思想は理想。 倫理は道理。 嫌悪は憎悪。 愛情は欲情。 この背中に、白い翼は 無いとしても。2-11:闇の剣、千の鍵。 良い事と、悪い事がある。 二ノ宮は資料を確認しながら、頭の中で計画を確認していた。 今のところ、予定外の事は何も起きていない。ジェミニストームや真帝国学園が倒される事は想定内だったし、エイリア学園内に反乱分子が出る事も、自分を追って異世界の魔女が追ってくるのも予想の範疇だ。 ただ。一つだけ腹立たしい事がある。−−あの忌々しい創造の魔女め…!よりによってあの技を…あたしへの当てつけ のつもり!? アポカリプス。 聖也が使ったあのディフェンス技は、魔女が使う魔法が原型だ。特に、二ノ宮がかつて誰より尊敬していた人が好んで使っていたもの。 時間の魔女、アルティミシア。二ノ宮の魔女としての名−−“アルルネシア”は、彼女の名前をもじってつけ たもの。つまり、本名ではない。魔女という存在が、真の名を名乗るのは自殺行為に等しいからだ。 名前を知られる事は、魂の端を握られるのも同じ。 生年月日を知られる事は、生きてきた道筋を知られるも同じ。 例えばある世界では。人物の名と顔を知り記すだけで、人を殺したり操る事のできるノートが存在するという。 極端な例だが実に具体的で分かりやすい。名前には、呪術や魔術においてそれだけ重大な意味があるのだ。だから魔女という存在は誰もが別の名を“作り”、生まれた日を“偽る”。あ の桜美聖也=キーシクスの名が、どちらも真実でないように。 それでも。たとえ真の名でないとしても、魔女が名乗る名には大きな意味があるのだ。二ノ宮にとってアルティミシアとは、それほど偉大で、尊敬すべき魔女だった。−−あの方はあたしが長い人生で唯一、崇拝できた人だった。 アルティミシアは、闇の力を操り過去へ未来へと渡り歩く、千年を生きた黒き大魔女だ。銀髪の長い髪に、赤いドレス。黒き烏の羽根。力もさる事ながら、その美しさは、まるで悪魔のごとし。 ある世界の、遥かな未来を統治した彼女はそれに止まらず、過去へをも支配の手を伸ばそうとしていた。 それは自らの生きた世界に限定しての事だった為、異世界への干渉値には触れないけれど。その暴虐とも呼べる行為は、時間を自在に操る彼女にしかなし得ない事であった。 初めて会った時。二ノ宮=アルルネシアはまだ少女で。その圧倒的な力と思想に魅せられ、弟子入りを志願したのだ。 あらゆる時間を圧縮し、自分だけの世界を作り上げようという高慢にして実に自分本意な発想。それは、人間というクズどもを駆逐して、魔女だけの世界を切望していた二ノ宮が、ずっと求めていた考えであった。 アルティミシアならば、やってくれるかもしれない。 蛆虫のように薄汚く、無能で矮小な人間を踏み潰し、嘲笑い。自分やアルティミシアのような崇高な魔女だけが幸福を独り占めする、素晴らしい世界の実現を。−−とてもとても、夢のような時間だったわ。…でも。 アルティミシアは、二ノ宮を裏切った。 本人は裏切ったつもりなど無いというかもしれないが。自分にとっては最低にして最悪で、明白な裏切りに他ならない。 自分はずっと、アルティミシアは人間達を踏みにじる為に支配を望んだ魔女だと信じていた。自分のように、他者の破壊と陵辱に最大の喜悦を覚えていると。 だが、実際は違っていたのだ。 アルティミシアが時間圧縮を図ろうとしていたのは、人間達を蔑んだゆえではない。人間を−−たった一人の青年を愛したがゆえの事だった。 彼女がまだ人間であった頃の恋人、スコール。彼は魔女狩りの使途達の手で、殺されたらしい。アルティミシアを庇って。 時間を圧縮する事は、目的ではなく手段。本当の狙いは、時間を巻き戻す事。アルティミシアは、スコールの死という運命を変えたくて、黒き魔女になる道を選んだのである。−−あの方が…偉大な時間の魔女ともあろう方が!たかが人間ごときの為に…!! 二ノ宮は、アルティミシアと訣別し、決意する。人任せではいけない。自分の理想とする世界は、自分だけの手で築かなくてはならないのだ。 それでも。アルティミシアの存在は自分にとって、特別なものである事に変わりはない。一度は神のごとき崇拝と信仰を捧げた。それは紛れもない事実なのだ。 赦せない。アルティミシアの魔法を使う事が赦されるのは、アルティミシアと自分だけだ。あの、綺麗事とエゴの塊のような醜い魔女なんかに、聖也なんかに使われるのは我慢ならない。 数ある魔女の中でも、聖也の事が二ノ宮は大嫌いだった。まるで人間のように考え、人間のように振る舞い。その中身はドロドロのエゴと狂気で濁っているくせに、お綺麗な顔ばかり取り繕う。 何より。力だけならば魔女の中でも頂点に立とうともあろう女が。世界の干渉値なんぞを律儀に守って、人間に合わせて能力を制限して生活している。 その全てが、腹立たしくて仕方ない。−−最初は殺してやるつもりだったわ。でも…それは簡単じゃないこと。 能力を制限されて尚、聖也の魔力は高い。また聖也は、たくさん優秀な家具や従者を取り揃えている。さらに最も厄介なのは聖也の、“創造の魔女”としての力だ。それは“どんな ルールも必ず一つ覆す事ができる”というもの。 “一人を無限に殺す事ができる”という二ノ宮の能力は、使い方次第で最強と なる。その点聖也の能力は諸刃の剣だが、状況を一気にひっくり返す危険性も秘めている。 そもそも、魔女の中でも聖也の再生能力はピカイチだ。以前ナノレベルまで身体を分解してやったが殺せなかった。化け物とはまさにあのような存在を言うのだろう。−−それに。…気付いたのよ。聖也は自分の生死には無頓着だって。 死なない魔女ゆえに、生死の概念が薄い者は多い。聖也もその一人。つまり、いくら死を体感させてやっても、奴を苦しめる事にはならないのだ。 それでは退屈すぎる。 自分は聖也が大嫌いだが、奴の怒り狂った顔や泣きはらした顔は結構好きなのだ。そうやって苦しめて苦しめて地獄を見せなければ殺しても意味がない。−−ならもっと簡単な方法がある。奴の大好きな子達を、あたしが目の前で辱めてあげればいいんだわ。 奴本人には手を出してやらない。自分が尊敬するアルティミシアの技を模倣した罪は、聖也の愛する者達に償わせてやる。 つまり、雷門イレブンに。「その為の…貴方なのよ。分かってるわね、グレイシア?」 部屋の入り口に立つ人物に、声をかける。 そこには、黒いフードを被った子供が立っていた。彼が戻ってきた気配には気付いていた。気付かない筈がない。グレイシアと名付けた“彼”は、二ノ宮の誇 る最高の家具にして玩具なのだから。 エイリアの人間には誰も、その存在と正体を明かしていない。「破滅の魔女、グレイシア。ここに」 グレイシアはうやうやしく跪く。その手には、鍵の形をした剣。おそらく、最近施設の周りに沸くようになった面倒なモノを片付けてきたのだろう。 フードの奥にある、その顔は見えない。「いつもの、実験と改造の時間ね。時間を律儀に守ってくれる貴方が好きよ」 先ほどまでの不機嫌は吹き飛んでいた。まだまだ時間はある。グレイシアの身体はまだ兵器としては未完成。これからじっくり改造していけばいい。 そしてそれが、二ノ宮にとってささやかな楽しみでもある。「顔を上げなさい」 二ノ宮は、肉厚の短剣を手にとった。魔女の魔術武器である、アセイミを。これは科学的施術であると同時に、魔術的儀式でもある。普通のメスでは意味がない。 自分より遥かに小柄な子供の前に立ち。二ノ宮は命じた。「脱ぎなさい」 少年でありながら魔女である彼は。その細い指を、胸元のボタンにかけた。そして黒いローブを脱ぎ、白い肌を晒していく。 やがて一糸纏わぬ姿になった子供を前に、二ノ宮は喜悦の笑みを浮かべた。 破滅の魔女グレイシア。この正体を知った時聖也は、そして雷門イレブンはどんな顔を見せてくれるだろうか? 誰もがきょとん顔で、そこに佇んでいた。円堂も例外では、ない。 自分達は大阪に、エイリアのアジトを探し出してイプシロンと再戦する為にやって来た筈である。ああ、そこまではいい。 なのにどうして。よりによって遊園地の前で、雁首揃えているのだろうか。「あのー瞳子監督?」 秋が代表して、口を開く。「私達…エイリア学園の施設を探しに来た筈…ですよね?」 「そうよ」「なら、何でまた遊園地…」 瞳子は呆れた目をした。みなまで言わなきゃ分からないのか、と言いたげに。「この遊園地の敷地内に、アジトがある可能性が高いからよ」「「「はいっ!?」」」 遊園地の中にアジト!?んなバカな。 円堂は、“夢の国・ナニワランド”と書かれた看板を見上げる。誰がどう見た って普通の遊園地。宇宙人の前線基地があるようには、とても見えない。「まぁ…絶対になさそうな場所に置くからこそ、隠れたアジトになるのかもしれ ないけど…」 一応、フォローのつもりなのか土門がそう口にする。そう言ってはみたものの、にわかには信じがたいというのが本音なのだろう。「今日は一日、アジト探しとエイリアの目撃情報集めに専念して貰うわ。この広場の噴水前が、万が一の時の集合場所よ。あとは十二時には一回集まって状況報告して貰うから」 戸惑うイレブンを放置して、瞳子はどんどん話を進めていく。選択の余地は無いと言わんばかり。どうやら言うとおりにするしかないらしい。 まあ、瞳子が無意味な事をさせる筈ないだろうし、こんな訳の分からない嘘をつく理由もあるまい。やってみるしかないだろう。「わぁいっ!遊園地遊園地♪」 「聖也!お前は単独行動厳禁!!迷子のお呼びだしはゴメンだぞっ!!」 「吹雪、聖也と一年生の保護者よろしく」「え〜?」「それと壁山、おやつは五百円までだから」「そ、そんなぁ!?アイス二個も食べられないじゃないっすかぁ!!」 「お前はいい加減ダイエット考えろよ!!甘いもん食い過ぎ!!」 ぎゃいぎゃいと騒ぐメンバー。確かに、壁山はもう少し甘いものを控えるべきだろう。その年で糖尿病になったら全く笑えない。 聖也はいざとなったら捨てて放置すればいいと思う。何回注意しても迷子になる方が悪いのだ。吹雪をだっこしようとする聖也を蹴り飛ばす塔子を見ながら、円堂は心の中で呟く。 ってゆーか、いちいち吹雪にひっつくのはやめろって。吹雪がかなり迷惑そうな顔してるぞ。「分かってるでしょうけど」 そんな中。瞳子の非常〜に冷たい声と絶対零度のまなざしが。「遊びに来たわけじゃ、ないのよ?」 コチーン、と。 あっちこっちで氷になる音が、聞こえたような。「「「は…はい…」」」 なんか、見てはならないものを見たような。 いい子にしよう、自分。少なくとも監督の前では!誰もがその瞬間、誓ったに違いなかった。NEXT |
表裏、ラヴァーズ。