問題ナイ、と呟いて。 言葉は、失われて。 どうすれば変われる、と囁いて。 叫びは、掻き消されて。 この背中に、白い翼は 無いとしても。2-19:夢、花火。 リカは正式に、キャラバンの仲間として迎えられる事となった。 異論のある者はいない。彼女の実力はまだまだ荒削りだが、それは今までちゃんとした指導者がいなかったせいだろう。 ほぼ独学だけでサッカーを磨き、雷門と互角の勝負をして見せたのだ。まったく末恐ろしい。訓練次第でとんでもないストライカーとして化ける事だろう。 何より。何度倒れても諦めず立ち上がる強さ。愛するものを一途に想う気持ちが、雷門でも大きな武器になる筈だ。−−なんか…羨ましいな。 風丸はそんな彼女を、どこか眩しい眼で見ていた。彼女には円堂に通じる強さがある。それが風丸には欠けている事は明白だった。 気持ちが折れている場合じゃない。そんな暇なんかないと分かっているのに。−−今までいた仲間がいなくなって…新しい仲間が増えて。どんどん雷門は変わ ってく…それなのに。 怖いのだ。このままどんどんどんどん、自分だけ円堂にも雷門にも置いて行かれる気がして。 時間の流れにも変化にも、まるでついて行けてないように思う。 仲間達は実力を上げていく。円堂はどんな状況でも諦めず気炎を上げ、一之瀬は鬼道の代わりを務めようと頑張っている。 照美のシュート力は言うまでもなく、レーゼと共に今では頼もしい味方になりつつある。 サッカーは素人だった筈の宮坂は、めきめき頭角を現している。彼と吹雪のスピードには誰も追いつけまい。きっともう−−風丸にも。−−みんな強くなってるのに…俺だけ何も変わってない。 みんなの強さに、逞しさに、走っていく速さに。嫉妬を隠しきれない自分がいて−−それが惨めで仕方なかった。 ジェミニストームを倒してもイプシロンが現れて。イプシロンの先にもまだ敵はいて。戦っても戦っても終わりが見えなくて。 その絶望の一端だったレーゼや照美が仲間になって。目まぐるしく変わる状況をどうにか受け入れて来れたのは−−半ば意地があったから。 そして護りたいと思ったからだ。自分達のサッカーを。そしてこんな自分を慕ってくれる者達を。その為には雷門と円堂のサッカーが、風丸には必要だった。 だけど。 庇護するべき存在と思っていた宮坂やレーゼが。いつの間にか風丸を凌駕する力をつけていて−−試合を繰り返すたび浮き彫りになるその姿に、再び決意は揺らぎそうになっている。 強くならねばと、自分が努力してきた意味は。そしてこれからも努力していくだけの意味は、あるのだろうか。 頑張って頑張って頑張って頑張って、耐えて耐えて耐えて耐えて、雷門でサッカーを続ける理由は、一体。それは本当に風丸でなければ出来ない事なのか。−−俺の代わりなんて…本当はいくらでもいるんじゃないか…? 新しい仲間が増えた分、旧い仲間はいなくなっている。まるで人形の首をすげ替えるように。 今更ながら。染岡が最初あれだけ吹雪に突っかかっていた意味が理解できた気がする。 吹雪が豪炎寺の代わりになってしまう事が、彼は恐ろしくて仕方なかったのだ。唯一無二と認めたエースストライカーの代わりが他にもいるだなんて、そんな事耐えられない。 豪炎寺が唯一の豪炎寺であると信じたくてどうしようもなかったのだろう。自分が唯一の自分であるように。 世界は所詮ナンバーワンで。オンリーワンなど必要とされない−−そんな現実、誰が認めたがるだろうか。−−俺に…俺にもっとスピードがあったら。堂々とナンバーワンとして胸を張れ る何かがあったら…!! そしたら、こんなにも苦しむ事は無かったのに。悩むまでもなく、雷門に居続ける事が出来ただろうに。「風丸さん?」 その声にはっとして、風丸は現実に帰った。訝しげに自分を見上げる宮坂の大きな瞳と、目が合う。 その隣でレーゼもこちらを見ている。心なしか、やや青い顔で。「ごめん……ちょっと考え事してただけだから」 身勝手かもしれない。でもどれだけ彼らが強くなろうと、風丸にとって護りたい存在である事に違いないのだ。 彼らを不安がらせたら、本末転倒だ。風丸は無理矢理、鬱めいた気持ちを頭の隅へと押しやった。「着いたで」 仲間に入れてくれたお礼に、ええトコ連れて行ったる。そう言われた一行が辿り着いた先は、ナニワランドの西側にあるビックリハウスの前だった。「開かずのビックリハウス…だよね、ここ」 「お、よぉ知っとんなアフロディ」 リカは照美を振り返り、ニカッと笑う。「故障して、閉まったまんま。何故だか誰も直しに来ぃひん、いわくつきのアトラクションや。しかも誰もいてん筈なのに、夜な夜な奇妙な物音が響くと言う…」 わざと低い声で、彼女は臨場感を煽る。ひぃっ、と栗松と目金が悲鳴を上げた。「……なぁんてな。ホラーちっくな噂になってしもたんやけど、その真相はそん な恐ろしもんやない」 このビックリは、風丸も一度調べに来た場所だった。宮坂、レーゼと確認したが、ドアには鍵がかかっていて開かなかった筈だ。 もしやリカが鍵を持っているのか。そう思ったが、どうやら違うらしく。彼女はロープの囲いを跨いで、ちょいちょいっと手招きした。「裏口には、鍵かかってへんねん。分かりにくい場所やから、案外気付かれんみたいやけど」 ビックリハウスの裏手。その雑木林の中にひっそりと、錆びた鉄製のドアがある。 業務用につき、関係者以外立ち入り禁止。お決まりの文句が書かれた表札もあちこちボロボロになり、黒い文字の一部は剥がれてしまっている。 本当にこんなとこ入っていいのか−−と風丸が尋ねるより先に、彼女はドアを開けて中に入ってしまった。メンバーは慌ててその後を追う。 その時気付いた。ドアのボロボロさとは裏腹に、ノブだけは真新しい。わざわざ取り替えて、最近まで使っていたかのように。「きゃっ!」 夏未が小さく悲鳴を上げて尻餅をついた。何かに躓いたらしいが、薄暗く狭い室内はよく見えない。「足元気ぃつけや。いろんなガラクタがゴロゴロしとるさかい」 パチリと電気がつく。リカがスイッチを入れたようだ。小さな豆電球一つだが、それでも明るさが幾分マシになる。 おそらく、業務用の倉庫と操作室を兼ねていたのだろう。壁の一面には、青空とお日様の絵が描かれており、その隣の壁には厳つい操作パネルがある。 絵の壁の真正面の壁には、ダンボールが幾つも積み上がっていた。中には平たく潰されたまま積み上がっている残骸もある。夏未はそのうちの一枚で滑って転んだのだろう。 あとは、ダンベルやらテニスボールやら紙やらペンやら。何に使うのか分からないものまで、いろいろ散乱している。暗いまま進んだら、みんなしてすっ転んでいたところだ。「もう使われてないナニワランドの備品…なのかな?それとも管理人がモノグサ だっただけか?」「どっちもやろ。別に触てもええけど、ちゃんとなおしといてな。これ以上散らかされたらかなわんわ。大事なスイッチの場所が分からんくなる」「“なおす”って?」 「あ〜…これ方言なんか。元の場所に戻しといてっちゅー意味やねん」 土門の疑問に答えつつ、リカはすいすいとガラクタの山を片付けていく。そして操作パネルの前に辿り着いた。 幾つもの四角いボタンが並んでいる。彼女はそれらのボタンではなく、真横にあるレバー−−操作パネルの柵に紛れて非常に分かりにくい位置にあった−−を押した。「ほいっとな♪」 ガコン、と何かが外れる音。ウィーンと機械が動いて、壁の青空とお日様の絵が夕焼けのそれに変わった。 次に彼女は、その夕焼け色の壁の前に立ち、入口横の壁をちょいっとつついた。「…!壁が…」 風丸は目を見開く。隠された回転扉。壁がくるっと回って、その向こうにはぽっかりと暗い通路が口を開けている。「どや。オモロい仕掛けやろ。でも驚くんはまだ早いで!」 リカが暗い通路を数歩進むと、円く柵で囲われた行き止まりに出た。そこで立ち止まり、彼女はイレブンを見回す。「ダーリンと…あとそいつとそいつな。来ぃや」 指名された一ノ瀬、風丸、栗松は訳が分からないながらもリカの隣へ。全員が柵の中に収まったのを確認して、彼女は柵の真ん中を押した。「わっ…!?」 歯車が動く重たい音。そして振動。なんと地面が下に下がっている。エレベーターだ。通路の向こうに立つ皆の顔がゆっくりと小さくなっていく。 そして、暗いエレベーターに電気がついた。いや、正確にはエレベーターに、ではない。エレベーターが降りて行く先−−吹き抜けた広い空間全てに、灯が灯ったのだ。「こ…此処は…!?」 「なかなかの絶景やろ」 六角形の柵に覆われたいくつもの色鮮やかな足場。その中央に据え付けられた幾つものギミックに機材。まるで小さな遊園地のよう。 なんて広さだ。ナニワランドの地下に、こんな場所があっただなんて。しかもあの開かずのビックリハウスが入口になっていたとは。 なるほど。怪談の元になっていた奇妙な物音とは、このエレベーターの作動音だったのか。「めっちゃ可愛えやろ。うちらがデコったんやで!」 エレベーターを降り、機材の側に走り寄る。なるほど、キラキラとした小さなシールがたくさん貼られている。 近くまで歩み寄り、風丸はようやくその機材の正体を知る。「これが、うちら大阪CCCギャルズが、めっちゃ強い雷門中とええ勝負できた理由 や」 リカは胸を張る。それは大きなランニングマシーンだった。横にパネルがあり、自在にレベルや障害物を操作できるようになっているらしい。 パッと見ただけの印象だが、電気屋でもスポーツジムでも見た事がない、ハイテクな代物と分かった。「なー!下どうなってるんだよー!!ちっとも見えないぞー!!」 遠くから円堂の声が落ちてくる。広い空間で反響して、まるで山彦のようだ。「悪い円堂!…リカ、エレベーターを上に戻してくれないか」 風丸は、前者は円堂に、後者はリカに叫ぶ。「上のレバー戻してもええんやけど…まぁいいわ」 リカはパネルを操作する。上からでも下からでも自在にエレベーターを動かす事ができるようだ。エレベーターがゆっくり地上に戻っていく。「ただし、あんたら気ぃつけやー。このエレベーター体重制限あんで。乗りすぎたら落ちてまうかもなー」「げ」 多分全員が、同じ事を思っただろう。 壁山と一緒に乗ったら重量オーバーで落ちるかもしれない、と。−−なるほど、だから俺と一之瀬と栗松とリカ…なわけか。 中ニ男子の平均体重は50キロ弱。平均より軽い者が多い事、栗松の体重がさら に軽い事を考慮すると、制限は大体−−。「…壁山は一人で乗るのが無難だな」 「ああ」 一之瀬と顔を見合わせ、ついつい吹き出してしまう風丸。 ああ。まだ、大丈夫。まだ自分は頑張れると、そう思った。 まだ自分は、自然に笑えているのだから。NEXT |
まだまだ先は、見えないので。