずに済んだのではないか。佐久間と源田をこんな目に遭わさずに済んだのではないか。 そして彼らを囲むたくさんの子供達に、こんな辛い想いをさせる事は無かったのではないか。「謝らないで、下さい」 寺門はつい、と前を向いた。昏々と眠り続けている佐久間と源田の方を。「俺達は、鬼道さんを殺した奴らも…佐久間達をこんな目に遭わせた影山も絶対 赦さない。でも……それはあんたじゃない。俺達はそれ以外を、憎んじゃいけな い。だってそれじゃ、ただの八つ当たりだ」 それに、と彼は続ける。「そんな風に謝られたら……佐久間達は、もう、死んじまったみたいじゃないか …」 寺門の声は、震えていた。鬼瓦は何も言えなくなる。 犯人達以外を憎まない、と。そう結論し、決意するまで、一体どれだけの葛藤があったのか。それは本人にしか分からない事だ。 佐久間と源田の状態は詳しく聞いている。 現在は自力で呼吸するのも難しい状態。全身の筋肉が断裂しているのだから当然だ。骨や内蔵もあちこちボロボロで、肺にまでダメージが及んでいるという。 いつ容態が悪化して死に至ってもおかしくない。目覚める見込みはなく、このまま延々と眠り続ける可能性もあるという。「こいつらは、馬鹿だ」 ずっと黙っていた辺見が、吐き捨てるように言った。「鬼道の見ていた世界は…俺達の目の前にあったのに。こんな馬鹿な真似しなく たって…。こんな事したって鬼道が喜ぶわけないのに…!」 鬼道が、泣いてる。泣かせてしまった。 病院に搬送される前。佐久間はそう言って泣き崩れたという。彼は自らの過ちに気付いていた。本当はきっと、最初から。 でも。それでも貫くしか無かった気持ち。憎まずにはいられず、力を求めずにはおれなかった気持ち。鬼瓦には少しだけ、分かる気もするのだ。 自分は刑事だから。たくさん、悲しい人たちを見てきたから。 怨恨で人を殺した犯罪者の多くは、理解していた。復讐では誰も幸せになれない。それでは解決しない。自らすら救えない、と。 でもそんな言葉は奇麗事。どうしようもなくて、罪に走らずにはいられなくて。後悔するのが分かっていながらもぶつけて壊して、本当は誰かに痛みを受け止めて欲しくて。 もう少し。もう少しだけ早く、彼らを抱き止めてやれる腕があったなら。引っ張り上げる手があったなら。 何かは、変えられたのだろうか。「…馬鹿だと思うなら、言ってやれよ」 自分は、無力だ。後悔するばかりの大馬鹿者だ。 だけど、立ち止まってばかりいられない事は分かっているから。「教えてやれ。叱ってやれ。お前らを待っている奴が此処にいて、どんだけ迷惑と心配させられたか説教してやれ」 二人が鬼瓦を振り向く。目が赤い。泣くのをこらえている、子供の顔だった。「そいつらが、目覚めたら」 だから、微笑んでみせた。 大丈夫。頑張りすぎなくてもいい。無理ばかりしなくていい。 大人にだって、君達の味方はいる。 そんな意味を、こめて。「そう、言って。一発ブン殴ってやりな。それがお前らの役目だ」 たくさんたくさん、悲しい出来事があった。何を亡くしたか、何を奪われたか奪ったかも分からなくなるくらいに。 これからも、悲劇は繰り返されるかもしれない。人が人である限り、逃れようのない運命は確かにある。 それでも。一つ、確かなこと。 愛する気持ち一つで、世界はいくらでも色を変える。彼らが望む限り、彼らのサッカーが彼らのものであるように。 彼らが願うなら、いくらでも幸せの魔法にかけられる。どんな可能性も、ゼロにはならない。「…はい」 二人が初めて笑った。辺見が、点滴だらけの佐久間の手を、寺門が源田の手を握りしめる。 強く強く、離さないように。「この馬鹿佐久間」「この馬鹿源田」 想いよ、届け。「お前らこのまま、謝りもしねぇで退場なんて赦さないからな」 願いよ、響け。「土下座させてやるから、必ず帰って来い。俺達の帝国に」 聞こえていますか。 見えていますか。 貴方達の待ち人は、此処にいます。NEXT |
やりなおせる、もういっかい。