全部否定しなくちゃ、失う前に。 全部消し去らなくちゃ、喪う前に。 だけど、君は笑うから。 君がまた、笑うから。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 2-17:君の勇気、僕の真実。
スコアは未だ0対0のまま。だが、状況は大阪CCCギャルズのコーナーキックと いう、雷門からすればピンチな状況。
−−俺は鬼道みたいなゲームメイクはできないけど。
一之瀬はゴール前で、視線を巡らせる。
−−でも、ある程度なら予想して動ける。
今、雷門の作戦参謀は自分なのだ。自分が考えて動くしかない。自分が向こう の立場なら何を考えるか。どんな流れが望ましく、逆にどんな行動をされれば嫌 か。 前半も残り少ない。さっきからの守備合戦で、お互い守りが堅い事はハッキリ した。一点を死守するゲーム展開になるだろうという事も。 ならばこのチャンス、是が非でも決めたい筈。となれば。
−−裏をかきたいと思いながらも、確実に得点できる方法を選ぶ。それが人間心 理だ。
五割の確率でリカ。三割の確率で麗華。一割の確率で天王寺万里。残り一割で それ以外のメンバーといったところか。 他のメンバーを囮に使ってリカで決めに来る率が非常に高い。ならば。
−−わざと隙を作って誘ってやるか。
塔子、壁山、栗松、レーゼの四人に眼で合図する。誘いに乗って来ようと来ま いと関係ない。自分達の最大の強みは、円堂守という最強の守護神が背中を守っ てくれているという事なのだから。 円堂を振り向く。ゴールは任せろ、と言わんばかりに、力強く親指を立てる我 らがキャプテン。
失敗を恐れる必要などない。自分達には、彼がいるのだから。
笛が鳴った。マークすると見せかけてさりげなくシュートコースを開けるメン バー。全て一之瀬の指示通りだ。 どうやらリカは気付いてないらしく、顔がちょっとだけニヤけている。分かり 易いったらない。
「リカ!」
DFの串田香津世のスローイン。ボールは予想通りリカへ。
「隙だらけやでっ!!」
リカは得意げに足を振り上げる。来る−−彼女単体の必殺シュートが。
「ローズスプラッシュ!!」
紅い花びらが、まるで吹雪のように散る。ボールに茨が絡みつき、薔薇の香り と共に放たれた。美しくも残酷な茨の一撃が。 なるほど、悪くない技だ。 一之瀬がわざとリカにシュートを打たせた理由の一つは、彼女の個人技能をし っかり見極める為。そしてもう一つは。
「行かせないよ!!」
エースストライカーにしてキャプテンの彼女の必殺技を完全封殺する事で、あ ちらの士気を殺ぐ為だ。
「ザ・タワー!!」
素早くリカと円堂の間に体を割り込ませた塔子が、力強く技を放っていた。高 く高く聳え立つ鉄壁の塔。その頂上から離れた稲妻によって、シュートの勢いは 完全に殺された。 さすがのリカも驚愕したようだ。固まっている彼女のすぐ脇を、ボールを奪っ た塔子が走り抜けていく。
「行けっリュウ!!」
ボールが前線を駆け上がるレーゼの元に飛ぶ。
「道子!!甲子!!」
すぐに立ち直るあたりさすがキャプテンといったところか。リカから指示が飛 ぶ。DFの最後列の二人もその意図を察して上がっていく。 二人が手を上げ、レーゼがパスを受け取り、オフサイドに引っ掛ける−−つも りだったのだろう。 だがしかし、オフサイドトラップは雷門の得意技だ。同じ手を真正面から食う ほど馬鹿じゃない。レーゼは試合数こそ少ないが、雷門の練習はずっと見ていた から知っている筈。 パスを受け取る直前、一歩バックステップして身を翻すレーゼ。ボールが彼に 渡ったが笛は鳴らなかった。絶妙のタイミングで、オフサイドを回避したのだ。
「し…しもた!!」
オフサイドトラップ失敗。レーゼのシュートを邪魔する人間はいなくなった。 「宮坂君!」 「はいっ!!」 その俊足で上がってきていた宮坂。レーゼと二人で、勢いよくボールを空へと 打ち上げる。 舞い上がったボールが吹き出す紫色のオーラ。広がる宇宙空間の中、瞬く星空 。その中へ、レーゼと宮坂は共に片足を突き出してダイブしていく。
「ユニバースブラスト−−ッ!!」
黒く瞬く無重力が、槍のごとく大阪CCCギャルズのゴールへ落下していく。
「ひ…ひええっ!!」
GKの恋はなすすべなく吹っ飛ばされた。ボールがネットに突き刺さる。
「ゴール!1対0、雷門イレブン、先制だああ!!」
例のごとく、いつの間にやらいる角馬が実況している。大阪までどうやって来 たのやら。そして今日はいつにも増してテンションが高い気がする。 ピイィ!!と高らかにホイッスルが鳴った。ここで前半終了。雷門一点リードで 折り返しとなったわけだが、まだまだ油断はできない。 されど一点ながら、たかが一点でもあるのだから。 「意外と手こずってるようね」 「ああ」 夏未からドリンクを受け取り、返事をする一之瀬。
「あいつら、強いよ。ちょっとナメてたかもしれない」
すると夏未は、クスクス笑った。まるで出来の悪い子供を諫めるような笑い方 だ。
「強いでしょうよ。女は恋をして綺麗に、強くなる生き物だからね」
無敵なのよ、と。彼女にしてはロマンティックな事を言う。
「勝てなくても勝てなくても向かって行ける。それが最強でなくて何だって言う の」
ほんの少し、切なげに眼を細める夏未。その視線の先を辿って、納得させられ た。彼女も今恋をしているから美しいのだ、と。 それは、叶わないかもしれない恋。一生報われないかもしれない恋。それでも 立ち向かっていきたい恋なのだと。円堂を見る夏未の眼が言っている。 リカも、そうだというのか?自分と彼女はまだ出会ったばかりだというのに。
「悔しーわーっ!!後半絶対巻き返したるさかいっ見ときや雷門!!」
がおーっとばかりに吠えるリカの声が、こちらのベンチにまで届く。あれだけ 見事に技を封じられたのに、彼女も彼女の仲間達も諦めていないようだった。 確かに。本当に怖いのは絶対負けない人間より、最強に諦めの悪い人間かもし れない。一之瀬は少しだけ苦笑したくなる。 それ以上の武器はない。自分達もまたそうやって勝って来たんだっけな、と。 もし本当に恋する乙女の武器が諦めの悪さなら、それこそ最大の脅威と呼べる かもしれない。
−−それでも。それでも、俺は…。
後半戦が、始まる。 大阪CCCギャルズのキックオフで試合再開だ。ボールは万里からリカへと渡る。
−−もう簡単に、誰かを受け入れちゃいけないんだ。
そのリカへと、一之瀬は立ちふさがる。意図を察して、レーゼや春奈が他選手 をマーク。そう簡単にパスは出させない。 「浦辺リカ!君は何故、雷門に入りたがる?」 「何回も同じ事言わせんといてな!恥ずかしいやろ?アンタに惚れたから力にな りたいて言うとるやろがっ!」 「それが分からないんだよ!!」 ボールが目まぐるしく足元を行き来する。抜こうとするリカと、そうさせまい とする一之瀬。
「君は理解してるのか!?俺達が今どれだけ危険な戦いをしているか!!敵は倒して も倒しても現れる…命の保証すら無い!!みんなそれを覚悟した上で、エイリアと の戦いに望んでるんだ!!」
一之瀬は吠える。最初から、そこまでの覚悟をしていたかと言えば嘘になる。 誰が予想していただろう−−宇宙人が人間かもしれないのに、その背後にはさら にファンタジーな存在たる魔女がいるだなんて。 そしてこの戦いの中で、こんなに死傷者が出るだなんて。
「半端な覚悟の人間を迎え入れる訳にはいかない!ましてや…君と俺は今日逢っ たばかりだろう。そんな俺の為に、命すら賭けられるって言うのかい?そこまで 本気だって言い切れるのかい?」
信じられない。 いや−−信じたくないのかもしれない、自分は。 だって。
「どっちにしたって…駄目なんだよ。何も知らないくせに、簡単に好きだなんて 言うなよ。だって俺はっ…!」
だって自分は、本当はもうとっくに死んでいる人間かもしれないのに。
「俺なんかを…好きになっちゃ駄目だよ…!」
自分は死者かもしれないと。気付いた瞬間に、一之瀬は幾つかの事を諦めてい た。きっと仲間達は諦める必要なんかないと言ってくれる。だけどこればかりは 、甘えるわけにはいかない事。 少なくとも事がハッキリするまで、自分は誰かを愛してはならない。そしてこ れ以上自分を愛してくれる人を増やしてもならない。それはつまり、悲しませる 人間を増やす事に他ならないから。 なのに。 それを誓った矢先に、リカが目の前に現れたのだ。その言葉がどれだけ一之瀬 の心を削ったか、彼女には分かるまい。 頼むから、怒ってくれ。愛する価値もない酷い男だと気付いてくれ。憤って、 離れてくれ。それがたった一つの救いなのだから。
「…あんた」
そう願って、本心をブチ撒けたのに。
「信じるのが、凄く下手なんやな」
はっとしてリカの顔を見る。彼女は大きな眼で真っ直ぐ一之瀬を見つめていた 。
「信じるのが怖くて仕方ないて顔に書いたるわ。せやから疑う。疑ってた方が楽 やと思うとる。…それも間違いやないわ」
けどな、と彼女は続ける。 「信じるとか、信じないとか。んな面倒な事いちいち考えなくてもずっと一緒に いられる。無意識に信頼し合える。それがホンマもんの仲間やないの?」 「……っ!」 「あえて言うで。うちはうちの心を信じとる。あんたに対してもサッカーに対し ても本気やで!その気持ちはたとえアンタでも否定できひん」 本当の仲間。それは言葉にしなくても伝わるものがあるという事。それでも一 番大事な事は口にし合える関係−−。 その真理に、一気に心を揺さぶられる。
「うちは確かに、あんたの事詳しく知らん。だから側にいて知りたいて言うとん のや。男の弱っちい部分受け止めて、恋に命賭けられんようなら女やない!!」
それは誰より男前で美しい少女の眼だった。ニッと笑う力強くも無邪気な笑み に、魅せられる。
「うちがアンタを信じさせたる。絶対アンタを裏切らない…そして」
ボールが宙を舞った。軽やかに、まるで風のようにリカは一ノ瀬を抜き去って いく。
「あんたを怯えさせる全てのもんから、うちがあんたを護ったる!!」
その宣言に。走り去る背中を、一之瀬は少しの間呆然と見送っていた。 出逢ったばかりだというのに。一之瀬が本当に畏れている事の正体を−−彼女 は見抜いてみせたというのか。その上で決意したというのか。
−−信じる人間も、心を開く人間も…もう増やさないようにしようって思ったの に。
既に揺らぎかけている心に、泣きそうなのに、笑いたくもなる。
−−不思議な子だな。円堂に…ちょっと似てるかも。
目を閉じて、一つ息をついて。また一之瀬は走り出す。真実を知ればきっとリ カは傷つくだろうしショックも受けるだろう。でも。話してもいいと、そう思い 始めている自分もいる。 考えるまでもなく。彼女のキャラバンへの入部テストの結果は、既に出ている も当然だった。
NEXT
|
ねぇ、大丈夫だって、言って。