どうすればいいの。 何処に行けばいいの。 何をすればいいの。 どうすれば、貴方を。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 2-18:喝采せよ、この時に。
「あいつ、何だか凄いなぁ」
思わず円堂の口から出た呟きに。塔子が振り向く。 「あいつって、リカのこと?」 「うん」 話題の中心にいるリカは、一之瀬を突破して真っ直ぐこっちへ上がって来てい る。本来なら身構えるべきなのだが、円堂は殆ど心配していなかった。 宮坂と春奈が、ブロックに走って来るのが見えたからだ。
「うまく言えないけど…うん。凄いよな。チームのキャプテンとして尊敬するっ て言うか…。気持ちが折れないのが凄いし」
春奈が宮坂の足を持って、天高く放り投げる。そのまま片足を突き出して、宮 坂は流れ星のように墜落していく。 シューティングスター。真帝国戦で二人が見せてくれたあの技だ。衝撃でリカ は吹っ飛び、ボールが宮坂へと渡る。
「あんなに一生懸命なのが、凄い。本当に好きなんだなぁ…サッカーの事も、一 之瀬の事も」
円堂が見ている前で、吹っ飛ばされたリカはすぐに立ち上がってみせた。待た んかコラー!と叫びながら、ドリブルしていく宮坂を追いかける。 宮坂のスピードに、リカが追いつけるとは考えにくいが。そんな事より特筆す べきは、その立ち上がりの早さだ。 彼女はチームのキャプテンで、エースストライカー。当然自らの力への自負も 大きい筈なのに。倒れても負けてもすぐに立ち上がって追いかけるのだ。 足を引っ張るような、悪い形のプライドが一切ない。その強さが本当に凄いし 、自分も見習うべき点が多々あると思う。 昔、ある本で読んだ事がある。フットボールの有名選手の言葉だっただろうか 。誰の台詞だかもよく覚えてないが、心から感銘を受けたものだ。 フィールドで、倒れた事のない選手なんていない。天才と呼ばれる選手は速や かに立ち上がる。凡人は立ち上がるのが少しばかり遅い。 そして敗者は、永遠にフィールドに横たわったままなのだ−−と。 本格的にサッカーを始めて、その意味がようやく分かった気がするのだ。真の 天才にして勝者とは、いかに素早く立ち上がるかどうかなのだと。 そういった意味で彼女、浦辺リカはまごうことなき天才に違いなかった。
「円堂はさー。恋、した事無いだろ」
塔子はフフン、と鼻を鳴らした。彼女にしては珍しく得意げだ。 「恋する乙女は怖いんだぜー。んでもって強い。リカは今まさしくその暴走モー ドのスイッチが入ってんのさ。ま、それは男も女も同じだけどね。護りたいもん ができた人間は、最強だ」 「護りたいもの…か」 DFの梅田陽海が、宮坂に迫る。陽海と宮坂がすれ違った途端、宮坂が足を止め た。ジリジリ、と何かが焦げるような臭いと不吉な音。 いつの間にか宮坂がドリブルしていた筈のボールが、真っ黒い爆弾にすり替わ っている。げ、と宮坂が青ざめた瞬間−−景気の良い音と共に、破裂。 吹っ飛んだ宮坂を後目に、走り抜けていく陽海。またなんて過激な技なのか。
「それなら…分かる気がするな。俺にも護りたいもんは、あるし」
護りたいものならたくさんある。愛する仲間達。愛するサッカー。この世界そ のものが円堂にとっては感謝すべき、護るべきものだ。 「円堂も恋愛に興味持ってみなよ。お前結構モテるって秋に聞いたぞ?恋をすり ゃもっと強くなれるんじゃないかー?」 「あ…はは…そりゃ難しいなぁ」 「ま、サッカー馬鹿の円堂に深い事まで期待しないけどさ」 「どういう意味だよそりゃ」 サッカー馬鹿、についニヤけてしまうあたり重症なのだが。実際今はサッカー で頭がいっぱいで、恋愛やら何やらを考える余裕の無い円堂である。
「おっと、来るか?」
ボールが陽海から紀子へ渡る。だが紀子からリカへ渡ろうとしたボールを、レ ーゼがカットした。 「来ないっぽいな」 「みんな優秀だ。上がれー!!」 囲まれる寸前に、レーゼは一之瀬へとパス。うまい。またオフサイドトラップ を切り抜けた。 そのまま一之瀬がシュート体制に入る。頭をつけて逆立ちし、くるくると回っ て威力を貯め−−ボールを蹴った。
「スピニングシュート!!」
その早さに、GKの恋は反応しきれない。ボールはゴールポストギリギリをすり 抜けてゴールに吸い込まれていった。 これで2対0。雷門がリードを広げる。
「あんなギリギリのとこ狙うなんて…さすが一之瀬だな」
あのボールコントロールは誰にもできるものじゃない。ただでさえ目の回るス ピニングシュートは狙いが定まりにくいというのに。 「やって良かったな、この試合」 「そうだな」 塔子と顔を見合わせて、笑いあった。一之瀬の顔は、何だか清々しい。それは ゴールを決められたから、だけではないだろう。 この試合の中で、彼も何か吹っ切る事が出来たようだ。
−−必要なのかもしれない。リカみたいな奴が…一之瀬にも、俺達にも。
ボールを持ったリカがセンターラインに辿り着くより先に、ホイッスルが鳴っ ていた。試合終了だ。結果は雷門の勝利だが、それ以上に収穫があった。 それが何かなど、言うまでもない。
星の使徒研究所−−その第三グラウンド。イプシロンのメンバーは今、全員が そこに集まっていた。 マキュアはボールを胸の前で、ぎゅっと抱きしめる。ゼルから大まかな話は聞 いていたから、いつかこうなると予想していた。 それでも、不安な気持ちを隠しきれないのは致し方ないこと。隣に立つスオー ムも、いつになく体を小さく縮こませてかの人を見上げている。 その、皆に注目を浴びて立つデザームは−−あまり顔色が良くなかった。万全 とは言い難いが、これでも一時よりはだいぶ回復したのだという。 全ては、最近不自然なほど増えたデザームへの生体実験のせいだった。
「雷門が大阪に来ている。もう直辿り着くだろう…我々が廃棄した、あの施設に 」
大阪の施設。自分達がまだ訓練段階だった頃よく使っていた。いや、自分達の みならずガイアやジェミニストームも利用していたと聞く。 報告によれば、偶々あそこを一般人が発見したらしく、半ばたまり場化してい るようだが−−機能としてはまだまだ生きている筈だ。
「雷門との決戦は近い。…そういう事ですね」
ゼルが堅い表情で呟き、デザームが頷く。
「皆も知っているだろうが…この試合、絶対に勝たなくてはならない。引き分け も負けと同義と見なされるだろう…。その先には、ジェミニストームと同じ末路 が待っている。あるいは…もっと悲惨なものかもしれない」
ごく、と自分が唾を飲み込む音が、やけに生々しく脳に響いた。マキュアも、 レーゼ達がどうなかったかは知っている。体に様々な機材を埋められた後、記憶 を消されて捨て置かれた−−と。 やったのは全て、二ノ宮だ。 記憶を消される前に、レーゼは二ノ宮に懇願していた。全ての罪は自分が被る 。罰は全て自分が受ける。だからチームの仲間達は見逃して欲しい、と。 部屋の前を偶然通りかかったマキュアは、メトロンと共にその一部始終を聞い ていた。その後デザームに報告し、イプシロン全員が知るところとなった。 二ノ宮がレーゼに何をしたかは分からない。おぞましい実験の何かだろうとは 思うが、詳しく知るのも恐ろしい。 ただ間違いない事は。二ノ宮はレーゼの懇願を聞き入れるフリをして、レーゼ に重罰を課し、他のメンバーも見逃さなかったという事。 レーゼ以外のメンバーも記憶を消され、おそらくは今も日本のどこかで路頭に 迷っている。元々マキュアは二ノ宮が嫌いだったが、この一件でますます嫌いに なった。 あの女は−−最悪の魔女だ。どうしてあんな女を陛下は側に置いているのだろ う?
「私は既に、二ノ宮様に目を付けられている。より罰は厳しいものになるだろう 。…試合には絶対に勝つ。だがもしもの時は…」
デザームの黒目がちな瞳が、ぐるりと全員を見回した。 「私がお前達を全力で、逃がす。懇願しても無意味なのは、レーゼの一件で明白 だからな」 「なりませんっ!!」 メトロンが叫んだ。泣き出しそうな顔で。
「デザーム様一人を犠牲にして…陛下を捨てて逃げるだなんて!そんな事できる 筈がありません!!」
それは皆の意志の代弁だった。確かに、勝利できなければ自分達イプシロンに 未来は無いだろう。だからといって敬愛する方を置いて逃げ出す上、デザーム一 人に咎を押し付けるなんて。 そんな事、無理に決まっている。
「…私は、今の陛下は、陛下の本当のお姿でないような気がしてならない。陛下 の為を思うなら…逃げ延びてでも生きて、陛下を救う道を考えるべきだと思う」
デザームは静かに告げる。
「それに…二ノ宮様に疎まれる原因は私にある。私が罰を受けるのが筋だろう」
違う。元はといえば、あの雷門の鬼道とかいう奴が、余計な事を吹き込んだせ いだ。デザームは悪くない。悪いのはあいつと二ノ宮だと−−そう言いたかった 。 でも。マキュアがどれだけ弁護の言葉を口にしたところで、デザームは納得し ないだろう。 それにもし−−鬼道が何も言わず、自分達が皆、何も疑わずに侵略行為を続け ていたら。それが本当に正しかったのかと言われれば−−それも違う気がするの だ。
「どちらにせよ、次の雷門の試合で情報収集出来る筈。それで判断材料は揃うだ ろう。…あちらも我々の手の内を知りたがっているだろうからな」
次の試合。最後になるかもしれない、試合。 そんなの嫌だ。サッカーボールをさらにきつく抱きしめて思うマキュア。サッ カーの事はそんなに好きではなかったけれど。イプシロンのメンバーでやるサッ カーは楽しくて−−もっともっとやっていたくて。 それが望まない形で終わるなんて、耐えられないと思った。
「…デザーム様!」
話を切り上げるように背を向けたデザームに、ゼルが声を張り上げる。
「勝ちましょう!私達は…誰かに怯えて逃げる為に此処にいる訳じゃない。誇り 高きエイリアの戦士、イプシロンだ…!!だから、勝つんです。雷門にも…陛下を 害する、全てのものにも!!」
それは全ての真実を明らかにしようという、強き意志の証明。イプシロンの副 将としての宣誓だった。 「その為なら我々は、何処までも貴方に着いていきます。イプシロンを率いる事 が出来るのは、貴方だけなのですから」 「…そうだよ」 マキュアも、心を決めていた。 少しでも長く、仲間達とサッカーを続ける為に。自分達に出来る事。 それは、勝つ事。勝ち続ける事。
「マキは…もっともっとサッカーしたいよ!!陛下の為に、デザーム様の為に…自 分の為に!!」
勝ってやる。 目の前に立ちふさがる、あらゆる運命に。
「……そうだな」
デザームが振り向く。そして笑みを零した。
「負ける前提の話など、我々らしくもない」
見上げた空は曇っていても。自分達は所詮、鳥籠の中の駒でしかないとしても 。 それは諦める理由にはならない。
「勝つぞ。全力でだ」
まだ未来は何一つ、決まっていないのだから。
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ねぇ、大丈夫だなんて、言わないで。