好きになるのに理由が要るの? 愛を語るに資格が要るの? 外野は勝手に騒げばいいわ。 誰にも私は止められない。 この背中に、白い翼は 無いとしても。2-15:運命の、交響曲。 練習時間まで、あと少し。浦辺リカは、自宅までの道を歩いていた。耳にはイヤホン。最近買ったばかりのウォークマンには、お気に入りの曲をギッシリ詰め込んである。 鼻歌を歌いながら自宅前まで来た時、中から複数の人間の声がする事に気付いた。 時間はまだ昼時には早い。しかも平日。普段なら常連客も来ない時間帯だというのに。 声の片方は自分の母だが、もう一人には聞き覚えがない。少年−−しかも関西訛りのない、標準語。観光客だろうか、と思いつつ引き戸を開ける。「話ついででええやんか!お好み焼き焼いたるさかい、食ってけって。なぁ?」「いや…でも俺、みんなに此処に来る事言ってないし…」 「細かい事気にすんなって、男やろ!…ん?あ、リカ。帰って来たんか」 マシンガンのごとく喋り続けてた母が、ようやくリカに気付く。その様子に気付いてか、カウンターに座っていた少年もまたこちらを見た。 年は、リカと同じかちょっと年下か。焦げ茶の髪に大きな黒い眼が印象的な男の子だった。一般的なイケメンという奴ではない。しかし、まるで女の子のように可愛い少年だった。−−こ…これは…! 多分、何か別の用があって此処に来て、そのまま母の強引さから逃げられなくなっているのだろう。その母の気性が鬱陶しい事もしばしばあったが、今はそれに心から感謝したい。 少年を見た瞬間、ビビビッと背中に電気が走った。−−うちの!めっちゃ好みストライクやぁぁッ!! 凄い。理想が服着て歩いている! そのちょっと丸っこくて幼い顔、可愛い大きな眼、全部が全部直球ド真ん中でリカの中を貫通していった。 今朝までの鬱々とした気分など、綺麗サッパリ吹っ飛ぶ勢いである。−−何処の誰だか知らんけど、このチャンスを逃したら一生後悔する気がするわ…! そう感じた、リカの行動は早かった。「ねっ!君、名前なんて言うん!?めっちゃ可愛ええなぁ!!」 「へっ!?」 疾風ダッシュばりのスピードで、少年の隣にすっとんでいく。彼はきょとん、とした顔で、大きな眼をパチクリさせた。 ヤバい、悩殺されそう。萌える。「い…一之瀬一哉…」 「うち、浦辺リカ!このお好み焼き屋の二代目やねん!!」 「だーれが二代目だ。まだ半人前にもなれないウデのくせに」「お母ちゃんは黙っといて!!」 ぎゅっと一之瀬の手を握る。ちょっといきなり大胆すぎただろうか。一之瀬が身を強ばらせる気配。あまり女の子に積極的に攻められるのに慣れていないのかもしれない。「あんた、東京モンか?喋り方つまらんもんな。何しに来たん?」 そういえば、東京の人間は何に関しても消極的で引っ込み思案だと聞いた事がある。思った事をハッキリ言えない、恥ずかしがり屋だとも。 そんなの、退屈すぎるではないか。伝えたい事があるなら真正面から向かっていった方が百倍いい。それが自分の為にも相手の為にもなる筈だ。 そう思うのはリカが育った環境のせいなのだろうか。それともリカの本質的な性格のせいなのか。「えっと…イナズマキャラバンって知らないかな…。俺、雷門中サッカー部のMF なんだけど。最近結構テレビで取り上げられてるんだけど」「サッカー?」 首を捻る。 自分は確かにサッカーをやっているが、テレビでサッカーを見ることは少ない。見るのは野球ばっかり。応援はトラ一筋。 親子揃って阪神タイガースの熱烈ファンなのである。他のスポーツ観戦にかまけている余裕は、ナイ。「ああ、例の中学校連続破壊事件の。アレやろ、宇宙人とかなんとか名乗ってる奴らと戦ってるサッカーチーム。仲間集めしながら、日本中回ってるとか聞いたけど」 が。意外な事に、母の方は知っていたようだ。雑誌でも読んだのだろうか。 自分もよくよく思い出してみれば、ニュースでちらっとなら聞いた気はする。「うちもようけ知らんのやけどな。確かにこのコ、見覚えある気がするわ。なんや、次は大阪のガッコが狙われとん?」「いえ。ただ…この付近で奴らが不審な行動をとってるらしくて…。情報を集め に来たんです」 あ。今、嘘ついた。 それはリカの、第六感にも近い直感だったが、ピンと来た。一之瀬が微妙に真意を隠したのを。 何で本当の事言わんの?と。いつものように言いかけて−−一之瀬の大きな瞳と真正面から目があった。「君…何か知らないかな。直接的な情報じゃなくてもいいんだ。最近この近辺で 起きたおかしな事とか、奇妙な話とか怪談とかでも。…何か関係あるかもしれな いし」 嘘には。指摘すべき嘘と、指摘すべきでない嘘があるのだ。今回の一之瀬のそれは、後者である気がする。 それに。宇宙人を倒したい、勝ちたいという根本的な気持ちに揺らぎはないと、その眼が言っている。だったら、小さな事で揚げ足を取るのは野暮ではないか。−−うち、おかしいんかな。 さっきから。自分でもどうしようもないくらい、心臓が高鳴って困る。 惚れっぽい自らの性分は自覚しているつもりだ。その度にこの恋を最後にしようと誓って、しかし自爆してきた。結局最後にはならなくて、またケロッと忘れては新しい恋に夢中になった。 だけど。今回は、最初から何かが違うような気がしている。 最後にしようだなんて、自分では決めていない。なのに、それが既に確定された未来であるように確信している。 一生に一度の恋が今、目の前にあるのだと。−−この子は、今までの奴らとは違う。 近く、運命の相手が見つかりそう。 この間道子に見せられた恋占いの結果を思い出す。あの時は、そんな都合の良い展開などあるわけないと鼻で笑っていた。それなのに。 百年に一度の恋は、何故だか向こうからやって来た。それこそベタな少女漫画のように。−−今、逢ったばかりなのになぁ。 何故こんなにも自分は疑わないのだろう。 彼こそが運命の人であると。「…アンタさぁ」 気付けばリカは、思ったままを口にしていた。「どうしてそんなに、一生懸命になるん?相手は宇宙人やで?危ないやろ。なのに何であんたらが戦うん?そんなの…大人やプロに任せとけばええやんか」 どうしてまだ中学生の彼らが、世界の命運なんて大きなモノを背負わなくてはならないのだろう。 個人的な恨みはあるかもしれないが、それだけだ。そもそも周りの大人達だってどうかしている。史上最強チームを目指すというなら、まずプロを引っ張ってくるのが定石ではないか。 向こうが既にノールールの戦いを仕掛けて来ているなら。こちらだけ律儀にルールを守る必要もない。卑怯だろうと何だろうと、子供を相手に大人の集団をぶつけるくらいは許されるのではないか。「…最初はさ。俺達の学校も壊されちゃったから…その成り行きだったんだけど 」 言葉を探しているのだろう。ややゆっくりとした調子で、一之瀬は話す。「でも俺達はけして…誰かに押し付けられて嫌々エイリアと闘ってるわけじゃな い。俺達が戦いたいから…闘って本当のサッカーを奴らに見せてやりたいから。 大人の人達はそんな俺達を尊重して、“戦わせて”くれてるんじゃないのかな」 本当の、サッカーを見せてやりたい。 その短い言葉の中に、彼のサッカーに対するあらゆる情熱が詰め込まれているように思えた。 シンプルで、しかしとても大きな理由。その為に戦うというのか。例えどれだけ子供の手に余る大きな戦いであるとしても。 だから−−その眼に宿る光は強くて、魅力的なのかもしれない。「あんたら、全国回って仲間集めてる言うてたな?」 イナズマキャラバン仲間集めしながら、日本中を回っている。正確には一之瀬自身ではなく、母が言ったことなのだが。「決めた。…うちを仲間に入れたってな」 「え!?」 一之瀬の眼がまんまるに見開かれる。母は一瞬驚いたようだが、それだけだった。もしかしたら途中から、リカの気持ちの変化に気付いていたのかもしれない。「うち、これでもサッカーチームのキャプテンやっとるんや。大阪CCCギャルズの エースストライカー・浦辺リカ言うたら、ちょっとした有名人なんやで?」 嘘ではない。実際、今まで男子のチームともたくさん試合したが、大阪ではほぼ負けなしだった。 一之瀬や雷門イレブンほどサッカーに命賭けているわけではないかもしれない。それでも自分達の実力にはある程度の自負と自身がある。 足りない分は努力で補ってやるという、覚悟もあるつもりだ。「…どうして?どうしてそう思うの?君は、俺達のことなんか殆ど知らなかった んだろ?宇宙人と戦うのは、危ないって分かってるんだろ?」 訝しく思われるのも当然だ。初対面でいきなりチームに入れてくれ、とあっては。 だからリカは言った。自分の中にある、最大にして単純な理由を。「あんたに惚れたからや、一之瀬」 今度こそポカンとした顔になる一之瀬に構わず、リカは続ける。「あんたの顔と男気と信念に、一目惚れしてん。だから…あんたの役に立ちたい と思ったんや、今。それが理由ではアカンか?」「ひ…一目惚れって…」 口を金魚のようにパクパクさせて、困惑、赤面する一之瀬。おお可愛い。そして素晴らしく萌える。「勿論、タダで入れて貰おうとは思わん。足手まといはチームに要らんやろ。せやから……入部テストな、してくれて構わへん」 興味がある。一之瀬の属するチームがどんなものなのか。どれくらい強いのか。 そしてこの恋が、本当に本物なのかを確かめたい。このまだ淡い想いで、自分がどこまで行けるのか試したい。「あんたの仲間も、どうせナニワランドのどっかウロチョロしてんのやろ?だったら呼んで、集めて来ぃや。うちもチームのみんなに声かけて来るさかい」「試合しよう…って?」 「それ以上にてっとり早い方法があるん?」「いや…えっと…」 マシンガンのごとく畳み掛ける。引いたらその時点で負け!というのはやはり母親の遺伝なのだろうか。 強引なのは分かっていたが。ここで逃したらこの獲物は二度と網にはかからない。一生後悔する。それをリカはハッキリと理解していた。「あんたのチームにだって女の子いるんとちゃうの?まさか今更、女子オンリーのチームとは戦えませんとか、甘い事抜かすつもりじゃないやろな?」 うっと詰まる一之瀬の前に顔を突き出し、リカはにっこりと微笑んでみせた。「安心せぇ。うちらが雷門、しっかり叩き潰して証明したる。恋する乙女が世界最強の生き物って事をな、ダーリン!」「だ…ダーリン!?」 ますますわたわたする一之瀬の頭を左手で撫でつつ、右手は既に携帯のアドレス帳を呼び出していた。 さぁて、ショータイムの始まり始まり。 可愛い顔に騙されるなかれ。女の本性は狼どころか、凶暴かつ老獪なライオンなのだから。NEXT |
シャル、ウィー、ダンス!