君の瞳に映る私は何色ですか。 優しい色を纏っていますか。 そうであるなら、望んでくれるなら。 幾らでも貴方の、糧になるのに。 この背中に、白い翼は 無いとしても。2-13:木苺の、遊園地。 風丸が、キレて不良をぶっ飛ばした頃。彼らとは逆に、わざと容姿を生かした情報収集を目論む強者が約一名。 照美である。−−昔はコンプレックスだったんだけどね…。 女に間違えられるのは癪だが。何回否定しようが何しようが、間違えられ続けて早十四年。最近はもう、半ば諦めの境地と言っても過言では無かった。 そして利用できるものは利用しなければまったくの無意味。世宇子中キャプテンとしてサッカー部を率いていた時も、女の子のフリして偵察に伺う事がザラだった。 といっても、別にこれといって特別な事をするわけではない。 ただ私服で、普通に学校に入って普通に生徒と話してくる。それだけだ。 あえて言うならこの私服がやや勘違いされやすいだけ。例えば今日の服装。ワンピースっぽい茶色い上に、スパッツにブーツ。時々ふわふわの白い帽子。 どちらかというと女物に見える服をわざと着る。というか、私服がみんな中性的な感じだ。以前かっこつけてワイルド系な男物を着たら、悲しいほど似合わなかったのが原因である。 普通にしててどーせ誤解されるならば、その誤解を徹底的に利用してやろうではないか。開き直ってからというもの、照美の行動力は無敵と化した。人間、逆ギレスイッチを押すと怖いものなど何もない。 今日もそんなわけで、わざとジャージから私服に着替えて、小さなバックだけ持ってキャラバンを降りた。話を聞くにしても、女の子の方が警戒されにくいものである。−−いざとなったら、ヘブンズタイムでぶっ飛ばすだけだし。 やや物騒な事を考えた矢先。「ねぇ!そこの綺麗なおねーさん!」 肩を叩かれた。本日で既に五人目である。呆れを押し隠し、照美は振り向く。 わざとキョトンとした顔を作って。「えっと…私、ですか?」 外見だけじゃなくて、声まで中性的だったのは、喜ぶべきか泣くべきか。「すっげ…マジで美人だし!!」 「君、年いくつ?高校生?」 高校生らしき二人組。メガネの青年とスポーツマンっぽい短髪の青年。二人とも、どこかの学校の制服を着ている。部活の帰りか、あるいはサボりか。「美人だなんて、お世辞が上手ですね」 年いくつ?の問いはわざとはぐらかした。私服で出歩くと、照美は大抵女子高生と間違えられる。今回の二人もその様子だ。 だったらわざわざ否定する事はない。同年代だと思われていた方が向こうも話してくれやすい。「一人?暇ならちょっと付き合わない?ランチくらいでいいからさ〜」 軽そうだが、質の悪い連中ではないようだ、と判断。可愛い女の子がいたらお近づきになりたいな〜くらいなレベルか。 こうやって誘われた場合の対処法は、既に頭の中でマニュアルを作ってある。「ランチはちょっと…。家族と食べる約束してて。…それまでの時間だけしか無 理ですけど…軽くお茶するくらいなら…喜んで。でも私なんかでいいんですか? 」「可愛いから声かけてるんだってば!…いいよ、それでも。あっちのカフェでい い?」「はい!」 カフェに入って、適当に話を聞く。新聞部で、ナニワランドにまつわる怪談を調べてるんです、とでも言えばいい。 そう、怪談。エイリアの出現や消失の仕方は、まるで幽霊じみている。彼らをその類と勘違いする人がいてもおかしくはない。 無論まるで関係のない話もわんさか出て来るだろうが、火のない所に煙は立たないわけで。−−真夜中に光観覧車、開かずのビックリハウス、木立の火の玉、駐車場の悲鳴、消えるジェットコースター…。 既に収集したいくつもの話を、頭の中で回想する。ダイレクトに“エイリア学園のアジトを探してるんですけど”なんて聞いたっ て無意味だし馬鹿だ。しかし隠れた施設があるのなら、何かしらの怪異として地域住民の記憶に残っている可能性はある。−−なんとしてでも、見つけ出さなきゃ。 アルルネシアを倒す為に。エイリア学園を止め、世界を救う為に。自分達は立ち止まってなどいられない。−−私は…必ず貴方の心に報いてみせます…総帥。 生きろ、と言ってくれた。影山の最期の言葉を思い出す。 負けられない。 犠牲になった、たくさんの人達の為にも。「塔子さんて、一之瀬先輩と同じようなタイプですよね」「ん〜?」 春奈が声をかけるとくぐもった返事が。それもその筈、塔子は今、口いっぱいにストロベリーアイスを詰め込んでいる。さっきそこの出店で買ったものだ。 彼女いわく、アイス食べながらでも調査は可能だし、むしろカムフラージュになるし、だそうで。まあそれも一理ある。 それにアイスなら春奈も握っているので、人の事をどうこう言えない。ちなみに自分はバニラ。バニラこそアイスの王道だろう!は兄と自分に共通する絶対理念の一つであった。「一之瀬先輩って、空気読めないフリしてる、気遣いさんでしょ。塔子さんとおんなじです」アメリカ仕込みのKYだ、と一之瀬の事をのたまったのは土門だったか風丸だっ たか。基本ポジティブ思考な彼は、シリアスな空気もキラッ☆と笑ってブチ壊し てしまう。 この間のように、彼から暗い話をするのは非常に希な事なのだ。 だがそれは、空気が読めないのではなく、あえて読んでいないのである。雷門の中には真面目に悩みすぎてドツボに嵌る人間が少なくない。そんな時彼のクラッシャーぶりに救われる事も多々あるのだ。 まるで違うように見えて、塔子も同じタイプだと春奈は推察していた。こちとら元新聞部、情報と観察ならスペシャリストなのだ。ナメて貰っちゃ困る。「さっき、キャプテンと夏未さんと秋さん、三人だけにしてあげたじゃないですか。先輩達がキャプテンの事好きなの、気付いてたからでしょう?」 すると塔子は弾けたように笑った。女の子というより、少年じみた笑い方で。「あの二人はねぇ…分かり易すぎるんだよなぁ」 確かに。夏未と秋が円堂に対しどんな目を向けているかなど、少し観察すれば分かる事だ。夏未達自身もお互いの事を理解しているし、おそらくメンバーの大半も知っている。 気付いてないのは、円堂だけ。 サッカーバカの代名詞たる彼の脳みそには、本当にサッカーボールが詰まっているのかもしれない。自分に向けられる好意の類、特に恋愛絡みに恐ろしく鈍いのだ。 秋はともかく、夏未の円堂へのツンデレデレっぷりはいっそ微笑ましいレベルである。あそこまで熱い視線を向けられて気付かないとなればもはや神クラスだ。「円堂はサッカーの事で頭いっぱいだからなー。自分から気付くのはまず無理だし」「ですよねぇ」「でもって、夏未も秋も積極的に攻めるタイプじゃないだろ。ある程度お膳立てしてやんないと、進展しそうにないからさ」 春奈は内心驚いていた。自分が予想していた以上に、塔子は鋭く周りを見ている。まだキャラバンに参加して、日は浅いというのに大したものだ。「で…最終的に塔子さんはどっちとくっついて欲しいんです?」 それは一種の下世話な興味というか、下心というか。恋愛でやんややんやと騒ぐタイプに見えない塔子の、仲間への意外なサポート。 どんな展開を期待しているか、気になるのも自然ではあるまいか。「…あたしはね、春奈」 しかし。返って来たのは春奈が期待したような、浮ついた考えではなかった。「どっちでもいいんだ。…というか別に、どっちとくっつかなくたっていいよ」 「え?」 塔子は。さっきまでの明るさがなりを潜め、どこか影のある笑みを浮かべた。「円堂は結局サッカーしか見ないかもしれないし。二人のどっちも、そういう意味では好きにならないかもしれない。…それでも、最終的にそうなったなら…全 然構わないと思うよ」 ただね、と彼女は続ける。「後悔、して欲しくないんだ。当たり前の事なんて何一つ無いんだから」 はっとする春奈。 塔子が何を言いたいか、分かったから。「今日気持ちを伝えられなかったら、明日伝えればいい、なんて。そんなんじゃ、駄目だよ。その明日が当たり前のように来るなんて保証、何処にもない。明日…」 アイスを握る塔子の手が震えている。やりきれない感情と、込み上げて来る後悔の狭間で。「明日も…その大事な人が側にいてくれるだなんて保証は、神様だってしてくれ ない」 彼女は、鬼道の事を思い出しているのだ。 鬼道が死ぬ前。最期に彼とサッカーをした、あの晩。塔子は鬼道に、想いを伝えて、二人は両想いになった。その瞬間を、春奈もまた見ていた。 彼女は確かに想いを伝えられたし、たった一度とはいえキスも出来た。でも。 次の晩にはもう、兄はこの世界からいなくなっていて。もし塔子があの時、明日があるからと想いを閉じ込めてしまっていたなら。言葉は永遠に届く事なく、終わっていただろう。 伝えられたのに、悲しい気持ちは際限なく溢れて止まらない。届いたのに、悲劇を防ぐ手だては無かったのかと、後悔したくなる事がたくさんあるに違いない。 もしそれさえ出来てなかったら。彼女は今あらゆる激情に、押しつぶされてしまっていたかもしれなかった。「後悔する前に、気付いて欲しいんだ。幸せは有限で、当たり前の事なんか何一つ無いんだって」 そんな想いを、友達にさせたくない。 塔子の気遣いの奥底にある本音を知り、春奈は自分が恥ずかしくなった。聞かなければ良かったとは思わないが。聞こうとした動機があまりにも失礼すぎる。−−気付いて欲しい…か。 春奈は夏未達が消えた、東側へと視線を投げる。−−それは夏未さんと秋さんだけじゃなくて…キャプテンへの気持ちでもあるん だろうな。 円堂は、かつで鬼道がしたのと同じ過ちを、現在進行形で犯し続けている。 それは、己がどれだけ皆に愛され、必要とされているかを理解していないという事。 春奈には分かっていた。真帝国学園の悲劇。何故佐久間と源田は、エイリア石の見せる負の感情に捕らわれてしまったのか。 それは。鬼道が自らに向けられる愛の大きさと、自身の魅力を自覚していなかったことが全ての契機と言える。そうでなくば、彼らが鬼道の裏切りを誤解する展開にはならなかった筈なのだ。 それは誰が悪いわけでなくとも。原因の一つになってしまった事は否定しようがなく。「夏未さんと、秋さんが…キャプテンに気持ちを伝えたら」 それは、願い。「キャプテンもきっと気付きますよね。自分が本気でみんなに愛されてるってこと」「…そうだと、いいね」 塔子の顔が、少しだけ泣き出しそうに見えた。けれどその涙を拭える人は、もういない。それは春奈にとっても同じ。 だから失う前に、気付いて欲しいのだ。自分達の愛する人達には、せめて。「今日って時間は…今にしかないんだから」 当たり前な事なんてない。 愛は貴く、されど目に見えないものなのだという事を。NEXT |
取り返しのつかなくなる、前に。